<Kitaraアフタヌーンコンサート>
野平一郎レクチャーコンサート
2022年9月23日14:00 札幌コンサートホールKitara小ホール
ピアノ、チェンバロ、ポジティブオルガン、お話/野平一郎
J.S.バッハ:
ゴルトベルク変奏曲 BWV988より アリア ◆●◇
平均律クラヴィーア曲集 第1巻より
第1番 前奏曲とフーガ ハ長調 BWV846 ◇
第2番 前奏曲とフーガ ハ短調 BWV847 ◆
第4番 前奏曲とフーガ 嬰ハ短調 BWV849 ◇
第5番 前奏曲とフーガ ニ長調 BWV850 ●
第6番 前奏曲とフーガ ニ短調 BWV851 ◆
第7番 前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV852 ●
第8番 前奏曲とフーガ 変ホ短調 BWV853 ◇
第9番 前奏曲とフーガ ホ長調 BWV854 ◇
第10番 前奏曲とフーガ ホ短調 BWV855 ◆
第13番 前奏曲とフーガ 嬰ヘ長調 BWV858 ●
第16番 前奏曲とフーガ ト短調 BWV861 ◆
◇ピアノ、◆チェンバロ、●ポジティフオルガン
野平一郎は過去 kitara主催事業に2度出演しており、2003年3月にベートーヴェンシリーズでピアノソナタを、2008年9月に藤井一興とのデュオで、メシアンのアーメンの幻影、モーツァルト、シューマンなどを演奏している。共に素晴らしい演奏だった。
今回はピアノ、チェンバロ、ポジティブオルガンでバッハの作品を弾きわけるお話し付きコンサート。楽器はそれぞれ、平均律、ヴェルクマイスター第3、キルンベルガー第3の違う調律法で調律されていて、その違いを同時に聴くことができる。各楽器は全てKitaraの所有のもの。
3種類の楽器を弾きわけることは、実はとても大変なことだ。鍵盤のサイズ、タッチ、音を出す機構、音が出るタイミング、音量など、コントロールしなければならない情報量がかなり多く、普通の音楽家では難しい。それを、どの楽器で演奏しても違和感を感じさせなかったのは、野平の作曲家ならではの明晰な演奏と、同時にバッハの凄さでもある。しかも、どの楽器もいい響きがしており、これは3人のベテラン調律師による優れた調律・調整の成果でもあろう。今日の演奏会の陰の立役者でもある。
ゴルドベルク変奏曲や平均律クラヴィーア曲集をいろいろな楽器で演奏する例は多いが(今年6月の第646回札響定期でオーケストラ版ゴルドベルク変奏曲が演奏されたばかり)、こうして一つのステージの中で様々な楽器を鑑賞できる演奏会はほとんど無い。今日はとても貴重な機会だ。
冒頭のゴルドベルク変奏曲のテーマは全ての楽器で演奏。繰り返しの際にはレジストレーションを変えて演奏するなど、楽器の特徴、オリジナリティを紹介しながらの進行は,興味深かった。また、楽器の鍵盤の奥行きの違いで指使いが代わってくる話、バッハのBACH (2138)の数値を作品に込めるマニアックな作曲へのこだわり、20世紀のチェンバロ復興の歴史、調律の話など、さりげなく重要なことを語るところは豊富な知識量を誇る彼ならではのもの。
比較して聴いてみると、特にポジティフオルガンによる演奏が面白かった。例えば、第5番の前奏曲は,ピアニストだと必要以上に速いテンポで演奏しがちだが、オルガンの音が出る機構上、速く演奏しても音が充分響く前に次の音を弾いてしまうために、全く意味をなさない。比較的ゆったりとしたテンポで演奏する必然性があり、楽器の違いによって演奏法が変わることが明確に示され、これは説得力があった。
また変ホ長調の前奏曲では、この作品の持つ柔和でかつ華やかな性格がよく伝わってきて、楽器の特質と調性と作品の性格が見事に一致した三位一体の好例。後のベートーヴェンの英雄交響曲や皇帝ピアノ協奏曲などに通じるものを感じさせてくれた。
全体的には、レクチャーの中でも話していたが、基本的に野平自身は、メインはピアニストで、古楽奏法によるチェンバロやオルガン演奏は行わない、ということで、やはりピアノによる演奏が最も手に馴染んでいる感覚があった。特に嬰ハ短調のフーガの立体的でスケール感ある表現が素晴らしかった。
欲を言うと、今回は第一番の前奏曲を演奏したので、調律法の違いをここで紹介してくれると聴衆にとってはより有意義だったのでは。
また,作曲家ならではの視点から、なぜこの作品をこの楽器で演奏するか、という説明がもう少しあるとよかった。
アンコールでフランス組曲第6番のアルマンドをピアノ、サラバンドをオルガン、ガヴォットをチェンバロで続けて演奏。これは本日ならではの優れたアイディアで、とても面白かった。
最後に、Kitaraのチェンバロがドイツのミートケモデルであることにちなみ、ブランデンブルグ協奏曲第5番の第1楽章のカデンツァを演奏、これが実に鮮やか。専門のチェンバロ奏者でも中々到達出来ない優れた演奏だった。
アンコールを含めて、よく全体が考え抜かれたプログラムで、聞き応えのある良質な演奏会だった。