2026/05/24


  森の響フレンド

札幌交響楽団名曲コンサート

ドヴォルジャーク×チャイコフスキー


 2026年5月23日14:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/藤岡 幸夫

チェロ /石川 祐支<首席奏者>


ドヴォルジャーク:チェロ協奏曲

チャイコフスキー交響曲第4番



    ドヴォルジャークのソロは札響首席奏者の石川 祐支。この作品での石川と札響の共演はラドミル・エリシュカ時代の定期(2013.10.11第563回)で聴いて以来。従って個人的には13年ぶりに聴く演奏だ。

 どのフレーズでも確実で誇張されることなく的確に表現されていて、安定感のあるいい演奏だ。気心の知れた仲間との共演のためか、オーケストラとのアンサンブルも全く問題なく、ゲストソリストとの共演からは感じられない安心感がある。かつて、名匠エリシュカはこの協奏曲では結構危なっかしい棒を振っていたが、今回の藤岡の棒は的確で、オーケストラはスケール感豊かな演奏。ドヴォルジャークの優れたオーケストレーションが見事に再現されていて、とても気持ちのいい演奏だった。

 終演後は石川のネームタオルが振られるなど、プロ野球選手並みの派手で熱烈な拍手が続いたにも関わらずソリストアンコールは無し。ちょっと残念でした。


 後半はチャイコフスキーの交響曲第4番。今年は676回定期(4/18、広上)で第5番、hitaru定期第25回(4/30、円光寺)で第6番「悲愴」を聴いたばかり。わずかひと月ばかりの間にチャイコフスキーの3大交響曲を聴いたことになる。

 数少ない貴重な機会で、こうしてまとめて聴いてみると、一筋縄では行かない重量感のある傑作揃いであることを改めて認識。今振り返ってみると、演奏は三者三様の個性があって実に面白かったが、何よりもこのオーケストラが安定した実力の持ち主であることを実感出来たのは良かった。

 この第4番は意外と聴く機会が少なく、この会場で聴くのは本当に久しぶりだ。華やかで派手な作風だけにオーケストラの実力が問われる作品だが、今日の藤岡は全体をそつなくまとめ上げ、どちらかというとオーケストラの機能をうまく引き出した熱い演奏。細かいディテールもきちんと仕上げられており、申し分ない。いずれの楽章も大きな瑕疵がなく、優れたアンサンブル能力を導き出し、このオーケストラの実力を余す所なく発揮させた、スッキリとしたいい演奏だった。

アンコールに「エルガー/夕べの歌 op.15-1」。

 コンサートマスターは田島高宏。

2026/05/01


札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第25回

 2026年4月30日19:00 札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮 /円光寺 雅彦

ピアノ /松田 華音


久石譲:坂の上の雲  オーケストラのための

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」



    久石の作品は、オーケストレーションが素晴らしく、柔らかく豊穣な響きでとても聴きやすい。オーケストラの各楽器にほぼ均等に活躍の場を与え、聴き手は個々の楽器と全体のまとまりの響きを同時に味わうことができて、なかなか楽しい。久しぶりに聴く円光寺のタクトが冴え、札響から伸びやかで明るく、久石の作品を堪能するには最も相応しい響きを引き出してくれた。


 ラフマニノフを弾いた松田は、前回札幌コンサートホールでの名曲シリーズでチャイコフスキー(2022年11月6日 指揮 /松本 宗利音)を聴いて以来。かなりタフなピアニストだった印象を受けたが、今回もそれは変わらない。高い音楽性とテクニックを持ち合わせ、とてもバランス感覚に優れている。オーケストラのトゥッティでもほぼ何を弾いているか聴こえてくるし、技巧的には完璧、音色も綺麗でよく歌い込まれていて申し分ない。

 ただ今日は使用楽器の性格もあったのか、単音ではとても美しいのだが、ラフマニノフらしい分厚い豊かなハーモニーがちょっと痩せて聴こえてきて、よく伝わって来なかったのが残念。

 オーケストラは好演。ソリストとの呼吸がたまに合わなかったようだが、総じてスケールの大きさを感じさせたいい演奏だった。

 ソリストアンコールにムソルグスキー(ラフマニノフ編)/歌劇「ソロチンスクの定期市」より"ゴパック"。技巧的で華やかな作品で聞き応えがあった。


「悲愴」交響曲は、最後の楽章が素晴らしかった。弦楽器の深く心の底を抉るような歌い方、管楽器の美しい表情、コントラバスに託した次第に幕を閉じていく表情など、とても印象深く、フィナーレに相応しい表現だったといえよう。それと比較すると、第二、第三楽章など、大味で、指揮者が何を表現したいのかが、よく伝わって来ないもどかしさがあり、やや陰影の豊かさが少なく、単調になりがちだったのが残念。

 しかしながら劇場いっぱいに響き渡るサウンドはとても心地よく、札幌コンサートホールで聴く札響とはまた違った魅力的なサウンドを引き出してくれた良質の公演だったとも言えよう。

 コンサートマスターは田島高宏。

2026/04/21

札幌交響楽団 第676回定期演奏会


 2026年4月19日13:00  札幌コンサートホール Kitara大ホール


指揮 /広上 淳一<友情指揮者>

チェロ / 山崎 伸子 *


チャイコフスキー 幻想序曲「ハムレット」

チャイコフスキー ロココの主題による変奏曲 *

チャイコフスキー 交響曲第5番



 定期公演では珍しいオールチャイコフスキープログラム。幻想序曲「ハムレット」は聴く機会の少ない作品で、札響初演だそうだ。冒頭チェロ・バスの低弦が力強く充実した素晴らしい響きを聴かせてくれ、今日の演奏会への期待感を高めてくれた。

 オーケストラは充実したいい演奏だったが、広上がやや表現しにくそうに指揮をしていたように感じられ、彼のキャラクターとはちょっと合わない作品のような気がした。全体的に重い雰囲気の作風で、あまり演奏されないのもわかるような気がする。


「ロココ変奏曲」を弾いたチェロの山崎伸子は約20年ぶりの札響との共演。今年デビュー50周年だそうだ。大向こうを唸らせるスケール感はないにせよ、優しく暖かい音楽性で、聴き手を柔らかく包み込むような名演。音楽の流れが自然で、一つ一つの変奏を大切にじっくりと演奏し、作品の魅力を伝えてくれた。オーケストラも好サポート、こういう親しみやすい演奏は本当に久しぶり。

 アンコールにカタルーニャ民謡(カザルス編)/鳥の歌。色々なチェリストで聴いてきたが、今日のは最も美しくかつ感動的な演奏。かつて国連の会議場でこれを演奏したカザルスが、鳥たちはピースと鳴く、と楽曲を説明していたシーン(確かNHK TVで放映された)を思い出した聴衆も多かったのではないか。


 後半は交響曲第5番。管楽器群のソロがたっぷり聴け、聴きどころの多い作品だ。管楽器のソリスト達はそれぞれ力演で申し分なかったが、一部客演奏者が演奏していたようで、馴染みのない音色だったのが惜しい。

 各楽章の性格描写など的確で全体的に好演だったが、贅沢を言うと、フレーズのまとめ方や、各パート間の繋がりなど、細部の仕上げがやや大雑把なところがあったのが惜しい。

 この作品、札響演奏歴は105回、定期では18回目だそうで、今日も手慣れた演奏だったことは確かだが、有名曲ゆえこのホールでもかつて何度も名演が披露されてきたので、定期公演であればもっと完成度の高い演奏が聴きたかったところ。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2026/03/29


東京都交響楽団第1040回定期演奏会Cシリーズ

2026年3月26日14:00 東京芸術劇場


指揮/オスモ・ヴァンスカ

管弦楽/東京都交響楽団


シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 op.39

シベリウス:交響曲第4番 イ短調 op.63



 オスモ・ヴァンスカは、札幌には2014年のPMF客演指揮者として来札しているが、残念ながらこの時の演奏会は聴いていない。

 客席から見る限り、振りが大きく、明確でクリア、輪郭がはっきりしておりわかりやすい。こういう指揮ぶりのためか、オーケストラは伸びやかで力強い表現でフレーズは明確で息が長く、一つ一つのフレーズの連結も素早く息をつく暇もない。ということで聴き手にとっても分かりやすくいい指揮者だ。


 第一番は比較的早目のテンポでどんどん先に進み、全体に隙がない。

一方で歌い方がちょっと雑になるところもあって、おやおやと思わせるところがあったが、すぐにその後修正され、思い入れたっぷりに歌わせる箇所はほとんどない。

 他の指揮者だともっと様々なモティーフを歌い込み、ロマン派的世界を強調するのだろうが、意外とすっきりとした演奏。自国の作曲家に対して割と客観的にあっさりと取り組むところがいい。聴きやすくいい演奏だった。


 ただこの調子で第4番を演奏されたら一体どうなるのか、と思っていたらだ意外にも落ち着いたテンポで、じっくりと細部まで仕上げた演奏。

 今重要なのは、このフレーズ、このモティーフというのがとても明確。それらが積み重なって作品が出来ていることを明瞭に示してくれ、難解と言われるこの交響曲を実にわかりやすく丁寧に解説してくれるが如き演奏だった。

 この楽団をいつも聴いているわけではないので、基本的なサウンドはよくわからないが、全体的にオーケストラ全体の響きがくっきりと無駄なく聴こえてきて、特に低音部がクリア。この辺りは、ヴァンスカの、ラハティ交響楽団を育て上げた有能なトレーナーとしての才覚なのだろうか、都響からいい響きを引き出し、全体的に落ち着いて聴けた演奏だった。

 コンサートマスターは矢部達也。


 ジャン・ロンドー チェンバロリサイタル

~オール・バッハ・プログラム~

2026年3月26日19:00 王子ホール


チェンバロ:ジャン・ロンドー


J.S.バッハ
 プレリュード リュート組曲ハ短調 BWV997より
 パルティータ第2番ハ短調 BWV826
 パルティータ第4番ニ長調 BWV828
 シャコンヌ 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番ニ短調

                           BWV1004より


 冒頭、ルイ・クープラン風の即興演奏で始まり、17世紀から18世紀前半のバッハの時代へ。昨日のルイ・クープランリサイタルを聴いた者だけにわかる世界で、これは唸らせた瞬間。

 また昨日の極上のチェンバロの音色を聞いた後で、今日のミートケ・モデル(ヤン・カルスベック2000年、ジャーマン・モデル)の楽器がどうか、これも楽しみの一つだったがホール全体に響きわたり、とても魅力的。おそらくロンドー以外からは聴けない音色で、彼がエクセレントなチェンバロ奏者であることが認識できた瞬間でもある。


 さて、いつものように照明を落としほぼ暗闇の中での儀式が開始。今日のバッハ、まず冒頭にロンドー編曲によるリュート組曲。明らかに前夜のルイ・クープランの世界との橋渡しを意味していると思われる。連続する16分音符の流れを柔軟なアゴーギクとテンポの微妙な変化でニュアンス豊かに表現、魅力的な演奏。


 パルティータ第2番は意外にちょっと弾きにくそうにしていて、音を飛ばしたり、と彼には珍しく不調なところがあったようだ。基本的にあまりテンポが揺れず、端正な演奏。即興的走句はサラバンド、カプリッチョで聴こえてきたが、昨日のルイ・クープランほど多彩ではなく、全体的には常識的な演奏。


 第4番がいい演奏だった。序曲でゴージャスな雰囲気を、アルマンド、クーラントでは音量豊かに(おそらく8‘+8”)自由闊達な世界を聴かせてくれ、最後のジークなどは意外にも下鍵盤だけで楽譜通りのシンプルな演奏。そのまま息をつかずシャコンヌを弾き始め、聴衆に考える時間を与えてくれない。


 シャコンヌはロンドーによる編曲版で、これは今即興演奏しながら創造されているような演奏。豊かな響きと伸びやかな感性、次々と展開される多彩な表情での変奏に、まるでバッハ自身が弾いているかのような錯覚を受ける。基本的に下鍵盤の弦一本で演奏している場合が多かったように聴こえ、その楽器を響かせる抜群の才能に感心。豊かな響きと変奏による表情や音色の違いが鮮やかに伝わってきた秀演。


 前日のルイ・クープランとは違って、パルティータは楷書体の演奏、シャコンヌでは楷書体と草書体の両面の姿を見せ、バッハの多様性を示してくれた。楽器は、今日のミートケ・モデルもかなり個性的だが、昨日の初期フレンチの印象が強烈だったためか、今日の方がより汎用性のありそうな楽器に聴こえてきてたのは私だけか。


 アンコールに変ホ長調のフランス組曲から「アルマンド」、フランソワ・クープランの「神秘的なバリケード」。休憩なしの約80分のプログラム。

 最後のクープランは聴衆へのサービスか。あまり今日のプログラムとは関連性がないようにも思えた。

ジャン・ロンドー  チェンバロ・リサイタル

2026年3月25日19:00 東京文化会館小ホール


チェンバロ:ジャン・ロンドー


"TOMBEAU DE MONS COUPERIN"


組曲 二調 Suite en Re

 ルイ・クープランLouis Couperin(C1626-1661) 

       Prélude 1

       Allemande 35

       Courante 42

       Courante 43

       Sarabande 51

       Canaries 52

       Chaconne La Complaignante 57

   エモン・ゴーティエEnnemond Gaultier,dit<Gautier le Vieux>

  (1575-1651)

       Tombeau de Mezengeau(メザンジョー氏のトンボー)


組曲 二調 Suite en Re

    ルイ・クープランLouis Couperin

       Duretez Fantaisie(不協和音のファンタジア)

       Prélude 2

       Allemande 58

       Courante 59

       Gaillarde 61

       Chaconne 55

    ジャン=アンリ・ダングルベールJean-Henri d’Anglebert(1629-1691)

       Tombeau de Mr. De Chambonnières (Suite No.4 en ré majeur: VII.)

    (シャンボニエール氏のトンボー)


組曲ト調 Suite en Sol

    ジャック・シャンピオン・ド・シャンボニエール

    Jacques Championde Chambonnieres(1602-1672)  

       Pavanne (Livre II)

    ルイ・クープランLouis Couperin

        Allemande 93

        Courante 94

        Sarabande 95

        Chaconne 121

     フランソワ・デュフォー Frangois Dufaut(1604-1672)

        Tombeau de Mr.de Blancrocher(ブランクロシェ氏のトンボー)



 ルイ・クープランに寄せるトンボー(哀悼曲という意)と題したプログラム。今年はルイ・クープラン生誕400年。それにちなみ、彼を中心に、ゴーティエ、ダングルベール、シャンボーニエール、デュフォーのトンボーを加え構成された魅力的な極上のプログラム。

 今日のもう一つの注目点は、このプログラムを演奏するのに最も相応しい楽器である「初期フレンチ」と呼ばれる17世紀後期のフレンチ様式のチェンバロを演奏すること。

 招聘元作成のパンフレットに記載されていた牧田啓佑氏の解説(一部掲載)によると、名工、デイヴィット・レイがヴィオラ・ダ・ガンバ奏者の故千成千徳氏のために制作した2018年の楽器で、今回公の場に初めて登場するそうだ。

 この楽器のモデルとなったのは、1679年のヴァンサン・ティボー(Vincent Tibaut)の楽器(名器ゆえチェンバロの歴史関連の本には必ず紹介されている)。

 装飾含め忠実に再現しながら、単なるレプリカではなく、今の時代に相応しい楽器として再創造されていて、ステージ上の楽器を見るとヴィジュアル的にもとても美しい楽器だ。

 ちょっと面倒なチェンバロの説明をすると、このチェンバロは2段鍵盤で、一音に対して弦が3本張ってあり、ノーマルピッチで上下鍵盤用に各一本(8フィートと呼ぶ)ずつ、そしておそらく下鍵盤用と思われるが1オクターヴ上の音の弦(4フィートと呼ぶ)をオンオフで追加出来るようになっている。

 鍵盤は上鍵盤を奥に差し込むことによって上下鍵盤が連動し、同時に弾くことが出来る。つまり下鍵盤だけ(8‘)、上鍵盤だけ(8“)、連動で同時(8’+8”)、それに1オクターヴ上の音を加える(8’+8”+4)、という4種類の基本的な組み合わせがある。

 初期フレンチの楽器は粒立ちの明確なサウンドでかなり早い時期から注目されていたが、今回のようにこうして実演で聴くことが出来る機会はそう多くはない。


 さて、ロンドーだが、いつものように照明を落として、ほぼ暗闇の中で弾き始め、聴衆にも高い緊張感を要求する独特の雰囲気。しかし、その描き出した幽玄な世界は素晴らしく、何よりも楽器の音色が極上。


 各曲は楽譜通りではなく、アルペジオや装飾音など即興が加えられ、テンポが自由自在に伸び縮みして、楽譜通りに演奏している箇所はおそらく一小節もないだろう。いわば、かしこまった楷書体ではなく柔軟で自然な草書体の演奏。このしなやかな即興性と誰よりも深く歌い込んだ、しかも自由で全く束縛されない音楽が、この時代の作品をより聴衆に親しみやすく伝えてくれ、退屈させることは一切ない。

 中でもやはりルイ・クープランのテクスチュアが実に豊富で、各声部の対話風な会話やバスの豊かな動きが鮮やかに、しかもそれら全体が一つの調和した大きな響きとして聴こえてきて、それに楽器の音色の美しさが加わり心地良いことこの上ない。ミックスした音(8‘+8“等)も美しいが、それよりはそれぞれ単独で演奏した一本ずつの基音となる音色、特に下鍵盤8’の音色が実に魅力的だ。


 この時代の作品群をこれほど魅力的に聴かせてくれる演奏家は数少ないだろう。我々はルイ・クープラン以降の400年の音楽史をある程度知っていて、知らず知らずのうちに、それらと比較対照しながらこれら作品群を聴く場合が多い。しかしロンドーは、そういう聴き方を聴衆にさせず、初期フレンチの楽器の特性と即興性を反映させた演奏で、聴衆を17世紀の遠い世界に誘い、聴き手はあたかも作曲家と同時代の聴衆の一人のように作品のイメージを膨らませることができる。現代のマテリアルによって過去の財産を今に甦らせることができる優れた演奏家の一人と言っても過言ではないだろう。休憩なしで約80分。

 アンコールにルイ・クープランの「ブランクローシュ氏のトンボー81」。今日の演奏曲目全てを凝縮させたような演奏でこれで今晩のプログラムは完結。


 招聘元によると18日から池末隆、牧田啓佑の両氏が徹底的にメンテナンスを行ったそう。楽器の状態は抜群だったのではないか。

 

 なお、冒頭プログラムの曲目に付与されている番号は、オワゾリール社から出版されているルイ・クープラン作品集(1985)に掲載されている掲載順の整理番号で、作品番号ではない。