札響名曲コンサート
~トランスクリプションの魔法
2026年10月 4日14:00 札幌コンサートホールKitara大ホール
指揮 /下野 竜也<首席客演指揮者>
ヴィオラ /廣狩 亮<首席奏者>
管弦楽/札幌交響楽団
J.S.バッハ:幻想曲とフーガ(エルガー編、管弦楽版)
ブラームス:ヴィオラ・ソナタ第1番(ベリオ編、協奏曲版)
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」(ヘンリー・ウッド編、管弦楽版)
原曲はオルガンソロだが、バッハのオリジナルを忠実に反映させた編曲ではなく、エルガーの巧妙な管弦楽法で彩られた音の世界を楽しむ作品だ。
冒頭オーボエソロから始まるが、しばらく聴いていないと、原曲がバッハだとはわからないほどで、明晰さよりはロマンティックな色彩でコーティングした編曲だ。1922年初演当時のバッハの演奏解釈を如実に再現した作品とも言える。下野はそんなエルガーの意図を見事に反映させ、オーケストラの響きは良質で、全体的によくまとめあげられた演奏だった。
ブラームスはオリジナルはピアノとのデュオ版。廣狩はソリスティックな派手さはないが、落ち着いた、語りかけるようなソロを聴かせてくれ好演。ただベリオの編曲が意外と地味で、ピアノパートの持つ冷徹な響きが比較的曖昧に表現されていて、多少居心地の良くないところもあったが、下野が全体をよく統括していた。
ムソルグスキーは有名なラヴェル編曲版(1922年)より前の 1915年の編曲。下野のプレトークにもあったように、ラヴェルほどの華麗さはないが、このウッド編曲版の方が、ムソルグスキーの原曲のイメージをよく反映しているように思う。
ラテン的な明るさを持つ華麗なラヴェル版に対して、ウッド版は憂鬱でほの暗い雰囲気を感じさせ、原曲のモノクロ的な世界観をしっかりと反映しているようだ。
管楽器群が大活躍するのはラヴェル版と同じだが、ヴァイオリンソロ(チュイルリーの庭)があったり、最後の「キーウの大門」でオーケストラのトゥッティの後、突然オルガンソロがコラールのように主題を奏するなど、中々面白い発想が満載で、聴衆を楽しませるコツもよく心得ているようだ。ウッドはイギリスの有名なプロムスの創始者で、この編曲版の初演もプロムスで行われており、なるほど、と思わせる。
オーケストラは今日は管楽器群が好調で、全体的にまとまりあるスケールの大きな響きがしていて、ウッド版展覧会が鮮やかに描かれており、存分に楽しむことができた。
アンコールに弦楽器だけで、「J.S.バッハ(ストコフスキー編)/わがイエスよ、いかばかりの魂の苦しみ BWV487」。これはとても弦の音色が柔らかく綺麗で、このオーケストラならではの魅力ある演奏だった。
コンサートマスターは田島高宏。
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