2024/09/02

 小林道夫 

バッハ ゴルトベルク変奏曲演奏会


2024年8月31日16:00  ふきのとうホール(札幌市中央区北4条6丁目3-3)


チェンバロ/小林道夫

バッハ:ゴルトベルク変奏曲



 氏は今年91才を迎えた日本の音楽界の重鎮。

繰り返しを全て行い、第15変奏曲後に休憩を挟んでの約2時間の演奏会。

 過去の錚々たる巨匠達の演奏を聴くと、年齢を重ねるに連れ安全運転をしがちだが、氏はそのようなことはなく、むしろ新たなチャレンジをするようなところも感じられた。

 今日の演奏は、2020年のライブ録音されたCDや、それ以前に聴いたゆったりと腰を据えたテンポでの演奏とは趣きが違って、全体的にテンポがやや速め目で表現がよりシンプルになっていたようだ。


 冒頭のアリアは比較的速めのテンポによる、多少素っ気なさを感じさせる演奏。もう少し歌わせてもいいのに、と思わせたが、余計な感情移入は一切なく純粋に楽譜だけを追った客観的な演奏スタイルだ。 この基本的姿勢は最後まで貫かれ、作品に対する自らの想いを語るというよりは、個々の変奏曲の骨格と性格を明確にし、30曲に及ぶ巨大な変奏曲の全体像を聴衆に示してくれた、氏ならではのスケール感を感じさせる演奏だった。

 多少偶発的な事故や想定外の速いテンポで演奏される変奏曲があったにせよ、休憩後の第16変奏曲のフランス風序曲の自然な流れ、第26変奏曲のエチュード風の華やかさ、第28変奏曲のトリル変奏曲の鮮やかさ、第30変奏曲のクオドリベットの田舎風語り口の見事さなどは、経験豊かな氏以外からは聴くことのできない素晴らしい演奏。特に26、28変奏曲は2020年の録音よりもスピードアップされた見事な演奏で、妥協をしないチェレンジ精神に敬服させられた。

 当日使用したチェンバロは、氏の演奏を聴く限り、良質の音色でよく響く楽器。プログラムに使用楽器についての記述がなく、あとで確認してみたところ、ここのホール所有で、2012年カッツマン制作の2段鍵盤の楽器。

 全体的な装飾は明らかに17世紀フランドルのリュッカース・タイプだが、楽器の仕様と音色はこのタイプ特有の個性的でクリアな性格とは多少違い、18世紀の時代の幅広いレパートリーに対応可能な、オールマイティの音色を感じさせる楽器だ。特にバッハには相応しい音色を持つ。装飾も美しく、札幌では数少ない海外製作者による優れた楽器の一つのように思われる。

 ホールのホームページにも記載されていないようで、もっと楽器の出自を積極的に広報すると良いと思う。

 

 なお、当日配布プログラムにはアリアと30の変奏についての記述はあったにせよ、曲目解説は一切なし。一聴衆としては小林氏の簡潔にして要領を得た名解説が読めると楽しみにしていたが残念。氏もこれは意外だったらしく、冒頭5分程度、彼ならではのユーモアあふれる作品についてのお話があった。

 各変奏の一覧を掲載するのであれば、2段鍵盤のための変奏がどれか、の表示があれば、聴衆はもっと興味を持って聴くことができただろう。

 アンコールにバッハのコラール「神の御心に委ねるものは」。

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