ダネル弦楽四重奏団
2022年6月4日、5日 両日とも15:00
札幌コンサートホールKitara小ホール
ダネル弦楽四重奏団
ヴァイオリン/マルク・ダネル、ジル・ミレ
ヴィオラ/ヴラッド・ボグダナス
チェロ/ヨヴァン・マルコヴィッチ
プログラム
6月4日
【First and Foremost~何よりも先ずは】
ハイドン:弦楽四重奏曲 第1番 変ロ長調
「狩」 作品1-1 Hob.III:1
ブラームス:弦楽四重奏曲 第1番 ハ短調
作品51-1
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲 第1番
ニ長調 作品11
プレトーク お話/千葉 潤
(札幌大谷大学学長)
【ロシアの作曲家たち】
ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第4番
ニ長調 作品83
アウエルバッハ:弦楽四重奏曲 第5番
「アルコノストの歌(Songs of Alkonost)」 《アジア初演》
ヴァインベルク:弦楽四重奏曲 第7番 ハ長調
作品59
プレトーク マルク・ダネル、千葉 潤
2005年札幌コンサートホールが初めて招聘し、来札。今回は2019年以来、3年ぶりの公演で、9回目の来札。古典から現代まで幅広いレパートリーを持ち、札幌でも数多い名演を披露してきた。それだけではなく、小学校や大学などへのアウトリーチ活動も積極的に行ってきた。
マルク・ダネルのアクティブで、しかも表情豊かに歌い込まれた演奏が中心に展開されるカルテットだが、内声を担当するセカンド・ヴァイオリンのジル・ミレ、ヴィオラのヴラッド・ボグダナスの安定感が素晴らしい。オーケストラでもそうだが、内声部が充実していると、音が厚く、音楽的にも充実して聴こえてくる。チェロのヨヴァン・マルコヴィッチはいつもバランスの良い演奏をし、飛び出ることもなく、隠れて聴こえなくなることもなく、中庸の演奏で、主張がないようである、というカルテット奏者としては理想的存在だ。
今回は、4人それぞれの個性が以前より一層強く明確に主張されるようになり、それらが内面的調和を保ちながら大きな一つの音楽を生み出すように変貌してきたように思う。
5日の公演が秀演。Kitara小ホールでの25年の歴史の中でも語り継がれるべき名演だ。特にアウエルバッハが素晴らしかった。作品はアジア初演。
「アルコノスト」とは女性の顔をした鳥で、その歌声を耳にした者は全てを忘れ、魂が体から抜けていくという(当日配布プログラム解説より)。手元にスコアがないので想像でしかないが、おそらくこれに関する何かストーリーを持った作品なのだろう、鳥が羽ばたく様子など色々な情景描写の表現などがあったように思う。
無調だが、このような何か想像力を働きかけるロマン性があり、けっして無機質にならず、ある民族が持つ悲惨な歴史を感じさせ、長いヨーロッパ音楽の伝統上に立脚した感性が感じられる魅力的な作品だ。
これほど作品を身近に感じさせたダネルカルテットの演奏が凄い。
各パートの高い表現能力、深い音楽性、緻密で求心的なアンサンブルと表現、緊張感に満ちていながらも、情緒豊かな歌に満ちており、最後まで聴き手を惹きつけてやまなかった。この演奏でなければ、これほど魅せられた作品にはならなかったであろう。なお、アウエルバッハは2009年にPMFのコンポーザ・イン・レジデンスを務めている。
同じ5日に演奏されたショスタコーヴィッチとヴァインベルクも名演。やはり彼らのレパートリーの中心でもあり、かなり弾き込まれていて、熟成した音楽だ。2人がお互いに影響しあって作曲を続けていたことが伝わってきたし、特にヴァインベルクでの繊細で透き通った表情や、心を深く抉られるような悲痛な表現、ヴィオラの見事なソロなどからは、今までのダネルカルテットからは聴かれなかった精神的な深さを感じさせ、このカルテットが音楽的にも技術的にも常に進歩していることを示してくれた。
ショスタコーヴィッチは一瞬たりとも停滞することのない隙のない演奏で、特に続けて演奏された後半の二つの楽章でのチェロの力強い表現が秀逸。この日のプログラムは、ショスタコーヴィッチと2人の現代ロシア楽派の作品、それとユダヤ音楽という重いテーマだったが、音楽芸術の存在の在り方を優れた演奏で示してくれた意義深いコンサートでもあった。(アンコールにショスタコーヴィッチの弦楽四重奏曲より第6番第2楽章、第1番より第2楽章)
4日のハイドンは室内楽というよりは室内オーケストラを想せるスケール感ある演奏。千葉氏の事前レクチャーにあったように、まだ弦楽四重奏という形式が完成する前の作品で、バロック時代からの室内オーケストラを継承しているような演奏で、歴史の背景が見えてきた演奏だった。マルクのアダージョの歌い方など、以前に増してより深く豊かになってきたが、それを他の三人が冷静に支えているのはいつもの風景。この対照もまたこのカルテットを聴く楽しみだ。終楽章のアクティブな楽章など推進力とダイナミックさのある演奏はこのカルテットならでは。
ブラームスは濃厚で、若き作曲家の熱い想いがこれでもか、と伝わってきた演奏。これだけのスケール感を感じさせる演奏はそうあるものではない。メンバー全員がドイツ系ではない、という彼等の持つ血の濃さが強烈に伝わって来て(逆に言えば、彼等の出自がダイレクトに感じられるのがまた彼等の魅力でもあるが)、違和感を感じるところもあったが、豊穣な響きで伝わってくる熱いメッセージは圧倒的で、素晴らしかった。
チャイコフスキーはすっきりしていて、チャイコフスキーらしい情緒性が良質の響きで聴こえてきて良かった。特に第2楽章のマルクの静かで、淡々と、しかし、繊細で情緒豊かな表現と、それらを支えていく他の3名の絶妙なバランスと作り上げていく透明なハーモニーは、このカルテットならではの魅力だ。
アンコールのショスタコーヴィッチ(弦楽四重奏曲第1番より、第4楽章と第1楽章)が素敵だった。作曲家の迸る才能がよく表現されていた名演で、翌日の演奏会への期待度が高まる演奏だった。
なお、両日とも千葉潤氏のプレトークがあり、初日のトークは演奏会への興味と期待を高めるとてもいい内容のもの。2日目のマルクの話は、ロシアとウクライナの戦争と芸術の関係を、演奏家としてこの問題をどう捉えているかを過去の例を挙げながら明確に語っていたのが印象的だった。
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