2021/07/20

〈リニューアルオープン記念〉

Kitaraのバースデイ〜札響 with 安永  徹&市野  あゆみ


 2021年7月4日(日)15:00開演

札幌コンサートホール 大ホール

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番(ピアノ 市野あゆみ)

ヤナーチェク 弦楽のための組曲

モーツァルト 交響曲第41番 ジュピター


 指揮者無しで安永徹がコンサートマスター。この仕組みはキタラ主催で二回目。久しぶりのキタラ大ホール、自然で豊かなサウンド、とてもいい音だった。

 オーケストラの編成は10型。大きくもなければ小さくもなく、ちょうどいい規模。配置は第一と第二ヴァイオリンが対向配置。各団員はコロナ対策で一人一台の譜面台を使用。全体はステージのやや奥にセッティングされており、ピアノも通常の位置よりかなり奥。この配置がステージ上の響きをうまく拾い、さらにホール全体に響いていたのだろう、心地よい響きだった。札響は通常の配置より今日のようにコロナ対策での広がったセッティングの方が音が柔らかく広がっていいと思う。

 安永の好リードで札響としては特に弦楽器が会心の出来。聴衆も久しぶりのkitaraの響きと名演奏を楽しんでいたのでは。

 最初はピアノ協奏曲。通常のコンサートではコンチェルトでオーケストラが雄弁になることはあまり多くない。ところが本日の演奏、ピアノ協奏曲でこんなにアクティブで表情豊かなオーケストラを聴いたのは初めて。      

 冒頭のヴァイオリンの主題の歌い方が実に表情豊かで、柔らかさの中に、一本筋が入った明快さと積極性がある。全曲通じてこの歌い方で積極性があり、強弱の幅も自然に広がり、そうすると必然的にスケールの大きな表現となる。アーティキュレーションはクリアで、長調から短調に変化していく微妙な陰影の表現が美しく、いつになく多彩な表情が聴こえてきた。ソリストとのアンサンブルも申し分なく、これだけ綿密で一体感がある協奏曲の演奏は珍しい。この作品の魅力の一つであるピアノソロと管楽器の対話に、やや不消化なところがあったにせよ、管楽器も大健闘だった。

 ソリストの市野がいい音を出していた。モーツァルトのピアノ協奏曲といえばまず、きれいに、美しくまとめる、というのが普通だが、ただきれい、というだけではなく、この作品に込められた様々なドラマが見事に表現されており、表情がオーケストラ同様豊かで、ハーモニーも厚く、ピアニスティックな要素が完全にクリアされていた。特にピアノソロから始まる第三楽章が実に生き生きとしており、これは素敵だった。輝かしい未来を祝うような、Kitaraのバースデイに相応しい演奏だった。協奏曲でソリストはもちろん、オーケストラまで楽しめた演奏は本当に久しぶりだ。楽器を完全に手中に納めており、ピアノの状態・調整も良かった。

 

 後半のヤーナチェクは弦楽器だけのアンサンブル。ハーモニーというか、全体の調和、音色が実に見事。前半のコンチェルトにあったオケとピアノの微妙なピッチの食い違いのようなものが払拭されており、とても美しいハーモニーが生まれていた。

 若い頃の作品だが、今日のように指揮者がいなくても、個々の奏者の表現への積極性が感じられる演奏で聴くと、実に多彩で若々しい生命力に溢れた豊かな音楽だ。元来ローカルな作品だが、今日の演奏はそういう土臭さよりはインターナショナルで洗練された音楽。随所に聴こえた伸びやかな表情が印象的で、特に第五曲、六曲での緻密でかつ柔らかいよく歌い込まれた奥行きのある表情がとても良かった。


 最後はジュピター交響曲。全体的には心地よい拍子感とメリハリある表情が一致して、がっちりした構成感を作り上げ、壮大な建築物を見るような演奏。フレーズのディテールの彫塑は緻密で、ベテラン指揮者にありがちな弾き飛ばす(振り飛ばす?)いい加減さはどこにも感じられない。最近では稀な、細かいところまでしっかり掘り下げた引き締まった上質の演奏である。

 以前、2009年に同じ構成でハイドンの交響協奏曲やシューベルトの交響曲を演奏した際は、指揮者なしの欠点でもある慎重過ぎて音楽が停滞してしまう現象がところどころあったが、今回はそういう欠点は一切ない。

第一楽章はやや遅めのテンポで堂々とした音楽。様々な楽想を深く掘り下げた陰影のはっきりした演奏。第二楽章は情緒豊かな演奏だが、弦楽器と管楽器の対話のシーンの見事さなど、なかなか聴けない名演奏だ。この楽章での各パートが集中してお互いに聴き合う室内楽的緻密さは普段の札響にはない姿勢。結果的に柔らかく豊かなオーケストラの響きを生み出していた。

 第三楽章のメヌエットはヴァイオリンの柔らかいボーイングが生み出すふくよかさと絶妙な三拍子がうまくマッチングしていて心地良い自然で豊かなサウンド。トリオでは第四楽章のフーガの主題のモティーフが突然登場して驚かせるところだが、ここでは明確なアクセントで強調し、モーツァルトの意図を十分すぎるほど反映していた。トリオからメヌエットへ戻る時に一瞬の隙があったのが惜しまれる。

 第四楽章のフーガは力感あふれる見事な演奏。フーガのテーマで個々の音符にアクセントが明確に付けられ、対旋律の律動的な動きもかなりクリアで、実に明快な演奏である。第388小節で、コントラバスと第二ファゴットで演奏されるフーガのテーマをティンパニーで増強した箇所はティンパニーの音程が定まらなかったのが惜しまれる。

 アンコールにグリークの組曲ホルベアの時代から。実に鮮やかで、爽やかな演奏。

 やはりこの日のコンサートは安永徹のベルリンフィルで培ったオケマンの豊かな経験が全て。この経験をもっと若手に伝える機会を作れるといいのに、と思う。

  

 



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