2024/10/22

 札幌交響楽団第664回定期演奏会


2024年 10月20日13:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /上岡 敏之

ソプラノ /盛田 麻央

メゾソプラノ /清水 華澄

テノール /鈴木 准

バリトン /青山 貴

合唱 /札響合唱団、札幌放送合唱団、新アカデミー合唱団 

(合唱指揮:長内勲、大嶋恵人、中原聡章)


ブルックナー交響曲第9番

ブルックナーテ・デウム



 上岡は札響初登場。首都圏での活躍ぶりはよく知られているが、聴くのは今回が初めて。
 したがって他の作品をどう指揮するのかは知らないが、今回のブルックナーは、音響的な豊かさだけを求めるのではなく、日本人指揮者には珍しい彫りが深く陰影豊かな演奏で素晴らしかった。
 各モティーフの綿密で明晰な表現、それらをまとめあげた各フレーズの豊かな表情など、実に多彩で細かいニュアンスに長けており、常に何かを思索しているような、こだわりのある演奏だ。

 ブルックナー最後の交響曲だから、ということもあったのかもしれないが、他の指揮者からはなかなか聴けない解釈だ。

 オーケストラは上岡の要求に見事に答え、とてもいい音がしていた。特に、美しい響きのホルングループとたっぷりと歌い込んだコンサートマスターの会田のソロが格別。

 ただ、全体を通して聴いてみると、全3楽章トータルの今日の演奏時間は1時間を少し超える程度だから決して遅くはないのだが、細部が積み重なって大きな一つの建造物として眼前に現れてくる、という何か一本筋の通ったスケール感があまり感じられなかったのが惜しい。

 しかしながら、この頃は終楽章をやたらと盛り上げ喝采だけを求めるような演奏が多い中、今回のように細部を丁寧に仕上げ深く掘り下げた演奏は滅多に聴けないだけに、とても印象に残った貴重な機会だった。


 第3楽章終了後、合唱団とソリストが登場して、中断することなく「テ・デウム」を演奏。これも周到に仕上げられ、全体がよく整ったバランスのいい演奏。

 ソリストが歌う時に、オーケストラの響きをかなり大胆に落とすところなどちょっと不自然さを感じさせはしたが、全体的にはとても表情豊か。

 ソリストはステージ奥で、合唱団はP席で歌い、客席には必ずしも充分の音量で響いていたわけではないが、上岡はおそらくこの作品では、明晰さよりも教会のような豊かな響きの中での演奏をイメージしたのではないかと思われる。ここのホールの響きをよく生かした教会トーンの雰囲気があって、なかなか聞き応えがあった。合唱団の歌詞はよく聞き取れない箇所が多かったが、定番の歌詞なのであまり気にはならなかった。

 当日配布プログラム解説(今回は東条碩夫氏)にも書かれていたが、交響曲第9番と「テ・デウム」を通して聴いてみても、作曲技法や性格が全く異なり、これらを一緒に演奏する必然性はあまり感じられないし、何か特に関連性があるわけでもなさそうだ。


 話題は変わるが、9月中旬に札幌で予定されていた上岡のピアノリサイタルが腕の故障で中止となった。指揮者活動をしながらピアノリサイタルを開催するエネルギーと、リストとベートーヴェンというかなりヘビーなプログラムで期待していたが残念。今日の指揮を聴いて、ピアノではどのような演奏を披露するのか、ますます聴きたくなった。もちろん指揮者としての再演もいつの日にか実現をしてほしい。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2024/10/14

 第25代札幌コンサートホール専属オルガニスト

ファニー・クソー デビューリサイタル

2024年10月12日14:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


オルガン/ファニー・クソー

    (第25代札幌コンサートホール専属オルガニスト)


リスト:バッハの名による前奏曲とフーガ
レスピーギ:3つの小品 P.92より 第1番 前奏曲 ニ短調
J.S.バッハ:わが身を神に委ねたり BWV707
レスピーギ:3つの小品 P.92より 第3番 J.S.バッハのコラール

     「わが身を神に委ねたり」による前奏曲 イ短調
J.S.バッハ: われは汝に希望を抱けり、主よ BWV640
レスピーギ:3つの小品 P.92より 第2番 J.S.バッハのコラール

     「われは汝に希望を抱けり、主よ」による前奏曲 変ロ長調
J.S.バッハ:キリストはわれらに至福を与え BWV620
ラドゥレスク: 受難のための7つのコラールより 第3番 

       「キリストはわれらに至福を与え」
J.S.バッハ:われら苦しみの極みにあるとき BWV641
ラドゥレスク: 受難のための7つのコラールより 第7番 

       「われら苦しみの極みにあるとき」
J.S.バッハ:パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582



 フランス生まれのオルガニストで、リヨン国立高等音楽院修了。楽器を豊かに響すことができ、フォルテッシモからピアニッシモまでの幅広い伸びやかな表現力を持つオルガニストだ。

 プログラムはバッハとバッハに強い影響を受けた作曲家を中心に組み立てたもの。

    冒頭のリストは、力強い音色で全体をしっかりまとめ上げており、多少の曖昧さはあったにせよ良く弾き込まれていた安定した演奏だった。

 続いてはバッハのコラールと、同じコラールを用いたレスピーギの作品を交互に演奏。珍しいレスピーギのオルガンソロ作品はおそらくKitara初演か。レスピーギとオルガンの関係は意外だったが、そういえば、有名なローマ三部作にオルガンパートがあったことを思い出した。取り立てて何か強いメッセージ性のある作品には思えなかったが、今日の演奏の中では「前奏曲イ短調」が個性的で面白かった。


 後半はバッハのコラールと、同じコラールを用いたラドゥレスクの作品を交互に演奏。ラドゥレスクもKitara初演か。演奏者本人によるプログラム解説によると、昨年他界したルーマニアの作曲家・オルガニストで、シェーンベルク、メシアンらから影響を受けた作品を書いているとのこと。

 作風はレスピーギより独創的でより現代的な響きがするが、聴きやすくわかりやすい内容の作品。オルガニストらしく楽器の音色を効果的に使っており、

なかなか魅力的だ。


 前半と後半で繰り返し演奏されたバッハのコラールは、レジストレーションの組み合わせによるのだろうが、本来室内で静かにソロで歌われるメロディーを大劇場で大合唱で歌っているように聴こえてきて、多少の違和感があった。

 歌に例えれば、細かい言葉のイントネーションが曖昧で、歌詞がよく聴き取れなかったような印象を受け、全体的にやや単調に聴こえてきたのが残念。

 発声、響きはとてもよかったので、コラールごとに明確な性格描写があるとより楽しめたと思われる。

 最後のパッサカリアはディテールがやや不鮮明で変奏ごとの性格づけが物足りなかったものの、強弱の対比が明快で、全体的にわかりやすい演奏だった。


 アンコールにバッハのト短調の小フーガ。緊張感から解放されたのか、響きがすっきりと抜けてくるレジストレーションで、Kitaraオルガンの美しい音色を見事に聞かせてくれた。フーガのテーマの表情、ニュアンスも豊か。これはとてもいい演奏で、本プログラム中のコラールもこのように弾いて欲しかった。


 今日のプログラムはバッハのコラールに焦点を当てた興味深い内容だったが、やや重複が多く、バッハからの影響、関連性を説明するのであればレスピーギもラドゥレスクも各1曲聴けば充分。

 デビューリサイタルであれば、今日聴けなかったフランスの作品など、より多彩なレパートリーを披露して欲しかったが、スケール感豊かで明朗な性格の音楽を聴かせてくれるオルガニストなので、今後の活躍に期待しよう。

2024/10/01

ロンドン交響楽団


2024年9月29日15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/サー・アントニオ・パッパーノ

ピアノ/ユジャ・ワン

管弦楽/ロンドン交響楽団


ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番

マーラー:交響曲第1番


 ロンドン交響楽団は2年前に来札(2022年10月3日、指揮/サー・サイモン・ラトル)しており、そのときはシベリウスの交響詩が2曲とブルックナーの交響曲第7番 ホ長調 WAB107(B-G.コールス校訂版)を演奏している。

 今回は首席指揮者に就任したばかりのパッパーノが率いての公演。このオーケストラの魅力は何と言っても柔らかくて上質で美しい響きだろう。それは弦楽器だけではなく管楽器でも発揮され、もちろんアンサンブルも整っていて、今日はどの箇所でもその心地よい柔らかい響きが聴かれ、あらためて洗練されたいいオーケストラだと実感させられた。


 22年の札幌公演ではやや強引とも言えるラトルの指揮が時々調和を乱すことがあったが、今日のパッパーノは、よく歌う振幅の大きい解釈で、オーケストラを自然体で無理なく響かせ、このオーケストラの美点を過不足なく引き出していたと言えるだろう。

 マーラーでは最終楽章で派手に盛り上げ、大音響で締めくくり、聴衆を沸かせていた。陽性で明るいマーラーで、第1楽章から第3楽章までは全体のバランスなどとてもよくコントロールされており、管楽器群の溌剌とした表情などとても魅力的ではあった。ディテールがやや甘いところもあり、重箱の隅を突けば事故が起こっていた箇所もあったのかもしれないが、生き生きとした若々しいマーラー像を描いており、好みはわかれるだろうが、魅力充分の演奏だった。

 それにしても最近のマーラー演奏はオーケストラの技術的レベルが向上するに連れ次第に派手になってくるようで、ショーピース的な扱い方が増えてきているような気がするのは筆者だけだろうか。


 ラフマニノフのソリストはユジャ・ワン。ちなみに彼女は、札幌文化芸術劇場hitaruに納品された数台のスタインウェイの選定者。同劇場開館時に、札幌デビューリサイタルを行っており、札幌は2回目。

 演奏はラフマニノフならではの技巧的なパッセージやロマンティックなメロディの歌い方など、どの楽章、どのフレーズも過不足なく的確に表現され、手慣れたプロフェッショナルの仕事ぶりで、安定感は抜群だ。ただ、今日は体調不良だったようで、いつもの体全体から溢れるような伸びやかさのある表情がなかったのは残念。珍しくアンコールは全く弾かず、ステージマナーもぎこちなく笑顔もなし、彼女のKitara初登場を楽しみに来場したファンは少々期待外れだったのではないか。

 オーケストラは随所で柔らかく美しい響きを聴かせ、すっきりとした洗練されたラフマニノフで、これはとても素敵だった。