2022/03/20

 Kitara・アクロス福岡連携事業>

安永徹&市野あゆみ〜札響・九響の室内楽


202231719:00   札幌コンサートホールKitara小ホール


ピアノ/市野 あゆみ
ヴァイオリン/安永 

          山下 大樹(九州交響楽団 2ヴァイオリン首席)
ヴィオラ/廣狩 亮(札幌交響楽団 ヴィオラ首席)
チェロ/石川 祐支(札幌交響楽団 チェロ首席)


ラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調
ヴェーベルン:弦楽四重奏曲
ブラームス:ピアノ五重奏曲 ヘ短調 作品34


   Kitaraとアクロス福岡の連携事業。同じ内容で福岡公演が既に終了している(2021年7月23日、福岡シンフォニーホール(アクロス福岡)。福岡公演はチェリストが九州交響楽団首席の山本直紀)。

 弦楽器は4人全員がソリストクラスだけあって、高水準のアンサンブルと、スケールの大きな演奏が特徴。

 ゲストの九州交響楽団の山下は、確実な技術と優れた音楽性を持った演奏家だ。


 ピアノの市野は、室内楽のスペシャリストらしい卓越した演奏。弦楽器との響きが調和して、いいバランスで聴こえてくる。室内楽では重要なピアノのポジション(通常よりやや奥で上手寄り)、調律・調整も良かった。

 

 アンサンブルリーダーの安永の音は、年配の音楽ファンであれば永年レコードで親しんできた、20世紀半ばから後半のヨーロッパの音、響きがする。それはスタイルが古いという事ではなく、安永の演奏からは、あの時代の演奏家だけが持っている、第二次世界大戦以前から引き継いできたヨーロッパ音楽の伝統と歴史に支えられた力強さと確信、美意識が感じられる。それは音楽が創作された時代の息吹きと、作品の背景も見えてくることにもなり、彼の演奏からしか味わえない魅力である。


 ラヴェル(市野、安永、石川)では、市野が、ラヴェルの磨き抜かれた美しい響きと華麗なピアニズムを余すところなく表現。全体としては民俗的感性と古典的均整感を持ったラヴェルの、自由で多彩な色合いを生き生きと表現した演奏だった。特に後半の3、4楽章が秀逸。

 終楽章のハイポジションでのトリルや分散和音、ピアノの跳躍する和音やグリッサンドなど、高度なテクニックを要する箇所も見事で、素晴らしい演奏効果を上げていた。

 

 ヴェーベルンは1905年に作曲され、61年に発見された作品。特定の調性を持たない、後年の極度に凝縮された書法からは想像も出来ない、ロマンティックな作品。

 若きヴェーベルンの秘められた情熱と不安で憂鬱な感情が、一瞬も弛緩することなく表現された、緊張感に満ちた演奏。同時に彼が生きた時代の情景や、師のシェーンベルクや友人ベルクの姿が眼前に浮かび出てくるようで、高水準の語り継がれるべき名演だ。

 ブラームスは、作曲された30歳前後の若き活力に溢れた作品像が、高い集中力で鮮やかに再現された演奏。

 市野の重厚だが躍動的なピアノと、弦楽四重奏ならではの微妙なニュアンスや多彩で深い表現とが見事に調和し、ピアノ五重奏として理想的な演奏像だ。第1楽章の静と動の対比、第2楽章の緻密で情緒豊かな歌い方、第3楽章の力強さ、第楽章の抒情的な序奏とその後の求心的で力強い表現など、このアンサンブルでなければ到達し得なかった一期一会の熱演だった。

2022/03/15

 Kitaraアーティスト・サポートプログラム

しらこ企画室内楽シリーズ3

2人が最後に愛したクラリネット五重奏曲

~モーツァルトとブラームス~


202231419:00開演  札幌コンサートホールKitara小ホール


クラリネット/白子 正樹(札幌交響楽団 クラリネット副首席奏者)

ヴァイオリン/岡部 亜希子(札幌交響楽団 ヴァイオリン奏者)
       桐原 宗生(札幌交響楽団 ヴァイオリン首席奏者)
ヴィオラ/鈴木 勇人(札幌交響楽団 ヴィオラ奏者)
チェロ/小野木 遼(札幌交響楽団 チェロ奏者)


モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581
ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115



 札幌コンサートホールが支援するアーティストサポートプログラムの一環で、札響団員のクラリネット奏者、白子正樹がシリーズで開催している「しらこ企画室内楽シリーズ」の第3回目。今回はクラリネット五重奏の名曲が2曲。

 

 いつもオーケストラで演奏しているメンバーが、室内楽でどのような演奏をするのか、という期待感があり、これは地元音楽ファンならではの楽しみだ。

  

 オーケストラ団員だけあって、お互いによく聴き合い、バランスよく音楽を作り上げていく緻密なアンサンブルが素晴らしい。しかも個々のメンバーの演奏技術は高く、クラリネットはもちろんのこと、カルテットメンバーもそれぞれがよく歌い、表情豊かで、音楽的完成度は高い。

 全員音程が揃っており、チェロでしっかり支えられた根音上に生まれるハーモニーはとてもきれいだ。小ホールの響きをしっかりと捉えて演奏しており、この辺りはオーケストラ団員の豊富な経験の強みだろう。

 しかも、クラリネットがソリスティックに飛び出すこともなく、また埋没することもなく、アンサンブルの一員として、かつソリストとしても作品の価値を高める充分な役割を果たしていた。


 このクインテットの素晴らしさが発揮されたのはモーツァルト。冒頭の静かな開始から、バランスのよい安定したアンサンブルと、良く歌い込まれた上質で美しい音色による音楽が聴こえてきて、最後まで強く惹きつけられる魅力ある演奏だった。

 特に第二楽章が出色の出来。フワッと柔らかく広がる弦楽器のハーモニーの響きとクラリネットの弱音で歌われる美しい音色との調和は、室内楽として高い完成度に到達していたのではないか。


 ブラームスは、息の長いフレーズが断片的にならずに歌い込まれ、室内楽としては良くまとまった上質の演奏。

 これも第二楽章がとても良かった。主題と変奏とでも言える、様々に変容するリズムパターンと、対位法的に複雑に動く各パートが、抑制された抜群のバランス感覚で表現されており、その中に込められたロマンティックな感情が大袈裟にならずに聴こえてきて、これは中々聞き応えのある優れた演奏だった。

 ただ、第三、四楽章などでは、ブラームスの老いたりとは言え、情念たっぷりの濃い音楽を多少持て余しているところもあり、もっと思い切りのいい、大胆さがあれば、万全だったのではないか。


 クラリネットは上手端に客席から見て真横に座って演奏しており、楽器の響きが客席に直接響いてこない。アンサンブル上はベストの位置かもしれないが、もう少し客席に向いたポジションを工夫すると、もっと豊かな響きを聴けたような気がする。


 とは言え、札響メンバーによる高水準の室内楽演奏会で、これだけの演奏を常時札幌で聴くことができるのは、室内楽を聴く楽しみが広がり喜ばしいことだ。一方で個々の団員がこれだけの演奏を披露するということは、当然オーケストラの演奏能力も向上することになる。両者の今後の活躍に期待しよう。

 苦言を一つ。モーツァルトの第二楽章の素晴らしい演奏が終わった後で、余韻に浸りたいところなのに、無粋で大きな調弦の音を聴かされたのは興醒め。それにしても楽章間での調弦の回数が多過ぎたのではないか。


 アンコールにモーツァルト:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 KV.Anh-91 アレグロ(断片)

 札幌交響楽団 643 定期演奏会


202231313:00開演   札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/ピエタリ・インキネン 

フルート/工藤 重典 

管弦楽/札幌交響楽団


ステーンハンマル:序曲「エクセルシオール!」

ニールセン:フルート協奏曲
シベリウス:交響曲 5



 久しぶりに、予告通りの来日外国人指揮者の登場。インキネンは1980年フィンランド生まれ。強い個性は感じさせないが、オーケストラからバランスのよい、やや硬質だが良質の豊かな響きを引き出し、全体のまとめ方がとても上手い指揮者だ。

 指揮者の意向か、すべて北欧作曲家の作品で統一。中々渋い選曲だが、個性的で魅力たっぷりの名曲ばかりだ。定期ならではのプログラムだが、来場者が少なかったのが残念。

 

 スウェーデンの作曲家、ステーンハンマル(18711927)の序曲は1896年の作品で札響初演。賑やかな明るい作風で、北欧の民俗風の香りがあるが、全体的にはドイツ後期ロマン派系の厚い響きがする。オーケストラのためのエチュードのような技巧的な箇所が多く、弦楽器も管楽器も大活躍。インキネンは、音楽が騒々しくならない限界のところまでオーケストラを上手くコントロールしながら盛り上げ、全体をしっかりとまとめ上げた快演。

 ちなみにステーンハンマルはエーテボリ交響楽団の芸術監督を務め、ニールセンを指揮者として招聘したり、友人のシベリウスの作品を紹介していたそうだ。


 ニールセンはデンマークの作曲家。このフルート協奏曲は1926年の作曲で、ステーンハンメルに負けず劣らずアクティブな作品だが、クラシックな作風のステーンハンマルに対して、これは第一次世界大戦後の時代を物語る垢抜けたモダンな作風。

 ソリストの工藤重典は札幌出身の大御所的フルーティストでさすがの名演。躍動する多彩な楽想が、明るい音色、落ち着いたテンポと歯切れ良いリズム感で表現され、この作品の特徴でもあるオーケストラの管楽器群との対話が素晴らしかった。打楽器とフルートソロの協奏は、打楽器がもう少し音が前に出た方が面白かったのでは。

 ソリストアンコールでドビュッシーの無伴奏フルートのための「シランクス(パンの笛)」


 シベリウスは冒頭から明確なオリジナリティを感じさせ、やはり北欧一の作曲家であることを強く認識させられた。インキネンはオーケストラを統率する、というよりは団員の自主的なアンサンブルと表現力を促し、それをサポートしていく、という指揮。特に、終楽章のホルンに繰り返し登場するパッサカリア風モティーフなど、絶妙にコントロールされた管楽器群の優れた表現力とアンサンブルが見事。弦楽器の緻密で深い表現とよく調和し、スケールの大きなシベリウス像がしっかり描かれていた。

 冒頭の北欧の望洋な大自然を感じさせる響きなど、もう少し繊細な味わいが欲しいところも幾つかあったが、全体としては最近の札響の好調さを物語る、音楽的にも技術的にもよくまとめ上げられた好演。



2022/03/09

 びわ湖ホールプロデュースオペラ

ワーグナー作曲《セミステージ形式》

パルジファル


2022年3月6日13:00  びわ湖ホール大ホール


指揮:沼尻竜典(びわ湖ホール芸術監督)京都市交響楽団


アムフォルタス:青山 貴 ティトゥレル:妻屋秀和

グルネマンツ:斉木健詞 パルジファル:福井 

クリングゾル:友清 崇 クンドリ:田崎尚美

聖杯守護の騎士:西村 悟、的場正剛

小姓:森 季子、八木寿子、谷口耕平、古屋彰久

クリングゾルの魔法の乙女たち:岩川亮子、佐藤路子、山際きみ佳、

               黒澤明子、谷村由美子、船越亜弥 

アルトの声:八木寿子

合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル




 沼尻によるびわ湖ホールのワーグナーシリーズは、 2016年の「さまよえるオランダ人」から始まり、1720年の「びわ湖リング」、21年の「ローエングリーン」、そして今年が「パルジファル」。
 来年は「マイスタージンガー」が予定されており、これでワーグナーの代表作(「タンホイザー」は12年に上演)が完遂される予定。
 コロナ禍で「神々の黄昏」は無観客公演、21年以降はセミステージ形式での上演となっている。

 このプロデュースオペラは1999年から始まっており、25年を経てワーグナーを完遂するのは素晴らしい。

 

 16年以来このシリーズを、「神々の黄昏」を除いて、毎回鑑賞してきたが、音楽的には今回の「パルジファル」がもっとも完成度の高い公演だったと思う。

 全体を統括した沼尻の指揮が素晴らしかった。肩の力が抜けたように音楽の流れが自然で、かつ表現が柔軟で多彩。京都市交響楽団の響きはよくまとまっていて、アンサンブルの密度が高く、上質のとてもいい音がしていた。


 歌手は予定されていた外国人キャストがコロナ禍で来日不可となり、全て日本人による公演。これ以上はないベストキャストで、期待したとおりの仕上がりではなかったか。

 グルネマンツの斉木健詞は、第一幕の長い語りが始まったころから安定し、声がよく響いてきて、適役。

 ティトゥレルの妻屋秀和はさすがの貫禄で素晴らしい声。出番が少ない役でとても残念だったが。

 パルジファルの福井 敬は、彼ならではの明瞭で格調高く、表情豊かな歌唱で、移りゆく感情の変化が余すところなく伝わってきた。ただ彼の衣装だけ異質でどのような意味があるのか、おそらくこの日の午前にあったレクチャーで説明があったのかもしれないが、出席しなかったので不明のまま。

 クンドリの田崎尚美は声の質声量、表現、雰囲気、衣装とも申し分ない。

 アムフォルタスの青山 貴、クリングゾルの友清 崇も好演。騎士、小姓はしっかり主役級を支えており、合唱はよくまとまっていた。


 今回も昨年同様セミステージ形式で、正面に大きなスクリーンを設置し、情景に応じた画像を投影する演出付き。
 モンサルヴァートの森や白鳥などの写実的な画像はともかく、核となる聖杯、救済のイメージや度々現れた紅白の波線のような動きなど、理解しにくい画像もあった(私だけだったかもしれないが)。

 字幕は、どぎつさを上手に避けながらの節度ある翻訳で好感が持てた。


 びわ湖ホールのワーグナーはわかりやすさが特徴の演出で、「さまよえるオランダ人」から「リング」まではミヒャエルハンペ。プロジェクションマッピングを使用した写実的演出で、ストーリーが実によく理解でき、視覚的にも面白かった。

 初期には映像と音楽が合わない技術的問題があったが、「ジークフリート」はほぼ完璧だったのではないか。その後の進展を期待していたが、コロナ禍で中断してしまったのは残念。今後、復活する舞台上演に期待しよう。

 

 びわ湖ホールのプロデュースオペラは「びわ湖ホール声楽アンサンブル」を中心とした地元育成組と、日本と世界のトップクラスの歌手・演出家を上手く組み合わせながらの上演。ワグネリアンから一般の音楽ファンまで幅広い層を対象にした作品理解のための事前講座も設けられている。

 中ホールオペラでは地元勢で良質の親しみやすい公演を制作し、大ホールでは今回のように周辺の配役を地元でしっかり固め、トップクラスの公演を作りげていく。この方針は公立ホールのオペラ制作としては理想的だ。 

 これを一つのモデルとして、札幌でも札幌文化芸術劇場が中心となり、将来、恒常的に高水準のオペラ上演が制作できるようになることを期待する。







2022/03/01

 <第24回リスト音楽院セミナー>


ライブビューイング特別講義


2022年2月2616:00   札幌コンサートホールKitara小ホール

講師/ガボールファルカシュ(リスト音楽院教授)

通訳/谷本聡子(札幌大谷大学教授)


レクチャーテーマ リストと19世紀のハンガリーの作曲家たち



    ハンガリーとオンラインで結んでの特別講義。リスト音楽院出身のピアニストで日本在住のギュラ•ニャリ(Gyula Nyari )が編纂し、日本でのみ発売されている「ハンガリー人作曲家ピアノ作品集」(ヤマハミュージックメディア、2011年)に基づいてのレクチャー。

 ステージ上に設置された大きなスクリーンに、ピアノの前に座った講師が映し出され、講義と演奏を行う。それを通訳が的確に翻訳していく、という流れ。タイムラグなどは全くなく、技術的には完璧だ。


 フランツリストを中心に、交友関係、師弟関係のあった作曲家とその作品を紹介する内容。著名な人物はショパンだけで、その他はコルネールアーブラーニ(18221903)など、日本ではほとんど知られていない人物ばかりだ。

 ちなみにこのアーブラーニは1875年の王立音楽院、現在のリスト音楽院の創設に関わった人物で、作曲家としても活動していたが、むしろ理論、評論関係に大きな功績を残している。リストは彼の作曲したチャールダーシュに基づいて、ハンガリー狂詩曲第19番を作曲した。


 興味深かったのはカールフィルチュ(183045)で、ショパンにも師事をした天才ピアニストだったが、結核で早逝したそう。


 他に紹介されたのはフェレンツエルケル(181093)、ミハーイモショニ(181570)、ヴィンセントアドラー(182671)、カーロイアグハージ(18551918)。

 ファルカシュの演奏で、アーブラーニの作品がいくつか紹介された。中にはオリジナル曲と、リストが添削し手を加えたアレンジ版を比較して演奏する例もあり、リストの作曲技法を探る手がかりともなる面白い企画でもあった。


 音楽史上の知られざる作曲家を探訪することは、テーマが明確であれば、単なる落ち穂拾いに止まらない大きな発見がある。個々の作品が人口に膾炙する作品かどうかは、わずか2時間のレクチャーの中で判断するのは難しいが、今回のように一人の大作曲家の人脈を通して、そこに集う様々な人物を追跡していくことは、謎解きをする期待感もあって、大変興味深い。

 聴衆が少なかったのが残念だったが、リスト音楽院セミナーでは、毎回講師による特別講義を開催しており、ヨーロッパの第一線で活動している教育者、演奏家ならではの興味深いレクチャーを聞くことができる。優れたレクチャーは将来的に、記録に留めて置くことを是非検討していただきたい。

(写真はファルカシュ教授、Kitaraホームページから引用。)