リヒャルト・ワーグナー
トリスタンとイゾルデ
2024年3月26日14:00 新国立劇場オペラパレス
指 揮/大野和士
演 出/デイヴィッド・マクヴィカー
美術・衣裳/ロバート・ジョーンズ
照明/ポール・コンスタブル
振付/アンドリュー・ジョージ
舞台監督/須藤清香
トリスタン/ゾルターン・ニャリ
マルケ王/ヴィルヘルム・シュヴィングハマー
イゾルデ/リエネ・キンチャ
クルヴェナール/エギルス・シリンス
メロート/秋谷直之
ブランゲーネ/藤村実穂子
牧童/青地英幸
舵取り/駒田敏章
若い船乗りの声/村上公太
合唱/新国立劇場合唱団
管弦楽/東京都交響楽団
2010/11シーズンに大野和士の指揮と、デイヴィッド・マクヴィカーの演出で上演したプロジェクトの再演。
大野和士が渾身の指揮で、実に素晴らしかった。この濃密な世界を繊細かつ大胆に、ドラマティックに描いた圧巻の名演だった。
場面ごとの表情が歌手の表現不足を補うが如く伸縮自在で的確。語り風の単調なシーンでも色彩豊かな音色で変化をつけ、一方で盛り上がるところでは歌手の声を掻き消す限界の音量まで大きく表現するなど、このバランス感覚は素晴らしい。
東京都交響楽団は全く破綻がなく、ワーグナーではよくある管楽器の不慮の事故もほとんどない。音色が美しく、ピッチもハーモニーも総じてきれい。最後まで緊張感が途切れず、表情豊かなスケールの大きな表現で、特に弦楽器群の表現力は抜群の安定度で、聴衆を存分に楽しませてくれた。
今までこの劇場で聴いたワーグナーの中でも、またワーグナーに限らず、その音楽的仕上がりの素晴らしさでは過去最上のものと言えるだろう。
歌手陣の中ではマルケ王のヴィルヘルム・シュヴィングハマーが日本人にはない深い響きのバス。貫禄充分な歌唱でこれは実に見事。聞き応えがあった。
女性陣ではブランゲーネの藤村実穂子が好演。外国人と一歩も引けを取らず、気まぐれな主人に仕える戸惑いの多い召使役の感覚がよく出ていて、力演。
トリスタン役のゾルターン・ニャリは最後までイゾルデと添い遂げることができないだろうな、と心配になり、励ましたくなるほどひ弱で情けない男を演じており、これはこれで好演。イゾルデは、役柄としてはもう少し強いキャラクターが欲しく、前半では退屈なところもあり、多少物足りなさがあったにせよ、これも大野の情感豊かな大きな表現に助けられた格好だ。今回はこの2人が当初の予定から交代。この役で代役を探すのは大変だっただろうが、不足分は大野が指揮で全てサポートしてくれたようだ。
船乗りの男たちが突然上半身裸での海賊の一族風の姿で登場。動きがぎこちなくどことなく滑稽で、善意に解釈すれば劇の進行を冷ややかに面白がって見ているような存在。全体的な舞台の雰囲気と違和感があり、これはあまりいいセンスだと思わなかった。
舞台は正面に昼を暗示する太陽と夜を暗示する月を大きく照らし出し、場面ごとに照明で色合いを変化させる。これが大きな演出効果を出していてその都度の心理的背景も表していて、なかなか楽しめた。
セットはシンプルで、例えば、第一幕は、目的地までは到達出来そうもない沈没寸前の難破船の雰囲気。トリスタンとイゾルデの暗い過去と前途多難な将来を物語っているようで、写実的要素も含めながら心理的な意味をより強調した設定だ。
他の幕でも同様で、いずれにせよこの作品での心理的な背景の表現方法は幾通りもあるし、それをいちいち探求するときりがないが、船乗りの男たちを除けば、総じて色彩感のある、なかなか才気ある落ち着いた雰囲気を醸し出していて、鑑賞の妨げにはならなかったのが良かった。
今回の立役者はなんと言っても大野和士と東京都交響楽団。この名演のおかげで正味4時間の上演時間が意外に短く感じることができた。
45分の休憩2回を含み、終演は19:30。
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