2025/05/28

 ジョアキーノ・ロッシーニ

セビリアの理髪師全2幕

〈イタリア語上演/日本語及び英語字幕付〉


2025年5月25日14:00  新国立劇場


指 揮/コッラード・ロヴァーリス

演 出/ヨーゼフ・E.ケップリンガー

美術・衣裳/ハイドルン・シュメルツァー

照 明/八木麻紀

再演演出/上原真希

舞台監督/CIBITA 斉藤美穂


アルマヴィーヴァ伯爵/ローレンス・ブラウンリー

ロジーナ/脇園 彩

バルトロ/ジュリオ・マストロトータロ

フィガロ/ロベルト・デ・カンディア

ドン・バジリオ/妻屋秀和

ベルタ/加納悦子

フィオレッロ/高橋正尚

隊長/秋本 健

アンブロージオ/古川和彦


合唱指揮/水戸博之

合 唱/新国立劇場合唱団

管弦楽/東京フィルハーモニー交響楽団



    演出はヨーゼフ・E.ケップリンガーで、2005年初登場のプロダクション。今回が6回目の再演となる。前回上演が2020 年で、このときは2月16日の最終日公演を鑑賞、ロジーナは今回同様脇園彩だった。

    再演が重ねられているということは評価が高い証拠だろう。プログラムノートに掲載されているケップリンガーの演出コンセプトによると、設定は1960年代のフランコ政権下のセビリア。従って衣装など現代風の設定だが、肩の凝らない筋書なので、さほど違和感なく入っていける。

 舞台セットが3階建ての場末の建物で、バルコニーのある外側と、その建物の部屋の中の詳細な様子が微に入り細に入り表現された内側があって、それが物語の進行に従って回転して入れ替わる仕組みになっている。建物の内側の様子はトイハウスのように全ての部屋が鳥瞰できるようになっており、例えばロジーナの部屋で起きている事件を演じている時、他の部屋で誰が何をしているかが、一度に見ることが出来る。従って観客は様々な情景と出来事を同時進行で聴き、観ることが出来る。セットは奥行きがあり色彩感があり照明がとても効果的だ。これを煩わしい、と感じる聴衆もあるかもしれないが、ストーリーが単純明快なだけに、舞台の進行を飽きさせず、補足する意味も持っていて、これはなかなか面白い。かれこれ20年も続いているプロダクションの人気の秘密はここにあるのだろう。

 一方で、この演出ではそれぞれの登場人物のキャラクターがしっかり描かれていて、例えば、子供達がフィガロの下に集い、フィガロがガキ大将的役割をするなど、原作にはないシーンも登場する。

 ロッシーニを観るもう一つの楽しみは歌手の名技。歌手の粒が揃っていて、歌手の節回しの粒が揃っていなければ、演出が良くても全く面白くない。その点で言えば、今回のキャストはほぼ問題無し。

 ロジーナの脇園彩は前回に引き続きの登場で、この5年ですっかり世界的名花になったようだ。歌も演技もこの役柄を見事にこなしており、コミカルでかつ感性豊かな女性を見事に演じていた。

 アルマヴィーヴァ伯爵のローレンス・ブラウンリーは、ヴィブラートが多過ぎて輪郭がやや曖昧。どれが装飾フレーズなのかよくわからないところもあり、ロジーナに愛を告白するにはちょっと期待はずれで役不足。それでも後半になるに連れて本領を発揮し始めたようで、ややエンジンの掛かりが遅かったのが惜しい。

 フィガロのロベルト・デ・カンディア、バルトロのジュリオ・マストロトータロ(新国立劇場初登場)は、2人とも声、表情、体格とも貫禄充分で、特にフィガロ役のデ・カンディアが本当の主役は俺だ、と感じさせる存在感があり、これは見事。その他の日本人グループではドン・バジリオの妻屋秀和がさすがの出来。

 器楽ではおそらくオーケストラよりも出番が多かったチェンバロを弾いた飯坂純が、様々な心理状況や情景を即興風に表現し歌手を鮮やかにサポートして出色の仕上がり。 今日の公演の立役者の一人だろう。

 指揮のコッラード・ロヴァーリスは19年のドン・パスクワーレ公演(11月17日)を観て以来。手慣れたオペラ指揮者で、品よく全体をまとめ上げるその手腕は前回と変わらない。好印象の指揮者だ。

 今日はこのプロダクションの初日で、5度目の再演にもかかわらず、観客の入りは上々。エンターテイメント・オペラながらも、少々毒気のある香辛料がきいた上質の公演で、楽しく鑑賞できた。