2023/01/30

ひろがる!つたわる!オルガンのひびき

なぞなぞパイプオルガン


2023128 14:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


オルガン・お話/石丸 由佳

    (新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ専属オルガニスト)


J.S.バッハ:幻想曲 ハ長調 BWV570

H.マリル:カリヨン
モーツァルト:フランスの歌「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲
        ハ長調 K.265(きらきら星変奏曲)より抜粋
J.
シュトラウスI世:ラデツキー行進曲
伊福部 昭/和田 薫編曲:SF交響ファンタジー 1番 



 子ども向けのお話付オルガンレクチャーコンサート。ロビーは子供連れの家族で賑わい、いい雰囲気だ。
 細部までとてもよく丁寧に作られた良心的なプログラム。
 ステージ上奥に配置したスクリーンに、大オルガンの演奏の様子はもちろん、曲目、お話の内容などが上映される。
 同じくステージ上手側には、テーブル上にオルガンの仕組みがわかる、ふいご付きミニ卓上オルガンとオルガンのパイプの模型が、下手側にはポジティフ・オルガンも設置され、これらを全て使って石丸が説明をしていく。 

 最初にバッハを演奏。重量感のあるレジストレーションで、オルガン全体を良く響かせた冒頭にふさわしい力強い演奏だ。

 終了後、ステージに降りて来て、説明に入るが、移動時もスクリーンにはオルガン内部の様子を撮影したビデオが放映され、無駄な時間が一切ない構成。

 説明は台本を見ながら、話し方は朴訥でゆっくりと程良いテンポで親切丁寧。合間に入る実演は、お話の内容が確実にわかるように、時間をかけた、かつ良質の演奏だ。ステージ上の説明がほぼ30分とちょっと長めとも思ったが、場内の子供達は飽きずに聞いていたので問題なかったのだろう。


 再び、ステージ上から大オルガン演奏台に戻っての演奏。この移動時に、オルガン席までのバックヤードの移動風景が、あらかじめ収録済の映像で上演され、聴衆を飽きさせない工夫がされていて、これは感心。

 「カリヨン」の演奏に引き続き、「きらきら星変奏曲」では、ストップの選択と実際の様々なパイプの音色を、変奏ごとに換えて実演しながら説明。

 4段鍵盤とペダル全てを使用しての演奏で、多彩なパイプの音色とそれぞれの鍵盤上での違いを表現し、これは曲目の選択がよく、とてもわかりやすかった。

「ラデツキー行進曲」は,拍手の指揮者役でステージ上にホールスタッフ2名が登場。

 最後の「SF交響ファンタジー 」では、オムニパス風の作品ゆえ、今どの場面を演奏中、というメッセージが映画のワンシーンショットと共に投影され、これは気の利いた演出だった。終演が予定より10分程度オーバーしたが、場内は子供連れが多いにもかかわらず、皆大人しく鑑賞しており、これは内容が良かったためだろう。年配の夫婦連れも多く、子供だけではなく、大人も楽しめた内容だった。

 ただ、最後の伊福部の作品は、ゴジラと同時代に生まれ育った団塊の世代前後には楽しめた内容だが、子供達にはどうだったのか、ちょっと不安。作品としてはもっと思い切った現代音楽の方が、例えば先日のニューイヤーコンサートで演奏された藤倉大の作品のように、反復の多い、リズミックでゲーム音楽的感覚の作品の方がより面白かったかも知れない。



2023/01/16

 Kitaraのニューイヤー2023

2023114 15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/鈴木 優人

箏/LEO

管弦楽/札幌交響楽団


ヨハン・シュトラウスII:喜歌劇「こうもり」序曲

            ピツィカート・ポルカ(管楽器付き初版)

            ポルカ「雷鳴と稲妻」作品324

藤倉 大:箏協奏曲(管弦楽版)

ヴィヴァルディ:「四季」より 

ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調作品27より

       第3楽章 アダージョ

ヨハン・シュトラウスII:ポルカ「春の声」作品410

                ワルツ「美しく青きドナウ」作品314 


 鈴木優人は初めてのKitaraニューイヤー登場。彼の父君、鈴木雅明が2013年1月12日のKitaraニューイヤーを指揮しており、親子でKitaraの指揮台に登壇するのは、マズア父子(父クルト:フランス国立管弦楽団2004年4月22 、息子ケン=デイヴィト:PMFオーケストラ2022年7月22日)以来2例目。


 藤倉大の箏協奏曲が楽しめた。初演は2021年4月、コロナ禍のため無観客で今日と同じ指揮者とソリストで、読売日本交響楽団の演奏で行われている。

 公式YouTube で全曲鑑賞でき、しかも他のサイトでは、公式かどうかは不明だが、スコア(管弦楽版)まで掲載されており、鑑賞の手引きとしては完璧だ。


 基本的に、箏ソロパートは、増音程と減音程で性格づけられた幾つかのリズムパターンを、組み合わせを変えながらオスティナート風に繰り返され、所々で、自由で拍子感を感じさせないソロカデンツァが挿入される。オーケストラは和楽器を模倣した音色、響きを再現し、ソロと一体となって音楽を形成していく。  


 藤倉は和楽器のためのソロ作品を幾つも書いていて、和楽器の奏法とイメージ、音色については熟知しているようだ。この作品は、西欧のスタイルで作曲されてはいるが、根本には、やはり和のテイストが強く盛り込まれている。

 作品は、映画に例えると、モノクロのシーンとカラーのシーンが交代で登場し、しかもカラーのシーンは時としてどぎつい原色だったり、美しい風景を描いた水彩画風だったり、と色彩豊かだ。

 藤倉ならではのアクティブで、常に前向きで肯定的な姿勢が感じられる作風で、鑑賞後はある種の爽快感、満足感を与えてくれる彼ならではの特質を持った作品である。


 箏のLEOは、札幌初登場。卓越したテクニック、特に「ゆりいろ」、「ちらし」などこの楽器独特の技法(スコアを見て,初めて知った)で表現される微妙な色合の音色が素晴らしく、また、繰り返し音型は無機質にならずに、楽器本来の響きの美しさ、芯のある力強さをいつも感じさせてくれた魅力的な演奏だった。

 現代における箏の魅力、和楽器の存在の意味と限りない可能性を存分に伝えてくれ、ニューイヤーコンサートにふさわしい、しかもここでしか聴けない名演だった。


 アンコールは鈴木優人のチェンバロと一緒に「新春によせて」というタイトルの数分の短い即興演奏。ここでは鈴木がLEOの即興を見事にサポートし、しかもチェンバロの機能を効果的に活用した素敵な演奏だった。


 後半のラフマニノフが良かった。編成が12型だったにも関わらず、豊かな響きを導き出し、その中から管楽器群のきれいなソロがふわっと浮かび上がってきて、かつ過度にロマンティックになり過ぎず、この指揮者ならではの感性が光ったバランス感覚の良い演奏だった。


 ヴィヴァルディの四季から「春」は、今日のコンサートマスター、会田莉凡がソロ。柔軟でこなれた、よく歌い込まれた演奏で、これは機会があれば、是非全曲が聴きたくなる抜群のセンスの良さを披露してくれた。


 その他に定番メニューのJ.シュトラウス2世の作品が前半と後半で、全部で5曲。曲目が連続しないように、よく考えられた配置だ。取り立てて個性的ではないが、定番メニューを滞りなく上手にまとめ、作品の性格、魅力を過不足なくそのまま伝えてくれた好演。

 アンコールにラデツキー行進曲。


 ステージ上や、ロビーにはニューイヤーコンサートにふさわしい装飾が施され、多くの来場者で賑わい、いい雰囲気だった。