2021/09/14

 ハンガリーの音楽家達〜

イシュトヴァーンラントシュ 

ピアノリサイタル


2002年2月2217:00   札幌コンサートホール小ホール

ベートーヴェン ピアノソナタ第7番ニ長調

リスト     暗い雲、悲しみのゴンドラ第2番、

        メフィストワルツ第2番

ムソルグスキー 展覧会の絵


 イシュトヴァーンラントシュは日本ではピアニストとしてよりも教育者として知名度が高い。1949年生まれ、68年ハンガリー・ブダペストのリスト音楽院入学、74年から同音楽院で教え始め、84年ピアノ科主任、9497年に学長。86年から3年間北海道教育大学助教授として札幌に在住し、現在は札幌大谷大学の客員教授を務める。札幌には馴染みの深い人物である。それ以外にも東京を中心に日本各地をコンクールの審査員やレッスンで訪れ、全国に彼を慕う人は多い。 彼はサッポロビールをこよなく愛する温厚な人柄で、誰に対してもフレンドリーなのは86年からの札幌滞在でよく知られている。


 Kitaraではオープンの97年以来毎年リスト音楽院セミナーを開催、リスト音楽院から教授を招聘してレッスンとコンサートを行っている。毎年欠かさず来札しているのがイシュトヴァーンラントシュ。

 セミナーでは、レッスンの他にミクローシュ・ペレーニのチェロリサイタルで共演する事が多い。暖かく丸みのある柔らかい音でペレーニのチェロを包み込むラントシュ・サウンドは聴衆に馴染みがある。彼の演奏はいつも洗練され安定していて、大げさな表情が一切なく誠実でまろやかな音楽を奏でる。ときとして、その安定感がもどかしく感じることもあるが、その温厚なラントシュが突然牙を剥いて、感性鋭い、求心的で激しい、それでいて全体の作品像をギリシャ彫刻のようにほぼ完璧に整った姿でまとめ上げた素晴らしい演奏を披露したのが2月22日のリサイタルだった。20年も経った今でも、Kitara小ホールでのリサイタルでは、間違いなく歴代ベストテンに入ると確信できる素晴らしい内容だった。


 ベートーヴェンの「ピアノソナタ第7番」は、全く隙がなく求心的で熱いパッションに満ちた第一楽章、第一楽章のパッションが途切れることなく継続され、深遠で凄みさえ感じられたラルゴの第二楽章、それまでの緊張感をさっと抜くような、透き通るようなピアニシモで開始された明るい第3楽章、ユーモアと躍動感に満ちた最終楽章。あっという間に過ぎた時間だった。

 続いてリストの晩年の作品から3曲。これはラントシュの、いわばハーフタッチとも言える絶妙なトーンコントロールが晩年のリストの不安定な心情をよく表現していた。

 後半の「展覧会の絵」は表情豊かで多彩。冒頭の「プロムナード」の重量感から、「小人の精」の表現の豊かさ、「殻をつけたヒヨコのバレエ」の軽快さ、そして「バーバー・ヤーガ」からフィナーレの「キエフの大門」のスケールの大きさなど、ラントシュが彼等の世代での抜きん出た才能の持ち主である事を示した素晴らしい演奏だった。


 ラントシュはいつも本心を露わにしない思慮深いタイプの演奏がほとんどなのだが、この日は違った。アンドラーシュシフ、デジューラーンキ、ゾルタンコチュシュ等とほぼ同世代のハンガリー楽派の一員でもあるラントシュは彼等と比べるとピアニストとして華やかな演奏活動を行なわず、教育者としての道を中心に進んだ人だ。感性鋭い演奏をいつもするよりはそのエネルギーを教育に捧げる方を選択したのだろう。この日はその感性の鋭さが発揮された数少ない演奏で、その見事さに接することができたのは本当に良い機会だった。

 

なお、ラントシュのレコードとしては、以下の3作がおすすめ。

The unknown LISZT, SLPD12634

Schubert  Piano sonata D.850, LPX11634

Dohnanyi  Variations on a nursery song, SLPX12149 

いずれもHungarotonレーベルで、CD化されているかどうかは不明。