2024/02/27

 札幌交響楽団第659回定期演奏会


2024年2月25日13:00  札幌コンサートホール Kitara大ホール


指揮 /藤岡 幸夫

チェロ /上野通明

管弦楽/札幌交響楽団


エルガー:夕べの歌

エルガー:チェロ協奏曲



2月24・25日に札幌コンサートホールKitaraで開催を予定しておりました『第659回定期演奏会』につきまして、指揮者 尾高忠明が肺炎と診断されたため演奏会に出演することができなくなりました。

そのため急遽、藤岡幸夫氏の指揮で、プログラム前半の、エルガー/夕べの歌、チェロ協奏曲の2曲のみを演奏いたします。(主催者発表)



 今回は尾高得意のエルガーということで楽しみにしていたファンも多かったのではないだろうか。

 急遽登場した藤岡は、「急な対応で充分な準備もかなわなかったため、演奏曲目は前半のみ」(当日配布プログラムに挟み込みのメッセージより)となり、異例の定期公演となった。


 夕べの歌はエルガープログラムの冒頭にふさわしい素敵な作品。プログラムを見ると、札響での演奏歴は1回だけで、指揮はなんと藤岡幸夫。余計な感情を込めずに、あっさりとした演奏だった。


 チェロ協奏曲を弾いた上野が素晴らしかった。技術的にはもちろん、音楽的にはこの作品の持つ寂寥感を過度に歌い込まずに、かつ抜群のリズム感で見事に表現し、実に均整感の取れた演奏を聴かせてくれた。

 オーケストラは、すっきりとした抜けのいい響きでまとめ上げており、ソリストとの相性もとても良かったようだ。ともすれば野暮ったくなりがちな演奏が多い中、この作品の本来の姿を見せてくれたのではないだろうか。

 ソリスト・アンコールにヴァイオリンの会田莉凡が加わって、ハルヴォルセンのヘンデルの主題によるパッサカリア。これは颯爽としたノリのいい演奏で、存分に聴衆を楽しませてくれた。


 実際に聴いてみると、とてもいいプログラム構成で、前半だけでもエルガーの魅力をたっぷりと堪能できた素敵な演奏。こうなると、やはり後半の交響曲第2番を聴きたかったが、次回に期待しよう。

 ちなみに交響曲第2番は札響では1回だけ、2002年3月の定期で尾高の指揮で演奏されている。未練がましいが、オーケストラの能力が当時とは比較にならないほど高くなっている現在、ぜひ聴きたかった作品だった。

 コンサートマスターは会田莉凡。

2024/02/26

 第26回リスト音楽院セミナー

特別レクチャー&公開レッスン 


2024年2月24日10:30  札幌コンサートホールKitara小ホール


講師/バラージュ・レーティ(ピアノ、リスト音楽院教授)

通訳/谷本聡子(札幌大谷大学教授)


【特別レクチャーテーマ】テーマ/リスト晩年の顔

【公開レッスン】
受講生/川端 美乃里(北海道教育大学岩見沢校4年)
受講曲/リスト:2つの伝説 S.175より 第2曲

     波の上を渡るパオラの聖フランチェスコ

受講生/三上 慎太郎(札幌大谷大学2年)
受講曲/バルトーク:ピアノ・ソナタ Sz.80




 晩年のリストの創作活動については多くの説があるのは周知の通りだが、特に、リストの生涯を書いたAlan Walkerの大著(全3巻)では第3巻をThe Final Yearとして1861年以降死の年1886年までを一括して扱っている。

 レーティ教授は、これは期間が20年以上あり、一括してThe Final Yearと扱うには長すぎるので、1861年からのローマ定住以降をいくつかの時代に分けて考える方がよい、と話す。

 続けて、リストはローマに定住してからは作風が変化し始め、次第に宗教色が強くなってくる。と同時に作風が内向的となり、晩年には調性から逸脱する作品も登場するようになった。また、例えば「エステ荘の噴水」(巡礼の年第3年)などに代表されるように、次世代(特に印象派)に与えた影響は大きかった。

 ということを主旨に、様々な作品を演奏しながら紹介してくれた。紹介した作品リストを見ると、自ずとリストの晩年の姿が見えてくるようだ。

 演奏曲目は下記のとおり。


クリスマス・ツリー S186/R71より

巡礼の年第3年 S163/R10より

われらの主イエス・キリストの変容の祝日に S188/R 74

聖ドロテア S187/R73

アヴェ・マリア S182/R67

夜想曲「夢のなかに」 S207/R87

4つの忘れられたワルツ S 215/R 37

メフィスト・ワルツ S696/R661

諦め S263/R187a/R 388

悲しみのゴンドラ S200/R81

リヒャルト・ワーグナーの墓に S202/R85

リヒャルト・ワーグナー ー ヴェネツィア S201/R82

暗い雲 S199/R78

葬送前奏曲と葬送行進曲 S206/R83-84

ハンガリー狂詩曲第17番 S244/R106

死のチャールダーシュ S224/R46

2つのチャールダーシュ S225/R45


 後半の公開レッスンでは、もちろん2人の受講生ともによく演奏していたが、レーティ教授が、

 「コンクールの審査で、色々な国のピアニストの演奏を聴く機会が多い。その中で、リストのいい演奏は聴く機会が多いが、バルトークはその強いオリジナリティのために、なかなかいい演奏を聴く機会が少ない。しかし、今日、ハンガリーから遠く離れたこの日本で、とてもいいバルトークを聴くことができたのはとてもうれしい。」

 と語っていたのが印象的だった。

2024/02/25

第 26 回 リスト音楽院セミナー

受講生コンサート 

2024 年 2 月 25 日15:30  札幌コンサートホール Kitara小ホール



 セミナー締めくくりの受講生コンサート。各コースの教授からの推薦で出演者を決定し、コンサートで最優秀受講生を選抜。翌年のブダペスト・スプリング・フェスティヴァル2025への出演資格が授与される。

 今回の受講生コンサートは例年になく全体的に高水準。若々しい溌剌とした演奏はもちろんだが、個性豊かな演奏が多くなったのは新しい傾向なのかもしれない。

 以下、特に記載のないのは大学在学中か、卒業した出演者。

 


1. 古川 佳奈

  J.S.バッハ: 平均律クラヴィーア曲集 第 1 巻より

        第 22 番 変ロ短調 BWV867


 古川佳奈は第24回リスト音楽院セミナーの最優秀受講生で、昨年4月にブダペスト・スプリング・フェスティヴァルでリサイタルを開催している。また昨年の受講生コンサートでシューマンの「クライスレリアーナ」の素晴らしい演奏を披露。

 今回はバッハで、作品の深い宗教的雰囲気を丁寧に深く歌い込み、仕上げた演奏。音がきれいで、フーガの各声部の歌い方と立体感は素晴らしかった。


2. 土肥 慶

  ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第 4 番 変ホ長調 作品 7 より 第 1 楽章


 多少荒削りだが、骨組みのしっかりした明確な演奏。音楽的に難しい作品をよくまとめ上げていた演奏。


3. 後藤 Amy(ピアノ横山瑠佳)

  ベートーヴェン: チェロ・ソナタ 第 3 番 イ長調 作品 69 より 第 1 楽章


 音色、音程がきれいで、しなやかな表現が印象に残った演奏。横山のピアノが安定しており、アンサンブルとしても良質。


4. 渡辺 彩乃

  リスト: バラード 第 2番 ロ短調 S.171


 表現力豊かなリスト。全体的にとても安定して落ち着いており、細部まで丁寧に仕上げていた感性豊かな演奏。安心して聴くことができた。


5. 藤原 寛太 (ピアノ横山瑠佳)

  ブラームス: チェロ・ソナタ 第 2 番 ヘ長調 作品 99 より 第 1 楽章


 藤原は高校生。表情豊かなブラームス。ピアニストが雄弁で、全体的にとてもしっかりしたアンサンブルで、スケール感を感じさせた好演。


6. 伊藤 大晴

  ショパン: ロンド 変ホ長調 作品 16


 明るく伸び伸びとした演奏。弾むようなリズム感、軽快なパッセージなど、この時期、この年齢の時にしか表現し得ない若々しいショパンで、とても楽しく聴くことができた。


7. 加藤 七海

  スクリャービン: 幻想曲 ロ短調 作品 28

 

 意外に聴く機会の少ない作品。全体をハーモニックに豊かに響かせ大きくまとめ上げた演奏で、今回は貴重な鑑賞機会だった。


8. 西田 翔

  リゲティ: 無伴奏チェロ・ソナタ


 よく歌い込み、作品の古典的な要素がよく表現された演奏。伝わってくるメッセージがとてもわかりやすく、好演だった。


9. 荒川 浩毅

  スクリャービン: ピアノ・ソナタ 第 7 番 「白ミサ」 作品 64


 作品の持つ神秘的な感覚をダイレクトに思い切った表現で演奏した好演。メシアンを想起させる瞬間もあって、いまだに作品の新しさを感じさせた。楽器もとてもよく響いていた。


10. 小野寺 拓真(第25回リスト音楽院セミナー最優秀受講生)

 ショパン: ピアノ・ソナタ 第 3 番 ロ短調 作品 58

 

 高校生。2024年5月12日にハンガリー、ブダペストのリスト音楽院ショルティホールでリサイタルを開催予定。このショパンはこのリサイタルで演奏予定。よく弾き込んであり、見事な安定度。この世代としては申し分ない表現力だ。リサイタルの成功を期待しよう。



 

2024/02/24

 ガーボル・ファルカシュ  ピアノリサイタル

2024年2月22日19:00  札幌コンサートホールKitara小ホール


ピアノ/ガーボル・ファルカシュ


J.S.バッハ/ペトリ編曲:カンタータ BWV208より 

              アリア「羊は安らかに草を食み」
シューベルト:ピアノ・ソナタ 第13番 イ長調 D.664
リスト:ウィーンの夜会(シューベルトによる「ワルツ・カプリス」)S.427  

    より 第7番
グリュンフェルト :《ウィーンの夜会》ヨハン・シュトラウスのワルツ主題

           による演奏会用パラフレーズ 作品56

シューマン:アラベスク ハ長調 作品18

      謝肉祭 作品9




 ファルカシュは現在リスト音楽院ピアノ科主任教授。2019年から札幌コンサートホール主催のリスト音楽院セミナーに講師として参加、今年が5回目。その間、コロナ禍で演奏会が中止になり、今回がKitaraでの初リサイタルとなった。


 ファルカシュはピアノの表現能力を極限まで追求した華やかな作品を演奏して、その演奏芸術の素晴らしさを紹介する技巧派タイプの演奏家だ。

 古今の名ピアニストが若い頃は皆このタイプだったように、ちょうどファルカシュも今その時期にいるようだ。


 バッハは立体感ある多声部の表現が、シューベルトでは明確な構成感がそれぞれ印象に残ったが、楽器の響きがまだホールに馴染まず、今ひとつ調子に乗り切れなかったのが惜しい。


 次のリストからは、よく歌い込んだ深みのあるいい響きが聴こえてきて、ファルカシュの本領発揮。リスト独特の、ピアノを声楽家の如く歌わせる書法が如何に独創的な技法であるかを、如実に示してくれた演奏だ。


 グリュンフェルトは、理屈抜きに聴衆を楽しませるエンターテインメント用の作品。軽やかで躍動感のある表情がなかなか素敵で、ウィンナワルツに夢中になる当時の人々の楽しげな様子が目に浮かぶようだ。華麗なパッセージも雑にならず音楽的に美しく表現していて、全体をスケール大きく見事にまとめ上げていた名演。


 後半のシューマンでは、謝肉祭が圧巻の仕上がり。よく弾き込んでいるようで、技術的にとても安定しており、楽器が良く響いていた。

 個々の小品の性格を詳細に描くよりは、一気呵成に弾ききって全体を大きくまとめ上げて、作品のスケール感を醸し出す解釈のようだ。実際の謝肉祭を彷彿とさせる華やかさ、賑やかさがあって、楽しめた演奏だった。


 今回はリストのオリジナル作品が無かったのが残念。次回に期待しよう。

 

 アンコールが2曲、はじめにファルカシュ編曲のショパンの小犬のワルツ。これは、リストがこのようにアンコールで弾いて、聴衆を夢中にさせたのだろうな、と思わせる華麗な編曲と演奏。技術的にかなり難易度の高い編曲で、文句なしに素晴らしかった。最後にショパン/リスト編曲:6つのポーランドの歌より 第2曲 「春」。

2024/02/23

 ミクローシュ・ペレーニチェロリサイタル

2024年2月21日19:00  札幌コンサートホールKitara小ホール


チェロ/ミクローシュ・ペレーニ 
ピアノ/バラージュ・レーティ



J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 二短調 BWV1008 
ダラピッコラ:シャコンヌ、間奏曲とアダージョ 
フォーレ:ピアノとチェロのためのソナタ 第1番 ニ短調 作品109 
エルド:ベートーヴェンへのオマージュ 

            〜チェロ独奏のための狂詩曲〜 作品24 
ドホナーニ:チェロ・ソナタ 変ロ長調 作品8




 冒頭のバッハは、ペレーニの円熟した、柔らかく、暖かい音楽で聴衆を包み込んでくれた名演。バランス感覚の優れた実に素晴らしいバッハだ。

 深く歌い込み、全ての音域で、むらなく美しく整った音色、柔軟で自在なボーイング、見事な調性感による美しい音程、作為的なところが一切ない自然な抑揚による表情、それらが統合されて生まれてくる見事な均整感のあるバッハは他の誰からも聴くことのできないものだ。


 続くダラピッコラは、作曲者の第2次世界大戦当時の暗い影を背負った感情とそれが浄化されていく流れを見事に表現。20世紀音楽も得意としているペレーニならではの、その時代と作品に即した多彩な表現能力の素晴らしさを示してくれた。


 ここまで無伴奏で、続くフォーレのピアノは今回が実質的な札幌デビューとなるバラージュ・レーティ。2020年からリスト音楽院セミナー講師として参加しており、演奏を披露するのは今回初めて。

 音楽的にも技術的にも伴奏者としては申し分なく、ペレーニと一体となって音楽を構築していく様子は素晴らしい。さりげなく演奏しているようで、実際は響き、音量が見事にコントロールされていて、演奏全体に統一感がある優れたピアニストだ。フォーレらしい途切れない美しい流れと、節度ある歌い方のチェロによるデュオは見事だった。


 珍しいエルドは、この作曲家の機知に富む作風の一端を示してくれた気の利いた演奏。他の作品を聴いてみたくなる演奏だ。


 最後に演奏されたドホナーニは、ピアノパートが重量感のあるヴィルトゥオーゾタイプの書法だが、レーティはかなり音量をコントロールして、ペレーニのチェロを最大限に活かすことを考慮しての演奏。

 もう少し自己主張してもいい箇所も多々あり、個人的には前半のフォーレでの音量バランスの方がより一体感があって好きだが、この見事なコントロールのおかげで、チェロのソロは全て聴こえてきた。

 ペレーニはともすれば饒舌になりがちなこの若さあふれる作品を、品よく落ち着いた奥行きの深い演奏で聴かせてくれた。作品の価値をより高める優れたデュオによる演奏だったと言える。


 アンコールが2曲あって、ドホナーニの「ハンガリー牧歌」からと、バッハの無伴奏チェロ組曲の第3番から前奏曲。バッハが心の琴線に触れるような演奏。世界第一級の名演奏を聴けた幸福な一晩だった。