ジョアキーノ・ロッシーニ
ウィリアム・テル<新制作>
全4幕〈フランス語上演〉
2024年11月20日16:00 新国立劇場オペラパレス
指 揮/大野和士
演出・美術・衣裳/ヤニス・コッコス
ギヨーム・テル(ウィリアム・テル):ゲジム・ミシュケタ
アルノルド・メルクタール:ルネ・バルベラ
ヴァルテル・フュルスト:須藤慎吾
メルクタール:田中大揮
ジェミ:安井陽子
ジェスレル:妻屋秀和
ロドルフ:村上敏明
リュオディ:山本康寛
ルートルド:成田博之
マティルド:オルガ・ペレチャッコ
エドヴィージュ:齊藤純子
狩人:佐藤勝司
合唱指揮:冨平恭平
合 唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
16:00開演で30分の休憩2回を挟み終演は20時40分頃。ロッシーニで約4時間半の長丁場、一体どうなのだろうかと不安があったが、期待以上の素晴らしい公演だった。
舞台演出はヤニス・コッコス。写実的な舞台ではなく、モダンで抽象的ではあるが、場面ごとに照明が変わったり舞台セットが上から降りてきてスムーズに転換するなど、その都度の出演者の心理状況の変化を繊細に表現していてとてもわかりやすい。モダン風であっても場面ごとの描写が垢抜けていて色彩感が豊かで、観客を飽きさせることがなかった。
衣装は当時の時代背景を基調としたものだが、現代との共通性を感じさせ古臭さを全く感じさせない。生き生きと登場人物を表現していて、これもとてもわかりやすく、魅力的だった。
指揮の大野和士が素晴らしかった。古典的な均整感とロマンティックかつドラマティックな表現力がとても豊か。音楽が一切弛緩することなく流れがとてもよく、登場人物の心理状況を見事に表現していた。舞台同様、聴衆を飽きさせることなく、全体を引き締まった緊張感ある作品にまとめ上げており、見応えのある公演だった。
初日ということもあったのかもしれないが、冒頭の有名な序曲からスケール感ある力のこもった演奏。これから始まる長大なオペラを期待させるに充分な仕上がりで観客を沸かした。序曲だけはよく聴くが、これほど充実した演奏は初めてだ。
東京フィルハーモニー管弦楽団は、正味3時間を超えるにもかかわらず、安定した管楽器群を筆頭に大活躍。大野の棒に見事に答え申し分なかった。
歌手では、テル役のゲジム・ミシュケタとアルノルド役のルネ・バルベラが表現力豊かな声量で見事。特にバルベラが、許さざる恋と祖国の解放との揺れ動く葛藤を見事に表現して、秀逸。
日本勢ではテルの息子ジェミ役の安井陽子が、テルの心理状況を補完する役割を見事に果たしていて、登場場面は少なかったにせよ、実に印象的な存在。
そのほかの海外組では、注目のマティルド役のオルガ・ペレチャッコは感性豊かで柔らかい流麗な歌唱で魅力的ではあったが、全体的にヴィブラートが多すぎ輪郭が不明瞭で声量も不足、ちょっと期待はずれ。観客の拍手の少なさがそれを物語っていたのではないか。
一方総督ジェスレルの妻屋秀和は何故か声にいつもの豊かさと表情がなく、声が客席に充分届かず、絶不調。本当に妻屋だったのだろうか。どうしたのだろうかと心配になる程で、とても残念だった。
全体のもう一つの進行役、合唱はその都度の場面状況を的確に、かつ明確に表現し聴衆に伝えてくれ申し分ない仕上がり。
劇中のダンスはエンターテイメントとして舞台を盛り上げ、しかもアクロバット的ではなく、節度あるしなやかさがあって進行を盛り上げ、なかなか素敵だった。ここに限らず、全体的に人の動き、進行がスマートで、コックスの統率ぶりが見事だった。
それにしても、1829年の作品でありながら、現代に共通する様々な時代情勢とそれに対する人々の心理状況が見事に表現されていて、鑑賞するまでこれほど興味深く感性豊かな作品だとは思わなかった。それを見事に演出し、魅力的な音楽として現代に再創造した演出家と指揮者に喝采を贈りたい。