2024/07/30

 PMF GALAコンサート

2024年7月28日15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


【第1部】

デュボワ:トッカータ ト短調

  オルガン/ウィリアム・フィールディング

  (第24代札幌コンサートホール専属オルガニスト)

R. クレリス:序奏とスケルツォ
A. グラズノフ:サクソフォン四重奏曲 作品109 から第2楽章抜粋、第3楽章

  ルミエサクソフォンカルテット

   住谷美帆(ソプラノ・サクソフォン)

   戸村愛美(アルト・サクソフォン)
   中嶋紗也(テナー・サクソフォン)

   竹田歌穂(バリトン・サクソフォン)

ハイドン:弦楽四重奏曲 変ロ長調 作品76 -4 「日の出」から
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第9番 ハ長調 作品59 -3 

       「ラズモフスキー」から
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 第6番 ニ短調 作品80 から
クリスティーナ・マクファーソン(コンツェ編):ワルチング・マチルダ

  リーザス・カルテット


【第2部】
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第22番 変ホ長調 K. 482*
マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調


  指揮/マンフレート・ホーネック
  ピアノ/ティル・フェルナー*
  オーケストラ/PMFアメリカ、PMFオーケストラ



マンフレート・ホーネック
©Felix Broede
 2024年PMF最終日の恒例のガラコンサート。まず、後半のPMF オーケストラコンサートから。

 マーラーの「交響曲第5番」はPMFオーケストラならではの若いエネルギーがいっぱい詰まった力演。音色は明るく、作曲した時期のマーラーの気力充実度がこれでもかと伝わってくる迫力に満ちた演奏だ。

 全体を見事にまとめ上げたホーネックが素晴らしかった。初めて聴く指揮者で、おそらく日本のオーケストラを振ったことがないのでは。

 ウィーン・フィルでヴィオラ奏者として活躍したのち、指揮者としてアッバードのアシスタントを務め、その後ヨーロッパとアメリカで活躍をしている。その指揮ぶりからは、豊富なキャリアを積んだとても感性豊かな指揮者のように思える。


 概してこの作品では管楽器がうるさくなりがちだが、それ以上に弦楽器をよく響かせ、バランス良くオーケストラ全体の響きをまとめていた。

 表情が多彩で、速い楽章での歯切れ良いリズム感、第4楽章のアダージェットでのゆったりとした息の深い歌い方など、実に手慣れており申し分ない。

 何よりもアカデミー生の演奏意欲を見事に導き出し、生き生き・伸び伸びと楽しそうに演奏しているのが印象的。彼らのエネルギーが伝わってくる活力ある健康的なマーラーだった。


 各楽章とも表情が明確でわかりやすく、対比が鮮やか。例えば、第一楽章の冒頭ソロトランペット。PMFアメリカのクラウスが担当したが、明るく、伸びやかで、葬送行進曲への予告とは思えない演奏。これを聴くと、過去錚々たる巨匠達が指揮する録音で、神経質なまでに弱音で柔らかく歌われたこの箇所が不自然に思えるほどの思い切りの良さだ。

 終楽章でのソロホルンもPMFアメリカのベインが担当、屈託のない伸びやかな音色で実に気持ち良さそうに吹いているのが印象的。PMFヨーロッパだったら冒頭のトランペットとここのホルンをこのような音色で響かせることはないだろう、とも思ったが、ともかくこの思い切りの良さは気持ちがいい。

 第4楽章のアダージェットは情緒過多になる寸前までよく歌い込み、弦楽器の音色がすっと抜けるように力みがなく自然な音色になるようコントロールしていて、これは常設のオーケストラからもなかなか聴くことのできない名演だった。


 今年のアカデミー生はかなり優秀のようで、ホーネックの意図を見事に反映させたその演奏レベルは高く、全体的に今日のように技術的にも音楽的にも揃った演奏は滅多に聴けないだろう。

 ただ、その分、執拗に何度も繰り返されるフレーズや、盛り上がってまた元に戻るような起承転結がよく分からないマーラーの書法が丸裸にされていて、ちょっと食傷気味になる箇所もあったが、これはどのような名指揮者でも如何ともし難いようだ。


 驚くことに、この熱演の後にアンコールがあって、薔薇の騎士組曲から1曲。これだけ派手な演奏を繰り広げた後に、さらにR・シュトラウスを演奏するエネルギーがあるとはさすが若いオーケストラならではだ。

 マーラーでのコンサートマスターはPMFアメリカ演奏会でブラームスの五重奏を演奏したヌリット・バー・ジョゼフ。


ティル・フェルナー
©Fran Kaufmann
 モーツァルトのソロを弾いたティル・フェルナーは、この人ならではの端正で美しく磨き抜かれた音色による誠実な演奏。雑音が一切なく洗練された、これぞウィーンの雰囲気を持つピアニスト。音楽は前向きで停滞することがなく、この作品の持つ逞しさと、繊細さを見事に表現した名演だった。

 オーケストラを生き生きと表現したホーネックがこれまた実に素晴らしかった。細部まで豊かな表情があって、ピアノとの協奏も見事。協奏曲の醍醐味を味わうことができた演奏だった。

 ソリストアンコールにシューベルトの変イ長調の即興曲。さりげないロマン性を匂わせ、これは素敵だった。


   前半の第一部では、冒頭にKitara専属オルガニスト、フィールディングがデュボワのトッカータ ト短調を演奏。ガラコンサートの冒頭にふさわしい華やかを持った作品で、安定した技巧とバランス良いレジストレーションで好演。


ルミエサクソフォンカルテット
 女性4人で編成されたルミエサクソフォンカルテットは、R. クレリスとA. グラズノフの作品を演奏。安定したテクニックで歯切れ良い見事な演奏を披露。とても素敵なカルテットで、よく歌われた感性豊かな表情で、サクソフォン・アンサンブルの醍醐味と魅力を余すところなく伝えてくれた。


 
リーザス・カルテットは26日のホームカミング・コンサートでデビュー済み。大ホールで聴くと、とてもバランス良くいい音色で聴こえてくる。ハイドン、ベートヴェン、メンデルスゾーンという王道プログラムでその実力をより発揮し、世界的にも優れた実力派カルテットであることを証明した演奏だった。

2024/07/29

 PMFホームカミング・コンサート 


2024年7月26日15:00 札幌コンサートホールKitara小ホール


リーザス・カルテット
 ヘニ・リー(ヴァイオリン/PMF2018)
 ジウン・ユー(ヴァイオリン/PMF2019)
 メアリー・ウンギョン・チャン(ヴィオラ/PMF2018)
 ユギョン・マ (チェロ)


ハイドン:弦楽四重奏曲 変ロ長調 作品76 第4番「日の出」
シェリー・ワシントン:ミドルグランド
シューベルト:弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調 D. 810「死と乙女」



 韓国出身の女性4名で構成するカルテット。チェロを除く3名がPMF卒業生。スケールの大きい大柄な演奏をするカルテットで、大ホールでも申し分ない音量を奏でる。

 一方で、チェロが右端で演奏する数少ない例で、そのためバスラインが曖昧にならずにどのような箇所でも聴こえてくるので、安定感がある。


 冒頭のハイドンは、冒頭ゆえ、多少のばらつきはあったにせよ、ハイドンの明るい側面が良く表現された、生き生きとした溌剌な演奏。細部までよく仕上げられ、かつ全体の響きのまとめ方が良く練れていて、常設のカルテットならではの優れた演奏だった。


 シェリー・ワシントンの「ミドルグランド」はアクティヴで強いエネルギーを感じさせる作品で、このカルテット向きの佳作とも言える。

 無窮動の如く持続する音型をカルテットは表現に対する飽くなき挑戦のごとく逞しく演奏していた。この作品に内蔵された生命力を見事に表現し、作品の価値を高めた好演だった。


 シューベルトは冒頭から力感あふれるダイナミックな表現で、驚かされた。隙のない常に前向きのアクティヴな演奏は、かつてのアルバンベルク・カルテットを彷彿とさせる。

 強弱の対比が実に鮮やかで、どのフレーズにも強い表現意欲とエネルギーが感じられる。力強い演奏でコントラストを明確にした第1楽章と終楽章の両端楽章に挟まれた第2楽章の変奏曲は、それぞれの変奏の性格の違いが明確で、作品を深く掘り下げたよく考えられた演奏だ。全体としては、この世代でなければ表現出来ない情熱的でスケール感のある鮮烈な演奏だった。


 実に魅力的なカルテットだが、時には饒舌過ぎて力が入り過ぎ、耳が痛くなるほどの音量になる。ここの小ホールでは、こんなに大きな音とコントラストは必要ないのでは。ホールの大きさに合わせた最適の音量とバランス、かつ柔軟な音楽性で聴かせてくれると、より良い演奏になっただろう。

 PMFアメリカ演奏会

2024年7月25日19:00  札幌コンサートホールKitara小ホール


PMFアメリカ(北米のメジャー・オーケストラで活躍する首席奏者)
 ヌリット・バー・ジョセフ(ヴァイオリン、

              ワシントン・ナショナル交響楽団)
 スティーヴン・ローズ(ヴァイオリン、クリーブランド管弦楽団)
 ダニエル・フォスター(ヴィオラ、ワシントン・ナショナル交響楽団)
 ラファエル・フィゲロア(チェロ、メトロポリタン歌劇場管弦楽団)
 アレクサンダー・ハンナ(コントラバス、シカゴ交響楽団)
 デニス・ブリアコフ(フルート、ロサンゼルス・フィルハーモニック)
 ネイサン・ヒューズ(オーボエ、ミネソタ管弦楽団)
 アントン・リスト(クラリネット、メトロポリタン歌劇場管弦楽団)
 ダニエル・マツカワ(ファゴット、フィラデルフィア管弦楽団)
 アンドリュー・ベイン(ホルン、ロサンゼルス・フィルハーモニック)
 デイヴィッド・クラウス(トランペット、メトロポリタン歌劇場管弦楽団)
 デミアン・オースティン(トロンボーン、メトロポリタン歌劇場管弦楽団)
 ジョゼフ・ペレイラ(パーカッション、

           ロサンゼルス・フィルハーモニック)
 
PMFピアニスト 南部麻里(ピアノ)


プーランク:オーボエ、ファゴットとピアノのための三重奏曲 FP 43
       ネイサン・ヒューズ(オーボエ)、

       ダニエル・マツカワ(ファゴット)
       南部麻里(ピアノ)
 
エワイゼン:パストラーレ
       デイヴィッド・クラウス(トランペット)、

       デミアン・オースティン(トロンボーン)
       南部麻里(ピアノ)
 
シュルホフ:フルート、ヴィオラとコントラバスのための小協奏曲
       デニス・ブリアコフ(フルート)、

       ダニエル・フォスター(ヴィオラ)
       アレクサンダー・ハンナ(コントラバス)
 
シューマン:アダージョとアレグロ 作品70
       アンドリュー・ベイン(ホルン)、南部麻里(ピアノ)
 
J. ペレイラ:エキ・ドローミ
       デニス・ブリアコフ(フルート)、

       ジョゼフ・ペレイラ(パーカッション) 
 
ブラームス:クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115
       アントン・リスト(クラリネット)

       ヌリット・バー・ジョセフ(ヴァイオリン)
       スティーヴン・ローズ(ヴァイオリン)
       ダニエル・フォスター(ヴィオラ)
       ラファエル・フィゲロア(チェロ)


 PMFアメリカ教授陣のお披露目演奏会。前半に登場したPMFヨーロッパ教授陣とは違って、ダイレクトに自己主張をするスケール感のある雰囲気を持つ奏者が多く、好対照で面白かった。

 プログラム全体では、後半のブラームスが良かった。今日のプログラムの中では群を抜いて作品の質が優れていることと、演奏の燃焼度、完成度が高く、とても聞き応えがあった。

 クラリネットのアントン・リストはPMF卒業生。透き通った美しい音色と正確で音楽的なピッチが印象的で、冷静に弦楽四重奏の響きの上に乗りながら、この作品特有の寂寥感ある雰囲気を表現し、存在感を示していた。

 弦楽四重奏グループは、臨時編成ゆえの荒さを感じさせたものの、華やかでスケール感ある厚みのある響きがする演奏。

 ハーモニーやピッチを整えるためにノン・ヴィブラートでちょっと調整するなどは想定外で、全てヴィブラートたっぷりの見事なモダン奏法。中では特に第一ヴァイオリンのヌリット・バー・ジョセフが張りのある力強い音色と濃いロマンティシズムで、アンサンブルリーダーの役割を見事に果たしていた。

 久しぶりに聴けた、タフで表現力豊かな充実したブラームスだった。


 前半では、プラハ出身の作曲家、ショルホフの作品が印象に残った。楽器の特徴を見事に生かし、テクニカルな要素と民族音楽を融合させ、格調高い芸術音楽として仕上げており、特にフルートのブリアコフが好演。


 ペレイラの「エキ・ドローミ」は、パーカッションを演奏したペレイラの自作自演。共演者にフルートのブリアコフが再登場し、フルートで表現可能なあらゆる演奏技法でトルコとアラブの民俗音楽を即興風に演奏。アラブの太鼓であるドゥンベックで多彩な表現を聴かせたペレイラとのアンサンブルが不思議な魅力を奏で、これはとても面白かった。演奏技術の高さゆえの魅力的な作品だった。


 その他では、プーランクでの緩徐楽章以降で優れた音楽性とテクニックを示したオーボエのヒューズとPMFの常連、ファゴットのマツカワが良質の演奏。


 エワイゼンのパストラーレは、トランペットとトロンボーンが、PMFヨーロッパが聴かせた弱音に焦点を絞ったソフトで物静かな演奏ではなく、昔風の華やかさがあるいつも聴き馴染んでいる管楽器の響き。小ホールで聞くには響きがやや大き過ぎたが、大らかさが感じられた演奏だった。こういう雰囲気を持つ作品なのだろう。


 シューマンでのホルンのアンドリュー・ベインはホストシティ演奏会で好演をお披露目済み。美しい音色でシューマンを奏でていたが、今日は音楽がすっきりとハマりきらないところがあって、やや不調だったようだ。

2024/07/23

 PMFホストシティ・オーケストラ演奏会


2024年7月21日 14:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/ウィルソン・ウン
ホルン/アンドリュー・ベイン(PMFアメリカ)
管弦楽/札幌交響楽団(PMFホストシティ・オーケストラ)、

    PMFオーケストラ・メンバー


細川 俊夫:ホルン協奏曲「開花の時」
チャイコフスキー:交響曲 第6番「悲愴」



 細川俊夫の作品が興味深い演奏だった。
当日配布のプログラム解説によると、ベルリン・フィルのために書かれた作品で、蓮の花がゆっくりと咲いていく様子を表現している。
    ステージ上のオーケストラに加え、トランペットとトロンボーン各1人が客席の2階下手と上手に配置され、会場全体が一つの蓮の池のような音響効果になるよう書かれている。同楽団の本拠地はKitara同様ワインヤード形式のホールで、この作品を選択した理由の1つはそのような関連からだろう。

 

    今日のホルン奏者、アンドリュー・ベインは

線が太めの明るい音色で、強弱の繊細な表現の幅がよくコントロールされており、安定した表情で好演。

 オーケストラでは、客席からはよく見えなかったが、おそらく打楽器には「りん」のような仏具が楽器として使用されていたように思える。それらが奏でる繊細で透明な響きが全体を占めていて、指揮者のウンはいわば東洋的、日本的な繊細さで全体をよくまとめ上げていたようだ。

 ただ、ホール全体が蓮の池のような一つの響きに聞こえてくるためには、ステージ上と客席に配置された楽器群の音量バランスが違いすぎるようで、思ったほどの効果的な響きは感じなかった。これは細川の書法と、ホールの違いによるものだろうが、ただしやはり実演で聴くと、当然だが、録音で聴くよりもはるかに魅力的な作品だ。是非、札響で再演を期待したい。


 チャイコフスキーは、PMFの学生14名と、PMF期間後半から参加するPMFアメリカの教授陣7名が加わっての演奏で、管楽器のソロのほとんどは教授陣が担当。これらはもちろん素晴らしいが、不思議なものでいつもの札響とは音色、全体的な響きが変わり、違うオーケストラを聴いているようだった。

 ウンの指揮は、深く歌い込んだり、自分のペースでオーケストラを強引にドライヴすることもなく、比較的表現が淡白。濃いロマンティシズムなどはあまり感じられず、それよりもオーケストラ自体の自主的表現能力を引き出し、それに委ねるところがあるようだ。

 作為的なところがなく、全体的にやや物足りなさがあったにせよ、作品そのものの姿を明確にダイレクトに伝えてくれるので、とてもわかりやすい演奏だったと言える。

 ただこの指揮者ならではの個性は感じられず、札響から圧倒的パワーを導き出した他に、どのようにこの作品を演奏したいのか今ひとつ伝わってこなかったのが惜しい。ゲストプレイヤーが加わっての交流演奏会で、それなりに演奏者側は楽しそうだが、音楽的密度がやや薄く聴く側としては物足りなさを感じた。


 アンコールに弦楽器だけで、パーセル=ストコフスキー編曲のダイドーのラメント「わたしが地中に横たえられた時」。これも流れに身を任せているようで自然できれいだったが、そもそもが個性的な編曲なのだから、もっと表情豊かに演奏してくれた方が楽しかった。

 コンサートマスターは田島高宏。

2024/07/16

 PMFオーケストラ演奏会


2024年7月14日14:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/エリアス・グランディ
ヴァイオリン/クララ=ジュミ・カン*
PMFヨーロッパ(PMFウィーン/PMFベルリン)
PMFオーケストラ


R. シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」 作品20
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ニ長調 作品19*
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

 冒頭の「ドン・ファン」は10日のオープニング・ナイトでお披露目済み。

コンサートマスターは前回はライナー・キュッヒルだったが、今日はアカデミー生。スケールの大きな枠組みの中で繰り広げられる繊細かつ情熱ある伸びやかな演奏は、前回同様でこれは期待通りの仕上がり。

 

 プロコフィエフのソリスト、クララ=ジュミ・カンは札幌は2回目のようだ。初回は2018年10月の札幌交響楽団第613回定期演奏会で、小泉和裕の指揮でブルッフのヴァイオリン協奏曲 第1番 を演奏している。この定期は残念ながら聴いていない。

 今日の演奏は、やや硬質の音色ながらも、プロコフィエフの野生的な逞しさを感じさせるベテランらしい演奏。どちらかというと、落ち着いた雰囲気の持ち主のようで、アカデミー生と共演するのであれば、オーケストラをぐいぐい牽引し、丁々発止と競演するようなソリストの方が刺激があっていいのではないだろうか。


 ドビュッシーは素敵なフルートソロと、けだるい暑い夏の日の一日を想起させるオーケストラのよくまとまった表情が印象的な良質の仕上がり。ただ、全体的にやや大味で、各パートがもっとお互い聴き合うような緊張感と繊細さがあるともっと充実した演奏になったのだろう。だが、これは常設のオーケストラでもなかなか難しい課題で、いい演奏に触れる機会はそう多くない。従ってアカデミー生大健闘の演奏だったとも言えるだろう。


 ストラヴィンスキーは、ウィーン・フィルとベルリン・フィルの来札メンバーが全員加わっての編成。コンサートマスターはライナー・キュッヒル。

 ホルンを除いて、主要なソロは首席に陣取った教授陣が演奏。トッププレイヤーが勢揃いし、札幌以外では聴けない贅沢なオールスターによる編成だ。

 従ってソロが上手なのは当然で、結果的にオーケストラ自体もとてもよく弾けていて細部の表情、全体的なスケール感など申し分ない仕上がり。

 毎年のことだが、PMF前半を担当したウィーンとベルリンの教授陣はこれで帰国予定なのか、そのサヨナラ公演の意味もあるのだろう。

 一方で、この作品で聴かせてくれたアカデミー生のホルンのソロが、柔らかい音色で、とても音楽的で素敵な演奏。それゆえ、教授陣の見事なソロも聞き応えがあるが、せっかくの機会なので、全てとは言わないが、アカデミー生にソロを演奏させる機会をもっと提供してもいいのでは。それを楽しみにしている聴衆も多いのではないだろうか。

「火の鳥」のソロを吹ける機会はそうそうあるものでも無いし、かつソロを中心にしてオーケストラの表情、バランス、全体の響きをどう組み立てていくかなど、取り組むべきオーケストラスタディの課題があるような気がする。

 このような背景があるにせよ、グランディの指揮はやはり優れた統率力があり、過去PMF期間前半に登場した歴代客演指揮者の中でも、トップクラスの才能の持ち主だ。今後、札響でどのような活躍を見せてくれるか、楽しみにしよう。

2024/07/13

 PMFウィーン演奏会


2024年7月12日19:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


PMFウィーン(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー)
ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン I)*
ダニエル・フロシャウアー(ヴァイオリン II)
ハインツ・コル(ヴィオラ)**
ペーテル・ソモダリ(チェロ)
ミヒャエル・ブラーデラー(コントラバス)
 

PMFオーケストラ・メンバー(ブルッフのみ)
   エリカ・ハバード (ヴァイオリン Ⅲ)
   金山依理 (ヴァイオリン Ⅳ)
   グレイシー・マックフォールズ (ヴィオラ Ⅱ) 


* 前ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター
** 前ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団奏者



ショスタコーヴィチ:弦楽四重奏曲 第15番 変ホ短調 作品144
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 作品13
ブルッフ:弦楽八重奏曲 変ロ長調(遺作)

 

 とても聞き応えのある演奏だった。室内楽としての音楽的な完成度の高さはやはり比類無きもので、音色の統一、音程の取り方、ハーモニーの作り方、アンサンブルの確実さなど、世界トップクラスのオーケストラで演奏してきた、あるいは演奏している奏者達の奥行きの深さを感じさせた。

 その点で、ショスタコーヴィッチは、彼らの長年の豊富な演奏活動が見事に反映された秀演。個々のメンバーの技術的な高さはもちろんだが、それ以上に室内楽に対する鋭敏な感性で見事にまとめ上げらた、しかもこのアンサンブルでなければ聴くことのできない独特の美しさを持つ演奏は実に魅力的だった。

 この作曲家が持つ重苦しい時代背景や国籍を強く感じさせない、むしろ音楽的な美しさを追求した美的感覚に優れた演奏だったと言えよう。

 晩年のショスタコーヴィッチがこの作品で表現したかった想いは、様々な形に姿を変え、聴衆の一人一人に訴えかけてきたのではないだろうか。


 メンデルスゾーンとブルッフはこのアンサンブルの本領発揮というところか。メンデルスゾーンは若き作曲家の颯爽とした瑞々しい感性が見事に表現されており、キュッヒルが大活躍。まだまだ若い感性を失っていないようだ。


 珍しいブルッフの八重奏はアカデミー生が加わっての演奏。これはブルッフ晩年の作曲にも関わらず、豊かで明るい感覚に満ちた作品だ。快活で、生命力溢れる歌心に満ちた演奏で、特にこの演奏だけに加わったコントラバスのミヒャエル・ブラーデラーが大活躍。低弦はかなり密集された書法のようで、チェロのペーテル・ソモダリと共にアンサンブルを支えるだけではなく、ソリスティックにも見事な演奏を聴かせてくれた。

 アンサンブルリーダーとしてのキュッヒルがさすがの貫禄で、全体をよく統括。来たるPMFオーケストラ演奏会で、コンサートマスターとして加わるようだが、そこでの活躍も期待しよう。