2026/03/29


東京都交響楽団第1040回定期演奏会Cシリーズ

2026年3月26日14:00 東京芸術劇場


指揮/オスモ・ヴァンスカ

管弦楽/東京都交響楽団


シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 op.39

シベリウス:交響曲第4番 イ短調 op.63



 オスモ・ヴァンスカは、札幌には2014年のPMF客演指揮者として来札しているが、残念ながらこの時の演奏会は聴いていない。

 客席から見る限り、振りが大きく、明確でクリア、輪郭がはっきりしておりわかりやすい。こういう指揮ぶりのためか、オーケストラは伸びやかで力強い表現でフレーズは明確で息が長く、一つ一つのフレーズの連結も素早く息をつく暇もない。ということで聴き手にとっても分かりやすくいい指揮者だ。


 第一番は比較的早目のテンポでどんどん先に進み、全体に隙がない。

一方で歌い方がちょっと雑になるところもあって、おやおやと思わせるところがあったが、すぐにその後修正され、思い入れたっぷりに歌わせる箇所はほとんどない。

 他の指揮者だともっと様々なモティーフを歌い込み、ロマン派的世界を強調するのだろうが、意外とすっきりとした演奏。自国の作曲家に対して割と客観的にあっさりと取り組むところがいい。聴きやすくいい演奏だった。


 ただこの調子で第4番を演奏されたら一体どうなるのか、と思っていたらだ意外にも落ち着いたテンポで、じっくりと細部まで仕上げた演奏。

 今重要なのは、このフレーズ、このモティーフというのがとても明確。それらが積み重なって作品が出来ていることを明瞭に示してくれ、難解と言われるこの交響曲を実にわかりやすく丁寧に解説してくれるが如き演奏だった。

 この楽団をいつも聴いているわけではないので、基本的なサウンドはよくわからないが、全体的にオーケストラ全体の響きがくっきりと無駄なく聴こえてきて、特に低音部がクリア。この辺りは、ヴァンスカの、ラハティ交響楽団を育て上げた有能なトレーナーとしての才覚なのだろうか、都響からいい響きを引き出し、全体的に落ち着いて聴けた演奏だった。

 コンサートマスターは矢部達也。


 ジャン・ロンドー チェンバロリサイタル

~オール・バッハ・プログラム~

2026年3月26日19:00 王子ホール


チェンバロ:ジャン・ロンドー


J.S.バッハ
 プレリュード リュート組曲ハ短調 BWV997より
 パルティータ第2番ハ短調 BWV826
 パルティータ第4番ニ長調 BWV828
 シャコンヌ 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調

                           BWV1004より


 冒頭、ルイ・クープラン風の即興演奏で始まり、17世紀から18世紀前半のバッハの時代へ。昨日のルイ・クープランリサイタルを聴いた者だけにわかる世界で、これは唸らせた瞬間。

 また昨日の極上のチェンバロの音色を聞いた後で、今日のミートケ・モデル(ヤン・カルスベック2000年、ジャーマン・モデル)の楽器がどうか、これも楽しみの一つだったがホール全体に響きわたり、とても魅力的。おそらくロンドー以外からは聴けない音色で、彼がエクセレントなチェンバロ奏者であることが認識できた瞬間でもある。


 さて、いつものように照明を落としほぼ暗闇の中での儀式が開始。今日のバッハ、まず冒頭にロンドー編曲によるリュート組曲。明らかに前夜のルイ・クープランの世界との橋渡しを意味していると思われる。連続する16分音符の流れを柔軟なアゴーギクとテンポの微妙な変化でニュアンス豊かに表現、魅力的な演奏。


 パルティータ第2番は意外にちょっと弾きにくそうにしていて、音を飛ばしたり、と彼には珍しく不調なところがあったようだ。基本的にあまりテンポが揺れず、端正な演奏。即興的走句はサラバンド、カプリッチョで聴こえてきたが、昨日のルイ・クープランほど多彩ではなく、全体的には常識的な演奏。


 第4番がいい演奏だった。序曲でゴージャスな雰囲気を、アルマンド、クーラントでは音量豊かに(おそらく8‘+8”)自由闊達な世界を聴かせてくれ、最後のジークなどは意外にも下鍵盤だけで楽譜通りのシンプルな演奏。そのまま息をつかずシャコンヌを弾き始め、聴衆に考える時間を与えてくれない。


 シャコンヌはロンドーによる編曲版で、これは今即興演奏しながら創造されているような演奏。豊かな響きと伸びやかな感性、次々と展開される多彩な表情での変奏に、まるでバッハ自身が弾いているかのような錯覚を受ける。基本的に下鍵盤の弦一本で演奏している場合が多かったように聴こえ、その楽器を響かせる抜群の才能に感心。豊かな響きと変奏による表情や音色の違いが鮮やかに伝わってきた秀演。


 前日のルイ・クープランとは違って、パルティータは楷書体の演奏、シャコンヌでは楷書体と草書体の両面の姿を見せ、バッハの多様性を示してくれた。楽器は、今日のミートケ・モデルもかなり個性的だが、昨日の初期フレンチの印象が強烈だったためか、今日の方がより汎用性のありそうな楽器に聴こえてきてたのは私だけか。


 アンコールに変ホ長調のフランス組曲から「アルマンド」、フランソワ・クープランの「神秘的なバリケード」。休憩なしの約80分のプログラム。

 最後のクープランは聴衆へのサービスか。あまり今日のプログラムとは関連性がないようにも思えた。

ジャン・ロンドー  チェンバロ・リサイタル

2026年3月25日19:00 東京文化会館小ホール


チェンバロ:ジャン・ロンドー


"TOMBEAU DE MONS COUPERIN"


組曲 二調 Suite en Re

 ルイ・クープランLouis Couperin(C1626-1661) 

       Prélude 1

       Allemande 35

       Courante 42

       Courante 43

       Sarabande 51

       Canaries 52

       Chaconne La Complaignante 57

   エモン・ゴーティエEnnemondGaultier,dit<GautierleVieux>

  (1575-1651)

       TombeaudeMezengeau(メザンジョー氏のトンボー)


組曲 二調 Suite en Re

    ルイ・クープランLouis Couperin

       Duretez Fantaisie(不協和音のファンタジア)

       Prélude 2

       Allemande 58

       Courante 59

       Gaillarde 61

       Chaconne 55

    ジャン=アンリ・ダングルベールJean-HenriDAnglebert(1629-1691)

       Tombeau de Mr. De Chambonnières (Suite No.4 en ré majeur: VII.)

    (シャンボニエール氏のトンボー)


組曲ト調 Suite en Sol

    ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール

    JacquesChampiondeChambonnieres(1602-1672)  

       Pavanne (Livre II)

    ルイ・クープランLouis Couperin

        Allemande 93

        Courante 94

        Sarabande 95

        Chaconne 121

     フランソワ・デュフォー Frangois Dufaut(1604-1672)

        TombeaudeMr.DeBlancrocher(ブランクロシェ氏のトンボー)



 ルイ・クープランに寄せるトンボー(哀悼曲という意)と題したプログラム。今年はルイ・クープラン生誕400年。それにちなみ、彼を中心に、ゴーティエ、ダングルベール、シャンボーニエール、デュフォーのトンボーを加え構成された魅力的な極上のプログラム。

 今日のもう一つの注目点は、このプログラムを演奏するのに最も相応しい楽器である「初期フレンチ」と呼ばれる17世紀後期のフレンチ様式のチェンバロを演奏すること。

 招聘元作成のパンフレットに記載されていた牧田啓佑氏の解説(一部掲載)によると、名工、デイヴィット・レイがヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の故千成千徳氏のために制作した2018年の楽器で、今回公の場に初めて登場するそうだ。

 この楽器のモデルとなったのは、1679年のヴァンサン・ティボー(Vincent Tibaut)の楽器(名器ゆえチェンバロの歴史関連の本には必ず紹介されている)。

 装飾含め忠実に再現しながら、単なるレプリカではなく、今の時代に相応しい楽器として再創造されていて、ステージ上の楽器を見るとヴィジュアル的にもとても美しい楽器だ。

 ちょっと面倒なチェンバロの説明をすると、このチェンバロは2段鍵盤で、一音に対して弦が3本張ってあり、ノーマルピッチで上下鍵盤用に各一本(8フィートと呼ぶ)ずつ、そしておそらく下鍵盤用と思われるが1オクターヴ上の音の弦(4フィートと呼ぶ)をオンオフで追加出来るようになっている。

 鍵盤は上鍵盤を奥に差し込むことによって上下鍵盤が連動し、同時に弾くことが出来る。つまり下鍵盤だけ(8‘)、上鍵盤だけ(8“)、連動で同時(8’+8”)、それに1オクターヴ上の音を加える(8’+8”+4)、という4種類の基本的な組み合わせがある。

 初期フレンチの楽器は粒立ちの明確なサウンドでかなり早い時期から注目されていたが、今回のようにこうして実演で聴くことが出来る機会はそう多くはない。


 さて、ロンドーだが、いつものように照明を落として、ほぼ暗闇の中で弾き始め、聴衆にも高い緊張感を要求する独特の雰囲気。しかし、その描き出した幽玄な世界は素晴らしく、何よりも楽器の音色が極上。


 各曲は楽譜通りではなく、アルペジオや装飾音など即興が加えられ、テンポが自由自在に伸び縮みして、楽譜通りに演奏している箇所はおそらく一小節もないだろう。いわば、かしこまった楷書体ではなく柔軟で自然な草書体の演奏。このしなやかな即興性と誰よりも深く歌い込んだ、しかも自由で全く束縛されない音楽が、この時代の作品をより聴衆に親しみやすく伝えてくれ、退屈させることは一切ない。

 中でもやはりルイ・クープランのテクスチュアが実に豊富で、各声部の対話風な会話やバスの豊かな動きが鮮やかに、しかもそれら全体が一つの調和した大きな響きとして聴こえてきて、それに楽器の音色の美しさが加わり心地良いことこの上ない。ミックスした音(8‘+8“等)も美しいが、それよりはそれぞれ単独で演奏した一本ずつの基音となる音色、特に下鍵盤8’の音色が実に魅力的だ。


 この時代の作品群をこれほど魅力的に聴かせてくれる演奏家は数少ないだろう。我々はルイ・クープラン以降の400年の音楽史をある程度知っていて、知らず知らずのうちに、それらと比較対照しながらこれら作品群を聴く場合が多い。しかしロンドーは、そういう聴き方を聴衆にさせず、初期フレンチの楽器の特性と即興性を反映させた演奏で、聴衆を17世紀の遠い世界に誘い、聴き手はあたかも作曲家と同時代の聴衆の一人のように作品のイメージを膨らませることができる。現代のマテリアルによって過去の財産を今に甦らせることができる優れた演奏家の一人と言っても過言ではないだろう。休憩なしで約80分。

 アンコールにルイ・クープランの「ブランクローシュ氏のトンボー81」。今日の演奏曲目全てを凝縮させたような演奏でこれで今晩のプログラムは完結。


 招聘元によると18日から池末隆、牧田啓佑の両氏が徹底的にメンテナンスを行ったそう。楽器の状態は抜群だったのではないか。

 

 なお、冒頭プログラムの曲目に付与されている番号は、オワゾリール社から出版されているルイ・クープラン作品集(1985)に掲載されている掲載順の整理番号で、作品番号ではない。

2026/03/22


 札幌の音彩Ⅲ

〜春をつげる北のアーティストたち〜


2026年3月21日15:00 札幌コンサートホールKitara小ホール


指揮/横山 奏
管弦楽/札幌音楽家協議会室内オーケストラ
女声合唱/札幌音楽家協議会合唱団
ピアノ/関 葉月、永沼 絵里香


エルガー:序奏とアレグロ 作品47
プーランク:2台のピアノのための協奏曲 ニ短調 FP61
      [第1ピアノ 関 葉月/第2ピアノ 永沼 絵里香]
メンデルスゾーン:真夏の夜の夢 作品61


 
 札幌音楽家協議会は主に札幌市内で活動する音楽家で構成されている会員組織で1961年設立。札幌コンサートホールとは1997年の開館以来連携事業を実施している。近年は同協議会の特徴を生かし、室内オーケストラと合唱団によるコンサートが中心となっている。                               今日は指揮者に札幌出身の横山奏を迎えてのコンサート。ここ数年、この連携事業に起用されているようだ。横山の指揮は何度か聴いているが、最近では、数年前に読響を振っているのを聴いて以来で、申し訳ないが、とても久しぶり。オーケストラが生き生きと元気よく演奏する、というのが彼の指揮の特徴だと記憶に残っていて、今日の演奏もまさしくその通り。

                                  冒頭のエルガーは弦楽器のための作品だが、音の響きが厚く、表現が多彩で、オーケストラの実力が以前よりもかなり向上していることを実感させた演奏。

 もちろん常設ではないゆえの難しさがあるが、横山の指揮はそれを感じさせない表情豊かなまとめ方で、音楽が伸びやかなのがとても印象的。これは彼の特質だ。


 続くプーランクは2人のピアニストが明るく生命力のある演奏を聴かせてくれ、オーケストラ共々プーランクらしい溌剌とした感性が聴衆にも届いてきてなかなか素敵な演奏だった。名曲ゆえ聴く機会が多そうに思えるが、筆者はライヴで聴くのは初めて。2台ピアノのためか意外と演奏機会が少ないようで、今日は貴重な経験。


 後半のメンデルスゾーンは、女声合唱と書き下ろし台本(本堂知彦)の語りが入る協議会バージョン。オーケストラの響きがホールに馴染んできて、弦と菅のバランスが聴きやすくなり、メンデルスゾーンらしい飛び跳ねるような生命力を充分感じさせた演奏だった。中原聡章の才気ある語りが楽しかった。

 演奏会全体としてはちょっと長めでプログラミングに工夫の余地があるものの、以前の協議会のコンサートよりははるかに聞き応えがあり、確実にレベルアップしていることを実感させたコンサートだった。

 コンサートマスターは長岡聡季。

 プロによる室内オーケストラ、合唱団は札幌では貴重な存在。小ホールで気軽に聴けるプロ集団の演奏会が今後も継続されることを期待したい。

2026/03/20


札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第24回

 2026年3月19日19:00 札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮 /大植 英次

トランペット /児玉 隼人


小倉朗:管弦楽のための舞踊組曲

ハイドン:トランペット協奏曲

バルトーク:管弦楽のための協奏曲


 ハイドンのトランペットソロは2009年生まれの児玉隼人。歌うトランペットとでも喩えるといいのか、とても音楽的によく歌い、音色が柔らかくきれい。かつ歯切れのいいリズム感があり、緩徐楽章もいいが、やはり速い楽章がノリが良く素敵だ。

 現在17 歳、やはりこの年齢でないと表現できない柔軟で魅力的な音色というのがあるようだ。フレーズがやや断片的でもう少し全体的に音色が揃ってもいいのでは、とも思ったが、他の誰からも聴けない、この日だけのオリジナリティのある音色で、今日はそれを聴くことが出来た貴重な機会だったとも言えよう。大植も万全の指揮で、聞き応えのあるハイドンだった。

 ソリストアンコールにシャルリエの36の超絶技巧練習曲より第2番。


 バルトークは時々渋い顔をした作曲家像が顔を見せるものの、概してとても明るい表情のポピュラリティある演奏。なぜこの作品がバルトークの中でも人気があるのかよくわかる演奏で、特に第2楽章のユーモラスな表情から次第にエンジンがかかり、第3楽章以降は出色の仕上がり。悩みのないアメリカナイズされたバルトークとでも言えようか、何処かバーンスタイン的な屈託のなさがあり、大植ならではの親しみのある、かつスケール感豊かなバルトークだった。機敏に大植に反応し、そつなく演奏していたオーケストラが素晴らしかった。


 冒頭の小倉の舞踏組曲は、今日のプログラム全体を聴き終わって振り返ってみると、ちょっと未消化か。特に最後の楽章が歯切れが悪く、舞踏のイメージからかなり遠い演奏。昭和20年代の作品で時代性を感じさせる作風だが、その分より研ぎ澄まされた感覚と上質の仕上がりの良さが欲しかった。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2026/03/11


 びわ湖ホール プロデュースオペラ 

トゥーランドット


2026年3月8日 14:00 びわ湖ホール大ホール


指揮:阪 哲朗(びわ湖ホール芸術監督) 

演出:粟國 淳


振付:伊藤範子


装置:横田あつみ

照明:原中治美

衣裳:増田恵美

音響:小野隆浩(びわ湖ホール)


合唱指揮:大川修司

舞台監督:山田ゆか


合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル他

管弦楽:京都市交響楽団


トゥーランドット:並河寿美

皇帝アルトゥム:林誠

ティムール:西田昂平

カラフ:福井 敬

リュー:船越亜弥

ピン:迎 肇聡

パン:福西 仁

ポン:奥本凱哉

役人市川敏雅



 2日目公演を観る。とてもいい公演だった。舞台が美しく、ブルーを主体としたクラシックなスタイルを基本とし、そこにモダンなスタイル〜例えば冒頭両サイドに大きなパネルがあり、そこに今まで犠牲になった求婚者達を象徴する髑髏が投影される〜などがプロジェクションマッピング等で投影されるなど、音楽の進行に合わせて映像と色彩が変化してわかりやすい。

 トゥーランドットの登場シーンは、煌めく照明と古風な衣装で威厳あるシーンを創出し、支配者階級と民衆との違いを明確にするなど、細かい配慮があって観衆に親切、しっかりとした様式観があり、かつステージ全体を美しく見せるコツをつかまえた良質の演出だ。粟国らしい彼の特質が発揮された名演出と言ってもいいだろう。


 最後、プッチーニが病で作曲の筆を折ったリューの死までで一旦舞台が閉じ、補作以降が場面転換され、照明で美しく演出されたシンプルな舞台となり、愛に目覚めたトゥーランドットとカラフのラブシーンが展開される。

 全く別の作品が上演されているようで、これはなかなか気の利いた演出。プッチーニとの音楽的な落差を舞台で補っており、意外と気にならずに鑑賞できたのは、この視覚的効果によるもの。


 歌手陣は、福井のカラフはやや絶叫調ではあったが、期待通りの名演。トゥーランドットの並河、リューの越ともに申し分ない。ピン、パン、ポンの3人組が存在感があり、大活躍。さらに、全体を通じ合唱団が歯切れよくパワーもあり中々の好演。日本人スタッフによるほぼベストの公演だったと言えよう。

 

 全体を隙なくまとめ上げた阪の指揮がとても充実していて聞き応えがあった。表現の多彩さは実に見事。切れ味が鋭く、躊躇なく思い切ってオーケストラを鳴らし、歌手陣をしっかりサポートというよりは完璧にリードし、手中におさめた名演だったといえよう。

 特に拍手で音楽が中断されないようにアクティヴに舞台を進め、「誰も拍手をしてはならない」という雰囲気を作り上げていたのも良かった。


 阪の指揮によるトゥーランドットは2020年10月に山形県総合文化芸術館オープニング事業として山形のやまぎん県民ホールでの公演を、びわ湖ホールでは2019年7月に東京五輪公認プログラムとして大野和士の指揮でびわ湖ホール、新国立劇場、東京文化会館、札幌文化芸術劇場の提携オペラ公演を観て以来で、いずれの公演も強く印象に残る内容。


 山形での阪の指揮も良かったが(この時もカラフは福井だった)、今回は本拠地でいつもの京都市交響楽団ということもあって、さらに磨き抜かれた高水準の公演だったと言えよう。