2023/05/30

 札幌交響楽団第653回定期演奏会


52813:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/マティアス・バーメルト

ソプラノ/安井陽子

バリトン/甲斐栄次郎

合唱/札響合唱団、札幌放送合唱団 

合唱指揮/長内勲、大島恵人、中原聡章

管弦楽/札幌交響楽団


メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」序曲、夜想曲

ブラームス:ドイツ・レクイエム


    ブラームスはコロナ禍で202021年と2度断念し、今回やっと実現したバーメルト念願の作品。ことさら大きく構えることもなく、自然な語り口で、全体をおおらかにまとめ上げた演奏。第曲のドラマティックなシーンでも、鋭角になり過ぎずにまとめ上げるなど、オーケストラを自然に響かせる柔らかさがあって、聴いていてとても心地よい。


 合唱団はマスクを外してP席での歌唱。ただし、一席ずつ空けての席割で、声はホール内に自然に広がるが、今日聴いた席(2CB10列目やや上手より)では、全体的に少々輪郭のぼやけた響きに聴こえてきて、例えば第3曲目のフーガの動きなど、よくわからない箇所があったり、全体的に歌詞が捉えにくかったのが残念。オーケストラと合唱は一体感があったにせよ、オーケストラの響きにやや隠れがちなところが多かった。小編成でのアンサンブルのところでは明確に歌詞が聴き取れたので、これは席配置のためだろう。これらを除けば、合唱はバランスも良く、高水準だったのではないか。


 全体的にはソリストが加わった3曲目以降が、表情が引き締まって、音楽の表現に幅が出てきて、わかりやすく聴きやすかった。

 ソリストは、ステージ前面で歌ったためか、2人とも歌詞も声量も申し分ない。特に5曲目での、ブラームスでは珍しく高音部に集中した旋律ラインを、ソプラノの安井が安定感ある歌唱で、音程、歌詞、表情、合唱との対話など様々な要素を見事に表現していて、素晴らしかった。オーケストラの響きも美しく、この楽章は今回の白眉。バリトンの甲斐が歌った第3曲と第6曲も好演。


 オーケストラは、様々な管楽器のソロがとても良く、聞き応えがあったが、最後のピアニッシモなど、弱音での表情にもっと磨きがかかるとさらに魅力的な演奏になっただろう。

 終演後20秒以上バーメルトが静止して動かず、その間拍手がなく、余韻を楽しむことができた沈黙の時間が続いた。やはりこの種の作品では終演後の余韻は必要だ、と認識することができた貴重な機会。終演次第間髪を入れず拍手をする聴衆が多い都市とは違って、今日の聴衆の節度ある態度は素晴らしい。


 前半のメンデルスゾーンは、荘厳で、なかなか渋い響き。メンデルスゾーンらしい、快活な響きではなく、ちょっと重いかな、とも思ったが、これは今日のバーメルトの音楽作りの方針だったのかもしれない。

 オーケストラは音楽に乗り切れないところがあって今一つ冴えに欠けたところがあったが、夜想曲は管楽器の秀悦なソロもあって、こちらは楽しめた。


コンサートマスターは会田莉凡。

2023/05/29

 回想の名演奏

イングリットヘブラー  ピアノリサイタル



200311月7日19:00  札幌コンサートホールKitara小ホール


ピアノ/イングリットヘブラー


モーツァルト:ピアノソナタ 第11番イ長調K .331 「トルコ行進曲付」

       メヌエット ニ長調 K .355

       デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲ニ長調K .573

       ロンド イ短調 K .511

       ピアノソナタ 第13番 K .333




    イングリットヘブラーが514日亡くなった。日本の招聘元音楽事務所KAJIMOTO (前梶本音楽事務所)によると93歳とのこと。
 札幌コンサートホールKitaraでは、一度だ2003117日に公演があった。この年が最後の来日となり、2006年6月22日にも再演を予定していたが病気のため果たせなかった。

 ヘブラーは、1960年代半ばからほぼ隔年ごとに来日していたようだ。札幌ではKitara 含め、全3回公演している。Kitara オープン前では、19716月8日に札幌交響楽団との協奏曲の夕べ(ペーターシュヴァルツ指揮、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番と第26番を演奏)、1983年にリサイタル(オールモーツァルトプログラム)を開催している(いずれも会場は旧札幌市民会館、北海道新聞社主催)。

 20年ぶりとなった2003年の札幌公演、Kitara でのリサイタルはオールモーツァルトプログラムで、ヘブラーの評価の定まった定番メニューだった。会場は小ホールで、使用ピアノはホール所有のスタインウェイ。


 この時、Kitaraは開館6年目。小ホールは、豊かで潤いのある響きがする、との評価が定まりつつある時期でもあった。一方で、スタインウェイピアノもちょうど熟し始めてきた音色を聴かせていた頃で、この日聴いたヘブラーの演奏は、そのホールとスタインウェイの響きがうまく溶けあって、6年目を迎えたこの時期の小ホールでなければ決して聴けなかった、美しく、しかも独特の魅力ある音だった。


 彼女の音色はやや硬質ではあったものの、一つ一つの音が磨き上げられ、綿密に仕上げられた見事な演奏だった。荒々しいタッチで生じる雑音などは一切聴こえてこない、全てがコントロールされた彼女ならではの美的感覚に満ちた世界だ。


 演奏解釈は1983年に聴いた時と、ほとんどその印象は変わらない。

 83年も2003年も、レコードやCDで聴いて慣れ親しんでいたヘブラーの演奏と変わらず、またライヴならではの即興性などはほとんど無く、その代わり破綻も一切無い常に安定した演奏だった。

 

 円熟の境地に達するなどの言葉はヘブラーには必要がなく、若い頃から極めて完成度の高い演奏を聴かせ、ヨーロッパの知性ある教養人しか表現し得ない、とても優れたバランス感覚を持った演奏をし続けていたと思う。しかし、そこには何度繰り返し聴いても飽きさせない、中庸の魅力とも言えるのだろうか、他のピアニストにはない、精神を落ち着かせてくれる安心感があった。日本で人気があったのはこのためでもあろう。


 人生の全てをピアノに捧げた人だったのだろう。その演奏にはそういう突き詰めた感性や厳しさを垣間見せながらも、いつも温和な、端正で上品な雰囲気が漂っていた。Kitara の小ホールで聴いた忘れることのできない名演の一つである。


 個人的には、モーツァルトよりもシューベルトを弾くヘブラーの方が好きだった。昭和40年頃、何故か家にあった作品90142 の全曲を入れた即興曲集のレコード(現在のレコードは買い換えて、Philips A 02321 L)は、繰り返し何度も聴き続けている。私にとっての永遠の名盤である。

2023/05/21

 現代のチェロ音楽コンサートNo.31 

〜フィンランドの響き


202351819:00  ザ・ルーテルホール


チェロ/文屋治実

ピアノ/浅井智子


マッティ・ラウティオ:ディヴェルティメント第2番(1972

 1. エレジー 2. 間奏曲 3. フィナーレ

ペールヘンリクノルドグレン:エピローグ Op.611983

アウリスサッリネン:白鳥の歌から Op.67(1991)

タネリクーシスト:慰め Op.32-1(1940)

ラウリサイッコラ:アリオーソ Op.26-1(1949)

カイヤサーリアホ:スピンとスペル(チェロ独奏のための)(1997

アルマスヤルネフェルト:子守歌(1904

ヤンシベリウス:ロマンス Op.78-21915-19

        ロンディーノOp.81-21915

        2つの荘厳な旋律 Op.771914-151. 賛歌 2. 献身

エイノユハニラウタヴァーラ:我が心の歌(2000

マッティラウティオ:ディベルティメント第1番(1955

 1. 序曲 2. 子守歌 3.カンカン



 昨年(20224

27 

日参照)で30回を迎え、ひと段落。31回目の今年はフィンランドに焦点を絞ったプログラム。前半に20世紀後半の作品を中心に、後半に曲を除いて20世紀前半の調性のある作品を配置。

 初めて聴く作品ばかりで、前半は厳しい作風の作品が多く、20世紀の戦後の時代はこんなに暗い時代だったのか、と正直言って気が重くなった。これは当時の作曲界全体に浸透していたこの時代特有の感情なのだろうとは思うが。

 今日の前半の作品群は、反抗心と強い独立性が感じられるローカルティ豊かな作風だ。北方人ならではの逞しさと民俗性、一筋縄では理解し難い、底力のある表現技法は彼等の独特な世界観を反映しているようだ。演奏は、特にその点を強調していたわけではないが、フィンランドという国の強いオリジナリティを明確に感じさせ、中々聞き応えがあった。

 後半は対照的に諧謔的で明るい作品が多く、ほっと一息。また次回も来てみようか、と思わせ、明るく帰路につけた。よく考えられたる心憎いプログラミングだ。


 チェロコンクール用に書かれた作品が2曲あって、前半にサッリネンと後半最初のサーリアホ。2曲とも20世紀末に作曲され、チェロの演奏技法のほぼ全てが網羅された難易度の高い作品だ。

 サッリネンはプログラム解説にあったように、鬱積した民族の感情を描いており、今日の前半の作品群の中ではもっとも説得力のある作品。ほの暗い感情を見事に引き出した文屋の演奏が見事。コンクール挑戦者ならもっとメリハリをつけて大袈裟な表情をつけるのだろうが、程よくバランスのとれた演奏で、この作品の内容がとても良く伝わってきた好演。

 サーリアホはフラジオレットを多用した一風変わった作風だが、ヨーロッパナイズされた、インターナショナルな雰囲気が感じられ、サッリネンとは違った世界が描かれていて、その対象がよく伝わってきた演奏だった。

 

 後半の作品群では、ラウタヴァーラだけが2000年の作品だが、作風はクラシックで、その他のシベリウスとその周辺の作曲家の作品と比較しても違和感がない。ここでの文屋の安定感はさすがで、音程や歌い方がピッタリはまっていて、どの作品も、多彩な表現で申し分ない。

 見事だったのは、浅井のピアノ。前半の硬派な作品群と、後半の調性作品群とで音色を鮮やかに変え、様々な表情で文屋を支えたり、リードしたりと、見事なパートナー役を果たしていた。彼女無くして今日の演奏会の成功はなかっただろう。

 プログラム解説はいつものように文屋が執筆。ナビゲーター役としては充分な内容だった。

2023/05/07

 Kitaraあ・ら・かると〉

こどもの日のオルガンコンサート


20235514:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


オルガン/山口 綾規

司会/古屋 


イェッセル:おもちゃの兵隊の行進

モーツァルト:セレナード第13番 ト長調 K.525

                「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より第1楽章

..バッハ:フーガト短調BWV 578「小フーガ」

ヴィエルヌ:幻想的小品集よりウェストミンスターの鐘 作品54-6

ロジャース:「サウンド・オブ・ミュージック」より

J.ウィリアムス:「スター・ウォーズ」より メイン・タイトル 

ポンキエッリ:歌劇「ラ・ジョコンダ」より時の踊り



    山口綾規はKitara初登場。
 柔らかい音色で、全体を包み込むように演奏するオルガニスト。どの作品も、上手にまとめて、全体像をわかりやすく聴かせてくれる。

 レジストレーションの選択は、刺激的な響きを避けるようにバランスが良く、どの作品も優しい音色で統一。このオルガニストの節度あるオルガン音楽への嗜好が感じられ、好感の持てる演奏家だ。子供向きコンサートとしては、最適のオルガニストかもしれない。

 お話しの内容は、司会の古谷含め必要最小限ですっきりしていてよかった。

 ステージ上にスクリーンを配置して、オルガニストの演奏の様子を投影。こどもの日オルガンコンサートの定番メニューだが、4段鍵盤を弾き分ける様子やペダル鍵盤での足捌きなどがよくわかり、何度観ても楽しめる。


 全体的に編曲プログラムが多く、その中ではポンキエッリがよく出来た編曲で面白かった。ロジャースとJ.ウィリアムスは、余計な演出効果等が一切なく、品よくまとめあげた編曲と演奏

 オルガンのオリジナル作品としてはバッハ、ヴィエルヌの2曲だけだったが、両曲とも安定した好演だった。


 親しみやすい作品ばかりでよかったが、編曲物がやや多かったような気がする。もう少しオルガン音楽の醍醐味を味わえるオリジナル作品があった方が、子供たちにはいいと思った。

 一方、編曲作品はレジストレーションがいつも同じパターンになりがちだったので、作品ごとにもっと大胆にレジストレーションを変えた方が聴衆は楽しめたのではないか。

 

 ビジターのオルガニストは、一台として同じ楽器が存在しない大オルガンに素早く慣れ、演奏しなければならない。レジストレーションやペダルの感触など、短い時間に全てを把握しなければならないので、その知られざる苦労は大変だと思う。今回は、オルガンに時々不慣れなところがあり、パイプが全て鳴り切っていない箇所もあったのは、おそらく事前のリハーサル時間が少なかったのかもしれない。

 アンコールにディズニーメドレー。


2023/05/05

 Kitara あ・ら・かると〉

スプリング・コーラスセレクション!

           〜中学生スペシャル


20235414:30  札幌コンサートホールKitara大ホール


◼️女声合唱 

合 唱/栄町中学校 日章中学校 札苗北中学校 啓明中学校 

    北都中学校 陵北中学校 伏見中学校  上篠路中学校合唱部

ピアノ/塚田 馨一(幌西小学校)


いのちのうた Miyabi(竹内まりあ)作詞/村松崇継作曲/横山潤子編曲

 指揮/江川 佳郎(清田高等学校)

落葉松 野上彰作詞/小林秀雄作曲

 指揮/田丸 基子(啓明中学校)

手紙 〜拝啓十五の君へ〜アンジェラ・アキ作詞作曲/鷹羽 弘晃編曲

 指揮/小山 薫(札苗北中学校)

◼️混声合唱

合 唱/青葉中学校 幌東中学校 福井野中学校 あいの里東中学校

    北陽中学校 伏見中学校 合唱部

ピアノ/小松 智子(手稲中学校)


信じる 谷川俊太郎作詞/松下耕作曲

 指揮/市川 大貴(北陽中学校)

 森山直太朗、御徒町凧作詞・作曲/信長貴富編曲

 指揮/横田 拓己(福井野中学校)

混声合唱組曲「IN TERRA PAX -地に平和を」 から

      「In Terra Pax鶴見正夫作詞/荻久保和明作曲

 指揮/野口 珠緒(真駒内中学校)

◼️パイプオルガン独奏
オルガン/吉村 怜子

目覚めよ、と呼ぶ声ありBWV645  J.S.バッハ

主よ、人の望みの喜びよBWV 147  J.S.バッハ

◼️合同合唱

合 唱/上篠路中学校 青葉中学校 栄町中学校  啓明中学校

    幌東中学校  伏見中学校 札苗北中学校 福井野中学校

    北都中学校  日章中学校 琴似中学校  北陽中学校

    陵北中学校  手稲中学校 東白石中学校 あいの里東中学校

    八軒中学校    合唱部

ピアノ/千葉 皓司(伏見中学校)


札幌の風、四季の道 小林真由作詞/横山未央子作曲

 指揮/藤原潤子(あいの里東中学校)

 オルガン/吉村 怜子

カンタータ「土の歌」から「大地讃頌」大木 惇夫作詞/佐藤 眞作曲

 指揮/三澤 真由美(上篠路中学校)

ふるさと 高野辰之作詞/岡野貞一作曲/平吉毅州編曲

 指揮/津田 尚


 今回は札幌市内17校による合同コーラス。参加校が多く、華やかで重厚な響きのコーラスを聴くことができた素敵なコンサートだった。

 昨年は(2023年5月4日)市内中学校4校の吹奏楽によるコンサートで、今後は隔年で吹奏楽と合唱のコンサートを開催していくようだ。コロナ禍がひと段落して、やっと通常通りのコンサートが開催できるようになったのはうれしい。

 新学期が始まったばかりで多忙の中、合同合唱をよくこれだけまとめ上げた学校教育関係者に感謝。


 プログラムは、前半に校による女声合唱と6校による混声合唱、後半はオルガンソロと合同合唱という構成。

 前半は、女声と混声のコーラスで、比較的クラシックで多彩な作品が多かったので、幅広い年齢層が楽しめる内容だったのではないか。


 後半の全校合同合唱で歌われた「札幌の風、四季の道」は2010年の初演。この合同コンサートで永く歌い継がれていくオリジナル作品として作詞作曲ともに札幌出身の学生(当時)に、新作委嘱して生まれたもの。

 編成は合唱と吹奏楽とオルガンのためのもので、札幌の四季の情景を情緒豊かに歌った作品。今回のように、合唱とオルガンだけの場合は、吹奏楽のパートをピアノで演奏する場合もあり、編成の変更にも対応している。コロナ禍で中断があったものの、「大地讃頌」と共に毎年、このコンサートで歌い継がれており、愛唱歌として定着してきたようだ。

 全校合同合唱は、200名を超える大合唱。迫力があるのはもちろんだが、発声と全体のハーモニーが美しく、音楽的にとても充実したまとまりのある合唱で、札幌の中学校の合唱のレベルの高さを示してくれた演奏だった。


 最後の名曲「ふるさと」も、このコンサートの定番。指揮の津田尚は

2010年以来この合同合唱を指導してきた名教師で、今回はOB指揮者としての特別出演。生徒たちを伸びやかに歌わせてリードしていく指揮はフィナーレにふさわしく、さすがだった。


 その他に、印象に残ったのが、合唱をしっかり支えたピアノ伴奏者。特に後半に出演した千葉皓司は、この合同コンサートがスタートした当初から参加しており、今日も素晴らしい演奏を披露してくれた。

 バッハのソロと「札幌の風、四季の道」でオルガンを演奏した吉村怜子も好演。


 中学生の伸びやかで溌剌とした合唱は、やはり素晴らしい。不安な世相の中、未来への限りない可能性を秘めた生命力ある歌声は何ものにも代え難い。もっと多くの人達に聴いてほしいコンサートだ。