2025/03/22

 札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第20回


2025年3月19日19:00 札幌文化芸術劇場hitaru


指揮 /川瀬 賢太郎

チェロ /宮田 大

管弦楽/札幌交響楽団


芥川 也寸志 トリプティーク(弦楽のための三楽章)

菅野 祐悟 チェロ協奏曲「十六夜」

シューマン 交響曲第3番「ライン」



 今日は邦人作品が2曲。

 芥川也寸志は1951年の作品。旧ソ連の個性的な作曲家たちの影響を受けているのは明確だが、陽性で生き生きとした感性があり、旧ソ連の重苦しい暗い影のようなものは一切ない。

 冒頭での明快で颯爽としたリズム感あふれる楽想など、全体を快活に歯切れよく仕上げた川瀬の指揮ぶりが見事。弦楽器だけのアンサンブルで、第3楽章がやや不明瞭だったにせよ、少し厚めのなかなかいい響きだった。


 菅野のチェロ協奏曲も芥川同様とてもわかりやすく、すっきりとした作品。

こちらは様々な楽器が登場するが、これだけ多くの楽器が登場するにも関わらず、それぞれがその個性を発揮しつつオーケストラ全体でまとまった響きとなるのが素晴らしい。特にピアノの存在感が抜群で、思わずハッとさせるようなフレーズを突然聴かせてくれたりと、楽器の用法が実に上手な作曲家だ。

 音楽は、ここのシーンだと多くの人々はこういう音楽を聴きたいだろうな、という最大公約数の音楽を聴かせてくれる。それが嫌味にならずに適度バランスをとって表現していくところが、この作曲家の魅力なのだろう。抽象的で難解なところは一切なく、聴きやすく説得力のある音楽だ。

 という印象を与えてくれた宮田のチェロと川瀬の指揮が良かった。作品そのものは独奏チェロ特有の何か特別な響きとか、技巧的に難しいなどの表現はさほど多くはない。宮田はそれよりはむしろ情緒豊かな作品の全体像をバランスよく表現してくれた。他のチェリストにはない、宮田でなければ表現できない、何か特別の感性がこの作品にはあるようだ。

 川瀬は細部まで丁寧に仕上げており、かつそれぞれの楽器の個性的な響きを引き出し、チェロとの対話もとてもよかった。最終楽章は前の2楽章の完結編だとするとやや語り過ぎのような気がしたが、全体をしっかりまとめ上げた手腕は高く評価できる。

 

 シューマンは冒頭の第一楽章から、川瀬が伸び伸びとしたスケール感ある音楽を表現、オーケストラをよく鳴らした明快な演奏。続く2つの楽章は楽曲の性格もあり起承転結がスッキリしないところがあったにせよ、最後の2つの楽章はしっかりとまとめ上げた充実した演奏。

 ホルンはゲストプレイヤーで見事なソロを披露してくれ申し分ない。ただ、やはり常駐の団員ではないためか、ハーモニーやピッチ、音色が微妙にオーケストラに馴染んでおらず、やや違和感があったのは事実。彼が担当したソロはやはり常駐の団員に演奏して欲しい。

 今日のシューマンはやや練習不足を感じさせ、管楽器群のコントロールが行き届いていない雰囲気はあったものの、全体的に若々しいエネルギーを感じさせる演奏。やはり若く元気な指揮者は気持ちがいい。次回にまた期待しよう。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2025/03/11

 hitaruオペラプロジェクト

モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」

(全2幕・イタリア語上演)


2025年3月9日14:00  札幌文化芸術劇場 hitaru


指揮・フォルテピアノ / 園田 隆一郎
演出 / 粟國 淳
管弦楽 / 札幌交響楽団
合唱 / hitaruオペラプロジェクト「ドン・ジョヴァンニ」合唱団


ドン・ジョバンニ/栗原峻希

騎士長/大塚博章

ドンナ•アンナ/針生美智子

ドン・オッターヴィオ/荏原孝弥

ドンナ•エルヴィーラ/倉岡 陽都美

レポレッロ/岡元敦司

マゼット/粟野伶惟

ツェルリーナ/髙橋茉椰




 hitaruオペラプロジェクトは今回が2回目。
初回(2023年2月26、28日、「フィガロの結婚」と比較すると全てが飛躍的に向上しており、順調にプロジェクトの成果が上演内容に反映されているようだ。

  オーディションで選ばれた歌手は、声量などの個人差が多少あるにせよ、発音、発声などの音楽的訓練が徹底されて行き届いているようで、それぞれの完成度が高く、曖昧さがないのが素晴らしい。ほどよく適当に仕上げれば、といういい加減さが全くない


 舞台はステージ上に大きな階段状のセットを組み、登場人物はそれを上り下りしながら、幅広いアクティングエリアを形成し演技をしていくので、変化があって面白い。

 レチタティーフでは幕を下ろしてその前で歌い、その間に舞台転換をするなど工夫があって次は何が登場するのだろうかという期待感を持たせる。シーンによって背景や照明が様々に変化して行き、ドン・ジョバンニの地獄落ちのシーンなど、階段状のセットが割れてそこに落ちていくなど、空間の使い方が上手く、観衆を飽きさせない。

 舞台設定は原作に沿ったクラシックなもので、変に現代風にデフォルメする独りよがりの演出ではない。登場人物像が明確に描かれており、観衆にとって分かりやすく理解しやすい。

 なお、第1幕終了後に館長より演出にトラブルがあって、急遽変更して行った旨謝罪があったが、正直どこのシーンだったのかは全くわからなかった。


 音楽面では指揮の園田隆一郎が素晴らしかった。前回北海道二期会公演(2022111920 「皇帝ティトの慈悲」でもチェンバロの弾き振りの名技を披露してくれたが、今回も自分でフォルテピアノ(以下FP)を弾きながらの指揮で、相変わらずの達者ぶりを披露。全体的な音楽的進行をとても大切にした演奏で、札響もなかなかの好演。もっと場面ごとの表情の変化、コントラストが欲しいところもあったにせよ、これは国内第一級の演奏だった。

 最近はモーツァルトのオペラではほぼ全てFPを使用するようだが、チェンバロと違ってFPは響きがまろやかなので、もっと自由気ままでソリスティックなところがあってもいいと思った。今日は指揮を兼ねてのFP演奏だったので、ギリギリの表現だったかもしれない。


 歌手では、ドン・ジョバンニの栗原が出色の出来。レポレッロの岡元ともども歌も演技も抜群。ドンナ•アンナの針生は声量豊かで表現力があり、ベテランの味わいと落ち着きで存在感がありさすがの貫禄。その婚約者、ドン•オッターヴィオは第2幕に実力を発揮し、熱い拍手を浴びていた。

 騎士長の大塚は底力のある歌で、ドン・ジョバンニを地獄に落とすシーンでは迫力満点。

 ドンナ•エルヴィーラの倉岡は安定した演技と歌で前回のフィガロに引き続きの出演で好演。マゼットの粟野、ツェルリーナの髙橋は共に個性的で重要な役柄をしっかりと演じており、今日のオペラの隠れた主役。彼らと田舎娘達が音楽的にも演出的にも、とても新鮮に描かれていて、その登場シーンはとても爽やかで気持ちが良かった。

 1箇所、1幕の前半で、ドン・ジョバンニがツェルリーナを誘惑する有名な二重唱で何処にツェルリーナを連れ込むのか等々、この辺だけが演出が曖昧。音楽的にも抜群に素晴らしい箇所ゆえにちょっと残念だった。

 

 今日の席は当日券のみ販売のA席パーシャルビューという聞き慣れない2階席だったが、オケピットを上手上から見ることができ、ステージはほぼ全貌が把握できた面白い席。マニア向けのようで、熱心なファンが多かった。


 全体的に音楽、舞台共々丁寧に作り上げた上演で好感の持てる内容。配布プログラムによると今回の公演は約9か月の稽古を重ねたそうだが、このような息の長い自主制作がいつまで続くかが心配。次の公演まで、また2年待つのか、と思うと少々残念。質の高いオペラ公演を市民が鑑賞出来る機会をもう少し増やして欲しいところだ。

2025/03/07

 びわ湖ホール プロデュースオペラ 

コルンゴルト 作曲 歌劇『死の都』全3幕

(ドイツ語上演・日本語字幕付)


2025年3月1日14:00 びわ湖ホール大ホール



指揮:阪 哲朗(びわ湖ホール芸術監督)

演出:栗山昌良  

再演演出:岩田達宗


装置:松井るみ

照明:沢田祐二

衣裳:緒方規矩子

振付:小井戸秀宅

音響:小野隆浩(びわ湖ホール)

舞台監督:菅原多敢弘


合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル

児童合唱:大津児童合唱団

管弦楽:京都市交響楽団



パウル :清水徹太郎

マリー/マリエッタ :森谷真理

フランク :黒田祐貴

ブリギッタ :八木寿子

ユリエッテ :船越亜弥

ルシエンヌ :森季子

ガストン/ヴィクトリン :島影聖人

フリッツ :晴雅彦

アルベルト伯爵 :与儀巧




 びわ湖ホール、今年は「死の都」再演。2014年3月にびわ湖ホールと新国立劇場で競演となり話題となったが、残念ながらこの舞台は両方とも観る機会を逃してしまった。

 ということで「死の都」は今回が初めて。巨匠栗山昌良の演出•再演となると、オペラファンなら誰でも観たくなる舞台だろう。

 最近観た舞台では東京二期会の「蝶々夫人」(2022年9月11日新国立劇場オペラパレス、指揮/アンドレア・バッティストーニ)が出色の出来だった。

 ということで、大きな期待を持っての今日の舞台。色彩感覚は栗山ならではの美しさ。特に第2幕のファンタジックな雰囲気は、パウルの心理状態と音楽の内容、心理的効果と見事に一致していて、実に見応えがあった。

 パウルの幻想、仲間たちの談笑、ピエロの歌、など舞台の設定と音楽はここでは分かりやすくストレートに伝わってきて、今日の舞台の白眉。


 それ以外というと、意外だったのは人物がほとんど直立不動で、動きがないこと。これは何を意味していたのか、全く分からない。動きが無いため、それぞれのキャラクターは、衣装と歌唱だけで表現しなければならず、これは私のように初めて見る観客にとってはなかなか理解しにくく、ちょっと辛い。

 そのため1幕と3幕では、パウルの複雑な心の動きなどがよく伝わってこず、そもそもの舞台のセットが空間的な広がりや、物語の進行を確実にメッセージとして伝えてくれていたようには思えない。が、これは鑑賞する側があらかじめ理解しておく事で、厳しい予習をしっかりとして鑑賞せよ、という栗山昌良氏のメッセージなのかもしれない。


 肝心の音楽面では確かに若きコルンゴルドの傑作かもしれないが、心理状況に応じて音楽が休む事なく次々と変貌していくため、その多彩さを整理しきれないまま流れに任せてしまうと、逆に単調でメリハリのない音楽に聞こえてまい、出演者の微妙な心の動きがよく伝わってこないのではないだろうか。

 ドイツ語がよく聞こえてこなかったのは、歌手の責任でも指揮者の責任でもなく、そもそもが歌が音楽に埋没してしまう書法ではないのだろうか。R•シュトラウスや、ワーグナーのドイツ語歌詞であればもっと聴きやすいはずだ。

 という事で、溢れ出るコルンゴルドの音楽をちょっと持て余しているところもあった阪の指揮だが、作為的でもなく、自然な流れを大切にし、歌手との一体感にも優れ、いつも通りの誠実な音楽造りだった。

 歌手は皆好演で、揺れ動く曖昧な心の動きとひ弱さを感じさせたパウルの清水幾太郎と妖艶さを感じさせたマリエッタ、マリアの森谷真理が良かった。あとはフリッツの晴雅彦が歌った「ピエロの歌」が聴衆を沸かせる名唱。

2025/03/05


札幌交響楽団第667回定期演奏会

2025年2月23日13:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /マティアス・バーメルト

管弦楽/札幌交響楽団


モーツァルト:セレナード第10番「グラン・パルティータ」

ブラームス:交響曲第3番



 後半のブラームスは、ステージ上の山台を使用した、以前の札響で常時使用していた方式。

 オーケストラのメンバーが後列に行くほど山台を段階的にかなり高くしていく配置で、前々回のグランディの定期時とほぼ同じのようだが、グランディの対向配置とは違って弦楽器群の配列はいつも通り。

 この山台配置、最近の定期、名曲シリーズでも、お目にかかったのはグランディの定期だけ。従って、今日の配置に馴染みがなく、やや違和感があったのは否めない。

 聴き手はしばらく落ち着かず、オーケストラ側もこの配置にまだ馴染んでいないのか、アンサンブルもややラフで、正直なところ、しばらく演奏に集中できなかったのが残念。


 特に第1楽章ではアンサンブルが乱れがちなところも多く、いつものバーメルトらしくない響きが聴こえてきて、おやどうしたのだろう、と心配に。

 第3楽章からアンサンブルも整い、音楽も生き生きとし始めてきて、終楽章でやっと安定したようだ。トータルでは待望久しいバーメルト、さすがの名演というわけには行かず、どうにもまとまりがなかったのが惜しまれる。第一日目はどうだったのだろう。


 前半の「グラン・パルティータ」は札響管楽器セクションの腕の見せ所。第3楽章あたりからまとまりのある響きが聴こえてきて、ロマンティックになり過ぎず、全体的にあっさりとした表情で楽しませてくれた。

 伸びやかな演奏でとても良いのだが、遊び心など、もう少しゆとりがあれば、もっと楽しかったのでは、と思う。

 定期公演よりはむしろ名曲シリーズで聴きたかった作品だ。

 コンサートマスターは田島高宏。



 第27回リスト音楽院セミナー 講師による特別コンサート

クリストフ•バラーティ ヴァイオリンリサイタル


2025年2月21日19:00 札幌コンサートホールKitara小ホール


ヴァイオリン/クリストフ・バラーティ
ピアノ/ガーボル・ファルカシュ


ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第5番 ヘ長調「春」 

                             作品24
シューマン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第1番 イ短調 作品105
ブラームス:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第3番 二短調 作品108



 1997年のホールオープン時から開催しているリスト音楽セミナーは、今年で27回を迎えた。

 四半世紀が過ぎ、セミナー講師は世代交代し、今回、現リスト音楽院主任教授2人による演奏会を聴けるのは実に貴重な機会で、感慨深いものがある。


 ヴァイオリンのバラーティは、今回初登場。現代的な安定したテクニックによる力強い表現が特徴の優れた演奏者で、録音等で聴くバッハも完全にモダン奏法で実にたくましいバッハだ。

 今日の演奏を聴く限り、ベートーヴェンももちろん素晴らしかったが、ロマン派以降の作品により優れた特性を発揮するヴァイオリニストのようだ。


 冒頭のスプリングソナタは、今日の他の2曲と比較して聴いてみると、まだピアノが主導権を握っていた18世紀後期の伝統を色濃く残している作品であることがよくわかる。ここではむしろファルカシュのピアノが主役で、各楽章に登場する様々なモティーフの表現がしなやかでかつ性格描写が素晴らしい。

 バラーティのヴァイオリンは冒頭のためか、会場での響きなどを探っているようなところがあったにせよ、端正な様式観と安定したテクニックで作品の性格を落ち着いた表情で表現していた。


 シューマンになると2人とも一転して情熱的で熱い表現。特にバラーティが俄然実力を出し始め、音色、響きが場内に大きく広がり、作品に含有された様々なモティーフを微に入り細に入り、多彩に表現、実に聞き応えがあった。 

    意外と演奏される機会が少ないが、シューマンならでは深いロマンティックな世界を堪能することができたとともに、この時代の室内楽の傑作の一つであることを認識させてくれた演奏だった。


 ブラームスは両者のバランスはもちろん、アンサンブルも申し分なく、実にまとまりのある良質の演奏。ブラームスらしい濃密で厚みのある表現が、何よりも自国の言葉で話しているような自然な抑揚で表現されていたのが見事。

 ファルカシュは、先日見事なソロを聴かせてくれたが、伴奏でも安定感、音色、場面ごとの表情に多彩さがあり、ソリストとの一体感が素晴らしい。

 バラーティのヴァイオリンはともかく表現力豊か。2人のアンサンブルによる特にロマン派の2曲は、滅多に聴けない名演だった。


 アンコールにブラームスのヴァイオリン・ソナタ イ短調「F.A.Eソナタ」より 第3楽章 スケルツォ ハ短調 WoO2。これは2人ともスケールの大きいダイナミックな演奏で存分にその実力を披露してくれた。

2025/02/21

第27回リスト音楽院セミナー 講師による特別コンサート

リスト音楽院開学150周年記念ガラ•コンサート

2025年2月19日19:00 札幌コンサートホールKitara 小ホール


ハープ/アンドレア・ヴィーグ★
ピアノ/ガーボル・ファルカシュ●、バラージュ・レーティ◆


トゥルニエ:演奏会用練習曲「朝に」★
J.トーマス:吟遊詩人の故郷への別れ★※
デュラン:ワルツ 第1番 変ホ長調 作品83★
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻より◆
        第4番 夕べの大気に漂う音と香り
        第9番 とだえたセレナード
リスト:バッハの名による幻想曲とフーガ S.529◆
       アヴェ・マリア S.182●
       死の舞踏 S.525●
ドビュッシー:2つの舞曲「神聖な踊りと世俗の踊り」★◆
リスト:ラーコーツィ行進曲 S.692●◆



 リスト音楽院セミナーの教授陣によるコンサート。今年はペレーニが不在でちょっと残念だったが、その代わり前学長でハーピストのアンドレア・ヴィーグが名演を聴かせてくれた。
 全体的に150年の歴史を感じさせる聞き応えのあるいいコンサートだった。

 そのハーピストのヴィーグは、抜群の安定感。優れた技巧と表現力で、前半はハープの定番メニューを落ち着いた雰囲気で演奏。

 後半のドビュッシーはレーティとのアンサンブルも完璧で、さすがの実力。


 レーティはプロフェッサータイプの演奏。と言っても堅苦しいつまらない演奏、ということではなく、作品を掘り下げ、過不足なくその性格を把握して表現していく優れたバランス感覚を持っていて、まさしくお手本に相応しい演奏を披露してくれる。

 ドビュッシーの2つの前奏曲は堅実で的確。続くリストの「バッハの名による幻想曲とフーガ」が圧巻。幻想曲での次々と移りゆく楽想の表現の多彩さ、フーガでの確実な歩みは見事。全体的な構成力や充実した音の厚み、特に低音のテーマなどの表現は単に大きな音ではなく、響きやバランスがよく考え抜かれていて、音楽的にとても豊か。オルガン版とはまた違ったスケール感が感じられた演奏だった。


 ファルカシュは演奏家タイプ。音色が明るく外向的な伸びやかさがあって、素晴らしいピアニストだ。抑揚がはっきりとしていて、聞きやすく、わかりやすい。「死の舞踏」はすっきりと音が抜けてきて、ダイナミックで、技術的にも申し分ない。華やかさがあって、レーティとは異なる個性の響きが聴けて、とても面白かった。

 ソロの時はそれぞれ違うピアノを選択、それにも2人の個性が反映されていて、その聴き比べも楽しかった。


 この2人による「ラーコーツィ行進曲」は、鋭く、歯切れ良く、隙のない推進力のある演奏で、しかも作品に込められた高揚した気分も充分伝わってきた名演。自国ハンガリーの作品を演奏する誇りと情熱が感じられた演奏だったともいえる。


 この種のガラコンサートは往々にして祝典的雰囲気の方が主となり比較的弛緩した内容に陥るケースが多いが、今日は一本筋の通った妥協の無い演奏で、リスト音楽院の教授陣の実力を示してくれた重量感のあるコンサートだった。