庄司 紗矢香&ジャンルカ・カシオーリ
デュオ・リサイタル
2022年12月4日15:00 札幌コンサートホールKitara大ホール
ヴァイオリン/庄司 紗矢香
フォルテピアノ/ジャンルカ・カシオーリ
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304
ヴァイオリン・ソナタ 第35番 ト長調 K.379
C.P.E.バッハ:幻想曲 Wq.80
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47
〈クロイツェル〉
2人とも古楽器奏者ではないが、クラシック弓を使用しガット弦を張ったヴァイオリンとフォルテピアノによる演奏。ピッチはモダンピッチ。使用フォルテピアノはアントン・ワルターモデル(1805年)でポール・マクナルティが制作したもの。
庄司はトップクラスの奏者ゆえ、クラシック弓とガット弦を張ったヴァイオリンを演奏する事に対する不都合は、当然全く感じさせない。音色は太く、たくましく、表情は豊かで迫力があり、ダイナミックで凄みのある演奏だ。
カシオーリのフォルテピアノ演奏は音がきれいでかなり繊細。音楽は実に穏やかで上品、安定しており、かつ雑音を一切出さない、という響きに対する徹底的なこだわりがある。庄司の多彩な表情に、ほぼ完璧に一体となり、見事なアンサンブルを形成していた。
芸術面では、明らかに庄司がリードしていたようで、メリハリのある表情、自由自在に変化するテンポ、多彩な装飾音など、自由な語り口が素晴らしく、今までの演奏像とはかなり異なるところが多い。一方で、フォルテピアノの演奏そのものは、現代のピアノでも違和感なく表現できそうな内容で、現代のピアノにはないフォルテピアノ独自の個性的な表現がもう少しあってもよかったのではと思う。
個々の作品では、モーツァルトとC.P.E.バッハが素晴らしかった。
モーツァルトは、まず、ホ短調ソナタでの、冒頭の不気味なユニゾンでの強弱の対比、それに続くヴァイオリンの美しいソロなど、これは凄い、と思わせるスタートで、聴衆を魅了。きれいで流麗的、という今までのモーツァルト像を残しつつ、かなり自由な発想に基づいて演奏しており、自在に伸び縮みするテンポと、はっとさせるような大胆な強弱の対比の表情がとても鮮やかだった。演奏する、というよりは語りかけてくる、という感覚の方が近い。
もちろん基本的な全体像、枠組はしっかりと設計されており、それが崩壊することは決してない。2曲とも両者の絶妙なバランス感覚が実に見事で、しかもメリハリのある表現で、とてもわかりやすい演奏だ。特にト長調の第2楽章の変奏曲が、生命感にあふれ多彩で美しい、素晴らしい演奏だった。
C.P.E.バッハは、原曲が鍵盤楽器のための作品で、明らかに自身の即興演奏を楽譜化した名品だ。ヴァイオリン声部が、単にオブリガートではなく、即興的で、個性ある雄弁な声部であることを伝えてくれ、原曲にはない立体感を感じさせた名演だ。2人の演奏はまさしく聴衆に語りかけてくる演奏で、メランコーリックなC.P.E.バッハの作品の魅力を存分に伝えてくれた。
C.P.E.バッハの作品は第648 回札響定期でも演奏された。短期間に何度も聴けるのは珍しいことだ(今回のリサイタルでもアンコールにヴァイオリンソナタの一楽章を演奏)。
ベートーヴェンでは、庄司の演奏する基本的姿勢は、それまでと同様で、特に両端の楽章では、感情の爆発を大胆に表出した演奏で、これは聞き応えがあった。第2楽章は美しく、アンサンブルとしてもほぼ完璧な演奏だ。この楽章はベートーヴェンが詳細に楽譜を書き込んでいるためか、演奏者が自由に振る舞う箇所が少なかったようだが、やはりヴァイオリンの主張が明快で鮮やか。
ただ、この作品では、フォルテピアノとのバランスが問題。明らかにフォルテピアノの絶対音量が弱すぎ、両者の間にヒエラルキーが形成されてしまい、デュオとしての面白さが充分伝わりきらなかったのが惜しまれる。
この日の使用楽器がやや大人しかったのかもしれないが、カシオーリがかなりセーブして演奏していたので、もっとダイナミックに、ヴァイオリンに負けない大胆なアゴーギクをつけて演奏してもよかったのではないか。
もう一点は、フォルテピアノの基本的仕様からすると、おそらく今日のピッチ440は高すぎるのでは。430前後の、もう少し低いピッチだと、楽器がもっと鳴って表情豊かになったのかもしれない。ただ、ヴァイオリンとのピッチ調整の問題が生じるので、これは難しい課題だろう。
とは言いつつ、しかし今日の演奏は、今までのカテゴリーにはない、自由で新しい発想があり、実に魅力的だ。先日聴いた内田光子とパドモアのシューベルトのリートを想起させる、枠にはまらない自由な感性が生み出した演奏で、今後どの様な演奏を繰り広げていくのか、大変楽しみだ。また札幌の聴衆にとっても、今最も最先端を行く、新しい演奏に触れることができ、これはとても貴重な機会だったとも言えよう。
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