2023/06/27

 札幌交響楽団第654回定期演奏会 


202362513:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/広上 淳一(札響友情指揮者)
ピアノ/反田 恭平
管弦楽/札幌交響楽団


ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番

ドビュッシー:イベリア(管弦楽のための「映像」より)

ラヴェル:スペイン狂詩曲


 反田恭平のラフマニノフが素晴らしかった。難曲と言われるこの作品を見事に手中に収め、聞き応えがあった。

 若々しいエネルギーに満ち、一切迷いがなくストレートに感情を表しているように感じさせる演奏で、なかなかの逸材だ。

 一方で、余計な粉飾を一切省いて、しっかりとした骨組みを築き上げ、ラフマニノフの濃厚なロマンティシズムを表現する、というよりはどこか冷静に作品を一歩引いて遠くから観察して客観的に仕上げていく、老成した音楽観も持ち合わせているようだ。楽器と音楽に没頭し過ぎない、絶妙なバランス感覚を感じさせる。

 ピアノ演奏に関しては、出来ないことは何もないようで、どんなに難しいパッセージでも難なく弾けるし、第3楽章フィナーレでオーケストラが最大音響で盛り上げていても、ピアノは埋もれずにきちんと聞こえてくる。しかも音が割れることもなく、楽器を音楽的に響かせることができる。歯切れいい抜群のリズム感と冷静な技術的コントロールはこの世代では群を抜いた存在ではないか。今後どのように変貌していくのかがとても楽しみだ。アンコールにシューマン=リスト/献呈。これもバランス感覚の良い演奏だった。


 後半はロシアから南欧へ舞台を移して、広上のドビュッシーとラヴェル。いつものように、広上の指揮は強引にオーケストラをドライブすることがない。オーケストラがリラックスしていて、出てくる音が自然で無理がなく、とても聞きやすく、いい音がする。


 ドビュッシーは、オーケストラの音色が柔らかく、力まないで響いてきて、南国的で気だるい、民俗的な雰囲気が見事に表現されていた。けっして洗練された演奏ではないが、ドビュッシーならではのまろやかでふくよかな響きで、暑い日の憂鬱な世界を感じさせ、好演だった。

 ラヴェルは、ドビュッシーよりクールな感性を感じさせ、透き通った涼しげな音色で、客観的に異国情緒の世界を現していた。もちろん、2人の作曲技法の違いがあるにせよ、作風の違い、オーケストレーションの違いを、これほどわかりやすく聴かせてくれたのは見事だ。

 真貝裕司が久しぶりにカスタネットの名技を聴かせてくれ、楽しかった。


2023/06/26

 新日本フィルハーモニー交響楽団

650回定期演奏会

〈トリフォニーホールシリーズ〉


2023年6月24日14:00  すみだトリフォニーホール大ホール


指揮/シャルル・デュトワ

管弦楽/新日本フィルハーモニー交響楽団


ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

ストラヴィンスキー:バレエ音楽『火の鳥』組曲(1919年版)

ベルリオーズ:幻想交響曲


主催:公益財団法人 新日本フィルハーモニー交響楽団
共催:すみだトリフォニーホール


 デュトワ1936年生まれ。今年87歳だが、指揮振りは力感あふれ、元気いっぱいだ。遠目には明らかに50代の動き。

 札幌のPMFの音楽監督を務めたのは2000年から2002年までの3年間。もう20年も前のことだが、その時よりも音楽の造型は明確で力強く、出てくる音は当時より充実している。円熟の境地だ。老化という言葉は彼には全く関係ないようだ。同じ世代の指揮者と比較すると、なんという違いか。

 以前同様、全体的に音楽作りは実にわかりやすく、特に今日のようにストーリー性のある作品には絶大な効果を発揮する。極端なことを言えば、聴衆は基礎知識だけあれば、あとは演奏を聴くと作品の全てを理解できる、というタイプの演奏だ。それを作為的にならずに、その境界線ギリギリのところで、作品から多彩な表情を引き出し、全体をまとめ上げている。これはわかりやすく作品の内容を伝えるという彼の基本的な姿勢で、教育活動にも熱心な彼ならではの考え方なのだろう。


 その点から、後半のベルリオーズが見事だった。無機質なフレーズは一切なく、一つ一つのフレーズに表情があって、柔らかく歌ったり、鋭いリズム感とメリハリのある切れ味の良い表情をつけたり、一刀両断に和音を響かせてみたりと、オーケストラを自由自在に操る。

 全ての箇所でここはこのように表現する、という明確で強い意志が感じられる。弱音から最強音まで表現の幅が広く、それがベルリオーズには相応しい。オーケストラは16型の大編成だったが、単に物理的に大きな音ではなく、心理的に聴き手に迫ってくる強い説得力のある音だ。時には極端過ぎる表情もあったかもしれないが、オーケストラはよくデュトワの要求に応えて、その能力をほぼ全て発揮していたのでないか。


 デュトワのイメージからすると、弦楽器グループは、ヴァイオリンは構想通りで、おそらくヴィオラ以下の中低音がもっと力強く、明瞭に響いてほしかったのではないか。当然、第2楽章、第3楽章など比較的大人しい楽章よりは、ダイナミックな楽想を持つ楽章の方がより面白く聴けた。それにしても、これだけのスケール感を感じさせる「幻想」は滅多に聴けないだろう。

 終演後、オーケストラが退場した後も、指揮者だけのカーテンコールが回。


 ベルリオーズに圧倒され、影が薄くなった感があるが、前半の演奏も良かった。冒頭のドビュッシーは繊細さよりは豊かさ、暖かさを表していて、かつ意外とロマンティックな演奏。透明感を求めるよりは比較的厚めのハーモニーでロマン派とストラヴィンスキーに繋がる20世紀音楽の橋渡し的存在として描いていたようだ。


 続くストラヴィンスキーはストーリーを追って行けるほどの明確で、妥協のない表現。情景描写がわかりやすく、情感豊かであり、どちらかというとハッピーエンドで終わらない暗さを感じさせた火の鳥だ。金管楽器の扱い方など、もう少し細かくコントロールしてもいいのでは、という箇所もあったが、全体的に陰影感があり、物語が聴き手にわかるように、入念に仕上げていた演奏だった。


 東京芸術劇場

パイプオルガンコンサートVol.24 

〜オルガニスト就任記念〜


2023622 19:00  東京芸術劇場コンサートホール


オルガン:徳岡めぐみ、ジャン=フィリップ・メルカールト


N.ブルーンス/プレリューディウム ト長調 ★
J.S.
バッハ/コラール「いと高きところにまします神にのみ栄光あれ」    

                             BWV 662 ★
J.P.
スウェーリンク/「我が青春は終わりぬ」 SwWV 324 
B.
メルニエ/インヴェンション 4 

J.S.バッハ(J-P.メルカールト編曲)
ブランデンブルク協奏曲 2 ヘ長調 BWV 1047 ★

C.トゥルヌミール(M.デュリュフレ編曲)/コラール即興曲「過ぎ越しのい

                   けにえ」 
M.
デュプレ/「オルガン交響曲 2 Op. 26」より 

       第2楽章 インテルメッツォ 
M.
レーガー/幻想曲とフーガ ニ短調 (改訂版) Op. 135b ★ 
C.
ドビュッシー(J-P.メルカールト編曲)/『夜想曲』より 「祭」 ★

ルネサンス&バロック&モダン・オルガンを使用

:徳岡めぐみ

:ジャン=フィリップ・メルカールト




 今年の4月から東京芸術劇場オルガニストに就任した徳岡めぐみとジャン=フィリップ・メルカールトの就任記念コンサート。 

 配布プログラムによると、この劇場のオルガンはマルク・ガルニエ社製。背中合わせにオルガンケースが2つ作られ、第1の面にはルネッサンスバロックタイプが、第2の面にはモダンタイプが演奏できように製作され、面のオルガンはコンピューター制御によって回転する仕組みになっている。おそらく世界で唯一のユニークなオルガンだ。パイプの数は約9000本でこれも世界最大級だろう。今回はもちろん2つのタイプを鑑賞できた。


 オルガンのデザインが素敵だ。ホール内が暗転し、演奏が始まると、落ち着いた色彩の照明がオルガン全体を照らし、全体像が浮かび上がる。作品ごとに、また演奏の進行ごとに色合や色彩を替え、なかなか美しい。

 ステージ上部正面に作曲者と作品名が映写され、これから誰の作品を演奏するのかがわかり、これはなかなか親切。最後のドビュッシーでは演奏の様子が中継で正面スクリーン上に投影され、これも面白かった。

 後半はモダンタイプ。ユニークなデザインで、これもやはり照明演出付。好き嫌いは別にして、この面のオルガンのデザインは日本のホールオルガンの中ではおそらく最も美しいのではないか。これを見るだけでも楽しい。オルガンとオルガン音楽普及には大切な要素だろう。


 メルカルトは札幌コンサートホールの専属オルガニストを2003年から1年間務めた後、ヨーロッパで勉強し、再び日本で活躍している。徳岡は現在豊田市コンサートホールのオルガニストも務めており、人とも演奏歴は申し分ない。共に安定した演奏で、今日の演奏を聴く限り、おそらく日本で聴ける最も優れたオルガニストだと言ってもいいだろう。いつも楽器から音楽的に自然で、いい音を生み出すことができる。

 メルカルトは編曲と近現代の作品が特にいい。前半、バロックオルガンで、ベルギーの現代作曲家、メルニエの作品を演奏、前半ではこれが最も充実した音色だったように思う。また、バッハとドビュシーの編曲がよく、バッハでは原曲のソロ楽器の扱い方が面白く、ドビュッシーは、この楽器の特性を見事に活かした編曲で、原曲のイメージそのままで、オルガンが最も美しく響く音域での表現が印象的だった。

 ソロではトゥルヌミールとデュプレがいいニュアンスの感覚を感じさせ、好演。

 徳岡は前半のバッハと、後半のレーガーのドイツ作品がしっかりとした骨格を感じさせる立体感のある演奏。特にレーガーは名演で、これだけレーガーをしっかりと聴かせてくれるオルガニストはなかなかいないのでは。


 ここのオルガンの響きはビルの中にあるという設置場所の特質にもよるだろうが、迫力ある低音域の響きはあまり感じさせない。だが、低音域が比較的クリアで、かつ全音域全体でまとまりのある響きがするのが特徴だろう。もう少し残響のあるホールトーンが欲しいところもあるが、ルネッサンスからモダンまで幅広いジャンルを可能な限りオリジナルの編成で楽しめ、かつ明確な音像で作品の全体像を把握出来るのが特徴だ。

 今後の2人の活躍に期待しよう。

2023/06/19

 森の響フレンド札響名曲コンサート

ウィーンのヴァイオリンで聴く

ブラームスとJ.シュトラウス


202361714:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


コンサートマスターとヴァイオリン独奏 / フォルクハルト・シュトイデ


ブラームス:ヴァイオリン協奏曲


J. シュトラウス:「くるまば草」序曲

          ワルツ 「もろびと手をとり」

          常動曲

          入り江のワルツ

          ポルカ「雷鳴と稲妻」



 シュトイデは2018Kitaraのニューイヤー(2018年1月14日)以来の登場。2018年は、ブルッフのヴァイオリンコンチェルトの弾き振りだったが、今日はブラームス。オーケストラの書法が全く違うので、ブルッフほど簡単には行かなかったようだ。 

 弾き振りと言いながらも、オーケストラを信用してか、細かい箇所はほとんど振らずに、ほぼお任せ。

 ソロは観客の方を向きながら演奏しているので、アンサンブルはコンサートマスター(ブラームスは田島高宏)だけが頼りだ。

 ソロから離れているオーケストラのプレイヤー、例えば管楽器セクションは何処までソリストの演奏が聴こえているのだろうか。微妙なタイミングや音量などのバランス等、やはり指揮者がいないとアンサンブルがかなり辛かったように聴こえた。シュトイデがもう少し指示する機会が多いと、もっといい仕上がりになったのではないか。

 とはいえ、ソロは素晴らしく、かつ、オーケストラの響きは全体的に引き締まってまとまりがあり、申し分ない。特に終楽章の力感あふれる表現が聞き応えがあった。全体的に良かっただけに、細部の未消化がちょっと気になった演奏だった。


 後半はコンサートマスターとして登場。全てJ•シュトラウス2世の作品ばかり。前半とはオーケストラの響きがガラリと変わり、全体的に安定感に満ちた音。

 指揮者無しで、コンサートマスターが采配を振ると、明らかにオーケストラ全体の響きが変わる。今日はウィーン風の雰囲気だ。軽やかで、柔らかく、しなやかな伸縮自在の表現で、弦の音がすっきりと抜けて聴こえてくる。ウィンナワルツの独特なリズムの表現もさまになっていて、ごく自然に表現できており、これはとても楽しかった。

 明らかに日本人指揮者からはなかなか聴くことのできないヨーロッパ風のニュアンスとサウンドだ。指揮者よりもダイレクトにメンバーに音楽が伝わるためなのだろうか。

 シュトイデが冒頭のプレトークでも話していたが、ウィーン風のローカルな訛りのドイツ語をオーケストラは習得しなければならなかったので、大変だっただろう、とユーモアたっぷりに話していたが、それが見事に消化されていて、団員もその表現を楽しんでいるよう。その雰囲気が聴衆にもよく伝わってきて良かった。


 ようやく夏らしくなってきた暑い日に、ニューイヤーコンサート風のプログラム。どことなく違和感があったが、すっきりとした気分で帰路につけた気持ちのいい演奏会だった。

2023/06/13

Kitaraアフタヌーンコンサート〉
ハンブルクトリオ


202361014:00  札幌コンサートホールKitara小ホール


ハンブルクトリオ
 ヴァイオリン/塩貝 みつる
 チェロ/ウルリッヒ・ホルン
 ピアノ/エバーハルト・ハーゼンフラッツ


シューベルト:三重奏曲「ノットゥルノ」変ホ長調 作品148D897
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 4 変ロ長調 「街の歌」 作品11
 廉太郎:荒城の月
シェーンベルク/シュトイアーマン編曲:浄められた夜 作品4



 外来演奏家によるピアノトリオをKitaraで聴くのは久しぶり。常設のピアノトリオだと、開館年の1997年のボザールトリオ以来か。

 今日のハンブルクトリオは上質で、とてもいいバランス感覚を持ったアンサンブル。

 ヴァイオリンとチェロはともに低音から高音まで音質にむらがなく、音色と音程がきれいで、いい感性の持ち主だ。

 両者のハーモニーの感覚もよく、美しく調和しており、申し分ない。

 ピアノは程よい音量で2人の弦楽奏者と絶妙な距離感を取り、アンサンブルの核となりながらも決して表に出過ぎることがない。この辺りのセンスは、常設のトリオならではの魅力だ。  

 

 シューベルトはこのトリオのセンスの良さが光った演奏。わずか10分程度の時間の中に、晩年のシューベルトの創作のエッセンスが凝縮された作品で、静かに絶え間なく湧き出てくる美しい楽想が魅力的。

 ヴァイオリンとチェロがその楽想をいい感性で演奏、かつ両者のハーモニーが美しく調和していてこれは素晴らしかった。その響きを聴きながら静かにピアノが対話を進めて行き、なかなかいい雰囲気の、印象に残る演奏だった。

 


 ベートーヴェンは、オリジナルはクラリネットとチェロとピアノの編成だが、今日はクラリネットパートをヴァイオリンで演奏。違和感は全くない。

 人とも明るい音色と生き生きとした表情で、若々しい感覚に満ちたこの作品を鮮やかに再現、実に楽しい演奏だった。ピアノが多彩な音色で、ソロとアンサンブルパートを見事に弾き分けており見事。おそらくベートーヴェン自身が演奏するために華やかに作曲したピアノパートだが、語り過ぎないようにバランスよくまとめ上げており、室内楽としての高い完成度を示してくれた演奏だった。


 滝廉太郎は、今日のプログラムの中では、ちょっと異質だが、塩貝のトークによると、ヨーロッパでもシェーンベルクの前に、作品の内容を説明して演奏したことが何度もあるそうだ。

「荒城の月」が滝の留学先のライプツィヒで作曲され、そこで初演されたという話は初めて。物の本で調べてみると、1901年作曲で、ちょうど滝廉太郎は当地に留学中で年代的には合う。資料によっては日本で作曲された、と書いてあるものもあり確認が必要だとしても、これは興味深い話題。演奏はピアノが多彩な動きで、様々な変化をつけ、面白かった。


 最後のシェーンベルクは、濃密なロマンティシズムに満ちた作品を品よくまとめ上げた演奏。この作品には様々な版があって、弦楽合奏だと錯綜し過ぎてわかりにくい箇所も、ピアノトリオ版だとすっきりと作品の構造が見えてきて、個人的には最も好きな編成だ。

 ピアノトリオ版はおそらくKitara初演だろう、様々なモティーフや各パートでの絡み合いをわかりやすく表現しており、作品紹介には最適の演奏。微に入り細に入り、とても表情豊かな演奏だったが、神経質になり過ぎず、また過度にロマティックにもなり過ぎずに作品の内容を余すところなく伝えてくれたのではないか。弦楽器の厚すぎない表現と、ピアノの存在感ある表情がちょうど良いバランスで聴こえてきて、心地良かった。


 アンコールのラフマニノフのヴォカリーズの方がシェーンベルクよりロマンティックで濃密な演奏で、その対照が面白かった。その他に浜辺の歌。

 


 オルガンサマーナイトコンサート


20236819:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


オルガン/三浦 はつみ


クラーク:デンマーク王子の行進

J.S.バッハ:目覚めよ、と呼ぶ声あり BWV645

       あなたがそばにいてくだされば BWV508
メンデルスゾーン:「真夏の夜の夢」より 結婚行進曲 作品61
マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲

坂本 日菜:You Raise Me Up  〜ケルトの風、愛の歌〜

プレ:天使たちのワルツ

ヴィエルヌ:オルガン交響曲 第1番 ニ短調 作品14より 第6楽章 終曲


 

 三浦はつみは横浜みなとみらいホールのホールオルガニストを23年間務めたベテランオルガニスト。Kitaraはおそらく初めての登場。

 Kitaraは専属オルガニストが不在で、ビジターオルガニストの演奏機会が多くなった。ビジターは短期間でそこのオルガンを弾きこなす能力が必要なので、大変だろう。

 冒頭のクラーク、バッハは緊張気味でやや硬く、その大変さを感じさせたが、メンデルスゾーンを演奏する頃から次第に緊張もほぐれ、いい音でオルガンが響き始めた。


 マスカーニがなかなか素敵な編曲と演奏で、原曲の持つしなやかで柔らかい感性がとてもよく生かされていた好演。レジストレーションの選択がよく、ふくよかな音色が印象的だった。

 プレは響きが曲想にふさわしく、まろやかさと輝きとがあって楽しめた。

 ヴィエルヌは、このオルガニストがきっと大切に弾き込んできた貴重なレパートリーなのだろう、楽器がしっかりと鳴り、スケール感があって、聞き応えがあった。ディテールがやや曖昧なところがあったように思えたが、これも三浦の解釈なのだろう、無駄に音楽が流れるところがなく、作品の全体の構成がよくわかる演奏だった。全楽章をどのように演奏するのか、是非聴いてみたい。


 その他に坂本日菜のオリジナル作品。坂本はおそらくこのオルガニストの演奏の特徴をよく知っているのだろう、その感性がよく生かされるように書かれており、三浦の良さが最も自然に発揮されていた演奏だったのではないだろうか。アンコール含め約1時間の公演。