2025/03/07

 びわ湖ホール プロデュースオペラ 

コルンゴルト 作曲 歌劇『死の都』全3幕

(ドイツ語上演・日本語字幕付)


2025年3月1日14:00 びわ湖ホール大ホール



指揮:阪 哲朗(びわ湖ホール芸術監督)

演出:栗山昌良  

再演演出:岩田達宗


装置:松井るみ

照明:沢田祐二

衣裳:緒方規矩子

振付:小井戸秀宅

音響:小野隆浩(びわ湖ホール)

舞台監督:菅原多敢弘


合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル

児童合唱:大津児童合唱団

管弦楽:京都市交響楽団



パウル :清水徹太郎

マリー/マリエッタ :森谷真理

フランク :黒田祐貴

ブリギッタ :八木寿子

ユリエッテ :船越亜弥

ルシエンヌ :森季子

ガストン/ヴィクトリン :島影聖人

フリッツ :晴雅彦

アルベルト伯爵 :与儀巧




 びわ湖ホール、今年は「死の都」再演。2014年3月にびわ湖ホールと新国立劇場で競演となり話題となったが、残念ながらこの舞台は両方とも観る機会を逃してしまった。

 ということで「死の都」は今回が初めて。巨匠栗山昌良の演出•再演となると、オペラファンなら誰でも観たくなる舞台だろう。

 最近観た舞台では東京二期会の「蝶々夫人」(2022年9月11日新国立劇場オペラパレス、指揮/アンドレア・バッティストーニ)が出色の出来だった。

 ということで、大きな期待を持っての今日の舞台。色彩感覚は栗山ならではの美しさ。特に第2幕のファンタジックな雰囲気は、パウルの心理状態と音楽の内容、心理的効果と見事に一致していて、実に見応えがあった。

 パウルの幻想、仲間たちの談笑、ピエロの歌、など舞台の設定と音楽はここでは分かりやすくストレートに伝わってきて、今日の舞台の白眉。


 それ以外というと、意外だったのは人物がほとんど直立不動で、動きがないこと。これは何を意味していたのか、全く分からない。動きが無いため、それぞれのキャラクターは、衣装と歌唱だけで表現しなければならず、これは私のように初めて見る観客にとってはなかなか理解しにくく、ちょっと辛い。

 そのため1幕と3幕では、パウルの複雑な心の動きなどがよく伝わってこず、そもそもの舞台のセットが空間的な広がりや、物語の進行を確実にメッセージとして伝えてくれていたようには思えない。が、これは鑑賞する側があらかじめ理解しておく事で、厳しい予習をしっかりとして鑑賞せよ、という栗山昌良氏のメッセージなのかもしれない。


 肝心の音楽面では確かに若きコルンゴルドの傑作かもしれないが、心理状況に応じて音楽が休む事なく次々と変貌していくため、その多彩さを整理しきれないまま流れに任せてしまうと、逆に単調でメリハリのない音楽に聞こえてまい、出演者の微妙な心の動きがよく伝わってこないのではないだろうか。

 ドイツ語がよく聞こえてこなかったのは、歌手の責任でも指揮者の責任でもなく、そもそもが歌が音楽に埋没してしまう書法ではないのだろうか。R•シュトラウスや、ワーグナーのドイツ語歌詞であればもっと聴きやすいはずだ。

 という事で、溢れ出るコルンゴルドの音楽をちょっと持て余しているところもあった阪の指揮だが、作為的でもなく、自然な流れを大切にし、歌手との一体感にも優れ、いつも通りの誠実な音楽造りだった。

 歌手は皆好演で、揺れ動く曖昧な心の動きとひ弱さを感じさせたパウルの清水幾太郎と妖艶さを感じさせたマリエッタ、マリアの森谷真理が良かった。あとはフリッツの晴雅彦が歌った「ピエロの歌」が聴衆を沸かせる名唱。

2025/03/05


札幌交響楽団第667回定期演奏会

2025年2月23日13:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /マティアス・バーメルト

管弦楽/札幌交響楽団


モーツァルト:セレナード第10番「グラン・パルティータ」

ブラームス:交響曲第3番



 後半のブラームスは、ステージ上の山台を使用した、以前の札響で常時使用していた方式。

 オーケストラのメンバーが後列に行くほど山台を段階的にかなり高くしていく配置で、前々回のグランディの定期時とほぼ同じのようだが、グランディの対向配置とは違って弦楽器群の配列はいつも通り。

 この山台配置、最近の定期、名曲シリーズでも、お目にかかったのはグランディの定期だけ。従って、今日の配置に馴染みがなく、やや違和感があったのは否めない。

 聴き手はしばらく落ち着かず、オーケストラ側もこの配置にまだ馴染んでいないのか、アンサンブルもややラフで、正直なところ、しばらく演奏に集中できなかったのが残念。


 特に第1楽章ではアンサンブルが乱れがちなところも多く、いつものバーメルトらしくない響きが聴こえてきて、おやどうしたのだろう、と心配に。

 第3楽章からアンサンブルも整い、音楽も生き生きとし始めてきて、終楽章でやっと安定したようだ。トータルでは待望久しいバーメルト、さすがの名演というわけには行かず、どうにもまとまりがなかったのが惜しまれる。第一日目はどうだったのだろう。


 前半の「グラン・パルティータ」は札響管楽器セクションの腕の見せ所。第3楽章あたりからまとまりのある響きが聴こえてきて、ロマンティックになり過ぎず、全体的にあっさりとした表情で楽しませてくれた。

 伸びやかな演奏でとても良いのだが、遊び心など、もう少しゆとりがあれば、もっと楽しかったのでは、と思う。

 定期公演よりはむしろ名曲シリーズで聴きたかった作品だ。

 コンサートマスターは田島高宏。



 第27回リスト音楽院セミナー 講師による特別コンサート

クリストフ•バラーティ ヴァイオリンリサイタル


2025年2月21日19:00 札幌コンサートホールKitara小ホール


ヴァイオリン/クリストフ・バラーティ
ピアノ/ガーボル・ファルカシュ


ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第5番 ヘ長調「春」 

                             作品24
シューマン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第1番 イ短調 作品105
ブラームス:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第3番 二短調 作品108



 1997年のホールオープン時から開催しているリスト音楽セミナーは、今年で27回を迎えた。

 四半世紀が過ぎ、セミナー講師は世代交代し、今回、現リスト音楽院主任教授2人による演奏会を聴けるのは実に貴重な機会で、感慨深いものがある。


 ヴァイオリンのバラーティは、今回初登場。現代的な安定したテクニックによる力強い表現が特徴の優れた演奏者で、録音等で聴くバッハも完全にモダン奏法で実にたくましいバッハだ。

 今日の演奏を聴く限り、ベートーヴェンももちろん素晴らしかったが、ロマン派以降の作品により優れた特性を発揮するヴァイオリニストのようだ。


 冒頭のスプリングソナタは、今日の他の2曲と比較して聴いてみると、まだピアノが主導権を握っていた18世紀後期の伝統を色濃く残している作品であることがよくわかる。ここではむしろファルカシュのピアノが主役で、各楽章に登場する様々なモティーフの表現がしなやかでかつ性格描写が素晴らしい。

 バラーティのヴァイオリンは冒頭のためか、会場での響きなどを探っているようなところがあったにせよ、端正な様式観と安定したテクニックで作品の性格を落ち着いた表情で表現していた。


 シューマンになると2人とも一転して情熱的で熱い表現。特にバラーティが俄然実力を出し始め、音色、響きが場内に大きく広がり、作品に含有された様々なモティーフを微に入り細に入り、多彩に表現、実に聞き応えがあった。 

    意外と演奏される機会が少ないが、シューマンならでは深いロマンティックな世界を堪能することができたとともに、この時代の室内楽の傑作の一つであることを認識させてくれた演奏だった。


 ブラームスは両者のバランスはもちろん、アンサンブルも申し分なく、実にまとまりのある良質の演奏。ブラームスらしい濃密で厚みのある表現が、何よりも自国の言葉で話しているような自然な抑揚で表現されていたのが見事。

 ファルカシュは、先日見事なソロを聴かせてくれたが、伴奏でも安定感、音色、場面ごとの表情に多彩さがあり、ソリストとの一体感が素晴らしい。

 バラーティのヴァイオリンはともかく表現力豊か。2人のアンサンブルによる特にロマン派の2曲は、滅多に聴けない名演だった。


 アンコールにブラームスのヴァイオリン・ソナタ イ短調「F.A.Eソナタ」より 第3楽章 スケルツォ ハ短調 WoO2。これは2人ともスケールの大きいダイナミックな演奏で存分にその実力を披露してくれた。