2024/06/25

 教会音楽の夕べ2024年

ウィリアム・フィールディングオルガン演奏会

6月20日18:30  札幌北一条教会(札幌市中央区北1条西13丁目)

オルガン/ウィリアム・フィールディング

     (第24代札幌コンサートホール専属オルガニスト)

J.S.バッハ:幻想曲とフーガ ト短調 BWV 572

M.デュリュフレ:前奏曲(「前奏曲、アダージョとコラール変奏曲」より)

H.ハウエルズ:3つの詩篇前奏曲 Op.32より「第1集 第3曲(詩篇23)」

W.A.モーツァルト:自動オルガンのための幻想曲 へ短調 KV594

L.ヴィエルヌ:プレリュード/インテルメッツォ(間奏曲)

       (「幻想的小品集 組曲第1番 Op51」より)

       ヒム・オ・ソレイユ(太陽への讃歌)

       (「幻想的小品集 組曲第2番 Op53」より)




 ここの教会のオルガン(北一条教会オルガン)は3段鍵盤、ストップ数が21、パイプ数1523本の中規模サイズ。1979年の設置で、札幌市内では比較的歴史のある楽器だ。中心街にある場所の利を生かし、ほぼ1月に一度のペースで継続的にオルガン演奏会を開催しており、固定ファンも多いようだ。

 今回は毎年恒例の札幌コンサートホール専属オルガニストによるコンサート。

 フィールディングの演奏は、何度かこの欄で紹介しているが、どこの楽器からも無理なく美しい響きを生み出し、作品の本来像を自然な形で聴かせてくれる優れたバランス感覚を持ったオルガニストだ。毎回幾人かの作曲家は共通だが、必ず違う作品を演奏し、プログラミングが重複することがないのもすばらしい。

 ここの教会のオルガンを聴くのは久しぶりだが、以前と比較するとオルガンの音が随分美しくなった印象を受けた。おそらく常日頃の手入れが行き届いていることと、演奏会に何度も使用されていること、フィールディングの無理のない演奏法等によるものだろう。


 今回のプログラムの中では、フィールディングの母国イギリスの作曲家、ハウエルズの作品が楽しめた。彼は札幌コンサートホールでのデビューコンサートでもハウエルズを演奏しており(2023年9月30日)、おそらく札幌では彼以外演奏していないと思われる。

 今日演奏した作品は、背景に作曲者が当時直面していた健康上の問題と第一次世界大戦時の暗い影が反映されているようで、万人に共通な苦悩の感情を表現した秀品で、聞き応えがあった。


 ヴィエルヌは、Kitaraアラカルトのオルガンコンサート(2024年5月5日)でも演奏しており、お気に入りの作曲家のようだ。今回は特に「太陽への讃歌」が、この作品の魅力でもあるオリジナリティ豊かな色彩感をよく表現していて好演。力の抜けた均質なタッチでバランスの良い透き通った響きをここのオルガンから導き出し、これは素晴らしかった。


 モーツアルトは、当時のおもちゃのような音楽時計のために書かれた作品にもかかわらず、想像外のスケールの大きさを持った名作であることを示してくれた演奏だった。

 そのほかでは、冒頭のバッハは力強く、一方で2曲目のデュリュフレはバッハとは好対照のファンタジックな雰囲気を醸し出していた。

 全体的に安定した演奏会だった。

 アンコールにルフェビュール=ヴェリの「退堂曲 変ロ長調」。明るく活発な作品で、歯切れ良い快適なテンポによる演奏で聴衆を魅了させた快演。


 

 

2024/06/20

 イザベル・ファウスト 

J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ 全曲演奏会


ヴァイオリン/イザベル・ファウスト


第1夜(全2夜)

2024年 6月12日19:00  フィリアホール(横浜市青葉区青葉台)

 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV1001
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第1番 ロ短調 BWV1002
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005


第2夜

2024年 6月13日19:00  フィリアホール

 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV1003
 無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004



 イザベル・ファウストのバッハ無伴奏ヴァイオリン全曲演奏会を聴く。すでに日本で何度かこの演奏会を開催しているようだが、今回やっと聴く機会を得た。2日間に分けての演奏で、順番通りではなく、シャコンヌ付きのパルティータ第2番が最後になるように配置しているのは、毎回同じのようだ。

 今更だが、ファウストはバロックから現代までの幅広い時代の作品をレパートリーに持ち、バロック期の作品はピリオド奏法で演奏するちょっと信じられない名手である。

 両日とも座席が最後列だったので、推測だが、バロック・ボウを使用して、楽器はおそらくいつもの1704年製ストラディヴァリウスだと思う。


 基本はもちろんピリオド奏法で、全体的な印象から言えば、まず、力が完全に抜けた柔らかいボーイングによって生み出される美しい音色と、ほぼ完璧な音楽的な音程の素晴らしさ。楽譜上は単旋律だが、多声部となっているバッハの書法を見事に表現しており、これはこの優れた奏法ゆえだ。

 奏法は当然ノン・ヴィブラートが基本で、音程はきれいでとても心地よい。フレーズごとの文末で、重音でハーモニーを作る時も初めにノン・ヴィブラートできれいに音程を揃えてから軽い装飾的なヴィブラートを加える。

 ヴィブラートが装飾のために、ごく控えめに、しかも美しく演奏された、素敵な例だ。

 さらに、表情豊かなアーティキュレーション、ピアニッシモから始めて次第に盛り上げていくフレージング、伸縮自在なテンポによる舞曲、技巧的な華やかさなど、実に多彩な演奏スタイルで、聴衆を惹きつけてやまない。

 また、各楽曲での連続性を大切にしており、それぞれの楽章間で一息つくことなく、緊張感を保ちながら全曲を演奏。


 両日ともソールドアウトで、特にシャコンヌ付きが演奏される2日目が親しみやすい曲目だったのか、こちらの方が早々と売り切れたようだ。


 全曲演奏からいくつかピックアップすると、特に色々なニュアンスで楽しませてくれたホ長調のパルティータが素晴らしかった。

 冒頭のプレリュードは、直線的ではなく、多声部に聴こえてくる立体的な表現、豊かなアゴーギク、まるで語りかけるような表情など、これはもう10年以上前になるCD録音とも全く違う演奏で、ライヴならではの、様々なニュアンスが聴こえてきた素晴らしい演奏。よくある、モダン奏者がテクニカルに一気呵成に弾く例とは全く異なる、実に音楽性豊かな演奏だ。

 続く4つの舞曲の中では、特に有名なガヴォット、メヌエットがとても軽やかで、弾むような、生き生きとした根源的な生命力を感じさせた。

 儀式的な宮廷舞曲風ではなく、まるでブリューゲルの「農民の踊り」を彷彿とさせる、開放感のある楽しげな民衆の踊りのような音楽だったのが印象的。


 ト短調、ハ長調、イ短調の各ソナタでの、いずれも第2楽章の長大なフーガの構築力の素晴らしさ。息切れすることが一切なく、厳しさがある対位法的に構築された見事な演奏。バッハはハ長調やイ短調でオルガンやチェンバロのためのやはり長大なフーガを書いているが、これらの調性では、終わらせたくない何か特別な気分になるのだろうか。


 シャコンヌ付きのニ短調のパルティータでは、冒頭のアルマンドが、ホ長調のプレリュード同様実に豊かな音楽。流麗だが、ほとんど聴衆に語りかけるように、多彩なニュアンスで、まるで今作曲された即興演奏の如く演奏していく。単旋律で聴こえることがなく、問いと答えのように話しかけてくるアルマンドだ。

 そして2日間のまとめとしてのシャコンヌは、弾く前に、一息入れてざわつく聴衆を静かにせよ、とひと睨みしてから始める。

 表現の幅は広く、いくつかの変奏はピアニッシモから始めて、次第に盛り上げていく。また通り一遍に弾き通すのではなく、楽想に応じてテンポの動きがあって、色々な音楽が次々と現れ、その一つ一つに細かいニュアンスと表情があって聴き手はいっときも気が抜けない。最後は盛り上げて終わらず、スッと力を抜いて祈るが如く、静かに幕を閉じ、長い沈黙をおいての終演。当日配布プログラム解説にあったように「祈り」の色調を強く感じさせた瞬間だった。


 演奏はCD録音と比較すると、かなり自由なスタイルに変化しているようだ。ぜひ再録音を期待したい。21世紀の現代における理想的なバッハ像の一つを聴衆に示してくれた貴重な機会だったと言える。

 

両日ともにアンコールが1曲ずつ。

1日目はピゼンデル:無伴奏ヴァイオリン・ソナタイ短調より第1楽章。

2日目はN.マッテイスSr:ヴァイオリンのためのエア集より 

    プレリュード、パッサッジョ・ロット-アンダメント・ヴェローチェ。


 ここのフィリアホールは初めての訪問。30周年を迎えるとのことで、コンサートホールが全国に続々と建設された時期の1993年の建物だ。

 響きの豊かな美しいホールだ。会場までの段差がやや多いのは歴史を感じさせる。ファウストの音は最後列であってもバランスの良い美しい響きで聴こえてきた。



2024/06/11

 ダネル弦楽四重奏団 

 2024年6月9日 15:00 札幌コンサートホールKitara小ホール


ダネル弦楽四重奏団
 ヴァイオリン/マルク・ダネル、ジル・ミレ
 ヴィオラ/ヴラッド・ボグダナス
 チェロ/ヨヴァン・マルコヴィッチ
ピアノ/外山 啓介*


プロコフィエフ:弦楽四重奏曲 第2番 ヘ長調 作品92
ヴァインベルク:弦楽四重奏曲 第6番 ホ短調 作品35
ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 ト短調 作品57*



 2年おきの来札がほぼ定番になってきたようで、前回の2022年(2022年6月4、5日)に続いて2年ぶりのダネル弦楽四重奏団公演。今回はオールロシアプログラムで、かなり渋めな内容にも関わらず、場内はほぼ満席。

 

 前回公演時よりも一層スケール感を増したようで、ちょっとした室内オーケストラよりも豊かな響きがするのではないか、と思わせるほど。4人とも音楽的にも技術的にも技量が揃っているのが強みだ。


 プロコフィエフは、民謡を題材したなかなか気の利いた1941年の作品。第1楽章の途中で、マルクの弦が切れるハプニングがあり、数分の中断後、もう一度最初から演奏。2回めは力が抜けたのか、一転柔らかい音色になって、印象が大きく変わった。

 演奏は、ことさら民族色を強調することもなく、また戦時の暗い雰囲気や土俗性もあまり感じさせず、どちらかというと室内楽作品としての高い完成度を感じさせた。

 もちろん随所に見られるプロコフィエフ独特の剛腕な音楽進行ぶりなども過不足なく見事に表現されており、力強さと、皮肉っぽい抒情性を鮮やかに表現した好演だった。

 

 ヴァインベルクは、1946年の作品。今日の作品の中では最も情緒的で繊細な作風を持ち、外向きの顔を持つプロコフィエフとは違う内に秘めた激しい情念を感じさせる。

 ダネルはそんな作品の姿を見事な集中力で余すところなく伝えてくれた。

 彼等はこの作品の初演者でもあり、すでにCDも発売されているが、それとはまた違った印象を受けた演奏。ライヴならではの録音には収まりきらないスケール感があり、各楽章の解釈もより繊細に、かつよりドラマティックになってきたようで、少しづつ表現の幅が広がっているようだ。

 それにしてもプロコフィエフとショスタコーヴィッチというロシア音楽の大王達に挟まれても、なんら遜色ないオリジナリティを持つ音楽的にとても充実した作品だ。これはもちろんダネルカルテットの追従を許さない見事な演奏の成果によるものだろう。


 続くショスタコーヴィッチは、1940年の作品。前半2曲と比較すると、より明確でシンプルな楽想と形式を持ち、ショスタコーヴィッチの作品の中では屈折した暗い感情が比較的少なく、その分聴きやすい。

 前半とは違って、各パートのソロやソロ的な動きが多く、4人の力量が如実にわかる作品だ。4人とも個性的なモティーフが現れる各楽章ごとの性格を、繊細かつ音楽的に、均整感のとれた音色で見事に表現。一切弛緩することなく緊張感を保ちながら全曲を演奏し、これは聞き応えのある素晴らしい演奏だった。

 彼等に負けず劣らず、この緊張感ある世界をダネルと一体となって表現した外山も素晴らしかった。特にフーガ風のユニークな楽想が展開していく第2楽章が、ピアノとカルテットが一体となった名演。

 アンコールにこの作品の第3楽章スケルツォ。明快な演奏で本編よりも、こちらの方がその性格をよく表現していたようだ。

2024/06/10

 森の響フレンド札響名曲シリーズ

~わたしの3大B:広上淳一篇

2024年6月 8日14:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /広上 淳一<友情指揮者>

ピアノ /小山 実稚恵


J.S.バッハ: 管弦楽組曲第3番

ベートーヴェン:交響曲第1番

ブラームス:ピアノ協奏曲第1番



 バッハとベートーヴェンの初期の交響曲は小編成で演奏することも多いが、今日は2曲とも12型。

 バッハは最近の古楽器演奏のイメージとはかなり違った、輪郭の太い大柄の昔懐かしい演奏スタイルだ。

 大編成であっても、各舞曲のテンポの違いなどコントラストが明確だと面白いのだが、今日は序曲とアリア、それに続く3つの舞曲の性格の違いがよく伝わって来ず、淡々と音楽が流れるようなところがあって、組曲としての全体像が見えてこなかったのが残念。

 ただし、オーケストラはよく歌い込まれた生き生きとした表情の演奏を聴かせてくれて、この指揮者らしい伸びやかで生命力を感じさせたバッハだった。


 ベートーヴェンはバッハ同様輪郭の太い演奏だったが、広上ならではのオーケストラの主体性を生かした演奏。やや大味ではあったが、若きベートーヴェンの颯爽とした楽想が豊かに表現されていて、大ホールで聴くに相応しいスケール感のある演奏だった。


 ブラームスは14型の大編成。ピアノが前に設置されて、オーケストラは前半よりやや後ろに下がったためか、多少響きがこもりがちになったが、音色はこちらの方がクリア。ポジションによる響きの違いを味わうことできて、これは面白い体験だった。

 小山がコンチェルトを弾くときは、オーケストラとの対話が特に濃密だ。

輝かしいソリスティックな表現をさりげなく聴かせながらも、トータルではオーケストラの響きの中へ入り込んで、調和させていく音楽作りが魅力的。

 特に今日は楽器の響きが渋めで、例えるなら艶消し風の味わいある深みのある音。時々硬めの音がしたものの、これは他のピアニストからは聴けない小山ならではの世界だ。

 全体的に、ハーモニーの厚さ、豊かさを感じさせた演奏で、特に第2楽章冒頭のすっと抜けてくる美しい音色と旋律の歌い方の素晴らしさ、第3楽章の冒頭のソロの骨太な表情と一気呵成に突進していく力強い見事な表現など、この作品の魅力を存分に味わうことができた。

 オーケストラはもう少し念入りに仕上げてほしいところもあったにせよ、ソリストと一体になった好演。


 アンコールの前に広上のトークがあり、能登半島の震災支援と、アンコールを小山と連弾でブラームス(「4手のためのワルツ集作品39」より第2番、第15番)を演奏する旨告知。海外ではこのような例が結構あるようだが、札響で体験するのは初めて。広上のピアノ演奏は小山を器用にサポート、名曲シリーズに相応しい親密さを創出してくれた。

 今日はほぼ満席。コンサートマスターは田島高宏。

2024/06/07

クァルテット・エクセルシオ 

第17回 札幌定期演奏会


2024年6月6日19:00  札幌コンサートホールKitara小ホール


弦楽四重奏/クァルテット・エクセルシオ

      (西野 ゆか、北見 春菜、吉田 有紀子、大友 肇)

プレトーク(18:30〜)/権代 敦彦、渡辺 和


モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調K.458「狩」

権代 敦彦:“空(ソラ)のその先” 〜弦楽四重奏のための〜 

                         作品195(世界初演)

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 作品131



 今年で結成30周年を迎える常設弦楽四重奏団。

40ページほどの厚みのある配布プログラムを読むと、定期演奏会、現代音楽、アウトリーチの3本の柱を核に活動を行なっているようだ。

 

 その核の一つ、現代音楽の権代の作品初演で、常設弦楽四重奏団としての圧倒的な存在感を示した。

 結成30周年を祝しての委嘱作品で、開演前に作曲者によるプレトークがあり、作品の成立と内容についての説明があった。

 これは、新作初演の鑑賞の手引きとしてとても重要かつ有益。

 作品はこの作曲家の特徴なのか、同型音型の反復が多くトリルによって装飾されたモティーフが全体を統一していて、もちろん無調。しかし、とても丁寧に書き込まれた聴きやすい作風の作品で、いわゆる現代音楽風の難解で自己満足的な硬い雰囲気はない。 

 最高音の象徴的モティーフから始まり、それが天上から地上に、そして地上から天上に戻っていく様子が描かれている(と思った)。細部までよく吟味された表情豊かな演奏で、最高音から最低音まで澱み無い響きと、良く練れた美しい音色で統一されていた。中間部のチェロの深みのある、あたかもイエスの言葉のような雰囲気を感じさせる素敵なソロなどもあって、全体的になかなか熱い説得力のある演奏だった。

 おそらく今まで努力を重ねてきた過去と輝かしい未来を祝しての作品なのだろうが、筆者には過去の苦労してきた長い道のりとこれから予期される苦難の道を示しているような、ちょっと重々しい受難曲のようにも聴こえた。


 この弦楽四重奏団は、現代の作品演奏にとても優れていて、今年の1月(1月29日18:30  東京文化会館小ホール、フランス音楽の夕べ「日仏文化交流に尽力した作曲家たち」)のコンサートで聴いた三善晃、牧野縑、丹羽明の室内楽作品の演奏が忘れられない。この系統の作品にも対応できる幅広い能力は、やはり常設の強みと絶え間ない研鑽の成果でもあろう。


 その他では、後半のベートーヴェンが出色の仕上がり。ある面現代音楽よりもまとめるのは難しい作品だが、何よりも、全体的に弦楽四重奏団としての意志統一がされており、作品としてのまとまり、仕上げが素晴らしい。このジャンル屈指の名曲をわかりやすく解説して聴かせてくれたような演奏だ。

 音質がきれいで、よく歌い込まれており、かつ各パートのバランスが見事。楽章ごと、変奏ごとに変容する気まぐれな楽想が、きめ細かく鮮やかに表現されていて、聴き手を惹きつけて止まない。

 第5楽章のプレストの楽章など、よく弾き込んでいるにもかかわらず、力み過ぎて一瞬形が崩れそうな不安を感じさせたが、全く気にならず、こういう人間臭さを垣間見せてくれるのも、この弦楽四重奏団の親しみやすさの一つでもある。


 それに対して冒頭のモーツァルトは大味過ぎた。もちろんそれなりの水準の高い演奏だが、音楽が漠然と流れるだけで、この作品で何を伝えたいかとの演奏者からのメッセージが伝わってこず、30年の歴史のある常設弦楽四重奏団の演奏としては不満だ。他の2曲同様聴衆を惹きつける魅力的な、この団体ならではの演奏を聴かせてほしかった。


 ホワイエのチケット受付や、CD販売、弦楽四重奏団の今までの足跡を展示したパネル展などは主催者のエコ・プロジェクト関係者の大学の学生が担当していたようだ。賑やかさと活気があり、いつものコンサートにはない親しみやすさがあった。アンコールは無し。