鈴木 雅明 チェンバロリサイタル
2025年7月10日19:00 札幌コンサートホールKitara小ホール
チェンバロ/鈴木雅明
J.S.バッハ:ソナタ ニ短調 BWV964
シンフォニア 第11番 ト短調 BWV797
J.S.バッハ/レオンハルト編曲:シャコンヌ ト短調
(無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 BWV1004による編曲)
J.S.バッハ:「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」より
プレリュードとフーガ 第8番 変ホ/嬰ニ短調 BWV853
「6つのパルティータ」より 第6番 ホ短調 BWV830
鈴木雅明を、指揮者としてはバッハ・コレギウム・ジャパンと札幌交響楽団で、ソリストとしてはオルガンを演奏するコンサートを何度も聴いて来たが、意外にもチェンバロソロを聴くのは初めて。しかもオールバッハということで期待度が高かったためか、ソールドアウトの盛況だった。
彼のチェンバロソロは、CDで多種多様の魅力的なバッハ演奏を聴くことが出来るが、こうしてライブであらためてじっくり聴いてみると、さすがに世界で活躍するだけあって、スケール感があり、華やかで個性豊かな演奏だ。
今日のプログラムはコンセプトが明確で、前半はヴァイオリン作品からの編曲を、後半はオリジナルのチェンバロ作品を演奏。どちらのパターンでも楷書体で輪郭をクリアにする、というよりは即興性を重んじ、概して全体的に早めのテンポで、自由闊達にバッハの世界を再現する演奏だ。
随所に即興的な走句が加わり、聴き手を飽きさせない。一方で、演奏の前には作品をユーモアを交えながらわかりやすく紹介してくれ、演奏にもお話にも長年の豊かな演奏活動の蓄積を感じさせる蘊蓄のある内容だった。
冒頭のソナタニ短調では、最終楽章に向かって盛り上げていくエネルギーと即興性豊かなスケールの大きな表現が素晴らしい。第2楽章の長大なフーガはやや早めのテンポで、もう少しじっくりと原曲のヴァイオリン作品の違いを味わいたかったのが正直な印象だが、これも含め、まさしく鈴木雅明の世界。
シャコンヌは大きく一筆書きのように演奏し、作品のスケール感を見事に再現してくれた秀演。もっと色彩豊かに各変奏を描いてもいいと思ったが、このファンタジックな世界観は彼ならではのものだろう。
後半のパルティータ第6番は、大きなキャンバスに描いた大家の名画のように、奥行きのある聞き応えのある演奏で、この自由で豊かな筆使いの見事さは、他の誰からも聴けないものだ。
例えば、第1曲目のトッカータでの即興的な箇所と堂々としたフーガの歩みのコントラストの見事さなど、例を挙げればきりがない。各舞曲ごとの性格の違いや、レジストレーションによる音色の対比を味わう隙がないほど、次々と先に進んでしまうので、ややせっかちすぎる印象も受けたが、これも彼の個性なのかもしれない。
ホール所有のドイツタイプのチェンバロは音色がきれいで、ややフレンチタイプの香りがしたにせよ、とても良く整調されていて素晴らしかった。
アンコールに、(鈴木雅明のお話によるとバッハばかり続いたので、お口直しに)ウイリアム・クロフトの魅力的な小品、グラウンド ハ短調を演奏。
楽譜通りに演奏か、と思いきや最後に半音階的な即興パッセージを加え、バッハへのオマージュを忘れないところはさすが。
貫禄充分の見事なリサイタルだった。