2021/11/04

ラファウ・ブレハッチ ピアノ・リサイタル


2021103113:30  札幌コンサートホールKitara 大ホール

主催 オフィスワン


J.S.バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV826

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第5番 ハ短調 作品10-1

ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80

フランク(バウアー編):前奏曲、フーガと変奏曲 ロ短調

ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58



 緊急事態宣言が解除になったが、厳しい入国制限が続く中での来日。1023日の大阪が初日で、札幌が最終日。

 2005年ショパン国際コンクールの覇者で、全ての賞を総なめにした完全優勝。札幌には複数回来札しているはずだ。若い世代の来場者が多く、彼の人気度が窺える。


 洗練されたピアニスト。丁寧な楷書体で、どの曲、どの箇所を取ってもきちんと全てバランスよく仕上げられており、弾く姿勢も背筋が伸び美しい。ピアノを学ぶ人達の最高のお手本とも言えるピアニストだ。


 前半のプログラムはすべてハ短調の作品で統一。

バッハのパルティータ第2番は管弦楽曲風の楽想を持ち、しかも共通のモティーフでそれぞれの楽曲が統一された組曲で、楽曲構成も含め、ほかのパルティータと性格を異にしている。冒頭と終曲が管弦楽のトゥッティ、室内楽風のクーラントのほかは様々な楽器による二重奏の楽曲。ブレハッチの演奏はまさしくこのイメージで、実によく考えられた様式感だ。各曲のテンポ、表現の幅広さ・強弱の幅も自然で、現代におけるバッハの解釈とは?の問いに対する模範解答の演奏だ。 


 ベートーヴェンがこのパルティータ第2番の影響を明らかに受けて、作曲したのが悲愴ソナタだが、同じハ短調でもブレハッチが演奏したのは作品10-1。  

 短い時間枠の中に、様々なモティーフとリズムパターンによって見事な統一感を与えた初期の傑作。ピアニスティックな要素もあるが、発想は弦楽四重奏や管弦楽からだ。第一楽章の鋭く引き締まった表現、第二楽章の美しい節度ある歌い方、第三楽章のドラマティックな表現など、申し分なく素晴らしい。作品の本質を把握した名演だ。


 32の変奏曲は、当時のピアノ演奏技法のカタログとも言える。わずか8小節の短いテーマに32の変奏が展開される。多様な音型による凝縮された変奏が、両手に均等に与えられる。ブレハッチはそれまでの二曲で、管弦楽や室内楽風の様々なスタイルを紹介し、ここで初めて純粋にピアニスティックな世界に到達、プログラム前半の頂点とした。盛り上がりは計算通りの効果。ベートーヴェン独特の上下行の繰り返しによる密度の濃い音響的世界を、完璧な技巧で表現。しかも、鋭く、一切弛緩することなく前進する音楽は前半のフィナーレにふさわしく、聴き応えがあった。


 休憩後は二曲ともロ短調。まず時代が約一世紀下り、フランクのオルガン曲のピアノ編曲版から開始。ここで一気に聴衆をロマン派の世界に引き込む。冒頭の前奏曲の旋律は実にロマン派的で、古典派には無い世界だ。この演出も中々のセンス。Kitaraでは専属オルガニストがよく演奏し馴染みがあるが、この日はH.バウアー編曲によるもので聴くのは初めて。上品に歌い込まれた、とてもきれいな演奏。フランクの音楽自体もそういう性格の作品なので申し分ない出来。ただ、編曲も演奏も低音域やハーモニーがやや薄いような気がしたが、それは次のショパンのために控えたのかもしれない。


 秀逸はやはりショパン。豊かな感情表現は素晴らしく、フランクでロマン派に誘い込み、このショパンで音量的にも音楽的にも一気にクライマックスに到達するように設計した選曲は効果抜群。音も深く厚くなったような気がする。第一楽章の二つの主題の鮮やかなコントラスト、第二楽章の見事な速いパッセージ、第三楽章の深く歌い込まれたノクターン、そして第四楽章でエンジン全開。一切乱れるところはなく、そのバランス感覚は恐ろしいほど。数え切れないほど演奏してきた作品なのだろうが、それにしてもこの安定感はすごい。


 ポーランド生まれだが、音楽にはその出自がほとんど聴こえてこない。完全にインターナショナルの標準語だ。演奏は全てが整い、羽目を外さず、何か彼ならではの強いオリジナリティは感じられない。おそらくそう思わせるのが狙いで、それが彼のオリジナリティかも知れないが。

 もっと芯のある爆発的な音も出せそうだし、濃厚な音楽も表現できるのに違いないが、あえてバランスのよい中庸な感覚を大切にしているのだろう。ヨーロッパの知的教養人とはこういう人のことを言うのだろうか。

 

 アンコールはショパンのワルツ(嬰ハ短調作品64-2)。これは絶品で、テンポ・ルバートなど絶妙なタイミングと美しい音色で聴衆を魅了した。

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