2024/06/20

 イザベル・ファウスト 

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ 全曲演奏会


ヴァイオリン/イザベル・ファウスト


第1夜(全2夜)

2024年 6月12日19:00  フィリアホール(横浜市青葉区青葉台)

 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV1001
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番 ロ短調 BWV1002
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005


第2夜

2024年 6月13日19:00  フィリアホール

 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV1003
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004



 イザベル・ファウストのバッハ無伴奏ヴァイオリン全曲演奏会を聴く。すでに日本で何度かこの演奏会を開催しているようだが、今回やっと聴く機会を得た。2日間に分けての演奏で、順番通りではなく、シャコンヌ付きのパルティータ第2番が最後になるように配置しているのは、毎回同じのようだ。

 今更だが、ファウストはバロックから現代までの幅広い時代の作品をレパートリーに持ち、バロック期の作品はピリオド奏法で演奏するちょっと信じられない名手である。

 両日とも座席が最後列だったので、推測だが、バロック・ボウを使用して、楽器はおそらくいつもの1704年製ストラディヴァリウスだと思う。


 基本はもちろんピリオド奏法で、全体的な印象から言えば、まず、力が完全に抜けた柔らかいボーイングによって生み出される美しい音色と、ほぼ完璧な音楽的な音程の素晴らしさ。楽譜上は単旋律だが、多声部となっているバッハの書法を見事に表現しており、これはこの優れた奏法ゆえだ。

 奏法は当然ノン・ヴィブラートが基本で、音程はきれいでとても心地よい。フレーズごとの文末で、重音でハーモニーを作る時も初めにノン・ヴィブラートできれいに音程を揃えてから軽い装飾的なヴィブラートを加える。

 ヴィブラートが装飾のために、ごく控えめに、しかも美しく演奏された、素敵な例だ。

 さらに、表情豊かなアーティキュレーション、ピアニッシモから始めて次第に盛り上げていくフレージング、伸縮自在なテンポによる舞曲、技巧的な華やかさなど、実に多彩な演奏スタイルで、聴衆を惹きつけてやまない。

 また、各楽曲での連続性を大切にしており、それぞれの楽章間で一息つくことなく、緊張感を保ちながら全曲を演奏。


 両日ともソールドアウトで、特にシャコンヌ付きが演奏される2日目が親しみやすい曲目だったのか、こちらの方が早々と売り切れたようだ。


 全曲演奏からいくつかピックアップすると、特に色々なニュアンスで楽しませてくれたホ長調のパルティータが素晴らしかった。

 冒頭のプレリュードは、直線的ではなく、多声部に聴こえてくる立体的な表現、豊かなアゴーギク、まるで語りかけるような表情など、これはもう10年以上前になるCD録音とも全く違う演奏で、ライヴならではの、様々なニュアンスが聴こえてきた素晴らしい演奏。よくある、モダン奏者がテクニカルに一気呵成に弾く例とは全く異なる、実に音楽性豊かな演奏だ。

 続く4つの舞曲の中では、特に有名なガヴォット、メヌエットがとても軽やかで、弾むような、生き生きとした根源的な生命力を感じさせた。

 儀式的な宮廷舞曲風ではなく、まるでブリューゲルの「農民の踊り」を彷彿とさせる、開放感のある楽しげな民衆の踊りのような音楽だったのが印象的。


 ト短調、ハ長調、イ短調の各ソナタでの、いずれも第2楽章の長大なフーガの構築力の素晴らしさ。息切れすることが一切なく、厳しさがある対位法的に構築された見事な演奏。バッハはハ長調やイ短調でオルガンやチェンバロのためのやはり長大なフーガを書いているが、これらの調性では、終わらせたくない何か特別な気分になるのだろうか。


 シャコンヌ付きのニ短調のパルティータでは、冒頭のアルマンドが、ホ長調のプレリュード同様実に豊かな音楽。流麗だが、ほとんど聴衆に語りかけるように、多彩なニュアンスで、まるで今作曲された即興演奏の如く演奏していく。単旋律で聴こえることがなく、問いと答えのように話しかけてくるアルマンドだ。

 そして2日間のまとめとしてのシャコンヌは、弾く前に、一息入れてざわつく聴衆を静かにせよ、とひと睨みしてから始める。

 表現の幅は広く、いくつかの変奏はピアニッシモから始めて、次第に盛り上げていく。また通り一遍に弾き通すのではなく、楽想に応じてテンポの動きがあって、色々な音楽が次々と現れ、その一つ一つに細かいニュアンスと表情があって聴き手はいっときも気が抜けない。最後は盛り上げて終わらず、スッと力を抜いて祈るが如く、静かに幕を閉じ、長い沈黙をおいての終演。当日配布プログラム解説にあったように「祈り」の色調を強く感じさせた瞬間だった。


 演奏はCD録音と比較すると、かなり自由なスタイルに変化しているようだ。ぜひ再録音を期待したい。21世紀の現代における理想的なバッハ像の一つを聴衆に示してくれた貴重な機会だったと言える。

 

両日ともにアンコールが1曲ずつ。

1日目はピゼンデル:無伴奏ヴァイオリン・ソナタイ短調より第1楽章。

2日目はN.マッテイスSr:ヴァイオリンのためのエア集より 

    プレリュード、パッサッジョ・ロット-アンダメント・ヴェローチェ。


 ここのフィリアホールは初めての訪問。30周年を迎えるとのことで、コンサートホールが全国に続々と建設された時期の1993年の建物だ。

 響きの豊かな美しいホールだ。会場までの段差がやや多いのは歴史を感じさせる。ファウストの音は最後列であってもバランスの良い美しい響きで聴こえてきた。



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