2023/10/29

 ジャン・ロンドー チェンバロリサイタル

2023年10月26日19:00  東京文化会館小ホール


チェンバロ/ジャン・ロンドー


フックス: アルペッジョ
ハイドン: 鍵盤楽器のためのソナタ (ディヴェルティメント) 

          第31番 変イ長調 XVI:46
クレメンティ: 「パルナッソス山への階梯」作品44より 

       第45番 ハ短調
       序奏 アンダンテ・マリンコーニコ
ベートーヴェン: ピアノまたはオルガンのための前奏曲 第2番 作品39/2
モーツァルト:ピアノのためのソナタ ハ長調 K.545
モーツァルト:ロンド イ短調 K.511
モーツァルト:幻想曲 ニ短調  K.397



 今回が3度目の日本公演。札幌では2019年11月2日にKitara小ホールでリサイタルを開催している。このときはバッハとスカルラッティというテーマで抜群のセンスの良さを発揮した名演を聴かせてくれた。今回は10月31日に来札し、ゴルドベルク変奏曲を演奏する予定。

 今日のテーマは「パルナッソス山への階梯」と題してのプログラム。同タイトルのCDが新発売され、それに収録された作品のほとんどが今晩のプログラムに含まれている。

 YouTube上で同名のタイトルで、プロモーション用の映像がアップされている。ジャーマン系の2段鍵盤チェンバロで、その機能を駆使して演奏する様子が手に取るようにわかり、しかもかなりクリアなサウンドで録音されていて、存分に楽しめる。演奏はもちろんファンタスティックで素晴らしい。


 この演奏をライヴで聴くと、一体どのような印象を受けるのだろうか、というのが今日の注目点。

 ライヴで聴くと、会場の響きが良くとも当然2段鍵盤のチェンバロの上下鍵盤のコントラストは、録音ほどクリアには聴こえてこない。しかし、今日の演奏ではそういう制約は全く感じさせず、むしろ録音では味わうことの出来ない、自然にホール内に広がるチェンバロの美しい響きを存分に堪能させてくれた。

 チェンバロの魅力は、強弱の対比ではなく、繊細で陰影のある表現と全体の調和の美しさのだ、ということを演奏で示してくれた。それがクープランでもバッハでもなく、ハイドンとモーツァルトだったというのもいかにもロンドーらしい。


 演奏する作品は、かなり慎重に選択されているようだ。ハイドンは歌謡性が高く、即興的要素が多い作品が選ばれている。高音部のメロディーを実に美しく歌い、左手の伴奏を強弱が対比する単なる伴奏ではなく、旋律と溶け込ませて、一体となった響きを生み出している。

 即興的なアゴーギクを付けながら、まるで今生まれたようにパッセージを即興演奏のように演奏していく。しかも細部まで全てよく歌い込まれ、無機的な音、響きは一切無い。チェンバロの美しさを極限まで引き出す見事な演奏だ。これは今までにない新しいハイドンの音響像だろう。

 特に第2楽章(これは以前から好んで演奏しているようだ)の繊細な表情と装飾音の美しさ、響きの調和の素晴らしさは、今日の白眉だった。


 そのロンドーの基本的な姿勢が発揮されたのは、録音にも収録されていないモーツァルトの名作、ロンドイ短調。これは歴史的には明らかにフォルテピアノのために書かれた作品だ。これを強弱のニュアンスではなく、多彩な表情で見事にまとめ上げていたのが素晴らしい。

 柔らかい装飾音の扱い方、程よく調和した旋律と伴奏、ニュアンス豊かな旋律の歌い方、内声部で表現される16分音符の半音階進行や分散和音進行などの考え抜かれた表情など、今までどの演奏家からも聴かれなかったもの。何よりも、この作品でも全体の響きの調和が美しい。

 同じモーツァルトの幻想曲も、有名なハ長調のソナタも基本的には同じ姿勢での演奏だ。それにしてもソプラノ声部の歌い方と音色の美しさは例えようがない。

 

 ロンドーの要求に見事に応えた今日の使用楽器、ジャーマンタイプのミートケモデルのチェンバロがいい状態だったのも特筆すべき点だ。調律、整音、バランスの良さは素晴らしく、調律も最後まで美しい音律を保っており、これは見事。

 

 アンコールが3曲あって、2曲目にCDと映像にあるドビュッシーの「子供の領分」から冒頭の作品。これは運動性があり、音の粒が揃う美しさが要求されるので、チェンバロには向いているのだろう。これは鮮やかな演奏だった。

 

 場内はほぼ満席、集中して聴かざるを得ない演奏とは言え、場内は落ち着いていて、いい雰囲気。休憩なしでアンコール含め終演が20時30分。

 

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