2022/08/21

 22代札幌コンサートホール専属オルガニスト

ニコラ・プロカッチーニ

 フェアウェルオルガンリサイタル


202282014:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


オルガン/ニコラ・プロカッチーニ

    (第22代札幌コンサートホール専属オルガニスト)


J.S.バッハ:前奏曲とフーガ ホ短調 BWV548

シューマン:ペダル・ピアノのためのスケッチ作品58

プロカッチーニ:即興演奏
ヴィエルヌ:幻想的小品集より 月の光 作品53-5、鬼火作品53-6

メシアン:聖霊降臨祭のミサより 第4曲 聖体拝領唱「鳥たちと泉」
フランク:3つのコラールより 1 ホ長調



 冒頭のバッハは、安定して落ち着いた演奏。最近のプロカッチーニのバッハ演奏は、レジストレーションの選択がよく、今日も柔らかく美しい響きがしており、とても心地よかった。長大な前奏曲、フーガ共に慎重、かつ丁寧に仕上げた好演だった。

 シューマンは、独立したペダル声部のある珍しい作品で、歴代専属オルガニストも好んで演奏してきた。着想そのものはピアノのためのもので、それゆえ楽想はピアニスティックだ。これをオルガンで表現するのは至難の業だが、今日の演奏は、そういう音楽的課題を乗り越えた秀演。
 第1曲目の冒頭のリズミックで歯切れ良く展開される主題、3曲目の中間部の、いかにもシューマンらしいロマンティックな世界がよく歌い込まれており、一方で、レジストレーションは作品にふさわしい淡い色彩のサウンドを選択し、完成度の高い演奏だった。

 即興演奏は札幌で経験した四季をテーマ(当日配布プログラムの本人解説による)にしたもの。クラシックなスタイルで、調性からの逸脱はなく、とても聴きやすい演奏。雪が静かに降る様子、春を迎えた喜ばしい情景、と思われるシーンがあって、瞑想的でもあり、いかにも彼らしい落ち着きのある即興演奏だった。

 ヴィエルヌの「月の光」は、細部の表情がよく描かれていて、これは素敵だった。ただし、息の長いフレーズ感が感じられず、全体の構成感にやや不足していたのが惜しまれる。「鬼火」は本人の解説にもあった「闇に浮かぶ神秘的な炎のような世界」が想像でき、これは名演。


 メシアンは、本当に鳥が鳴いているように聴こえるなど、細かい情景描写が素晴らしかった。メシアンの驚くべき個性と、緻密で透明な書法が見事に再現されていた。これも歴代専属が好んで演奏する作品だが、丁寧な仕上げで抜群の出来だったと言える。


 フランクは、じっくりと時間をかけ、繊細なオルガンの響きを確かめ、そのハーモニーと音楽の推移を楽しみ、作品を慈しむように演奏。全体的な流れがもう少し前向きであれば、とも思われたが、プロカッチーニのフランクの対する畏敬の念が感じられた演奏だった。


 アンコールにフィッシャーの「シャコンヌ」を選ぶのは、彼らしいなかなか渋い選択だ。バロック期の、どちらかというとチェンバロでよく演奏される名品で、オルガンで聴くのは初めて。


 研究探究型のオルガニストで、まだ若いが、幅広い世界観、音楽観の持ち主だ。音楽的にも技術的にも優れており、今後の活躍が大いに楽しみである。ヨーロッパに戻っての更なる活発な活動に期待しよう。

2022/08/14

Kitaraアフタヌーンコンサート>
びわ湖ホール声楽アンサンブル~美しい日本の歌


202281315:00  札幌コンサートホールKitara 大ホール


司会・独唱・合唱/びわ湖ホール声楽アンサンブル
指揮/本山 秀毅(びわ湖ホール声楽アンサンブル桂冠指揮者)
ピアノ・編曲/植松 さやか


小口太郎作詞/吉田千秋作曲:琵琶湖周航の歌

北原白秋作詞/山田耕筰作曲:この道

西條 八十作詞/服部 良一作曲:青い山脈

〈日本の四季〉

【春】土井晩翠作詞/瀧廉太郎作曲:荒城の月

【夏】江間章子作詞/中田喜直作曲:夏の思い出

【秋】サトウハチロー作詞/中田喜直作曲:ちいさい秋みつけた

【冬】内村直也作詞/中田喜直作曲:雪の降るまちを

山上路夫作詞/村井邦彦作曲:翼をください


阿久悠作詞/宮川泰作曲:宇宙戦艦ヤマト

久保田早紀作詞・作曲:異邦人 ーシルクロードのテーマー

谷村新司作詞・作曲:昴

藤井フミヤ作詞・作曲: TRUE LOVE

中島みゆき作詞・作曲:糸

売野雅勇作詞/井上大輔作曲:2億4千万の瞳ーエキゾチック・ジャパン

阿木燿子作詞/筒美京平作曲:魅せられて

松山 千春作詞・作曲:大空と大地の中で

アンジェラ・アキ作詞・作曲:手紙〜拝啓 十五の君へ〜
槇原 敬之作詞・作曲:世界に一つだけの花 


 今回は2度目の来札で単独公演。札幌初登場は2021年1月 11日、Kitaraのニューイヤー(指揮/沼尻竜典、札幌交響楽団。テーマはオペラティック・ニューイヤー。改装休館中のため札幌文化芸術劇場で開催)。

 全員オペラでソリストを務めることができる実力を持ったプロフェッショナルの声楽アンサンブル。編成は、今回はテノールが5名の他は、ソプラノ、アルト、バス、それぞれが各4名で合計17名。びわ湖ホールの専属で、活動主体はびわ湖ホールの主催事業、主にオペラ出演だが、近年活動の幅を広げつつある。

 オーディションで採用し、任期付の雇用。在任中は研修も含め、様々な場面での活動が提供されている。


 Kitara主催事業では過去、多彩な合唱団が登場しているが、大ホールで、日本人合唱団だけの単独公演はおそらく今回が初めて(98年にスウェーデン放送合唱団とコレギウム・ヴォカーレが、その他の年度ではタリス・スコラーズの演奏会が大ホールであった)。

 個々の歌手それぞれ声量があり、ソロとしても、アンサンブル、合唱としても完成度は申し分ない。聴いていて安心感がある。古楽のような緊張感ある合唱と違い、声そのものの豊かさの魅力を楽しむアンサンブルだ。これは指揮者の本山 秀毅の功績だろう。


 プログラム前半はオーソドックスな作品を並べ、特に合唱の魅力をたっぷりと聴かせるもの。ヴィブラートがちょうど良くかかり、音程、ピッチがよく整っていて聴きやすい。表情が豊かで、日本の四季など明暗のある多彩な表情があって楽しめた。日本語の歌詞は、聴きにくい箇所も幾つかあったが、概ね発音はきれいでわかりやすかった。


 後半は歌謡曲が中心で、PAを使用しての演奏。前半とは全く別の世界。このアンサンブルが歌うとオリジナルの編成よりもっと素晴らしい作品に聴こえてくる。選曲もよく、女声だけ、男声だけのアンサンブルありで、さながら豪華な組み合わせによる昭和・平成歌謡史を聴いているようだった。司会、衣装、演出は嫌味がない、程良いバランスで楽しめた。

 終始しっかりとしたセンスのいい伴奏でメンバーを支え、華やかさを演出していたピアノの植松が素晴らしかった。今日の公演の立役者だ。


 ホール側の育成プランがしっかりしているようで、アンサンブルで活動することによって音程やリズム感への優れた感覚が養われるのだろう。びわ湖ホールでソリストとして活躍しているシーンを何度も鑑賞してきたが、いつも素晴らしい表現で楽しませてくれている。若手育成プログラムの優れた成功例の一つだろう。


 こういうプロフェッショナルの合唱団が札幌にないのが少々残念ではある。

2022/08/05

 札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第10

2022年8月4日19:00  札幌文化芸術劇場hitaru


指揮/下野竜也

ヴァイオリン/会田莉凡

管弦楽/札幌交響楽団


廣瀬 量平:北へ

ドヴォルジャーク:ヴァイオリン協奏曲

ブラームス:交響曲第1番


札響首席指揮者マティアス・バーメルトは、来日に向けた検査で新型コロナウイルスの陽性判定となり、今回の来日を見送らざるをえなくなりました。代わって、下野竜也が出演いたします。何卒ご了承くださいますようお願いします。(主催者発表)


    廣瀬量平の作品は51歳の、おそらく彼が最も脂の乗り切った頃の作品だろう。
 着想、オーケストラの響きなど、短い時間の中に凝縮された強い意志のようなものを感じさせる。

 しかも下野が緊張感と集中力のある指揮で、作品の価値をより高める素晴らしい演奏を聴かせてくれた。

 これは最近の札響の現代曲の演奏では抜きん出た見事な出来だったのではないか。


 ドヴォルジャークのソロは会田莉凡。今年の4月に札響コンサートマスタに就任後、初のソリスト。素晴らしい演奏だった。

 ピッチは高すぎず、きれい。比較的高いピッチで演奏するソリストが多い中、よくオーケストラと調和していて、とても聴きやすい。

 叙情的に歌うところ、技巧的に華やかに聴かせるところが程よくバランスが取れており、いいリズム感の持ち主だ。特に第2楽章の叙情性、第3楽章の鋭い切込などは見事で、この作品の魅力を余すところなく伝えてくれた。

 だが、素晴らしいのは、オーケストラとの一体感。これはゲストで訪れるソリストからは聴くことのできないものだ。指揮者、オーケストラと三位一体となった、理想的協奏曲の姿とでも言え、これはアンサンブル経験の豊かさとコンサートマスターならではの配慮だろう。今後の活躍が大いに楽しみだ。


 ブラームスは速めのテンポで、大きくまとめ上げたスケールの大きな演奏。オーケストラの響きが柔らかく、しかも細部まできちんとコントロールされて充実しており、実に心地よい。これは下野の大きな功績だろう。

 前半こそ管楽器セクションがテンポに乗り切れず、やや不調気味だったが、後半3楽章以降が素晴らしかった。第4楽章のチェロ・バスによる有名な主題はとてもいい音がしており、それ以降のフィナーレに向かっていくエネルギッシュな展開は推進力があって、見事。

 下野はまだ50代前半、今日の演奏からは生き生きとした若々しさを感じさせ、指揮ぶりはダイナミックだ。バーメルトとはまた違う魅力、たくましさ、エネルギーが感じられ、暑さを吹き飛ばす爽快な演奏だった。

 なお、下野は9月3日の名曲シリーズ(札幌コンサートホール、14:00)にも登場予定。


 

 今日のプログラム解説は藤野竣介氏。久しぶりだが、彼ならではの個性的な内容で面白かった。

2022/08/02

 PMF GALAコンサート

202273115:30  札幌コンサートホールKitara


〈出演〉

【第1部】

オルガン/ニコラ・プロカッチーニ

    (第22代札幌コンサートホール専属オルガニスト)

From OZONE Till DAWN  

PMF Special Trio鈴木瑤子×松井修太郎×石川紅奈


ヴァイオリン/三浦文彰

ピアノ/高木竜馬

【第2部】

指揮/ラハフ・シャニ

ピアノ/小曽根真

管弦楽/PMFアメリカ、PMFセクションリーダー、PMFオーケストラ

(掲載写真はいずれもPMF HPより)


〈プログラム〉

【第1部】

J. S. バッハ:プレリュードとフーガ ト長調 BWV541
From OZONE Till DAWN  PMF Special Trio
プロカッチーニ:ブラームスの交響曲第2番の主題による即興演奏
プロコフィエフ:5つのメロディ  作品35bis
ラヴェル:ツィガーヌ


【第2部】
ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲 3 ハ長調 作品26
ブラームス:交響曲 2 ニ長調 作品73


ラハフ・シャニ ©Marco Borggreve
 まず第2部から。今年のPMF首席指揮者は、1989年生まれの注目のラハフ・シャニ。その才能はかなり前から注目されていたが、札幌登場は今回が初めて。

 冒頭のウェーバーが良かった。楽曲の設計がしっかりしており、細部まできちんとコントロールされた演奏。ピアニシッモからフォルテまでダイナミックレンジが広く、歌わせ方は伸びやかで生き生きとしている。彫りの深い立体的な音楽作りが印象的だった。


 プロコフィエフのソリスト小曽根は、クラシックを専門とするピアニストのような技術的ゆとりと全体を貫く逞しさこそやや不足していたにせよ、熱演。特に第二楽章の変奏曲が多彩な表情があって、面白かった。

 例えばシンコペーションリズムでソロとオケがやり取りをする第三変奏など初めて聴くゆっくりとしたテンポで驚かされたが、楽譜を見るとAllegro moderato (poco meno mosso)と書いてあるので、これは正解だ、というような箇所がいくつかあって、普段気づかないプロコフィエフ像を聴かせてくれた。シャニの指揮は、小曽根にピッタリ合わせた隙のないタクトで、これは素晴らしかった。

 アンコールに「小曽根 真:My Witch’s Blue」。テーマとそれに基づく即興演奏。軽やかで綺麗な音、かつ鮮やかな即興で、実に素敵な演奏。小曽根の本領発揮。


 後半はブラームス。今回のPMFオーケストラは、コロナ禍の中での再開で、受講生は基本形の12型が編成できる人数で、いつもより少なめ。従って恒例の大編成作品によるプログラミングは不可能だったが、管楽器群が活躍し、弦楽器群とのコラボレーションの大切さがよくわかるブラームスの交響曲が課題だったのは、とても良かったのではないか。

 シャニの指揮は、冒頭のウェーバーでの姿勢と基本的に変わらない。だが、例えばプロのオーケストラであれば、管楽器ソロの音量、バランス、他セクションとの調和などを考え、全体を概観しながら演奏するのだろうが、今回はその基本的な表現がいつものPMFオーケストラよりも荒い。もちろん、それを学ぶためにPMFに参加しているのだろうが、プロのオケマンとしての表現の基本、心得をシャニやPMF講師陣がどのように、あるいはどこまで指導しているのだろうか、がちょっと気になった。

 とは言え、ドイツ的でもない、ヨーロッパ的でもない、いわば多国籍のインターナショナルなサウンドによる素晴らしい熱演。シャニの解釈は手堅く、しっかりとした構成力がある。よく歌い込み、しかも細部の仕上げも丁寧だ。誰かの解釈を真似たものでもない、堂々としたオリジナリティある演奏で、受講生も熱演。PMFオーケストラ以外からは聞くことのできない独特の熱気のある演奏で、これはとても楽しかった。



 第1部はプロカッチーニのバッハで開幕。レジストレーションの選択、組み合わせがとても良く、調和の取れた音色がホール内に響き、実に心地よいサウンド。特にフーガのバスの動きが歯切れよく、力強く聴こえ、Kitaraオルガンの醍醐味を味わうことができた好演。


PMF Special Trioのピアニスト、鈴木瑤子がコロナ禍で出演できず、サプライズで代役として小曽根が出演。美しいすっきりと抜ける音色で2をリードし、鮮やかな演奏を披露。トランペットの松井が素晴らしいテクニックで、場内を沸かせた。


 プロカッチーニの即興演奏は、第一楽章冒頭のモティーフによるもの。彼にしては珍しくモダンで、高音部の音色を効果的に生かし繊細な雰囲気を醸し出した即興。起承転結がもう少し明快だとわかりやすかったかもしれない。


 三浦と高木は、2人とも若手だが、すでにベテランらしい風格を感じさせる堂々とした演奏だ。プロコフィエフは音楽的で落ち着きのある演奏、ラヴェルはもっと羽目を外しても良さそうだが、作品の骨格を崩さないで、細部まできっちりと表現した演奏。第1部を締めくくるのにふさわしいスケール感を感じさせたいい演奏だった。

 

 ガラコンサート全体としては、演奏をじっくり鑑賞でき、PMF再開にふさわしい落ち着いた雰囲気があって、良かった。