2023/07/24

 PMFホストシティ・オーケストラ演奏会


202372318:00  札幌コンサートホールKitara 大ホール


指揮/川瀬賢太郎
フルート/デニス・ブリアコフ
管弦楽/札幌交響楽団(PMFホストシティ・オーケストラ)
PMF
オーケストラ・メンバー


バーンスタイン:スラヴァ!(政治的序曲)
プッツ:フルート協奏曲
チャイコフスキー:交響曲 5 ホ短調 作品64




 冒頭のバーンスタインは、名チェリスト、故ロストロポーヴィチが1977年ワシントン・ナショナル交響楽団音楽監督に就任したお祝いのために書かれたもの。

 ともかく賑やか、かつ華やかなお祭り騒ぎの作品で、これ以上ないというほどオーケストラが爆発的に派手に鳴る。途中録音で音声が流れるなどユニークなところもあるが、起承転結が明確でとてもわかりやすく、見事なオーケストレーションはさすがバーンスタインだ。PMFオーケストラメンバーも加わり、川瀬が賑やかさを見事に演出、これは楽しい演奏だった。


 プッツは、現代アメリカの作曲家で、アメリカではかなり評価が高いようだ。フルート協奏曲は過去と現代の音楽をミックスさせ、程よく現代風の香りを漂わせた作品。モーツァルトのパロディの第2楽章や、ソリスト以外全員手拍子でリズムパターンを表現する第楽章のフィナーレなど、アイディアは面白く、エンターティメント的要素をも持ち合わせている。しつこくおしゃべりが続くように、同型パターンの音型が繰り返される場面が多いが、印象に残る作品ではある。

 ソリストのブリアコフは安定感があり、音がすっと遠くまで抜けてきて、表現力の豊かないい奏者だ。ただ、この作品、ソロパートはフルートの特性とは今ひとつ馴染まないようだ。むしろアンコールのバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ  楽章 アダージョ(フルート編曲版)で、ブリアコフの美しい音色と見事な音楽性が発揮され、これは素晴らしかった。


 チャイコフスキーは川瀬が見事にまとめ上げた力演。特に後半の2つの楽章は申し分がないほどよく仕上がっていたのではないか。スケールの大きい演奏で、この作品の魅力をほぼ充分引き出していたと思う。ただ、今日の札響はいつもよりは音色が少々荒く、全体的に弦楽器と管楽器のハーモニーがあまりきれいではない印象を受けたが、それは気のせいだったかもしれない。

 このホストシティ・オーケストラ演奏会、昨年はPMF客演指揮者のケン=デイヴィッド・マズアが振っていた。今回の川瀬はもちろんいい指揮者だが、いつも聴き慣れた指揮者よりは、せっかくのPMF期間中の演奏会、出来れば客演指揮者等が振ってくれた方が、聴衆としてはより楽しみが増えるのだが。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2023/07/17

 PMFオーケストラ演奏会


202371517:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/クシシュトフ・ウルバンスキ

ピアノ/ヤン・リシエツキ

管弦楽/PMFヨーロッパ、PMFオーケストラ


バーンスタイン:「キャンディード」序曲
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16

ショスタコーヴィチ:交響曲 5 ニ短調 作品47



 バーンスタインは12日のオープニング・ナイトでも演奏。挨拶がわりの元気いっぱいの演奏だったが、それと比べると、今日の演奏はいい意味で緊張感のある、よそ行きでフォーマルなスタイル。かなり整っていて、破綻のない落ち着いたプロフェッショナルな演奏だったが、個人的には前回のようなアクティヴな演奏の方が楽しかった。

 グリークのソロを弾いたリシエツキはスケールの大きなピアニスト。落ち着いたテンポで、堂々とした演奏だ。よく歌えており、音色も美しく、楽器もよく響いて技術的には全く問題がない。グリークの繊細で涼しげな北欧らしい雰囲気もよく表現されており、秀演。

 オーケストラは最初こそ流れに乗り切れないもどかしさがあったが、指揮者の好リードもあって、ソロと一体となった好演を聴かせてくれた。まとまりのある充実した響きがしていて、なかなかよかった。


 後半はショスタコーヴィッチ。ウルバンスキのこの作品に込める思いと解釈はPMFHPに掲載されているが、それが概ねよく表現されていたのではないか。初演は1937年で、もう90年近く前になり、すでに古典と言ってもいい作品だ。しかし、未だに強くアピールする力があるのは、この作品に込められた作曲者の不屈のエネルギーのためか、あるいはひょっとして現在の時代背景が当時とさほど変わらないためなのか。

 オーケストラはベルリンフィル、ウィーンフィルの教授陣がほぼ全員加わっての演奏。コンサートマスターはライナー・キュッヘル。

 そのためか、オーケストラはとても安定しており、音程、ピッチ、全体的響きのまとまり、などは申し分ない。なかなか聴くことのできない完成度の高い見事なプロフェッショナルの演奏だ。微に入り細に入り丁寧にまとめ上げたウルバンスキの見事な手腕に拍手。

 フルート、オーボエ、ヴァイオリンなどのソロはベルリンとウィーンの教授陣が担当しており、これは上手くて当然。この仕組みは毎年恒例で、まずは素晴らしいお手本を参照してください、ということなのだろう。

 今年のアカデミー生はかなりの高水準と思われ、もっと彼らの活躍する場面を聴きたかったが、それは音楽祭後半に期待することにしよう。

2023/07/16

 PMFベルリン演奏会

2023年7月1419:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


PMFベルリン


アンドレアス・ブラウ(フルート)
アンドレアス・ヴィッドマン(オーボエ)
アレクサンダー・バーダー(クラリネット)
リッカルド・ウィリス(ファゴット)
サラ・ウィリス(ホルン)

タマーシュ・ヴェレンツェイ(トランペット)

イェスパー・ブスク・ソレンセン(トロンボーン)

フランツ・シンドルベック(パーカッション)


佐久間晃子(ピアノ)



モーツァルト(シェーファー編):歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」

                 序曲 K. 588 [木管五重奏]


シューマン(ソレンセン編):歌曲集「詩人の恋」作品48から
 美しい五月に/ばらに、百合に、鳩に、太陽/心を潜めよう
 君の瞳に見入る時恨みはしない恋人の歌を聞くとき

 [トロンボーン、ピアノ]
 
ベートーヴェン(レヒトマン編):五重奏曲 変ホ長調 作品4

クルーグハルト:木管五重奏曲 作品79

D. ローブ:チェルトフカ[トランペット、パーカッション]

バーンスタイン (プライス編):「ウエストサイド・ストーリー」組曲

                 から
 アイ・フィール・プリティ - トゥナイト/マリア/アメリカ




PMFベルリン PMFHPより転載

 今更だが、世界を代表する名手達によるアンサンブル。ファゴットのテルツォ以外は全てベルリン・フィルメンバーだが、今日最も存在感があったのはこのテルツォ。

 特に後半で演奏されたクルークハルトやバーンスタインでの、抜群のテクニックとリズム感、臨機応変で気の利いた表現、均整感があり一切乱れのない音色など、おそらくファゴット奏者の中では最も優れた演奏家の一人ではないだろうか。


 モーツァルトは先日12日のオープニング・ナイトでも演奏されたが、今日はやや粗っぽさが目立ち、12日の方が仕上がりは良かったようだ。それにしても見事なアンサンブル。

 ソレンセン自身の編曲によるシューマンは弱音での繊細な表現が素晴らしい。しかも自然に歌い込まれた見事な無言歌となっており、これは彼ならではの素敵な演奏だ。トロンボーンとシューマンの歌曲は意外な組み合わせだったが、ソレンセンの高い音楽性に感服。


 ベートーヴェンはあまり聴く機会のない、20歳を超えたばかりの頃の作品。ハイドン、モーツァルトの系図に繋がるウィーン古典派そのもののスタイルのようだ。明るく若い感性に満ちた作風を、手慣れた雰囲気でまとめ上げた演奏。ただ、どこに焦点があるのかよくわからない演奏だったが、これは編曲のためだろう。


 そのベートーヴェンに対して、クルーグハルトはやはりオリジナルの木管五重奏曲ならではの魅力的な作品。各楽器の特性を生かした楽想と自然な息遣いが感じられる旋律線、手慣れた書法によるまとまりある美しい響きなど、メンバーも生き生きと演奏しており、これはさすがの名演。


 ローブはユニークな創作活動をしているアメリカの現代作曲家。タイトルのチェルトフカは東欧の地名なのか。おそらく東洋の響きのパーカッションと西洋の音律のトランペットとの東西のコラボレーションを狙った作品で、それがプログラムに取り上げた理由のようにも思えるが、よくわからない。2人の演奏からは冷静客観的で、陰影あるモノクロトーンの響きが聴こえてきて面白かったが、作品の意図がわかる解説があると良かった。


 最後のバーンスタインは、楽しみながら演奏する様子が聴衆にもよく伝わり、フィナーレにふさわしい名手達の競演だった。ファゴットのテルツォの鮮やかな演奏が冴え渡っており、全体のアンサンブルにより華を添えていた。


 アンコールには出演者全員が登場し、賑やかに、Z.アブレウ(シュマイサー編)の「ティコ・ティコ」とルイ・プリマの「シング・シング・シング」。

 このメンバーならではの華やかで楽しいステージ。ジャンルを超えた音楽が名演で同時に楽しめ、これはPMFでなければ味わえない醍醐味だ。


2023/07/15

PMFホームカミング・コンサート

2023年7月13日19:00札幌コンサートホールKitara小ホール


パシフィック・クインテット

 アリーア・ヴォドヴォゾーヴァ(フルート)
 フェルナンド・マルティネス(オーボエ)
 リアナ・レスマン(クラリネット)
 古谷拳一(ファゴット)
 ヘリ・ユー(ホルン)

ロッシーニ(J. リンケルマン編):歌劇「セビリアの理髪師」序曲
 
日本の歌:山本教生編
 花いちもんめ、浜辺の歌、村祭り、ふるさと 
 
ファジル・サイ:木管五重奏曲 作品35
       「アレヴィー派の親父たちはラクの酒席で」
 Andantino tranquillo - Presto fantastico 
 Andante tranquillo - Moderato, "Ironique"
 Andantino 
 Presto - Andantino 
ニールセン:木管五重奏曲 作品43

Pacific Quinter  PMFHPより転載
   
メンバーは2017年PMFで出会い、2019年にベルリ
ンで結成。「カール・ニールセン国際室内楽コンクー
ル2019」で第2位に入賞するなどヨーロッパで活躍中のPMF修了生による木管クインテットだ。全員が異なる国籍。
 これは実に魅力的なクインテット。全員若く、5人
とも演奏技術が素晴らしいのは勿論だが、演奏に活力
と生命力がある。アクティヴで挑戦的でもあり、同時
にアンサンブルをする喜び、楽しみがダイレクトに聴き手に伝わってくる。
 おそらくかなりの練習量を重ねているとは思うが、その努力の様子を全く感じさせないのがいい。どのような難曲でも完璧に手中に収めてしまう能力を持っているようだ。

 特徴としてはハーモニーが実にきれいな事。よくある平均律的な伸びのないハーモニーではなく、自然に広がる純正の美しいハーモニーを生み出す。また、例えばファジル・サイでのユニゾンの旋律でも単に揃っている、ということだけではなく、音楽的に実に自然な音律で演奏されるので、これはとても心地よい。
 演奏には立体感があって、遠くから聞こえるホルン、フルートとクラリネット、ファゴットとオーボエの対話など、左右と奥からの遠近感のある響きが調和して、多彩な表情が聴こえてきて、楽しい。

 冒頭のロッシーニはやや慎重すぎたかもしれないが、このアンサンブルの底力を示してくれた好演。丁寧で誠実な音楽作りが作品に緊張感を与え、響きが次第にホールに馴染んでくる様子は、ライブならではの醍醐味だ。

 日本の歌は、各楽器が大活躍。それぞれの歌の個性もよく表現されていたのでは。
 
 ファジル・サイは色々な要素が盛り込まれた多様な顔を持つ作品。作風は意外と保守的で、20世紀前半の原始主義的要素と、かつ多国籍的要素があって、面白い作品だが、まとめるのが大変そうな難曲だ。
   トルコの民族音楽的な世界観が強い作風のようだが、演奏からはそういうローカリティは感じられず、インターナショナルで幅の広い語り口だ。作品の多様な顔が、歯切れの良いわかりやすい解釈で表現されており、聴衆を最後まで惹きつけ、飽きさせない。特に個々のメンバーの演奏のレベルの高さが披露され、実に楽しい演奏だった。

 ニールセンは完全に手中に収めた演奏で、整ったまとまりのある演奏。何度も演奏してきたのだろうが、初めて演奏するようなフレッシュさとエネルギーに満ちた演奏で、疲れを知らないタフさも披露してくれた名演だった。今まで聴いてきたニールセン像とは違う、外向きで空間の広さを感じさせるスケールの大きな解釈で、聞き応えのある見事な演奏だった。

 アンコールにベルリン・フィルメンバーが登壇し、一緒に演奏。PMFならではの師弟共演で、楽しませてくれた。
 木管五重奏は比較的地味な演奏をするグループが多いが、今日のようなスケール感を持つグループは初めて。今後の活躍が多いに楽しみだ。

2023/07/14

 PMF2023 オープニング・ナイト


202371218:30  札幌コンサートホール Kitara大ホール


バーンスタイン:「キャンディード」序曲
 クシシュトフ・ウルバンスキ(指揮)
 PMFベルリン(ベルリンフィルハーモニー管弦楽団メンバー)
 PMFオーケストラ

オンスロウ:弦楽五重奏曲 30 ホ短調 作品74 から
 I. Allegro grandioso
 PMFウィーン(ウィーンフィルハーモニー管弦楽団メンバー)
  ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン I
  ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン II
  ハインツ・コル(ヴィオラ)
  エディソン・パシュコ(チェロ)
  ミヒャエル・ブラーデラー(コントラバス)

モーツァルト(シェーファー編):歌劇「コジ・ファン・トゥッテ」

                序曲 K. 588
 PMFベルリン
  アンドレアス・ブラウ(フルート)
  アンドレアス・ヴィッドマン(オーボエ)
  アレクサンダー・バーダー(クラリネット)
  シュテファン・シュヴァイゲルト(ファゴット)
  サラ・ウィリス(ホルン)

チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

 クシシュトフ・ウルバンスキ(指揮)
 PMFウィーン
 PMFオーケストラ


 今年から新たに始まったオープニングナイト。小一時間の演奏プログラムで、司会者付き。曲間、ステージ転換の時間を利用して、主催者挨拶、今年のアカデミー生(演奏者)紹介などが行われ、半分セレモニー的な要素を持った演奏会だ。プログラムはアカデミー生によるオーケストラ演奏が2曲と教授陣による小編成アンサンブルが2曲。


 冒頭のバーンスタインは、PMF創設者の故バーンスタインに敬意を表して、アカデミー生からの挨拶がわりの演奏。ともかく元気いっぱいで、一瞬たりとも停滞する事なく、明るく生命力に満ちた演奏。すっきりとして見通しがよく、音楽的にも素敵な仕上がりだ。これは今この時にしか聴くことのできない、湧き上がるような高揚感に満ちた音楽祭開幕にふさわしい演奏。指揮者のウルバンスキの統率力が見事だった。


 続いて、主催者の札幌市長の挨拶とアカデミー生の紹介があったのち、PMF教授陣の紹介を兼ねたコンサート。

 まず、PMFウィーンによるオンスロウの弦楽五重奏から。全曲は16日に演奏されるので、その予告編だ。

 初めて聴く作品だが、ほの暗さの中に深いロマン性と独創的な和声などが感じられ、当時としては革新的な要素も含まれた佳品のようだ。細部まで考えられた優れたバランス感覚と一貫した音色の美しさ、節度ある表現などはこのメンバーならではのもの。短い時間ではあったが、彼らの優れた音楽性を感じさせた演奏だった。


 続いてPMFベルリンによるモーツァルトの序曲。管楽器の名手達による見事な名演。楽々演奏していたようだが、かなり高度なテクニックを要求される編曲だ。ほとんど乱れがなく、かつ音楽的にも均整のとれたまとまりある素晴らしい演奏。14日の大ホールの演奏会でも演奏される。


 最後は再びオーケストラで、チャイコフスキー。音楽的によく練れ、若さに満ちた幅広い豊かな表現が良かった。各パートはよく弾き込まれ、練習の成果が伺える。全体的には、ロメオとジュリエットの悲劇的な結末よりは、恋に戯れる2人の若々しさが伝わってくる明快かつ快活な演奏で、聞き応えがあった。コンサートマスターはライナー・キュッヒル。

 これからセミナーを通じてどれだけ変貌していくか、期待感を持たせる演奏会で、いい試みだったのでは。アカデミー生にとってもステージでの演奏回数が増えるのはいい経験になるだろう。

2023/07/03

 Kitaraのバースデイ

オリヴィエラトリー オルガンリサイタル


2023年7月1日15:00  札幌コンサートホールKitara 大ホール


オルガン/オリヴィエラトリー


F.クープラン:教区のためのミサ曲より グランジュによる奉献唱

J . S .バッハ:パストラーレ へ長調  BWV 590

サン=サーンス/シン=ヤンリー編曲:組曲「動物の謝肉祭」より

     第7曲 水族館

     第10曲 大きな鳥籠

     第13曲 白鳥

フランク:オルガンのための3つの小品より

     第3曲 英雄的小品 ロ短調

ヴィドール:オルガン交響曲 第5番 へ短調 作品42-

ラトリー:即興演奏



  2012以来、久しぶりの来札。

過去1998年、2004年と来札しており、今回は4度目の登場となる。Kitaraの歴代専属オルガニストの師でもある。

 今までKitara の大オルガンから、最もバランスの良い素晴らしい音色を聴かせてくれたのがラトリーだ。その印象は今回も同じで、専属オルガニスト不在の中、久しぶりにすっきりと抜けてくる鮮やかな音色を聴かせてくれた。

 今回は、細部まで徹底的に磨き上げた落ち着いた安定感のある演奏で、 しかもKitaraオルガンから今までに聴けなかった繊細かつ多彩な響きを生み出し、技術的にも音楽的にも他の追従を許さない見事な演奏だったと言える。以前のラトリーはもっと悪魔的な迫力があって、それが大きな魅力の一つだったが、それは影を潜めたようだ。若いと思っていた彼も60歳を越え、円熟の時期を迎えたのでは。


 今回のプログラムはF•クープランから始まるフランスオルガン音楽の系図を辿る内容で、モダンの作風の作品は、最後の即興演奏で披露するというよく考えられたもの。

 冒頭のクープランは、今日の演奏の傾向を示す、細かい表情と、落ち着いた語り口、まとまりのある響きで、音楽的にとても慎重かつ大切に丁寧に仕上げられていた演奏。この基本姿勢は最後まで一貫していた。


 2曲目のバッハだけがドイツ系の作品で、名作「パストラーレ」を演奏。今日のプログラム全体のフレンチ的傾向を邪魔することなく、滑らかなアーティキュレーションと柔らかい音色で統一したレジストレーションで、全体的にまろやかな雰囲気を醸し出した演奏。田園風景が想起される写実的な演奏で、これはとても印象的だった。


 サン=サーンスの編曲では「水族館」がレジストレーションの選択により、水中の風景が目に浮かぶほどの見事な情景を再現して、これは鮮やかな描写音楽。編曲はもちろんのこと、Kitaraオルガンで初めて聴く個性的で美しい演奏でこれは見事だった。有名な「白鳥」は伴奏型が主張の強い個性的な編曲で、旋律と伴奏が比較的対等に聴こえてきて面白かった。


 続くフランクは、音色が引き締まって、明らかにバロック時代とは明確に区分された世界で、19世紀以降の新しいオルガンの機能が反映された、強い主張を感じさせる音だ。

 深く歌い込まれ、フランクならではのバランス感覚の良い知的な作品構造が見事に再現された演奏で、やはりこの時代の作品になると、ラトリーの優れた演奏技術がより一層光り、Kitaraオルガンの性能が存分に発揮された名演だった。


 後半のヴィドールが素晴らしかった。全体の骨格、輪郭が立体的に見えてくる演奏で、以前より全体的にテンポがやや遅くなったようだが、その分ディテールをかなり入念に仕上げて繊細な表現が多くなったようだ。

 オルガン交響曲は、19世紀のカヴァイエ-コルのオルガンからインスピレーションを得て成立した作品だが、その交響的響きをこれほど多彩に鮮やかに表現した演奏は初めて。楽章毎のコントラストが素晴らしく、特に第34楽章での弱音での繊細な表情はKitaraのオルガンから今まで聴いたことのないもの。終楽章の華麗なフィナーレは迫力こそ前回来札公演に譲るものの、ディテールの明確さは今回の方が豊かだ。オルガンから考えうるほとんど全ての多彩な音色と表情を生み出し、Kitaraのバースデイに相応しい、名演奏だったと言えよう。


 続く即興演奏のテーマは、山田耕筰の「この道」。言うまでもなく、札幌ゆかりの情緒豊かな名歌だ。ラトリーの即興は明らかに今日のプログラムを音楽的に完結させるために、20世紀の世界大戦以降のモダン思考に基づくもの。原曲のイメージとは全く異なるにせよ、ここでオルガンから近現代の響きを聴かせるのはおそらく計画通りだったのだろう。「この道」の冒頭ソドレミの4音のモティーフが展開部やフィナーレへ向かうモティーフとして多用されていて、聴衆にもわかりやすい即興演奏だった。


 アンコールにヴィエルヌの有名な「ウェストミンスターの鐘」。これも骨格がしっかりとした、細部まで磨き上げられた、お手本のような素晴らしい演奏だった。