2026/09/15

札幌交響楽団 第679回定期演奏会

 2026年9月13日13:00  札幌コンサートホール Kitara大ホール


指揮 /マティアス・バーメルト

管弦楽/札幌交響楽団


シューベルト:交響曲第5番

ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」(ノーヴァク版)



 バーメルトは1942年生まれで今年84歳。札響登場は2025年6月 8日の名曲シリーズ(モーツァルトの後期三大交響曲)以来だが、入退場や指揮ぶりを見ると、前回より若返った様に見えるほど元気な様子が伺われ、まずは一安心。以前同様札響からまろやかな響きを引き出し、バーメルトならではの好演だった。

 シューベルトは小編成で演奏される場合が多いが、今日は通常の12型。編成を小さくしないのはいつものバーメルトの方針だ。もちろん編成の大きさは気にならず、彼ならではのいつもの好演。全体的に柔らかくしなやかで、音楽の流れは自然で作為的なところは一つもない。心地良い響きと表情の軽やかさ、柔軟さは彼以外誰からも聴けない素敵な演奏だ。冒頭の導入部や、ヴァイオリンの主題と、それがチェロでエコーのように繰り返される箇所などのさりげない表情など、最初からバーメルト節がとても魅力的。

 この作品、色々な作曲家の影響を受けているのはもちろんだが、ひょっとするとブルックナーがこの交響曲を愛好していたのでは、と思わせるほど多彩な要素を持っていることを示してくれた演奏だった。


 ブルックナーは14型。以前のブルックナー演奏 (第6番、第658回定期、2024年1月27日)と比べると、今日は全体の統一感にやや物足りなさを感じさせたものの、バーメルト・サウンドはここでも健在。特に弦楽器群は素晴らしい仕上がりで、歌わせ方が秀逸。抑揚が自然で、特に語尾が美しいのがバーメルトならでは。フレーズの繋がりがやや硬めの箇所があったにせよ、安定した落ち着きのある響きで聞き応えがあった。

 一方でこの作品の演奏の要とも言えるホルンは、首席が客演。第一楽章こそ定席ではないゆえに、多少の違和感があったのは否定できないが、それでも楽章が進むにつれ、随所に優れた演奏を聴かせてくれた。もう少しまとまりが欲しかったパートがあったにせよ、全体的に管楽器群も好演。

 バーメルトとオーケストラが阿吽の呼吸でもう少しお互い意思の疎通が図れたら、と思うところもあったが、それでも今回は上質の響きが聴けたとても良い演奏会だった。

 コンサートマスターは田島高宏。 

2026/09/04

 札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第27回

 2026年9月2日19:00 札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮:エリアス・グランディ(指揮)

オーボエ:関 美矢子(首席奏者)

管弦楽:札幌交響楽団



吉松隆/朱鷺によせる哀歌

R. シュトラウス/オーボエ協奏曲

ドヴォルジャーク/交響曲第9番「新世界より」



 「朱鷺への哀歌」は当日配布プログラムによると前回札響で演奏されたのが2007年(12月23日、指揮・井上道義、このときの演奏は聴いている)。今回はそれ以来の演奏だそうで、実に20年ぶりとなる。

 弦楽器とピアノのための作品だが、今回久しぶりに聴いてみると、第2部から登場するピアノ(演奏:田島ゆみ)が存在感があり、とても良かった。響きが柔らかく、オーケストラとよく融和して、上質の響きを生み出していた。

   このホールで聴いたピアノでは、ソロ・オケ中含め、それぞれ作品の質は異なるにせよ、今までで最もいい響き(聴いた席は1階18列の上手側)だと思う。弦楽器群はグランディらしくやや熱めのサウンドだったが、まとまりのある充実した響き。哀歌というタイトルから受けるイメージとはやや遠い感覚のようにも聴こえたが、オーケストラの自発的な表情とピアノの柔らかい音色による対話が印象に残る演奏だった。


 オーボエ協奏曲は、何よりも関の好演が光る。息の長い、何処までが一つのフレーズなのかよくわからない旋律を、途切れることなく表情豊かに聴かせてくれた。オーケストラと見事に調和した心地良いピッチやお互いの呼吸もぴったり。ゲストソリストからは感じられない安定感があって、その一体感が素晴らしくかった。グランディも申し分ないサポートぶりだったが、それよりもメンバー同志の意志の疎通が土台にあったゆえの好演だったのではないか。


 後半の新世界交響曲は引き締まった緊張感のあるいい演奏。名曲ゆえ、時折大雑把に全体像をまとめ上げ、それらしく聴かせる演奏も多いが、そこはさすがに首席指揮者のグランディ。細部まできちんと目を通した上で、全体的な構造をしっかりと固め、よく歌い込まれた充実した響きを引き出し、オーケストラもそれに見事に応えた好演。久しぶりに聞き応えのある新世界交響曲だった。

 グランディ好みの対向配置で、時折いつも聞き慣れた響きと多少異なるところもあったが、各フレーズは綿密に仕上げられ、楽章ごとのコントラストが明確で分かりやすく、とてもクリアな演奏だった。

 オーケストラの基本能力が前世紀の頃と比較すると飛躍的に向上しており、聴衆としてはうれしい限りだが、さらに贅沢を言わせてもらうと、第2楽章の有名な静寂な世界の楽章は、このオーケストラであればもっと緻密で奥深い表現を求めてもいいだろう。

 コンサートマスターは会田莉凡。



2026/08/24


 第26代札幌コンサートホール専属オルガニスト

赤枝 サンテソン 留果 

      フェアウェルオルガンリサイタル

2026年8月22日 札幌コンサートホールKitara大ホール


J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ハ長調 BWV566a

       さまざまな手法による6つのコラールより 

      わが魂は主をたたう BWV648

M.ヴェックマン:第2旋法によるマニフィカト

J.S.バッハ:さまざまな手法による18のライプツィヒ・コラール集より

      おお愛する魂よ、汝を飾れ BWV654 

      パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582

ヴィエルヌ:オルガン交響曲 第2番 ホ短調 作品20より 

       第1楽章 アレグロ、第2楽章 コラール、第4楽章 カンタービレ

フランク:オルガンのための6つの小品より 第5曲 祈り 嬰ハ短調 作品20

アラン:連祷 AWV100



 このオルガニスト、ともかく音が綺麗。しかもオルガンでこれだけ感性豊かに歌い込んだ演奏を聴くのは久しぶり。特にレガートの美しさは歴代専属オルガニストの中でも群を抜いているのでは。

 そのほかにも、一つずつの音がきちんと鍵盤の底まで弾き込まれ、すっきりと抜けてくる確実で明確な響き、根音がしっかりとしたまとまりのあるハーモニーの響き、そしてゆったりとしたテンポでも決して停滞することのない良質のテンポ感とリズム感など、彼の演奏を通じて、久しぶりにKitaraオルガンの透明感ある美しい音色と響きを味わうことが出来た。


 レガートの美しさでは、バッハの「おお愛する魂よ、汝を飾れ 」。息が長く途切れることなく歌い続けられるコラール旋律が素晴らしく、装飾音など含め全体的に滑らかで柔らかい表情が実に素敵だった。

 パッサカリアは今年のPMFガラコンサート(7月26日)でも弾いていたが、今日は細部まで気配りされた演奏で、音型のディテールの変化が手に取るように分かり、一貫したテンポの中で停滞することなく次々と変容していくバッハの凄みを感じさせた秀演だった。

 そのほかのバッハも良かったが、ヴェックマンのレジストレーションによる表情の変化が素晴らしく、何よりも響きが明瞭で雲ひとつない晴天のような音が心地よかった。


 後半はフランスの作品集。ドイツの作風、雰囲気とはガラリと変わり、特にバッハで聴かせた明晰さとはまた違った、しなやかでまろやかな響きが印象的。

 ヴィエルネの、オルガンシンフォニーならではの分厚くスケール感ある表情の豊かさが見事。ここでは厚い和声が濁ることなく表現されていて聞き応えがあった。

 フランクはとてもよく歌い込まれ、Kitaraオルガンの洗練された音色の美しさとホールの優れた音響効果とが一体となった素敵な演奏だった。Kitaraでなければ決して聴くことのできない良質の響きだ。

 アランの「連祷」は歴代専属が好んで演奏する名作だが、今日の演奏はバッハ同様細部まで入念に仕上げられており、全体的な響きに埋没しがちな細やかな音型が手に取るように聴こえてきて、楽曲の構造がクリアにされており、今までのアラン演奏とはまた違った魅力が感じられてとても面白かった。

 ドイツとフランスの名作を演奏し、これだけ異なる性格の作品を過不足なく優れたバランスで演奏できるオルガニストは貴重。まだ二十代半ばのようだが、今日のような誠実で丁寧な演奏を忘れることなく、優れた音楽家として大成することを期待したい。

 

2026/08/07


札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第26回

 2026年8月5日19:00 札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮 /沖澤 のどか

ヴァイオリン /中野 りな

管弦楽/札幌交響楽団


林 光:吹き抜ける夏風の祭

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲

プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」組曲より

         ~沖澤のどかセレクション~

 モンタギュー家とキャピュレット家(第2組曲No.1)

 少女ジュリエット(第2組曲No.2)

 マスク(第1組曲No.5)

 ロメオとジュリエット(第1組曲No.6)

 ティボルトの死(第1組曲No.7)

 別れの前のロメオとジュリエット(第2組曲No.5)

 ジュリエットの墓の前のロメオ(第2組曲No.7)



    現在多方面で活躍中の沖澤のどかが札幌初登場。プレトークでのお話しを聞くと、明るく元気がよく、おしゃべり好きの活発な人柄のようで、指揮にもその人柄が現れていたようだ。

 後半のプロコフィエフがとても良かった。オーケストラをよく把握し、札響からベストのサウンドを引き出し、管楽器群からは厚みのある豊かな響きを構築、弦楽器群はよく歌わせ、共に響きがとてもきれいで最強音でも聴きやすい。耳障りな響きは一切なく、全体的にとてもバランスの良い、いい音を導き出し、しかも細部まで細やかで豊かな表情があり、音楽的にも申し分ない。

 冒頭の「モンタギュー家とキャピュレット家」のこれから起こるドラマを予期させるような不安感と期待感とが入り混じった表情、「ロメオとジュリエット」での歌い込まれた繊細で美しい表情など、ピックアップすればきりが無いほど多彩な表情に満ちており、これほど音楽的に豊かなプロコフィエフは滅多に聴けないのでは。

 単なるバレエ音楽の枠を大きく超えた名曲であることを実感させた演奏で、沖澤の素晴らしい音楽性と統率力が感じられ、その幅広い活躍ぶりは当然だと思わせた。


 とは言いつつ、後半のプロコフィエフの仕上がりの良さから見ると、冒頭の林光はやや物足りない。プレトークによると、この作品、祇園祭をモティーフにしているとのこと。筆者もこの祭を猛暑の中何度か経験しているが、そんな大衆の個人的想いではなく、もっと長い歴史の中で語り継がれる普遍的な祭の情景を、その準備から描写しているようだ。今日の演奏は、まとまりのあるとてもいい音がしていたが、全体的に一本調子。作品そのものは、もっと幻想的で多彩のように思えたので、もし演奏機会がまたあれば次回に期待しよう。


 シベリウスはソリストの中野りなが素晴らしかった。2025年3月に札響とチャイコフスキーのコンチェルトを共演していたようだが、聴くのは初めて。

 技術的には申し分なく、逞しさを感じさせる豊かな響きと音色が特徴で、シベリウスを太い線で明確にしっかりと描いてくれた名演。沖澤は単なるサポート役に留まらず、表現力豊かな、ドラマティックなシベリウスを聴かせてくれ、ソリストと一体となったスケールの大きいシベリウスを聴かせてくれた。

 時としてオーケストラが響き過ぎ、ソリストが埋没してしまう瞬間もあったにせよ、コンチェルトでこれだけオーケストラを豊かに響かせた演奏は滅多にないので、とても聞き応えがあった、充実した演奏だった。

 ソリストの音程の取り方が時々低めでオーケストラと調和していない箇所もあったように聴こえたが、これはあくまでも個人的好みで、気のせいかもしれない。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2026/07/28

PMF GALA コンサート

2026年7月26日14:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


【第1部】
赤枝サンテソン留果(第26代 札幌コンサートホール専属オルガニスト)*


PMFオーケストラ・メンバー**

 イザベラ・エガワ(ヴァイオリン I)
 ケイト・リー(ヴァイオリン II)
 マシュー・ジラデット(ヴィオラ)    
 ルナ・ノゲイラ(チェロ) 


PMFアメリカ***

 ヌリット・バー・ジョセフ

         (ヴァイオリン/ワシントン・ナショナル管弦楽団)
 ダニエル・フォスター(ヴィオラ/ワシントン・ナショナル管弦楽団)
 アレクサンダー・ハンナ(コントラバス/シカゴ交響楽団)
 ネイサン・ヒューズ(オーボエ/ミネソタ管弦楽団)
 スティーヴン・ウィリアムソン(クラリネット/シカゴ交響楽団)

【第2部】
指揮/デイヴィッド・ロバートソン
ヴァイオリン/吉本梨乃****
PMFアメリカ
PMFオーケストラ


【第1部】
 
◆J. S. バッハ:パッサカリア ハ短調 BWV 582*
◆J. S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト短調 BWV 1001 から****
◆ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ短調 作品76-2「五度」から**
◆プロコフィエフ:五重奏曲 ト短調 作品39 から***

【第2部】
◆ストラヴィンスキー:管楽器のためのシンフォニーズ(1947年版)
◆ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61****
◆プロコフィエフ:交響曲 第5番 変ロ長調 作品100



 まず第2部から。ストラヴィンスキーは管楽器だけでありながら全体的に柔らかく、まろやかな演奏。やや取り止めのないところもあったが、冒頭に相応しい明るい雰囲気の演奏だった。指揮者のデイヴィッド・ロバートソンは陽性の音楽性で全体をまとめ上げるのがとても上手なようで、その長所は早くもこの演奏からも感じ取ることができた。

 ベートーヴェンのソリスト、吉本梨乃が素晴らしかった。その演奏は伸びやかで生命力に満ち、アクティブで思い切りの良さがある。均整の取れた深く歌い込んだ表情が印象的で、久しぶりに聴くスケール感豊かなヴァイオリニストだ。特に両端楽章でのカデンツァが見事だった。

 指揮のロバートソンは切れ味の良いビートの効いた指揮ぶりで、ヴァイオリニストを単にサポートするだけではなく、オーケストラをしっかりと把握し、全体を引き締まった鋭角な演奏でまとめ上げ、申し分なかった。やはり古典はいい、と思わせる名演だったといえよう。

 オーケストラは12型で、チェロが上手客席側に座る配置のためか、低弦がしっかりと聴こえてきて、全体的になかなかいい音がしていた。


 プロコフィエフは教授陣も加わっての大編成で、迫力満点。いったい何人ステージに奏者がいたのか数え切れないほど。配列もベートーヴェンと同じ。 

 オーケストラスタディとして、この作品を音楽祭フィナーレで演奏するのは意外だったが、確かに色々な要素が含まれていて、アンサンブルを学ぶには好例なのかもしれない。

 たくさんのモティーフが登場する、なかなかまとめにくい作品だが、ロバートソンは、これだけの大編成を見事に交通整理し、乱雑にならずにしっかりとまとめ上げた演奏で、その手腕は実に見事。前回の12日のPMFオーケストラ公演からすでに2週間、仕上がりは雲泥の差で、指揮者の力量はともかく、オーケストラとしての基本的なアンサンブル能力が格段に進歩していることが感じられた。

 当日配布プログラムの解説によると『作曲者によれば、この曲は「人間精神の偉大さへの賛歌」』。それを前提に聴いてみると、確かに、今日の演奏は、全体的な印象では、人生を高らかに謳歌する喜びに満ちた表情で、どの楽章も明るく楽しげで屈託がない。人生全て肯定的、とも言いたげな演奏だった。

 ただ編成が大きく、響きが豊かゆえなのか、細部のアーティキュレーションなど不明瞭になりがちでどの楽章も似たようなまろやかな雰囲気になりがちだったのは惜しい。プロコフィエフらしい皮肉っぽい、尖って、何処か白けたところが全く感じられず、多少不満でもあったが、ロバートソンは、これはそういう作品なのだ、と伝えたかったのかもしれない。

 この作品、演奏機会が少なく、札幌ではしばらく演奏されていないようで、札響定期でも過去5回しか取り上げられていない。その点では貴重な鑑賞機会だったと言えよう。


 第1部ではそれぞれ皆いい演奏だったが、ピックアップするならば、赤枝サンテソン留果のオルガンによるバッハのパッサカリアと、第2部で協奏曲を弾いた吉本のバッハのソロヴァイオリン・ソナタの演奏。

 パッサカリアは次第にエネルギーを発散させていく盛り上げ方が彼ならではのオリジナリティが感じられ、聞き応えがあった。

 ヴァイオリン・ソロは抜粋で演奏した2つの楽章とも、伸びやかでかつビートの効いた明快な演奏でとても良かった。この感覚は後半のベートーヴェンでも存分に発揮された。



2026/07/20

 PMFホストシティ•オーケストラ演奏会

2026年7月19日13:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/アンドレアス・オッテンザマー
チェロ/上野通明*
管弦楽/札幌交響楽団(PMFホストシティ・オーケストラ)
    PMFアメリカ・メンバー**
    PMFオーケストラ・メンバー**


◆フランツ・シュレーカー:間奏曲 作品8
◆ブリテン:チェロ交響曲 作品68*
◆ドヴォルザーク:交響曲 第6番 ニ長調 作品60**



 オッテンザマーは1989年生まれのまだ30代の若手。ベルリン・フィルで首席クラリネット奏者を長く務め、その後指揮者に転向、日本ではNHK交響楽団と共演している。

 冒頭のシュレーカー(1878〜1934)の「弦楽器のための間奏曲」は1900年の作品。生没年代が示すとおり、この時代の影響を直接的に受けた後期ロマン派風の作風で、凝った和声進行など興味深い作品だ。

 オッテンザマーの指揮は屈託なく大きく作品の概要を捉え、札響弦楽器セクションから豊かな響きを引き出していたが、細部に対するこだわりがもっとあると、更なる作品の魅力を聴くことができたのではないか。



 ブリテンのチェロソロを弾いた上野通明は札響第659回定期演奏会(2024年2月25日)でエルガーチェロ協奏曲の素晴らしい演奏を披露。今日も明確な主張のある確信に満ちた解釈による演奏で聴衆を圧倒、今日の演奏会の白眉だった。各楽章ごとに多彩な表情があって、この作品のやや不可解なところを見事に解明してくれるが如き鮮やかな演奏だった。

 指揮は過不足ないサポートだったが、もう少し上野のように表情豊かなところがあっても良かったのではないか。単刀直入過ぎて音楽がやや一本調子になりがちだったのが惜しい。


 ドヴォルザークは珍しい第6番交響曲。ここではPMFアメリカとアカデミー生が加わっての、札響との合同演奏。かなりの人数が加わっての迫力のある14型編成。管楽器群などほとんどがゲストプレイヤーで、オリジナルの札響トーンではなく、どちらかというと臨時編成のやや粗っぽい響き。

 オッテンザマーは、若さみなぎる溌剌とした指揮ぶりで、スケール豊かな明るい演奏を聴かせ、聴衆を大いに沸かせた。作品の解釈云々よりは、交流を深めるための意義ある合同演奏会、という印象を受けた。

 交流演奏の趣旨であればこれで良いのだろうが、第1楽章のブラームスを想起させるモティーフや、第2楽章の哀愁を帯びた表情、第3楽章の特徴的な民族舞曲やフィナーレのダイナミックな表現など、充実した表現の楽章と単純明快過ぎて物足りない楽章とが混在し、やや戸惑いを感じさせた演奏だった。

 リハーサルの時間が充分ではなかったような演奏だったが、それにもかかわらず、全体をそつなくまとめ上げた能力はさすがと言うべきか。スケール感豊かな感性の持ち主のようなので、これからの将来に期待しよう。

(写真はPMF HPより転載)

2026/07/13

 PMFオーケストラ演奏会

2026年7月12日14:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/ライアン・バンクロフト
ヴァイオリン/ヤメン・サーディ
管弦楽/PMFヨーロッパ、PMFオーケストラ


シベリウス:交響詩「タピオラ」作品112

ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 
ストラヴィンスキー:ペトルーシュカ(1947年版) 



指揮者バンクロフト

  冒頭にシベリウスの「交響詩タピオラ」。
 バンクロフトが、オーケストラを丁寧に細部まで配
 した表現でまとめ上げた好演だった。
  ただ、なかなかひつすじ縄ではいかない難しさがあ
 る作品のようで、これだ、という演奏になかなか出会
 わない。
  オーケストラに高い成熟度が求められる作品でもあ
 るようだが、結成後間もないオーケストラというハン
 ディにもかかわらず、大健闘した演奏だった。

ヤメン・サーディ
  ショスタコーヴィッチのソリストは、ヤメン・ 
 サーディ。
  冷静客観的な現代風のショスタコーヴィッチで、
 クニックの素晴らしさ、的確な音楽的表現は申し分な
 い。やや線は細いが、その繊細な響き、音色はホール
 全体によく通って聴こえてくる。
  ソリスティックなパワーと迫力よりは、より高い音楽性で作品を表現するタイプの演奏だ。第一楽章のノクターンの暗い内面的表現や終楽章の華やかな外面的表現など、よく考えられた演奏。
 オーケストラはクリアな演奏をするソリストに対して、リハーサル不足なのか、輪郭がぼやけてやや曖昧な箇所があったにせよ、よくまとめ上げた演奏だったと言える。

「ペトルーシュカ」は、前半でソロを弾いたサーディがコンサートマスターで登場しタフさを見せ、かつ前半ではアカデミー生だけだった各パートにウィーン・フィルの弦楽奏者とベルリン・フィルの管楽奏者が加わり、今だけしか聴けない贅沢な編成での演奏。
 作品の編成の大きさがあるにせよ、オーケストラの響きに華やかさが加わり、これはとても聞き応えのあるいい演奏となった。要所要所のソロはほとんど教授陣が担当し、もちろんこれは万全の演奏。
 全体的にはバンクロフトのまとめ方がやや大雑把なところがあったようにも感じたが、短期間のリハーサルにもかかわらず、ここまで仕上げたのは素晴らしいといえよう。