2023/03/19

 山田 和樹指揮   横浜シンフォニエッタ


202331719:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/山田 和樹
ヴァイオリン/川久保 賜紀
管弦楽/横浜シンフォニエッタ


小田 実結子:Olive Crown(新作初演)
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
ベートーヴェン:交響曲 7 イ長調 作品92



 横浜シンフォニエッタは常設ではないが、集中力のある、上質の高い水準のオーケストラだ。山田の手兵のオーケストラだけあって、自分のやりたい事を全部やり遂げたというコンサート。他のオーケストラでは見せない素顔の山田和樹を見たようで、(ビジターのオケでも同じだとすれば凄い)実に楽しいコンサートだった。
 演奏は、解釈には好みがあるので、評価は様々だろうが、全体的に生き生きとしており、ダイナミックで表情豊か。指揮者の意図が明確に伝わってくる、とてもわかりやすい演奏スタイルだった。


 小田の新作は山田の指揮姿を思い浮かべながら作曲した作品だそう。明確な調性のあるクラシックなスタイルの作品で、明るく屈託がなく、気軽に聴ける親しみやすい作風の作品。そのイメージ通りの、生き生きとした、冒頭に相応しい演奏だったのではないか。


 ブラームスは、川久保と一身一体となった、これぞ協奏曲、とも言いたくなる素晴らしい演奏だった。川久保は勿論のこと、山田もともかくよくオケを歌わせ、無機的なフレーズは全く無い、実に感性豊かな演奏だ。

 第1楽章は、語りかけるように細部まで繊細に表現した、柔らかい表情の演奏。ヴィルティオーゾ的なスケール感より音楽性を重視した解釈で、実に表情豊か。続く第2楽章も同様に、時間をたっぷりかけ、良く歌い込み丁寧に仕上げた演奏で、なかなかこのようなブラームスは聴けるものではない。普通の指揮者なら、さっと進んで先に行ってしまう所も、ソリストとともに時間をかけて仕上げていき、その統一感は見事だ。

 第楽章は対象的にソリスト共々力感あふれる演奏。川久保の冒頭のテーマの骨太で、たくましい演奏に応えて、オーケストラを力強く響かせ、フィナーレに相応しい演奏だった。

 第1、2楽章を丁寧に仕上げた分、全体的に長めになるかと思えた演奏時間だが、意外にもほぼ標準的な尺に納まっており、これは2人の全体のまとめ方のうまさのためでもあろう。

 ソリストアンコールにバッハの無伴奏パルティータニ短調よりサラバンド。語りかけてくるような繊細なバッハだった。


 ベートーヴェンはやはり山田の個性が発揮された好演。おそらく即興的に色々表現を変えたり,テンポを動かしたりしているのだろう、ところどころにオーケストラの乱れが散見したが、スフォルツァンドなどの強烈なアクセントや大胆なクレッシェンド、きめ細かいピアニッシモなど、やや大袈裟か、と思えるほど強弱の幅が大きい表現。

 10型編成ゆえの細かい小回りの効いた演奏で、古楽器オーケストラを想起させるような器用さも感じさせ、その歯切れの良い、力強く生き生きとした表現は聞き応えがあった。聴き手の気持ちを一瞬たりとも逃さないエネルギッシュな指揮で、視覚的にも楽しめた演奏だった。


 アンコールはベートーヴェンの第2番交響曲から第4楽章。陰影がはっきりしていて、均整感のある、切れ味鋭い即興風の演奏で、かつて聴いた小澤征爾の指揮ぶり(2015年松本)を思い出させる音楽作りだ。ちょっとやり過ぎか、とも思えたが、ただ第7番同様に、そこが嫌味にならずに、説得力ある演奏に聞こえてくるところが山田の素晴らしい所だ。

 最初と後半始めには指揮者のプレトークがあり、札幌に関係ある団員を紹介するなど、お話も親しみやすく、手慣れている。

 スター性もあり、これからどのような指揮者になっていくのか、とても楽しみな逸材。次回は札幌交響楽団と一緒に聴いてみたい。

2023/03/13

 Kitara&札幌音楽家協議会連携プロジェクト〉

札幌の奏響(ひびき)Ⅲ 


202331115:00 札幌コンサートホールKitara 小ホール


指揮/大嶋 恵人(バッハ)、阿部 博光(ベートーヴェン)
合唱/札幌音楽家協議会合唱団
管弦楽/札幌音楽家協議会室内オーケストラ

オルガン/吉村怜子


J.S.バッハ:幻想曲ハ長調BWV570(オルガン独奏)

       モテット「主をたたえよ、すべての異教徒よ」BWV230
       教会カンタータ「泣き、嘆き、憂い、おののき」BWV12
ベートーヴェン:交響曲 3 変ホ長調 「英雄」 作品55



 前回「札幌の奏響II」が平成31年3月で、コロナ禍を経て、今回は3年ぶりの開催。

 バッハのオルガンソロはKitara所有のポジティフオルガンで。優しい音色で、よく歌い込まれた演奏。冒頭、気持ちを落ち着かせるには最適だった。


 モテットは少人数の合唱(ソプラノ7名、アルト5名、テノール3名、バス5名)で、各パートの人数がやや不揃いにもかかわらず、いいバランスでまとまっており、躍動感のある表現で、聞き応えがあった。


 カンタータは弦楽器と管楽器が加わっての演奏。オーボエが安定した美しいソロを聴かせ、アルト、バス、テノールによる歌手のソロはそれぞれが楽想に相応しい落ち着きのある歌唱。 

 バッハのカンタータを聴くのは本当に久しぶりだが、声楽ソロ、合唱、器楽グループとも、柔らかく優しい表情で、バッハの素晴らしさを語るが如く伝えてくれた、とてもいい演奏だった。小編成ゆえに演奏はかなりの精度を要求されるが、それに充分応え、しかもホール内にとてもいいバランスで響いており、これは指揮の大嶋の功績。


 後半のベートーヴェンは、小編成(37名)で小ホールで聴くにはちょうどいい規模。対向配置で(先日の札響hitaru定期もそうだった。今流行り?)、ティンパニーが上手側。この配置が良かったのかもしれない。響き、バランスがとてもよく、聴きやすい良質のアンサンブルだった。

 演奏は小ホールのよく響く空間を上手に活用した、無理のない自然な抑揚の表情で、柔らかい響きの演奏。それぞれのパートがとてもよく聴こえ、しかもメンバー個人個人の積極的な表現が、ちょうどいいバランスでまとまり、全体のアンサンブルとして形成されていたのが印象的。これは大編成からは感じられない心地良さだ。

 管楽器グループのソロは生き生きとしており、かつ弦楽器グループは、賛助出演が多いパートがあったにせよ、全体的に安定感があって良かった。コンサートマスターの吉川美希子が全体を見事に統括しており、これは立派な仕事ぶり。

 指揮の阿部のヒューマンな音楽スタイルが発揮された演奏で、このメンバーであれば、各楽章の性格描写をもっと繊細でクリアな表現で演奏できるのでは、とも思ったが、常設ではないオーケストラをよくまとめ上げていたと思う。


 合唱、オーケストラとも安定しており、小ホールで、日中気軽に聴くには、最適の、質の高い演奏会だ。今後も是非継続することを期待する。なお、札幌音楽家協議会については同会HPを参照のこと。

 アンコールにバッハのアリア(G線上のアリア)。今日は12年前に東日本大震災が発生した日。プログラムは犠牲者への追悼の意を込めた選曲だった。

2023/03/12

 回想の名演奏

群馬交響楽団創立75周年記念演奏会

山田和樹指揮/群馬交響楽団東京演奏会2020


2020103019:00  東京オペラシティコンサートホール


指揮/山田和樹

ヴィオラ/今井信子

管弦楽/群馬交響楽団


ベルリオーズ:イタリアのハロルド

ガーシュイン:パリのアメリカ人

ラヴェル:ラ・ヴァルス


 今話題の指揮者、山田和樹を初めて聴いた演奏会。1979年生まれで,当時は40才になったばかり。まだ若手の世代に属するが、傑出した、素晴らしい指揮者であることを確信できた演奏会だった。

 映像で見ていた限り比較的地味な指揮者に思えたが、実際は動きも大きく、飛び上がったりするシーンもあり、若々しくエネルギッシュである。

 指揮は明確、オーケストラをよく統率しており、そこから生まれる響きは極めて充実している。明らかにオーケストラ本来の実力を余すところなく引き出す、指揮者として最も必要な能力を持っていることを証明している。

 たくましい生命力を感じさせ、音楽は一歩も停滞することがない。音楽の作り方も自然で嫌味が無い。現在の日本の指揮者の中でも、おそらく抜群の才能の持ち主だ。

 一方の群馬交響楽団も聴くのは初めて。山田の見事な指揮にもよるが、音も響きも美しく、安定した良質のオーケストラだ。


 最初は今井信子のヴィオラソロで、ベルリオーズ。この日、聴いた席は3階席下手側のバルコニー席(3L2列席)で、ステージの半分が見えない見切り席。身を乗り出して見ると、辛うじてコンサートマスターの弓の先までと、ソリストのボーイングの様子を確認することができる程度。だが、音響的には素晴らしく、聴こえてくる音は厚く、充実している。演奏は見事だった。

 ヴィオラソロはとてもきれい。音程はよく、音色も充実しており、申し分ない。オーケストラは安定しており、ヴィオラコンチェルトとも言えるこの作品の魅力をしっかり伝えてくれた。ここでの山田はオーソドックスに全体をまとめ上げ、なかなかいいセンスだ。


 より素晴らしかったのは後半。ガーシュインは、リズム感、メリハリある表現、自由自在の管楽器のソロ、オケの充実した響きなど、前半とはがらりと雰囲気が変わり、ホールいっぱいに豊かな響きが広がり、文句なしに楽しめた。


 最後はラヴェルの「ラ・ヴァルス」。一筆書きのような鮮やかな指揮で、最後まで一気に演奏した爽快な演奏。おそらく即興的にテンポをかなり変えていたような気もするが、オーケストラが見事に反応し、この作品の面白さ、管弦楽法の素晴らしさが見事に再現された名演だ。

 色彩感、躍動感、生命力があって、これは他の誰からも聴けない音楽だ。

 アンコールは無し。団員も満足した表情を見せていた。


 この当時は,コロナ禍の制限下で、市松模様での席設定。23階正面席はそれなりに埋まっていたが、それ以外は比較的空席が多かった。

 

 なお、3月17日に、札幌コンサートホールで、山田和樹指揮の横浜シンフォニエッタ演奏会がある。川久保環紀をソリストにブラームスのヴァイオリンコンチェルトとベートーヴェンの交響曲第7番を演奏予定。前回聴けなかった古典を中心にしたプログラムで、大いに楽しみだ。

2023/03/10

札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第12 


20233 919:00  札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮 /鈴木 雅明

管弦楽/札幌交響楽団


矢代秋雄:交響曲(1958)

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」


 バッハ演奏で著名な鈴木雅明だが、札響を指揮するのは2013年1月12日のKitaraのニューイヤーに続いて2回目。

 矢代秋雄が名演だった。札響初演で、吹奏楽版で演奏される機会もあったようだが、オリジナルの形式では、おそらく北海道初演だろう。

 矢代は1976年に46才で他界したため、作品の絶対数こそ少ないが、ピアノ協奏曲は何度も再演されており、また初心者向けのピアノ作品が少なからずあるため、音楽ファンならずとも一度は彼の作品を聴いたことがあるのではないか。


 「交響曲」は細部まで磨き上げられた演奏で、特に管楽器の繊細な表情と豊かな感情表現、管弦打のそれぞれのアンサンブルでの絶妙なバランスが素晴らしく、ほぼ完璧と思わせるほど。それら細部が積み重なって、作品全体の構造が明晰に描かれていく過程は素晴らしかった。

 オーケストラの奏者1人1人がいつも以上にお互いを実によく聴き合い、緊張感がありながらも、様々なモティーフを色彩豊かに表現していたのが印象的だった。細部まで、矢代の意図が美しく見事に表現されており、しかも札響の透明な音色で、ここまで豊かな感情表現になるとは、作曲者も思っても見なかったのではないか。

 第1楽章の、積み重なる微妙な色合いのハーモニー、第3楽章でのイングリッシュホルン、アルトフルートの秀悦なソロ、ヴィヴラホンの生み出す魅惑的な響きの美しさと管楽器群との調和など、全体的に透き通った音色で、とても魅力的な演奏を聴かせてくれた。

 それと同時に今日の演奏からは、作品に含まれる多様な要素、戦後すぐでのパリ留学の経験、同世代の黛敏郎の涅槃交響曲の影響、和楽器の模倣などと同時に、今の作曲家にはない、深い音楽性、精神性を感じ取ることができたのは、とてもいい経験だった。

 オーケストラの配置は対向配置で14型。コントラバスは下手側に。

オーケストラ・ピットがステージと同じ高さまで上げられて、前方にかなり広いスペースが出来ていて、そのためか、いつもより音響的に広がりがあり、特に矢代はいい響きがしていた。


 余談だが、バッハ繋がりで言えば、矢代と小林仁氏との対談形式で書かれた「バッハ平均律の研究(音楽之友社、昭和57年発行)」は矢代の作曲家としての鋭い視線からこの作品を語った名著だと思う。早すぎる死で、第巻のみで終わってしまったのがとても残念だが。

 

 チャイコフスキーは、バッハを指揮する鈴木からは想像出来ない熱演。矢代ほどの細部へのこだわりは無く、全体を大きな流れで捉えた、スケール感のある演奏だった。

 ただ、管楽器群が、果たしてこの場所で、このような音で吹いていいのだろうか、という迷いを感じさせる箇所や、即興風の表現か、と思わせるところもあって、指揮者の意図が矢代作品ほど徹底されていなかったようだ。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2023/03/06

 札幌交響楽団 651回定期演奏会


2023年3月 513:00  札幌コンサートホール Kitara 大ホール


指揮/尾高 忠明

ヴァイオリン/金川 真弓

管弦楽/札幌交響楽団


エルガー:序曲「南国にて」

プロコフィエフ :ヴァイオリン協奏曲第1

ラフマニノフ:交響的舞曲


 エルガーは、たくましさを感じさせるスケールの大きな演奏。作品は、北国にはない南国の様々な気候と風景を、多彩な色あいのオーケストレーションで見事に表現したもの。よくある南国への憧れは感じさせない。

 重厚な響きの中にも、繊細な様々な風景を想起させる描写も美しく、特に牧歌的な情景を表現したヴィオラのソロは秀逸。全体的にすっきりとした、いい表情の演奏だった。

 今日の席は1階12列下手寄りで、ヴァイオリン、管楽器はもちろんのこと、チェロ、ヴィオラ、コントラバスの中低音域楽器がクリアに、しかしバランス良くまとまって聴こえてきたのには驚いた。尾高の指揮で札響を聴くのは昨年の2月以来。やはりこのホールで聴く尾高・札響は、長年聴き慣れた、豊穣で充実した音がして、とてもいい。


 プロコフィエフを弾いた金川が素敵だった。第番は、プロコフィエフが楽壇にデビューしたての20代半ばの作品で、まだ情緒的な香りを強く感じさせる作風だ。金川のソロは、この時期のプロコフィエフが持っていた、後の作風からは信じられない初々しい感性を、見事に表現した演奏。しなやかな、柔らかい表情で、音色も優しく、これほど音楽的に演奏されたこの作品を聴いたのは初めてだ。もちろん、プロコフィエフらしい諧謔的な表情もあったが、全体的に上品な作曲家像を見せてくれた。オーケストラはソロと一体になった美しい表情を聴かせ、申し分なかった。

 ソリストアンコールにプロコフィエフの無伴奏ヴァイオリンソナタより第楽章。


 ラフマニノフは、当日配布プログラムによると、名手揃いのオーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団を想定して作曲したそう。なるほど、華やかな音がするはずだ。

 かなり書き込んだ作品で、やや薄味となってはいるがラフマニノフならではのロマンティシズムが感じられ、やはり保守的な色合いが濃い。

 まとめ上げるのが意外と難しそうな作品だが、演奏は、そういう特質を反映させ、全体の枠組みをしっかり構築して、情感豊かにまとめ上げた充実した内容だ。各セクションは安定し、かつゆとりがあり、特にアルト・サックスを含む管楽器グループの活躍ぶりは素晴らしい。弦楽器グループの厚みのある豊かな響きと見事に調和し、作品の持つ重量感を、尾高ならではの優れたバランス感覚によって、聴かせてくれた。


 先日聴いた京都市交響楽団も、今日の札響も共に優れたオーケストラであることを再認識。特に札響の響きは北海道ならではの、湿気の少ない、きれいな空気の中で生まれるものだ、とあらためて思った。

 記録を見ると、京響はびわ湖ホールがオープンしてからオペラの演奏機会が増えている。札響も、札幌文化芸術劇場がオープン後同様のことが言え、これはオーケストラのグレードアップにも繋がるだろう。

 今は首都圏以外のオーケストラの充実が目覚しい。個性的で特色ある響きの、我が街のオーケストラがより一層発展することを期待しよう。


 コンサートマスターは田島高宏。

2023/03/04

 びわ湖ホール プロデュースオペラ

ニュルンベルクのマイスタージンガー



2023年3月2日13:00 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール



指揮:沼尻竜典(びわ湖ホール芸術監督)
ステージング:粟國 淳

管弦楽:京都市交響楽団(コンサートマスター:石田泰尚)


ハンス・ザックス:青山 
ファイト・ポークナー:妻屋秀和
クンツ・フォーゲルゲザング:村上公太
コンラート・ナハティガル:近藤 
ジクストゥス・ベックメッサー:黒田 
フリッツ・コートナー:大西宇宙
バルタザール・ツォルン:チャールズ・キム
ウルリヒ・アイスリンガー:チン・ソンウォン
アウグスティン・モーザー:高橋 
ヘルマン・オルテル:友清 
ハンス・シュヴァルツ:松森 治※
ハンス・フォルツ:斉木健詞
ヴァルター・フォン・シュトルツィング:福井 
ダフィト:清水徹太郎※
エファ:森谷真理
マグダレーネ:八木寿子
夜警:平野 

びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー


合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル


 指揮の沼尻が今回のマイスタージンガー上演で、2010年「トリスタンとイゾルデ」から開始したワーグナー主要10作品上演を達成。

 併せて3月末で芸術監督任期満了となる記念すべき公演。16年間務めたそうで、びわ湖ホール桂冠芸術監督の称号を贈られるそうだ。

 そのためか今日の配布プログラムは、1998年の開館以来の、沼尻を含めたびわ湖ホールプロデュースオペラの全ての記録が掲載された分厚いもの。   

 ホールとしても、全てのジャンルのクラシックコンサートを実施しながらの毎年のオペラ制作は、いかに素晴らしい業績であるかはいうまでもない。


 今日の上演はセミステージ形式で、ステージングは粟国淳。

 オーケストラの配置は通常のステージ上で、その前のオーケストラピットがステージよりやや高めに設定されており、アクティングエリアとなっている。

 オーケストラの後ろが合唱団席となっている。その背景には大きなスクリーンが、また、ステージ上には7枚の垂れ幕がシンメトリーで天井から吊るされている。これらに、物語の舞台となっているニュルンベルクの街や、教会の内外、そして楽譜などが投影され、鑑賞の手引きの役割を担っている。

 進行、演技、人の動きは曖昧なところが一切無く、とてもわかりやすい。

 今日の沼尻は素晴らしかった。最後まで、見事に全体をコントロールし、万全の音楽を聴かせてくれた。

 歌手は日本を代表する歌手ばかりで聞き応えがあり、制約のあるセミステージ形式でありながらも、映像と最小限の演技で、この長大なドラマを見事に再創造し、沼尻びわ湖芸術監督の締めくくりに相応しい上演だった。

 

 歌手と合唱は、全体的に滅多に観ることのできない若々しい(を感じさせる?)布陣。役柄によっては年上過ぎたり年下過ぎたり、と思わせる歌手もいたが、指揮者も含め、オーケストラ、歌手、合唱、演技全て皆エネルギッシュで、実に気持ちのいいマイスタージンガーだった。

 ハンス・ザックスの青山、ポークナーの妻屋、ベックメッサーの黒田、ヴァルターの福井、コートナーの大西、ダフィットの清水と重要どころの男性陣は皆立派。また、ガードマン姿で懐中電灯を持った夜警、平野が存在感充分。女性陣はやや地味な存在となってしまったが、エファの森谷、マグダレーネの八木ともに好演。

 ここまで役者が揃うと、スーツ姿の小生ずるそうな、しかし憎めないベックメッサーや、ノーネクタイでスーツ姿のヴァルター、タキシード姿の歌合戦審査員など全く気にならない。


 今日の席は1階半ばのやや上手寄り。オーケストラ、歌手、合唱がとてもいいバランスで聴こえてきて、申し分なかった。オーケストラの京都市交響楽団は極めて上質の演奏。

 セミステージ形式ゆえの利点を活かした制作で、オール・ジャパンとして現在聴きうる最高のワーグナーだったのではないか。開館以来のびわ湖ホール自主制作の、長年の蓄積がこの公演に集約されていたような気がする。

 この2日前に、札幌文化芸術劇場自主制作の「フィガロの結婚」を鑑賞したばかりだが、同劇場も25年後には、このような素晴らしい公演が実現できることを祈っている。

 来年度からは、コロナ禍以前の舞台上演が復活するようで、新芸術監督の阪哲朗がどのような活躍をするか、大いに楽しみだ。

hitaruオペラプロジェクト 

モーツァルト「フィガロの結婚」


20232 2814:00  札幌文化芸術劇場 hitaru


【公演日程】

2023226()28() 各日 14:00


【指 揮】奥村哲也


【キャスト】(ダブルキャストは26日/28)

アルマヴィーヴァ伯爵:岡元敦司/門間信樹

伯爵夫人:倉岡陽都美/石岡幸恵

スザンナ:三浦由美子/倉本絵里

フィガロ:大塚博章/三輪主恭

ケルビーノ:川島沙耶/吉田叶倫

マルチェッリーナ:小平明子

バルトロ:葛西智一

バジーリオ:岡崎正治/川村春貴

ドン・クルツィオ:長倉駿

バルバリーナ:西海綾香/矢野愛実

アントーニオ:小野寺陸

花娘:水上千聖、小林愛果/中陳寿枝、尾﨑あかり


【管弦楽】札幌交響楽団

【合 唱】hitaruオペラプロジェクト「フィガロの結婚」合唱団


演出:三浦安浩

美術:松生紘子

照明:成瀬一裕

衣裳:坂井田操

振付:桝谷まい子

舞台監督:齋藤玲(札幌文化芸術劇場hitaru)

技術監督:尾崎要

副指揮:江川佳郎、塚田馨一

演出助手:山田かおり

コレペティトール:伊藤千尋、鎌倉亮太、松岡亜弥子



 札幌文化芸術劇場hitaruが初めて自主制作した公演。北海道在住またはゆかりのあることを条件に出演者を募集、キャスト・合唱ともオール北海道だそうだ。

 初日26日は完売で、今回鑑賞した28日は2日目の公演。平日昼ということで空席があったにせよ、2公演が滞りなく終了、まずは大きな拍手を贈りたい。


 配布プログラムに掲載された演出の三浦の解説によると、舞台は19世紀末ロシア革命前夜に設定。北海道を意識した北国らしさも取り入れたそうだ。

 セットは舞台中央にアルマヴィーマ伯爵の館が配置されている。比較的コンパクトで天井のない、オープンスタジオ風のスタイルで、出演者はここで演技をする。 

 北国らしさでは、伯爵家の庭園にポプラが、そして第4幕での設定が吹雪の中の庭になっていたことか。

 正直言って、半年近くも雪の中で暮らす北海道人にとって、この設定は大して魅力を感じない。北国らしさは他にもあるのでは。


 序曲では、黄金の馬車が登場、これは三浦の解説によると、伯爵夫人とスザンナにしか見えない愛の象徴だそう。これは以後も登場し、人だけにしか見えない設定にしては、存在感が抜群。さらにバレエも登場するなど、幕が開いた後も、全体的にかなり饒舌な語り口の舞台だ。 

 少々下品なスーツ姿の謎めいた女性人組や、伯爵夫人とスザンナを見守る先代伯爵の亡霊?が登場し、目まぐるしい。この作品であれば、オリジナルにない人物をわざわざ登場させなくとも、音楽が心理状況を充分表現していると思うが。

 第1幕は登場人物が多過ぎて、煩わしかった。比較的オリジナルに近い最小限の登場人物だけの第2幕が音楽的にも安定していたのでは。

 第3幕、4幕は続けて上演。歌手も場内の雰囲気に慣れてきたのか、声もよく響くようになり、このオペラの醍醐味が伝わるようになってきた。第4幕は頻繁に場面転換し、次の舞台はどうなるのか、と楽しみはあったが、正直言って音楽に集中できず、ちょっと落ち着かなかった。

  

 指揮の奥村は初めて聴く指揮者。おそらく札幌初登場か。全体的に無理のない無難な仕上げ。札響の響きはきれいで良かったが、ところどころ、リハーサル不足の感があるのは否めない。前半では、歌手との呼吸が今一つ揃っていない箇所が多いのが少し気になったことと、オーケストラからどのような表現を引き出したいのか、よく伝わってこなかったのが残念だったが、3幕以降、やっと調子に乗ってきたようだ。

 演出が人物の個性を明確に描いていたのに対して、音楽の表現は多少物足りなさを感じさせ、場面ごとの音楽描写がもう少し明確であれば、聴衆にもっとこの作品の面白さが伝わったのではないか。

 レチタティーフを受け持ったチェンバロの鎌倉が大活躍。歌手をよく聞き、きめ細かい配慮がある表情豊かな演奏。もっと強引にリードしても良い箇所もあったにせよ、とても良かった。


 歌手陣は、フィガロの三輪、スザンナの倉本とも大活躍。ケルビーノの吉田も熱演。伯爵の門間、同夫人の石岡の2人は歌のスケール感、存在感があり、演出にもよるのだろうが、伯爵夫妻が中心にドラマが展開した公演だった。

 貴重なアリアを歌ったマルチェッリーナの小平、バジーリオの川村は大健闘。バルバリーナの矢野は、第4幕の唯一のアリア含め貴重な脇役を演じ、印象に残った。その他の歌手陣も演技含め好演。合唱は、引き締まっていて良かった。

 カット無しの全曲上演で、公演時間は休憩入れて4時間。


 この作品に限らず、モーツァルトのオペラは音楽そのものを語らせた方が、いい上演になることは間違いない。舞台や演出に色々な意味を持たせるのはもちろん鑑賞に幅が広がり、意義があるが、全体的に演出に負けないだけの音楽の表現力をもっと高めると、今後もっと素晴らしい上演となるのでは。

 本格的オペラを一本制作することは時間と経費とマンパワーが限りなく必要だ。制作スタッフの気が遠くなるほどの努力に敬意を表しつつ、次回をまた期待したい。