Kitaraのバースデイ
2022年7月2日15:00開演 札幌コンサートホールKitara大ホール
オルガン/ニコラ・プロカッチーニ
(第22代札幌コンサートホール専属オルガニスト)
映像・人形演出/沢 則行
語り、パック/磯貝 圭子
ハーミア、ピーター/縣 梨恵
ヘレナ、スナッグ/会田 優子
ライサンダー、フランシス/佐藤 颯
ディミートリアス、ニック/後藤 克樹
第1部/オルガン独奏
J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ト長調 BWV541
モーツァルト:フランスの歌「ああ、お母さん聞いて」による
12の変奏曲 ハ長調 K.265(きらきら星変奏曲)
バード:ファンシー
ラモー:クラヴザン曲集 第3組曲より
第6曲 ミューズたちの対話
第8曲 一つ目の巨人
プロカッチーニ:《Kitara》に基づく即興演奏
ヴィエルヌ:「幻想的小品集」より ウェストミンスターの鐘 作品54-6
第2部/シェイクスピア:『夏の夜の夢』
プロカッチーニは大オルガンのほかに、ステージ上に並べたポジティフ・オルガンとチェンバロを演奏し、大活躍。
バッハは流麗な演奏で、レジストレーションのバランスが良く、明瞭かつ程よい音量で聴きやすかった。特に低音部のペダルのより滑らかな表現が印象に残った。
ペダルはオーバーホール後、いい状態になった。以前は、ペダルを踏んで空気がパイプまで伝わり、音が出るまでのほんのわずかな時間的ロスが気にはなっていたが、それが全く無くなり、聴いていて気持ちがいい。
モーツァルトは可愛らしい音色のレジストレーション(特に第二鍵盤でのピッコロ?)を効果的に使用し、基本的に各変奏の前半だけを繰り返して演奏。即興的なパッセージを加えたりと、多彩な表情でピアノとはまた違った趣の響きが聴け、面白かった。
バードはステージ上のポジティフ・オルガンで演奏。対位法的動き、トッカータ風華やかさなどが、明確なアーティキュレーションでくっきりと表現され、作品の全体の輪郭を見事に描いた演奏で、これは名演。
ラモーはチェンバロで演奏。「ミューズたちの対話」では、柔らかい表情と、かつ不均等リズムで表現に多彩さを与え、よく歌い込まれた上質の演奏。「一つ目の巨人」では速めのテンポで難曲を鮮やかに表現。大ホールでもチェンバロの美しく、豊かな響きを実感でき、これらの楽器をごく当然のように弾きこなしたプロカッチーニの高い演奏技術に感心させられた。
即興演奏からは再び大オルガン。最初にKitaraに基づくテーマを提示したのちに演奏に入る。古典的な感性による、重厚な響きがするフーガ風の堂々とした即興演奏。音楽の殿堂Kitaraを称えて、というイメージのようだ。和声の厚みや、レジストレーションの使い方にこのオルガニストの優れた感性を感じさせた即興演奏だった。
最後のヴィエルヌもややくすんだ音色ではあったが、彼らしいよく歌い込まれた安定した演奏。
後半はシェイクスピアの『夏の夜の夢』 。Kitaraのキャッチフレーズによると、「パイプオルガンと人形劇によるファンタジックなシェイクスピア・ファンタジー」。
これは人形劇とオルガンのコラボレーションというユニークな内容のもの。
人形劇とは言え、仮面と衣装で着飾った人間がアクティブでダイナミックな演技をする、むしろ仮面劇というイメージ。
ステージの約5割と1階客席ゾーン、ポディウム席をアクティング・エリアとして活用。またLA・RA ブロック客席に大きなスクリーンを配置し、そこにも映像で劇の進行を投影し、しっかり客席全体をサポートしているので、後方3階席でも十分鑑賞できたのではないか。
ステージ中央には昇降可能な幕が下がっており、リア打ちで映像を投影し、一方で場面転換に利用するなど、効果的に活用。幕の後ろのステージ上にはオーベロン王を模した、様々なギミックが可能な巨大なフクロウのフィギアが置いてあり、場面ごとに幕が上がって登場し、存在感抜群。
ミラーボールで場内の照明を鮮やかにしたりと、Kitaraの持つ様々な音響照明機器を駆使し、それらが効果的に反映されていた演出上演だ。
語りとパックを担当した磯貝圭子が全ての配役を声色を使って表現、これは見事。そのほかの出演者もアクティブで大活躍。
劇は「夏の夜の夢」をほぼ原作通り再現したもの。原作はやや複雑でわかりにくいが、登場人物のキャラクターを明確に判別できるよう個性的にかつ大胆に描き、劇の進行もシンプルに要点をまとめ上げており、子供達もよく理解できたのでは。Kitaraホームページと配布プログラムには沢自身による子供向け解説とイラストが掲載されていたが、これは大人にも物語を理解する上でためになるわかりやすいもの。
終始大オルガンで劇音楽を演奏していたプロカッチーニは、場面ごとにその内容を的確に表現し、途切れることなく弾き続け、その即興性に感心。これだけ器用に持続して演奏出来るのは、普通のオルガニストでは難しいだろう。
劇演出が北海道の大地を想起させるたくましさを感じさせる一方で、オルガン演奏は終始落ち着いた安定感があり、両者が程よく調和して、バランス良いシェイクスピア劇を創出していたのではないだろうか。
人形劇とのコラボレーションはKitara主催ではおそらく初めての試み。オーソドックスでテーマがしっかりしており、正統的な路線をしっかり辿った立派なものだ。よく散見する、いたずらに目先の面白さだけを求めた短絡的なプログラムだと誰でも作れるが、一度見れば充分の内容がほとんど。今日のようにオーソドックスで制作に時間を有する内容であれば、繰り返しの鑑賞にも耐えうる。今後もコンサートホールKitaraの品位が維持され、主催事業の核を崩さないで、新しい取組みにチャレンジすることを期待する。
場内は親子連れがいつになく多く、賑やか。子供でも大人でも同時に楽しめるプログラムだったのが成功の原因だったのではないか。
今回はメイキングの様子がホームページ上でも、当日ロビーでも放映されていた。いつもとは違うコンサートだったので、裏方の仕事ぶりが紹介されていたのはよかった。