バンジャマン•アラールチェンバロリサイタル
2022年5月11日19:00 浜離宮朝日ホール
オール•バッハ•プログラム
シンフォニア第5番 変ホ長調 BWV 791
フランス組曲第4番 変ホ長調 BWV 815
トッカータ ト長調 BWV 916
協奏曲 ハ長調 BWV 976
フランス風序曲 ロ短調 BWV 831
イタリア協奏曲 へ長調 BWV 971
バッハは天賦の才に恵まれました。
しかし、どんな優れた才能を持つ人であれ、
必ず誰かの影響を受け、
そこに愛情や化学反応を見出して、
独自の様式を創り上げてゆく。
そんな過程を、
聴衆の皆さんと共に“疑似体験”できれば、
と考えています。
……………………………バンジャマン•アラール
バッハ鍵盤作品全集録音で現在注目されているアラールのリサイタル。
演奏する姿は、姿勢が良く、力が抜けて、とても自然な感じを与える。聴こえてくる音は力みがなく、まろやかで、おそらく楽器そのものの音を最も無理なく美しく響かせることが出来る演奏家だ。チェンバロ以外の鍵盤楽器でも問題なく演奏出来そうだ。
ホールの響きも良さもあるが、これだけ楽器の基本的な性能を見事に引き出した演奏家は久しぶりだ。当夜の使用楽器はジャーマンタイプでミヒャエル・ミートケモデル。札幌コンサートホールkitaraが所有するのと同じタイプの楽器で、2000年の制作。いい音がしていた。
演奏スタイルはノーマルで、健康的。テンポは比較的速めで、停滞することなく先に進む。イントネーションが自然で、爽快。嫌味がなく、全てがバランスよく表現されていて、とても魅力的だ。
レジストレーションの使い方は自由自在で、即興も随所に入る。しかもここで誰でも必ず即興を入れる、と期待したところは楽譜通り演奏し、予期しないところで即興を入れる、という意外性があり、なかなか面白い。
最近の色々なチェンバリストと比較しても、その演奏の全体的プロポーションの良さは抜群だ。長時間聴いても飽きが来ないので、このようなセンスが、バッハ鍵盤作品全集録音に抜擢された理由でもあろう。
シンフォニア第5番とフランス組曲第4番は続けて演奏。シンフォニアは装飾がかなり加えられた演奏で、自由奔放。慣らし運転の様相もあったが、この2曲で楽器がしっかりと響き始めたのが印象的。
トッカータと協奏曲は、ワイマール時代の若きバッハの血の気の荒さをも感じさせる力感溢れる作品群だ。この2曲には技術的にも音響空間の作り方にも共通性があることを見事に示してくれた。
ここでは楽器を存分に響かせることに主眼を置いているようで、特に協奏曲での第1楽章の中間部や第3楽章、トッカータでの第1楽章に相当する第1部での厚いハーモニーが醸し出す豊かな音響空間の表現力は素晴らしい。楽器全体から豊かな響きが場内に満ち、本人もそれを楽しみながら弾いているようだった。2段鍵盤ならではのコントラストも鮮やかで、楽器の機能を極限まで活用しての作品であることを示してくれた。
後半は一部を除いて暗譜での演奏。疾走しすぎて仕上げが今ひとつだった楽章もあったが、生命感あふれる鮮やかなバッハだ。
フランス風序曲は、颯爽とした演奏。スケール感のある序曲や不均等リズムでのクーラント、よく歌い込まれたサラバンドが秀逸。ガヴォットやパスピエ、ブーレーでは舞曲ごとの性格の違いが今ひとつよく伝わってこなかったことと、2段鍵盤でのコントラストの妙が、この速めのテンポだと表現し切れないところがあったのが惜しい。
イタリア協奏曲は、おそらく4フィートを入れないで演奏したのか、全体にすっきりとした仕上げ。特にバフ・ストップを効果的に使っての第2楽章が印象的。イタリア協奏曲のタイトルにふさわしい、カラッとした演奏で楽しめた。
アラールのコンセプト通り、バッハがイタリア、フランスなど色々な周辺国から影響を受けながら成長していく過程のみならず、バッハの抜群の情報収集力の高さとそれらを作品に反映させる適応性の見事さを感じさせてくれたプログラムだった。
アンコールにスカルラッティのソナタK.162ホ長調。即興をふんだんに加えた自由自在の演奏で、実に面白かった。レシピがイタリアンとフレンチのミックスで、かつ楽器がジャーマンなので、諸国融合型の演奏でもあった。これはアンコールならでは。
ステージにはブレザー姿の比較的カジュアルな衣装(本人にとってはフォーマルスーツか?)で登場。このあたりは自由人の感覚なのか、でもとてもよく似合っていた。
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