2024/05/07

〈Kitaraあ・ら・かると〉

ウィリアムさんのオルガンコンサート


2024年5月5日14:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


オルガン/ウィリアム・フィールディング

     (第24代札幌コンサートホール専属オルガニスト)
司会/古屋 瞳


ボワヴァン: 4つの声部のためのグラン・ディアローグ
マルシャン:オルガン曲集 第1巻より テノールの3度管
J.S.バッハ:フーガ ト短調「小フーガ」BWV578
メシアン:聖体秘蹟への捧げもの
ギルマン:祈りと子守歌 作品27
エルガー:オルガン・ソナタ 第1番 作品28より 第1楽章
ヴィエルヌ:幻想的小品集より ナイアード(水の精) 作品55-4
               ウェストミンスターの鐘 作品54-6




 今日のオルガンの音色はとても良かった。2021年の総合メンテナンスからもう4年目を迎えるが、手入れが行き届いていて状態は落ち着いているようだ。

 また、今日は演奏の様子がステージ上のスクリーンに投影され、フィールディングの力の抜けた全く無理のない奏法をじっくり観察することできた。

 オルガンが力みの無いとても自然な発声で響き、美しい音色を聴かせてくれたのはその奏法のためだろう。各ストップの音色や、レジストレーションによる組み合わせで音が重なっても、調律が安定しているため響きがきれい。ホール全体に柔らかい伸びのある響きが広がり、聴きやすかった。

 

 今日は休憩なしの約1時間のプログラム。

 冒頭のボワヴァンは4声部を4段鍵盤をフル活用して音色と音量の対比を表現、これは視覚的にも面白かった。

 マルシャンは、フランス人オルガニストのような陰影ある微妙なニュアンスは感じられないにしても、細部まで美しく上品に仕上げた模範的な演奏。

 バッハは輪郭がはっきりしており、構成力のある申し分ない演奏。


 メシアンとギルマンでの繊細で透き通った美しい響きは、このオルガニストならでは。オルガンでこれだけ表情豊かな表現を聴かせてくれたのは久しぶりだ。特にメシアンは今日のプログラムの中でも一際モダンな響きのする作品だが、メシアン独特の美意識に満ちた響きとKitaraオルガンの個性とが見事に一致した秀演。

 エルガーのオルガン・ソナタはあまり演奏されない作品で、おそらくKitara初演か。ライヴで初めて聴いたが、なかなかの力作。どこか郷愁を誘う楽想など、興味深い作品だ。

 ヴィエルヌは2曲ともバランス感覚のいい、すっきりとした名演。特に「水の精」が感性豊かに描かれた絵画のように、透き通った美しい音色とまとまりのある響きが聴こえてきて心地良かった。

 

 アンコールにリムスキー=コルサコフの「熊蜂の飛行」。これをオルガンで聴いたのは初めて。よく指が回り、かつよく揃ったレガートで演奏されていて、これは楽しかった。

 オルガンは弾くと、音が出る前にパイプに空気を送風する作業があるため、ほんの一瞬のタイムラグが生じるはず。これだけ速いテンポで演奏するには、かなりの熟練が必要だろう。素晴らしい演奏テクニックだった。


 今日フィールディングの演奏を聴いて改めて実感したが、Kitaraのオルガンは、音色、大ホールとの広さと設置場所、規模など全てが見事にマッチングした楽器で、コンサートホールのオルガンとしては、おそらく日本でトップクラスだ。また次回が楽しみだ。

2024/05/06

 Kitaraあ・ら・かると 

~きがるにオーケストラ~

2024年5月 3日15:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /石﨑 真弥奈

トランペット / 児玉 隼人

オルガン /ウィリアム・フィールディング*


ショスタコーヴィチ:祝典序曲

ハチャトゥリアン:「仮面舞踏会」よりワルツ

アルチュニアン:トランペット協奏曲

外山雄三:管弦楽のためのラプソディ

伊福部昭(藤田崇文編曲):「ゴジラ」タイトル・テーマ

ニーノ・ロータ:「ゴッド・ファーザー」より愛のテーマ

ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」より火祭りの踊り”、

マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲*

レスピーギ:交響詩「ローマの祭り」より

                 第1部チルチェンセス、第4部主顕祭*


 今回は管楽器が大活躍する明るい作品群を集めたプログラム。その管楽器群が絶好調。弦楽器とのバランスも良く、全体的にまとまりのある良質の響きがしていて、聞き応えのあるコンサートだった(今日の席は2階RB4列)

 チェロ、コントラバスは豊かに響いており、前回、札幌文化芸術劇場(2024年4月25日札響hitaruシリーズ第17回定期)で感じた低弦の物足りなさは今日は全く無く、一安心。


 やはりここで聴くオーケストラの響きは格別だ。ショスタコーヴィッチやレスピーギでバンダをポディウム席のオルガン脇で演奏させるなど、色々立体感のある編成が可能なのも、ここのホールの利点だ。

 今日の立役者は指揮の石崎。オーケストラを音楽性豊かに響かせる好リードで、音楽が停滞することなく、常に前向きで、今日のようなコンサートにはとても相応しい。

 札響は、定期や名曲シリーズでの緊張感から解放されたように、明るく伸び伸びとした演奏。このオーケストラが持つ柔らかく、しなやかな感覚に満ちた演奏で、聴衆もリラックスして鑑賞できたのではないか。


 冒頭のショスタコーヴィッチは、管楽器の明瞭な響かせ方、弦楽器とのバランスの取り方が鮮やかで冒頭に相応しい華やかな演奏だった。

 ハチャトリアンは、荒削りで垢抜けないところもあったが、逆にそれがこの作品の性格に向いていたようで、面白く聴くことができた。

 アルチュニアンでトランペットソロを吹いた児玉 隼人は、リズム感のいいソロを聴かせてくれ、これはとても素晴らしい才能。ソリストアンコールでは珍しいオーケストラ付きで、チャイコフスキーの「白鳥の湖」より 「ナポリの踊り」。


 後半もマスカーニを除いていずれも活発な作品ばかり。これだけ元気のいい作品ばかり続くと食傷気味かとも思ったが、それぞれの作品が短く、かつ歯切れの良い演奏に仕上げてくれていたので、飽きることもなく作品を味わうことができた。

 最後のレスピーギが素晴らしかった。これは指揮者のほど良いコントロールによるものだろうが、それに応えた札響が見事。特に第4部の「主顕祭」はオーケストラの演奏レベル次第で印象がかなり変わるが、単に大音響で鳴らすだけではなく、全体のバランスが終始取れていて、音楽的にも粗野にならず、安心して聴くことができた。

 司会も行い、今日の石崎は大活躍。今日のプログラム以外ではどうなのかも含め、今後の活躍に大いに期待しよう。


 アンコールにエルガー:行進曲「威風堂々」作品39より 有名な第1番 ニ長調。

 コンサートマスターは田島高宏。



2024/04/26

 札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会 第17回

~童話と絵と音楽と

2024年4月25日19:00 札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮 / 広上 淳一

ヴァイオリン /ボリス・ベルキン

管弦楽/札幌交響楽団


尾高 惇忠:音の旅 オーケストラ版(2020)

     1. 小さなコラール        8. 雪国の教会

     2. 森の動物たち        9. なめとこ山の熊

     3. おもいで           10. 注文の多い料理店

     4. 優雅なワルツ         11. 種山ヶ原

     5. シチリアのお姫さま      12. どんぐりと山猫 

     6. エレジー           13. 古い旋法によるフガート 

     7. 前奏曲                                       14. バレリーナ 

                     15. フィナーレ~青い鳥の住む国へ~


ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番

ムソルグスキー(ラヴェル編) :組曲「展覧会の絵」



 尾高の作品は、オリジナルは宮沢賢治の童話に基づく全14曲からなるピアノ連弾曲。2020年、これに第11曲を加え全15曲としてオーケストラ版が編集された。今日はオーケストラ版全曲の初演。

 配布プログラムの解説にあった、尾高がパリ音楽院で精妙なエクリチュールを究めた、とあれば、ここで学んだ邦人作曲家達のあの難解極まる作品群が思い浮かんだが、さにあらず、題名を想起させるとてもおしゃれで気の利いた素敵な名品集だ。

 ここには気難しい無調の現代音楽の姿は全くない。聴きやすいばかりではなく、聴き手の心を健やかに落ち着かせ、どこか憧れに満ちた夢のある世界をイメージさせる作品集だ。各曲は個性的で多彩、単なる情景描写に留まらず、郷愁を誘う懐かしさがある。特に前奏曲以降フィナーレまでが傑作。各曲数分程度の長さで全15曲を演奏しても約30分程度とちょうどいい長さ。

 広上はおそらくこの作品をとても大切にしているのだろう。各曲の個性をよく生かし、オーケストラをよく歌わせ、まろやかな響きと表現でまとめ上げ、決して陳腐にもならず、作品がよりいっそう優れた内容に聴こえてくる秀演だった。今日の演奏を聴く限り、大人から子供まで幅広い世代が楽しむことができる作品だ。童話とのコラボレーションした演奏も面白そう。

 

 ブルッフのソロを弾いたベルキンは美音の持ち主。若いヴァイオリニストだったらもっとテクニックを強調し、アタックの強い演奏をするのだろうが、今日は作品に込められた豊かな音楽性に主眼を置いた演奏。もちろん技術的にもこの作品を表現するのに全く過不足ない。

 特に第1、2楽章がことのほか表情豊か。美しい音色で深く歌い込んだとても柔らかい音楽を聴かせてくれた。第3楽章はもっとテクニカルな要素を強調しても良かったような気がするが、終始大人の音楽を聴かせてくれた。

 全体的に若手にはない味わいがあって、尾高の「音の旅」と並べて聴くには最適の演奏。広上の指揮は素晴らしく、オーケストラが雄弁で、この作品で、これほどオーケストラが表情豊かだったのは初めての経験。


 「展覧会の絵」は、オーケストラを中央寄りに密集させ座らせての濃密な音作り。全体的にやや硬めの響きではあったが、広上らしいおおらかでスケール感ある演奏だった。ただ、ここの劇場は、札幌コンサートホールKitaraとは違って、なぜか低弦がよく響かない。これはどこの席に座っても同じのようだ。特に「バーバ・ヤガーの小屋」や「キーウの大門」ではもっとたくましい低音が聴きたかったが、Kitaraのようにグイグイ前に響いてこなかったのが残念。

 それを除けば、今日は弦楽器と管楽器とのバランスがとても良く、前半も含め、この劇場でこれだけまとまりのあるいい響きがしたのは久しぶりだ。

 トランペットの福田を筆頭に、管楽器群が大活躍。単によく演奏しただけではなく、全体的にアンサンブルとしてまとまりのある響きがしていたのが素晴らしい。響きがあちこち散らばることもなく、統一感があり、聴いていてとても安心感があった。

 コンサートマスターは田島高弘。

 

2024/04/22

 札幌交響楽団第660回定期演奏会

2024年4月21日13:00  札幌コンサートホールKitara大ホール



指揮/川瀬 賢太郎(札響正指揮者)

管弦楽/札幌交響楽団


アイヴズ:交響曲第2番

チャイコフスキー:交響曲第4番


 今回は交響曲が2曲。定期ではあまりお目にかからない組み合わせだが、ちょっと茫洋としたアイヴズと、メリハリがあり性格のはっきりしたチャイコフスキーを並べてコントランスを明確にしており、なかなか考えられたプログラムといえよう。


 アイヴズは札響の半世紀以上にわたる歴史の中でも、演奏歴は過去1回だけ。やはり珍しい作品に属するのだろう。今回、初めてライヴで聴くことが出来たが、当然だが録音よりもやはり実演で聴く方がいい作品だ。掴みどころのない性格ではあるが、まとめ方次第では大きく印象が変わりそうな作風でもある。

 当時の流行り歌等からの引用を土台にして作品を構成していく作曲技法は、どこの流派にも所属していないような不思議な魅力を持つ。反骨心も豊かなようで、その点ではマーラー的なのかも知れない。

 今日の川瀬は、あまり作品に余計な解釈を加えず、しかし適度な性格描写を怠らずに、どちらかというと、ごく自然に全体を表現していたように思う。

 引用された歌の数々をもっと明確に描く方法もあるのかもしれないが、この作品は自然体で流れるように表現した方が、聴きやすいようだ。

 オーケストラの柔らかい音色がこの作品に相応しく、アイヴズ第2番は札響でなければ、という評価も出てきそうだ。


 チャイコフスキーは、情景描写に優れた演奏で、様々なモティーフの表現が多彩さで豊か。しかし過度にロマンティックにもならず、単調にもならずに、ちょうどいいバランスで表現しているので、とても聴きやすかった。

 すっきりとした爽快感も感じさせてくれ、やや退屈だったアイヴズでの不満を一掃してくれた演奏だった。さながらバレエを鑑賞しているかのように、バレエの色々なシーンが思い浮かぶような演奏。プリンシパルや悪役、脇役が次々に登場するような、色々な表情が沢山あって聞き応えがあった。

 オーケストラは熱演。弦と菅のバランスがよく、細部まできちんと仕上げられた演奏で、全体的にとてもいいまとまりのある響きがしていて、安定感があり良かった。

 今日の席は一階席8列目でいつもより前方より。個々の団員の熱演ぶりがよく見えて楽しかった。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2024/04/21

 小澤征爾と札幌(序章)

小澤征爾の札幌初登場は1958年9月29日


 小澤征爾が初めて来札したのは、大学を卒業したばかりの無名の頃で、1958年9月29日。この年の7月にオープンしたばかりの札幌市民会館で群馬フィルハーモニーオーケストラを指揮している。

 群馬フィルハーモニーオーケストラ(現在の群馬交響楽団、1963年に改称、以下「群響」と呼ぶ)は1958年(昭和33年)に北海道演奏旅行(9月22日から10月12日まで全14公演)を行なっており、小澤はその札幌公演だけを指揮するために来札している。このとき、小澤は23歳、「音楽武者修行」に出発する前の年である。詳細は下記のとおり。


群馬フィルハーモニーオーケストラ札幌公演

1958年9月29日 札幌市民会館 昼夜2回公演


指揮/小澤征爾

管弦楽/群馬フィルハーモニーオーケストラ

ヴァイオリン/安芸昌子


メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」

カバレーフスキイ:組曲「道化師」

サラサーテ:ツィゴイナーヴァイゼン

ビショップ:埴生の宿変奏曲

シューベルト:交響曲第8(7)番ロ短調「未完成」

レスピーギ:リュートのための古いアリアと舞曲第3集

(表記は当時のまま)


 小澤と群響の縁は1955年、小澤20歳の時に、移動音楽教室を指揮したことに始まる。当時の群響は移動音楽教室を中心に公演を行っていたが、指揮者が足りない状況だった。そこで、数多く客演していた渡邉暁雄から桐朋学園大学の斎藤秀雄を紹介され、斎藤の紹介で、当時まだ無名だった小澤征爾、山本直純、岩城宏之の3人の若い指揮者が群響に派遣されるようになった。

 特に小澤は、安中、館林、赤城山、やがては北海道まで同行して指揮をするようになった。

 以後、小澤が世界へ羽ばたいてからも自身の指揮活動の最初であった群響を大切に思い続け、たびたび客演していた。


 この当時の逸話については群馬の地元紙(上毛新聞https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/420910?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTAAAR1zcq2-FTnarrflKM6LGpIwU3n6kpA40NHUuI4sQYjwxPLML_Z6QQRrf90_aem_AZ8SAwrkE0XQ5cDQ2tFGFX33pt2ql65ITsy5m1C-r9Gh0-LS-ViUv2tY2PxXP69Nzc11p3zJo8ibXyvV6mIp08Q3

 に次のように掲載されている。

▼「群響生みの親」と呼ばれる丸山勝広さんが指揮者を探して、桐朋学園で指導する斎藤秀雄さんを訪ねたのは1955年頃のこと。斎藤さんはまだ無名だった山本直純さんや岩城宏之さんらを連れ、本県を訪れた

▼選ばれたのが当時一番暇だったという小澤征爾さんである。「お金はあまり払えないけれど、食うぐらいは食わしてやる」。高崎の独身寮に寝泊まりし、夜は酒を飲みながら音楽を語り合った


 


この項作成には、特に、音楽ジャーナリスト渡辺和氏のHPを参照した。

https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2015-06-26)

また、群響北海道ツアー等については群馬交響楽団から情報提供をいただいた。

2024/04/20

 小澤征爾と札幌(3)

1970年ニューヨーク・フィルハーモニックとの来札


小澤征爾指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック演奏会

1970年9月10日 札幌藤学園講堂

指揮/小澤征爾


琵琶/鶴田錦史

尺八/横山勝也


管弦楽/ニューヨーク・フィルハーモニック


メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」

武満徹:「ノーヴェンバー・ステップス」

ムソルグスキー:「展覧会の絵」


Expo'70


 世界に羽ばたいた小澤は1970年にニューヨーク・フィルを率いて来札する。

この年は大阪で日本万国博覧会(Expo'70)が3月15日から9月13日までの183日間、開催された。

 「来日オーケストラ公演記録」という1955年からの来日海外オーケストラの公演記録をまとめた素晴らしいHPによると(http://www.est.hiho.ne.jp/soundlodgeibuki/visitor-orchpro.html

70年の来日海外オーケストラは10団体にも及び、カラヤンとベルリン・フィルがベートーヴェン交響曲全曲演奏会を行うなど、全てのオーケストラが大阪フェスティバルホールで演奏会を行っている。

 全10団体のトリを務めたニューヨーク・フィルはバーンスタインと小澤の2人の指揮者で来日し、全11公演中、小澤は札幌と同じプロで大阪、東京で計3公演を指揮している。


 札幌では、このほか、5月25日に前回述べたジョージ・セルとクリーブランド管弦楽団(中島スポーツセンター)、7月24日にヤンソンスとレニングラードフィル(札幌市民会館)の来札公演があり、いずれも大阪万博がらみである。

 余談だが、おそらくクリーブランド管弦楽団の公演料はかなり高額だったと思われる。中島スポーツセンターを使用し、客席数を多くしなければ採算が取れなかったのだろう。


「ノーヴェンバー・ステップス」


 プログラムに武満徹の「ノーヴェンバー・ステップス」が含まれているのが注目される。ご承知のようにこの作品はニューヨーク・フィル創立125周年記念のために同楽団から委嘱された新作。1967年11月初旬に、ニューヨークでこの来札時と全く同じメンバーで世界初演されている。


 小澤はその2年前の65年にカナダのトロント交響楽団の音楽監督に就任、「ノーヴェンバー・ステップス」をニューヨーク初演の前に、トロントで徹底的にリハーサルを積み初演に挑んでいる。


トロント交響楽団と録音した
レコードジャケットより抜粋


 世界初演はもちろんニューヨーク・フィルの定期演奏会で、合計4回(11月9、10、11、13日)演奏されている。その後の同年11月下旬(28、29日)にはトロント交響楽団定期演奏会でカナダ初演を行い、さらに12月に武満とメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」をトロント交響楽団と録音している。


 日本初演は翌年の68年6月に東京で、「オーケストラル・スペース‘68」で小澤と日本フィルの組み合わせで行われている。

 なお、小澤は69年にトロント交響楽団を率いて来日しており、このときに、「ノーヴェンバー・ステップス」を含むプログラムを大阪と東京で2回指揮している。


 このニューヨーク・フィルの日本ツアーでは、武満徹が含まれたプログラムは小澤が指揮するときだけで、従って初演時と同じメンバーで演奏を聴くことができたのは、全国で3箇所だけで、札幌は貴重なその一つだった。

 今振り返ると、このニューヨーク・フィル札幌公演は、札幌での実に貴重な音楽シーンの一つだったと言える。だが、人気は今ひとつで、売れ行きは芳しくなかったらしく、割引券が音楽関係に出回ったとも聞く。

 筆者は当時高校生で、高校生の小遣いで買えるような価格のチケットではなかったように記憶している。ゆえに、クリーブランド管弦楽団も含め、これらのコンサートは聴いていない。

 武満徹の作品演奏で札響が一躍注目されることになるのは、まだ先の1976年のこと。その前の1974年に小澤は札響定期演奏会に出演する。これは次回に。


 藤学園講堂は札幌市北区北16条西2丁目にある大学法人が所有する講堂で2000席。学校関連の式典で使用する講堂で、演奏会で使用される機会は少なく、もう数十年訪問していないので音響等がどうだったかは記憶にないが、落ち着いた雰囲気の講堂だったように思う。

 


参考文献

前川公美夫 北海道音楽史

立花隆   武満徹・音楽創造への旅

武満徹   音、沈黙と測りあえるほどに

小澤征爾・武満徹 音楽