2024/12/28

 札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会 第19回 

 2024年12月26日19:00  札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮 /ユベール・スダーン

ピアノ /エヴァ・ゲヴォルギヤン


池辺 晋一郎:この風の彼方へ

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

グリーグ :「ペール・ギュント」第1組曲、第2組曲



 「この風の彼方へ」は2018年オーケストラ•アンサンブル金沢創立30周年記念の委嘱作品で、スダーンが初演している。

 現代音楽のカテゴリーに入るが、近現代の様々な音楽様式を取り込み、特定の固定観念がなく全体を構築しているようだ。例えば後半ではストラヴィンスキー風のリズムパターンなどが出てきて面白く、このジャンルの中では意外と親しみやすさを感じさせる作風だ。

 スダーンはこれが2度目の指揮。リズミックで歯切れよく、メリハリのある表情で作品全体の輪郭を明確にして、かなりわかりやすく聴衆に紹介してくれた。  

 もし池辺がユーモアたっぷりの解説付きで紹介しながら演奏してくれたら、現代音楽入門の作品として最適ではないか、と思わせた演奏。フルートのソロが良かった。

 

 チャイコフスキーを弾いたゲヴォルギャンは今をときめくライシング•スター。演奏する方も聴く方も、全て予想通りの定石的解釈で演奏するのが当たり前になっている定番の作品だが、今日の演奏は、それに全く当てはまらない自由闊達な演奏。

 即興的なテンポの変化と表現などが聴こえてきて、想定外の解釈。普通ならテンポを動かさずストレートで演奏する箇所で急に即興的にちょっとテンポを変えてみたり、こぶしを効かせた歌い方をしてみたりと、とにかく色々なことをするので、聴き手を飽きさせない。

 その一方で、分厚い和音が粗雑になったり、中途半端な歌い方でフレーズが断片的になったりするところがあり、不安定な箇所もあったのだが、逆にオクターブの連続する華やかな走句を誰よりも力強く素早く弾いて剛腕ぶりを示し、全体のバランスを上手くとったりと、聞かせどころを心得たなかなかの腕自慢のピアニストだ。

 このソリストに合わせるのは大変だったようだが、そこは経験豊富で老練なスダーン、見事なアンサンブルでソリストにほぼ万全な指揮で合わせ、スケール感豊かな作品に仕上げており、これはさすが。

 ソリストアンコールにチャイコフスキー(プレトニョフ編)/「くるみ割り人形」より アンダンテ・マエストーソ。これはピアニスティックな派手さと深く歌い込まれたロマンティックな旋律との対比が鮮やかで、ソロをもっと聴きたくなるような伸びやかで素敵な演奏だった。


 グリークの「ペール•ギュント組曲」を通して聴くのは初めて。各曲単独での演奏は数え切れないが、組曲全てを演奏するのは珍しい。

 ここではスダーンの鮮やかな統率ぶりが光る。作品ごとの性格付けが素晴らしく、シンプルだが美しい響きがするグリークの多彩な表情がよく生かされている。全8曲それぞれが魅力的かつ個性的に聴こえてきて飽きさせない。

 スダーンの指揮はオーケストラの個性を生かすよりは有無をいわせず強引にまとめ上げて行く統率力があり、札響のオリジナルサウンドよりもスダーンの凄腕ぶりを楽しむコンサートだったとも言える。特に今日は全体を通して管楽器群の仕上がりがとてもよく、弦楽器群の音色との調和も美しく聞き応えのあるいい演奏会だった。

 一方、弦楽器群は暖かく、どちらかというと熱い音がしていて、いつもとは違うオーケストラを聴いているようだった。今日の席は一階14列の上手側で、席によってまた当然指揮者によっても響きの違いはあるだろうが、この劇場で聴く最近の札響の音はこのような傾向が多く、これがここの劇場の特徴になりつつあるようだ。

コンサートマスターは田島高宏。






2024/12/16

 札響名曲シリーズ

札響の第9


 2024年12月15日13:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /川瀬 賢太郎

ソプラノ /迫田 美帆

アルト /藤木 大地

テノール /宮里 直樹 *

バリトン /萩原 潤

合唱 /札響合唱団、札幌大谷大学芸術学部音楽学科合唱団 ほか

合唱指揮/長内勲、大嶋恵人、中原聡章


フィンジ:武器よさらば *

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」



 珍しいフィンジは英国の作曲家。取り上げた趣旨はもちろん現在の世界情勢を反映してのものだろう。端正で透明な響きのする作品だ。

 イントロダクション(レチタティーヴォ)とアリアの形式で書かれていて、特にアリアはバッハ風の、リズミックに静かに進行する心地よい田園歌とでも形容すればいいのだろうか、素朴で静かな楽想の佳品。テノールの宮里が落ち着いた雰囲気を醸し出し、オーケストラ共々しっとりと心に残る演奏だった。


 第九は、予定調和的に決まりきったパターンの演奏が多い中、今日は川瀬の個性が生き生きと反映された演奏。全体的にテンポはやや速めで、もたつかず、歯切れが良く、きびきびと音楽が進行して、聴いていてとても気持ちの良くなる演奏。それだけではなく、細かいニュアンスにも不足がなく、第2楽章の最後の和音を柔らかく響かせまとめ上げるなど、ところどころに興味深い表現があった。久しぶりにすっきりと引き締まった、かつオリジナリティ豊かな第九を聴くことができた。


 合唱は力むことなく響きが自然にホール内に広がって、各パートの限界を超えたような音域であっても音程、発声が乱れず、全体的なバランスもよく安定感があった。

 今日はソリストのアルトにカウンターテナーの藤木大地。おそらく札響では初めての試みだろう。バランスの点ではいつも聴き慣れた女声ではないためか、やや遠く聴こえた印象があり、大ホールでの独唱のスケール感を求めるなら今まで通りの女声アルトがいいと思うが、今回のようにソリスト同士の調和を大切にするのであれば、藤木の起用は成果があったように思われる。

 ソリストはステージ奥で歌っていたが、よく声が通り、表現力もあり聴きやすかった。

 川瀬の優れたバランス感覚のためか、合唱とソリストとオーケストラの音量のバランスがとてもよく、かつ合唱の輪郭もクリアで、とてもわかりやすいすっきりと仕上がった第4楽章だった。

 欲を言えば、第3楽章がやや単調に流れたようで、ここではもっと室内楽的な繊細さがあればよかったが、全体的にはここ数年の第九の中では出色の仕上がりと言ってもいいだろう。

 

コンサートマスターは田島高宏。

2024/12/09

〈びわ湖ホール・iichiko総合文化センター・札幌コンサートホールKitara・               やまぎん県民ホール 共同制作〉

 沼尻 竜典作曲

 歌劇『竹取物語』


2024年12月7日15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/阪 哲朗

演出/中村 敬一(原演出:栗山 昌良)
出演/びわ湖ホール声楽アンサンブル
    かぐや姫/砂川 涼子*
    翁/迎 肇聡
    媼/森 季子
    帝/西田 昂平
    石作皇子
/有本 康人

    庫持皇子/大野 光星
    阿倍御主人/市川 敏雅
    大伴御行/晴 雅彦*
    石上麻呂足/平 欣史
    大将/有ヶ谷 友輝
    月よりの使者/德田 あさひ
    石上麻呂足の使者/石毛 博也(HBC少年少女合唱団)
    職人/有ヶ谷 友輝、奥本 凱哉、古屋 彰久、五島 真澄、砂場 拓也、

       林 隆史
合唱/びわ湖ホール声楽アンサンブル、札幌市内合唱団
管弦楽/札幌交響楽団
                               *客演


 

 全曲は2時間を少し超える歌劇としては比較的短めの作品で、沼尻自身によるプログラムノート(当日配布プログラム掲載)によると「昭和歌謡、大河ドラマの音楽のイメージが盛り込まれた昭和の香り満載のオペラ」だそうだ。

 オペラ全曲は今回札幌初演だが、抜粋ではフィナーレの第5景から「2021年Kitaraのニューイヤー」(札幌コンサートホール主催、2021年1月11日)で、作曲者沼尻の指揮、今回と同じ砂川とびわ湖ホール声楽アンサンブルによって一部初演されている。

 このときのわかりやすく親しみやすい、という印象は、今回あらためて全曲を鑑賞してみても基本的に変わらないが、作風は歌劇というよりはミュージカル風だ。


 今回の席はちょうどステージを斜め後ろから見る席。従って声楽陣の表現、バランスなど詳細は他都市公演のレビューに譲るが、指揮者とオーケストラの全体像と演奏をじっくりと鑑賞できた面白い席だった。

 今日の指揮者、阪は、前半はやや生真面目過ぎたきらいもあるが、全体的に沼尻の指揮の時よりも格調高い作品にまとめ上げていたようで、新たな生命が与えられていたようにも感じられた。


 演出は先日の北海道二期会の「こうもり」と同じく中村 敬一(原演出:栗山 昌良)。上演形態は、中村の演出ノート(当日配布プログラム)に、「アクティングエリアはあまり広くない密な空間としオーケストラもステージ上で演奏し、指揮者や演奏者たちも舞台空間の役者として捉えて舞台に上げている」とあった通りのコンパクトな上演形態だ。

 

 ステージは照明を効果的に見事に使いこなして、色彩豊かで、美しい。またオルガンのあるポディウム席を活用し、かぐや姫を迎えに来た月の使者がオルガン前で歌うなど、このホールならではの立体感を生かした演出で、全体的に落ち着いた仕上がり。

 

 中村の演出ノートにあったとおり、オーケストラはステージ上で演奏。阪の指揮は、柔軟で声楽陣とのコンタクトは申し分なく、ほぼ両者一体となった万全のアンサンブル。なによりも音楽的にしなやかで、オーケストラの音がきれいでよくまとまっており、この物語の童話的世界を見事に表現していたのではないか。作曲者沼尻のオーケストレーションもさすがに立派。


 Kitaraでのオペラ上演は過去ホール主催でモーツァルト、札幌交響楽団主催でブリテン、北海道二期会主催でヴェルディなど、かなりの演目が上演されており、それぞれ個性的なステージを創出していたが、技術的進歩もあるのだろう、光を効果的に使って描いたステージとしては今日が最良の出来。

 4館の共同制作ということもあり、かなり効果的でいい舞台を作り上げることができたようだ。

 

2024/12/03

 札幌交響楽団第665回定期演奏会

2024年12月1日13:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/エリアス・グランディ

ヴィオラ/ニルス・メンケマイヤー

札幌交響楽団


ヒンデミット:白鳥を焼く男

マーラー:交響曲第1番「巨人」



 来年から首席指揮者に就任予定のエリアス・グランディが登場。プレトークがあり、首席指揮者の抱負の一つとして優れた世界のソリストも紹介したい、とのこと。今回はその第一弾として、ヴィオラのニルス・メンケマイヤーが登場。
 太く、逞しい響きがして、ヴィオラならではの音色を堪能させてくれた優れた演奏家だ。


    このヒンデミットは札響初演。いかめしいタイトルだが、同名の民謡を題材にしたヴィオラコンチェルト。ソロパートはかなり技巧的で、ヴィオラより高音のヴァイオリンは登場させないなど、常にヴィオラに焦点が当たるようにと、編成に工夫がある作曲技法。ただやはり響きは地味で、余程の名手でなければ聴衆にこの作品の魅力をしっかり伝えることができないだろう。

 メンケマイヤーは、両端楽章での力強く逞しい表情、第2楽章での繊細な表情など、安定したテクニックによる表現で、申し分ない仕上がり。

 チェロセクションが第1ヴィオリンの席に座っており、首席の石川がコンサートマスター席。視覚的にも興味深い演奏形態だった。

 ソリストアンコールにバッハの無伴奏チェロ組曲第1番からアルマンド。これはすっきりとした古楽器風の演奏で、余分なヴィブラートを省いて贅肉を削ぎ落とした美しい素敵な演奏で、この奏者の多面性を示してくれた名演だった。


 前半の比較的シンプルな編成と違って後半のマーラーは16型のフル編成で、しかも対向配置。下手から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンと並び、コントラバスは下手奥、ホルンが上手、といつもの位置とは正反対。かつ山台を使用して、かなり段差をつけての配置で、これも最近の札響では珍しい。

 グランディは細部をきちんと仕上げ、それを積み重ねてまとめ上げる、という今まで聴いてきた手法のとおりだ。細部の色々な部分は卓越した仕上がりで、オペラも振れる指揮者ならではの繊細さと表現の多様性、フレッシュな感性など、今までの首席指揮者にはない多くの魅力がある。

 ただし、今日はいつもと違う配置と大編成のためか、また聴く方もこの響きに不慣れだったにせよ、オーケストラ自体もこの配置に対処する万全の体制が取れていなかったようだ。

 このオーケストラであればもっと緻密に仕上げることができるはずだ、と思われる箇所がいくつかあったのは惜しい。

 とはいえ、楽章が進むにつれ、次第にまとまりのある豊かな響きとなり、フィナーレの第4楽章はスケールの大きい見事な演奏。

 今後、グランディの色々な考え方が浸透すると、オーケストラの実力が更にアップするのではないか。

 来年度のグランディのプログラムを見るとマーラー、ベートーヴェン、リヒャルト・シュトラウスなどがプログラミングされていて、楽しみだ。大いに期待しよう。

 コンサートマスターは田島高宏。