フランス音楽の夕べ
「日仏文化交流に尽力した作曲家たち」
2024年1月29日18:30 東京文化会館小ホール
ピアノ:*岡田博美、**入川舜
弦楽四重奏:クァルテット・エクセルシオ
(西野ゆか、北見春菜、吉田有紀子、大友肇)
対談 片山杜秀(慶應義塾大学)、野平一郎(東京音楽大学学長)
小松耕輔(1884-1966) ピアノ・ソナタ ト長調(1922)**
池内友次郎(1906-1991) 弦楽四重奏のための前奏曲と追走曲(1946)
平尾貴四男(1907-0953) ピアノ・ソナタ(1948/51)**
矢代秋雄(1929-1976) ピアノ・ソナタ(1961)*
黛 敏郎(1929-1997) オール・デウーブル(ピアノソロ版)(1947)*
対談 片山杜秀×野平一郎
三善 晃(1933-2013)弦楽四重奏曲第2番(1967)
平 義久(1937-2005)ソノモルフィーI(1970)*
牧野 縑(1940-1992)弦楽三重奏のための「アンテルミッタンス」VI
(1987)
丹波 明(1932-2023)弦楽四重奏のための「タタター」II(2012)
主催:公益財団法人日仏会館、日仏音楽協会
企画構成、プログラム解説は野平一郎。1922年から2012年までの作品が全9曲。楽しみの一つだった対談は休憩後(18:30開演で、休憩後の第2部開始はすでに20時過ぎ)の15分程度のみ。
片山の、作曲者の人間像を含みながらの作品評価が、とても興味深い内容だっただけに残念。
終演は15分の休憩挟み21時40分。それ以外は、通常のコンサート同様、演奏を聴くだけ。手引きはプログラムノートのみで、この種のコンサートとしてはちょっと不親切。演奏曲目を減らして、片山の歯に衣着せぬ解説を増やして鑑賞させてくれた方が、良かった。
プログラムはピアノ曲と弦楽室内楽の作品で構成。
冒頭の小松は、明らかにドイツ古典派の音楽。ソナチネアルバムなどで親しんできた作風で、高齢者世代の郷愁を誘う。ピアノの入川はさすがに腕のふるいどころが無かったようだ。
池内も明らかにドイツ風。壮年期のやる気満々の熱意溢れる作風で、聴いていてちょっと鬱陶しいが、なかなかの力作だ。クァルテット・エクセルシオが力演。
次の平尾になると、小松、池内のドイツ風の響きは消え、作風は一挙に垢抜け、まるでラヴェルを聴いているかのような錯覚を受ける。入川はここで生き生きと伸びやかな演奏を披露し、本領発揮。素晴らしいピアニストだ。
矢代秋雄と黛を演奏した岡田はこれもまた見事だった。昨年、札響で矢代秋雄の交響曲を聴いた時は(2023年3月9日)、作品と演奏にもっと繊細な感性を感じさせたが、今日の岡田は、客観的にしかもほぼ完璧に楽譜だけを再現したような演奏。作品そのものを理解するには演奏が凄過ぎてよくわからなかった。違う演奏でもう一度聴いてみたい。
黛は存在感抜群だ。岡田の演奏に向いていた作風のようで、作品自体に強烈な個性を感じさせた。
休憩の対談後、後半はクァルテット・エクセルシオが大活躍。
三善晃は札幌コンサートホールの開館記念ファンファーレを作曲しており、札幌には馴染みのある作曲家だが、そういう縁を拒否するかのような厳しい作風を感じさせた演奏。三善晃は妥協を許さない怖そうな人だったようだ。
平を岡田が演奏。前半と同じ客観的演奏スタイルで、作品の個性をより感じさせる演奏をしてくれるとまた違った印象を受けたのかもしれない。
最後の二曲では、エクセルシオの第一ヴァイオリンが大活躍。熱演だったが、牧野の弦楽三重奏と丹波の弦楽四重奏は作風も演奏テクニックも類似しており、正直言って、これらが優れた作品なのかはわからない。
三善以外の3人は渡仏後、帰国せずにフランスでそのまま活動した作曲家だけあって、作風は何処か共通性がある。しかし、日本人の感性はあまり感じさせず、三善のような人間像も見えてこなかった。この3人は、とても知的レベルの高い限られたサークルの中だけで演奏され続けてきた作品群のように聴こえてきて、一般音楽ファンが気軽に足を踏み入れるにはちょっと敷居が高そうだ。
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