2025/02/21

第27回リスト音楽院セミナー 講師による特別コンサート

リスト音楽院開学150周年記念ガラ•コンサート

2025年2月19日19:00 札幌コンサートホールKitara 小ホール


ハープ/アンドレア・ヴィーグ★
ピアノ/ガーボル・ファルカシュ●、バラージュ・レーティ◆


トゥルニエ:演奏会用練習曲「朝に」★
J.トーマス:吟遊詩人の故郷への別れ★※
デュラン:ワルツ 第1番 変ホ長調 作品83★
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より◆
        第4番 夕べの大気に漂う音と香り
        第9番 とだえたセレナード
リスト:バッハの名による幻想曲とフーガ S.529◆
       アヴェ・マリア S.182●
       死の舞踏 S.525●
ドビュッシー:2つの舞曲「神聖な踊りと世俗の踊り」★◆
リスト:ラーコーツィ行進曲 S.692●◆



 リスト音楽院セミナーの教授陣によるコンサート。今年はペレーニが不在でちょっと残念だったが、その代わり前学長でハーピストのアンドレア・ヴィーグが名演を聴かせてくれた。
 全体的に150年の歴史を感じさせる聞き応えのあるいいコンサートだった。

 そのハーピストのヴィーグは、抜群の安定感。優れた技巧と表現力で、前半はハープの定番メニューを落ち着いた雰囲気で演奏。

 後半のドビュッシーはレーティとのアンサンブルも完璧で、さすがの実力。


 レーティはプロフェッサータイプの演奏。と言っても堅苦しいつまらない演奏、ということではなく、作品を掘り下げ、過不足なくその性格を把握して表現していく優れたバランス感覚を持っていて、まさしくお手本に相応しい演奏を披露してくれる。

 ドビュッシーの2つの前奏曲は堅実で的確。続くリストの「バッハの名による幻想曲とフーガ」が圧巻。幻想曲での次々と移りゆく楽想の表現の多彩さ、フーガでの確実な歩みは見事。全体的な構成力や充実した音の厚み、特に低音のテーマなどの表現は単に大きな音ではなく、響きやバランスがよく考え抜かれていて、音楽的にとても豊か。オルガン版とはまた違ったスケール感が感じられた演奏だった。


 ファルカシュは演奏家タイプ。音色が明るく外向的な伸びやかさがあって、素晴らしいピアニストだ。抑揚がはっきりとしていて、聞きやすく、わかりやすい。「死の舞踏」はすっきりと音が抜けてきて、ダイナミックで、技術的にも申し分ない。華やかさがあって、レーティとは異なる個性の響きが聴けて、とても面白かった。

 ソロの時はそれぞれ違うピアノを選択、それにも2人の個性が反映されていて、その聴き比べも楽しかった。


 この2人による「ラーコーツィ行進曲」は、鋭く、歯切れ良く、隙のない推進力のある演奏で、しかも作品に込められた高揚した気分も充分伝わってきた名演。自国ハンガリーの作品を演奏する誇りと情熱が感じられた演奏だったともいえる。


 この種のガラコンサートは往々にして祝典的雰囲気の方が主となり比較的弛緩した内容に陥るケースが多いが、今日は一本筋の通った妥協の無い演奏で、リスト音楽院の教授陣の実力を示してくれた重量感のあるコンサートだった。

2025/02/19

 〈ハンガリーの俊英たちⅤ〉

トポラーンスキー・ラウラ ソプラノリサイタル

2025年2月16日15:00 札幌コンサートホールKitara小ホール


ソプラノ/トポラーンスキー・ラウラ
ピアノ/中島 幸治(第15回リスト音楽院セミナー最優秀受講生)


リスト:美しい芝生が広がるところ S.284

       彼らは何と言った S.276
       わが子よ、私がもし王だったら S.283
       愛の夢より 第3番 変イ長調 S.541(ピアノ・ソロ)
バルトーク:8つのハンガリー民謡 BB 47
コダーイ:4つの歌より 第2曲「ナウシカア」
      
愛しい人、私のところに来ないで

      チターリの山の下には

      
モーツァルト:歌劇『イドメネオ』K.366より 心の中に私は感じる
          歌劇『フィガロの結婚』K.492より 恋人よ、早くここへ
ヴェルディ:歌劇『リゴレット』より いつも日曜日に教会で
シューベルト:4つの即興曲より 第3番 変ト長調 D.899(ピアノ・ソロ)
ワーグナー:歌劇『タンホイザー』より おごそかなこの広間よ
レハール:喜歌劇『ジュディッタ』より 私の唇は熱い口づけをする
チレア:歌劇『アドリアーナ・ルクヴルール』より 私は創造の神の卑しい僕




 ハンガリーの俊英たちは今年で5回目、初めての声楽家登場のためか来場者も多かったようだ。
 ハンガリーの歌姫と言えばかつてのシャシュ・シルビアを思い出すが、スケール感では今日のラウラも全く引けを取らないのではないか。

 前半は、比較的聴く機会の少ないハンガリーの作曲家特集。

 リストの歌曲は歌われる機会が本当に少なく、今日は貴重な機会。今日はフランス語の詩による作品で、歌詞がややわかりにくかったにせよ、繊細で表情豊か。よく通る声と中島のピアノのバランスがよく、リストならではの優れた書法がよく表現されていたのではないか


 バルトークは短い民謡風の歌が8曲、歌詞がハンガリー地域の民謡詞で、民族色の強い語りかけるような作品かと思っていたが、今日の歌唱を聴く限りでは国際色豊かで、幅広い世界観を持つ作品のようだ。歌よりは中島のピアノの雄弁な表現がその幅広さを示していて、むしろピアノが主役のように聴こえてきたのが意外だったが、これがバルトークの狙いだったのかもしれない。


 続くコダーイの作品がこの3人のハンガリーの作曲家の中では最も聞き応えがあった。特に「ナウシカア」でのラウラがとても表現力豊かで、切々とした深い表情が伝わってきて、場内の雰囲気をガラリと変えるほど。続く2つの歌曲でもラウラの情感溢れる豊かな表現がとても素晴らしく、今日の作品だけで言えば、民謡を素材とした声楽作品ではバルトークよりも親しみやすく、芸術性も高いように思われた。


 後半はオペラアリア集から。歌姫に必要な豊かな声量と華やかさがあって、オペラの舞台に立つとより存在感がありそうだ。

 イタリア語系のアリアは、申し分ない表現力。もう少ししなやかさや艶っぽさがあればとも思ったが、それはあくまでも今日のステージからの印象で、おそらくオペラの舞台に立って歌ってくれると、存分に魅力的な歌を聴かせてくれるのだろう。

 今日はドイツ語系の歌がそれぞれ説得力のある歌唱で良かった。特に、ワグナーが、張りのある輝かしい歌唱で聴衆を圧倒。続くレハールのオペレッタでは雰囲気をガラッと変えての歌唱で、存分に楽しませてくれた。 R・シュトラウスなど聴きたかったが、それは後の楽しみとしよう。


 全編を通じてしっかりと歌を支え、多彩な表現で共に演奏を盛り上げた中島がとても良かった。2曲のピアノソロが気分転換の役割を果たしており、なかなか気の利いたプログラミング。伴奏ピアニストとしての活躍をもっと期待したい。

 アンコールにプッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より 私のお父さん。

2025/02/17

回想の名演奏


追悼 秋山和慶氏

〜1997年 札幌コンサートホールこけら落とし公演

1997年7月4日19:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/秋山和慶(ミュージックアドバイザー兼首席指揮者)

フルート/工藤重典

オルガン/小林英之

管弦楽/札幌交響楽団


R・シュトラウス:祝典序曲

モーツァルト:フルート協奏曲第1番

サン=サーンス:交響曲第3番『オルガン付き』


 秋山和慶氏が亡くなった。84才だった。氏は1988年4月から98年3月まで札幌交響楽団のミュージックアドバイザー兼首席指揮者を務めた。その就任期間中の97年7月札幌コンサートホールKitaraがオープン、そのこけら落とし公演の指揮者という重責を担ったのが秋山だった。


開館記念式典とこけら落としコンサート

 札幌コンサートホールがオープンしたのは1997年7月4日。同日14:00から開館記念式典が行われ、冒頭に秋山の指揮で、三善晃作曲の『札幌コンサートホール開館記念ファンファーレ〜23の金管のための』で開幕した。このホールで公式に最初に演奏された作品で、従って秋山は札幌コンサートホールで最初に指揮をした記念すべき指揮者だ。

 式典のあと、記念演奏があり、小林英之のオルガンソロと、鹿討譲二指揮で札幌市内中学校選抜68名による吹奏楽演奏、そして秋山の指揮で、札幌交響楽団と札幌合唱連盟によるベートーヴェン交響曲第9番の第4楽章が演奏されている。

 ちなみにこのときの「第9」のソリストはソプラノ針生美智子、アルト西明美、テノール五郎部俊明、バリトン木村俊光。


 そして同日夜には札幌交響楽団と秋山和慶の指揮で「こけら落としコンサート」。一般聴衆を迎えての初めてのコンサートだった。

 翌々日の6日(日曜日、15:00開演)にはオープン記念コンサートとして、同じく秋山の指揮と札響、小林英之のオルガンでレスピーギの「ローマ三部作」が演奏されている。

 この週はまさしく秋山週間で、今思うと寡黙な秋山の獅子奮迅の大活躍だった。


 札幌コンサートホールがオープンするまで、札幌交響楽団は1961年の創立以来札幌市民会館と北海道厚生年金会館を本拠地としていた。97年以降は札幌コンサートホールに本拠地を移し、新しい展開を迎える過渡期だった。

 こういう時期にあって、秋山の凄いところはこれらのコンサートを冷静に、物静かに淡々とこなし、しかも破綻なく、過不足なくオーケストラをまとめ上げていった手腕だ。その見事な指揮ぶりは今でも忘れられない。

 秋山無しではこのオープニングシリーズは考えられなかった、と言っても過言ではないだろう。


札幌コンサートホールと秋山和慶 

 これ以降の札幌コンサートホール主催事業での秋山と札響との共演は、2002年7月4日の「開館5周年記念コンサート」でやはりベートーヴェンの第九交響曲全曲を振っている。このときのソリストはPMF出身の歌手、合唱は97年同様札幌合唱連盟だった。

 2007年1月11日 には「Kitara のニューイヤー」を指揮。当時の専属オルガニスト、ギラン・ルロワ とサン=サーンス 交響曲 第3番 ハ短調「オルガン付き」 を演奏し、97年のこけら落としの再現となった。そのほか、ニューイヤー定番のシュトラウスの作品が演奏されている。


 秋山は2年後の2009年1月10日のKitaraのニューイヤーにも登場している。このときは、当初指揮者に予定していた若杉弘が体調不良につき降板、ピンチヒッターとして急遽秋山に指揮をお願いした。若杉ならではのユニークなプログラムだったが、変更することなくその全てを指揮し、秋山の実力、底力を示してくれたコンサートだった。札幌コンサートホールの主催事業登場はこれが最後だった。若杉弘氏はこの年の2009年7月に亡くなっている。


2009年Kitaraのニューイヤー プログラム

J.S.バッハ(ストコフスキー編)平均律クラヴィーア曲集 第1集より前奏曲ロ短調BWV869

モーツァルト 交響曲 第29番 イ長調 K201(186a)

マーラー 交響的楽章「花の章」

     交響曲 第4番より天上の生活—私たちは天上の歓喜を受ける

    「子供の魔法の角笛」より だれがこの歌を作ったのだろう

ヨゼフ・シュトラウス ワルツ「天体の音楽」op.235

近衛秀磨  越天楽(オーケストラ版)

モーツァルト 3つのドイツ舞曲 K605より 第2曲 ト長調、第3曲 ハ長調「そり遊び」

       モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」K165(158a)より アレルヤ

シューベルト 軍隊行進曲 op.51 D733(オーケストラ版)

ヨゼフ・シュトラウス ポルカ「鍛冶屋」op.269

ヨハン・シュトラウス2世ワルツ「春の声」op.410


札幌交響楽団と秋山和慶

 ここで秋山と札幌交響楽団主催事業での共演歴を簡単に振り返ってみよう。初共演は1968年の第76回定期演奏会(9月19日、札幌市民会館)で、曲目はプロコフィエフ/交響曲第1番ニ長調op.25「古典」、ドヴォルジャーク/弦楽のためのセレナードホ長調op.22、ショスタコーヴィチ/交響曲第1番ヘ短調op.11、となかなか溌剌とした、しかし当時としてはかなり渋いプログラムで初共演している。

 以来札幌交響楽団の定期演奏会と名曲シリーズでの共演は60回を越える。札響の追悼文によると、秋山は札響のレパートリーの拡大に大きな功績があった、とあるが、確かに秋山の演奏会プログラムはユニークだった。


 以上の札響主催事業は札響のHPで公開されている60年史デジタルアーカイブで検索したもの。検索ではヒットしない札響主催コンサートでは、現在も継続している名曲シリーズの記念すべき第1回が1996年、札幌市民会館で開催され、確か秋山が振っている。

 このシリーズは当時の事務局が札幌コンサートホールがオープンするにあたり、札響としても来場者を増やすために新機軸のコンサートを企画したい、というコンセプトではじめたシリーズで、定期演奏会では聴けない名曲を紹介していく、というものだった。第1回は空席が多く、前途多難だったが、現在は定番メニューとして定着し、隔世の感がある。

 秋山時代最後の定期は1998年3月の記念すべき第400回定期演奏会。マーラーの大曲、交響曲第7番『夜の歌』だった。その後秋山は定期、名曲、年末の第九等にたびたび来札、2024年9月が最後の共演となった。(文中、敬称略)


札幌交響楽団HPでの公式発表は以下の通り。

元札響ミュージックアドバイザー兼首席指揮者の 秋山和慶氏が、2025年1月26日肺炎のため逝去されました(享年84)。 


今年1月1日にご自宅で転倒、治療に専念するため23日に音楽活動からの引退を表明され、秋山氏のご回復を心より願っていたところ、この度の一報を受け、悲しみに堪えません。


当団とは1968年の定期演奏会で初共演、86年12月から首席客演指揮者、88年4月から98年3月までミュージックアドバイザー兼首席指揮者を務めました。 この間、札響のレパートリーを広げ、東京公演を定例化、名曲シリーズをスタートさせるなど、楽団の発展にご尽力をいただきました。

札響との共演は、昨年9月の名曲コンサートが最後となりました。


 札幌交響楽団名曲シリーズ

~はるかなる銀河を

ジュピターとヤマト

2025年2月15日14:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/下野竜也(首席客演指揮者)

ヴァイオリン/三浦文彰

ピアノ/高木竜馬

ヴォカリーズ/隠岐彩夏


モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」

羽田健太郎:交響曲「宇宙戦艦ヤマト」 



 交響曲「宇宙戦艦ヤマト」がいい演奏だった。この作品はもちろんクラシックの様式に従って完成されているが、クラシック風の取り繕った雰囲気が全くなく、ポピュラー風の単調さもなく、両方の良いところを過不足なく持ち合わせているユニークな作品だ。全曲は50分近くもの大作だが全く飽きさせない。

 オーケストレーションがとても良く、実に気持ちよく音が響き、よく鳴る。弦楽器、管楽器の扱い方が単に上手い、というだけではなく、なかなかいいセンスで書かれていて、表現に不自然さが全く無い。

 それぞれの楽器の特徴を捉え、ソリスティックな面白さが過不足なく表現されており、第3楽章でさりげなくヴォカリーズを入れたり、終楽章でのヴァイオリン独奏、ピアノ独奏も協奏曲風で、かつそれぞれの楽器の聞かせどころもわきまえていて、華やかさがある。

 今日は、なんと言っても演奏者が皆見事で、特にオーケストラは申し分ない仕上がり。3人のソリスト達も皆素晴らしく、いい声、いい音色がしていた。全体として聞き応えのあるスケール感豊かな演奏で、羽田健太郎が抱いたイメージよりも格段に優れた作品に聞こえてきたのは事実だろう。

 宇宙戦艦ヤマト効果か、会場はほぼ満席。普段の定期、名曲には来場しないような客層も多かったようだが、やはり平均年齢は高く、聴衆拡大につながるかどうか、は難しいところだ。


 プログラム前半では、冒頭に、先頃急逝した指揮者の秋山和慶を追悼して、モーツァルトの「ディヴェルティメントK.136 から第2楽章」を演奏。

 かなり遅いテンポで、かつ練習不足のためかアンサンブルは充分ではなかったにせよ、つい先日(2024年9月7日)共演したばかりで、伝説的な存在となった秋山和慶への追悼の思いがこもっていた演奏だった。


 ジュピター交響曲は、これと言って何か特筆すべき個性的な表現もない、標準的な演奏。初めて聴く人にとっては偏見なくモーツァルトを受け入れることができる普遍的な演奏だったともいえる。

 弦と菅のバランス、アンサンブルの精度など、今日はいずれも今一歩のところもあったが、どちらかというと、よく歌う楽章よりはフーガ風で手の込んだ作曲技法の楽章がよく、特に終楽章が力感があり立体感が感じられた演奏だった。

 コンサートマスターは会田莉凡。