2024/02/05

 フランス音楽の夕べ

「日仏文化交流に尽力した作曲家たち」


2024年1月29日18:30  東京文化会館小ホール


ピアノ:*岡田博美、**入川舜

弦楽四重奏:クァルテット・エクセルシオ

      (西野ゆか、北見春菜、吉田有紀子、大友肇)

対談 片山杜秀(慶應義塾大学)、野平一郎(東京音楽大学学長)



小松耕輔(1884-1966) ピアノ・ソナタ ト長調(1922)**

池内友次郎(1906-1991) 弦楽四重奏のための前奏曲と追走曲(1946)

平尾貴四男(1907-0953) ピアノ・ソナタ(1948/51)**

矢代秋雄(1929-1976) ピアノ・ソナタ(1961)*

黛 敏郎(1929-1997) オール・デウーブル(ピアノソロ版)(1947)*


対談 片山杜秀×野平一郎


三善 晃(1933-2013)弦楽四重奏曲第2番(1967)

平 義久(1937-2005)ソノモルフィーI(1970)*

牧野 縑(1940-1992)弦楽三重奏のための「アンテルミッタンス」VI

                                      (1987)

丹波 明(1932-2023)弦楽四重奏のための「タタター」II(2012)


主催:公益財団法人日仏会館、日仏音楽協会



 企画構成、プログラム解説は野平一郎。1922年から2012年までの作品が全9曲。楽しみの一つだった対談は休憩後(18:30開演で、休憩後の第2部開始はすでに20時過ぎ)の15分程度のみ。

 片山の、作曲者の人間像を含みながらの作品評価が、とても興味深い内容だっただけに残念。

 終演は15分の休憩挟み21時40分。それ以外は、通常のコンサート同様、演奏を聴くだけ。手引きはプログラムノートのみで、この種のコンサートとしてはちょっと不親切。演奏曲目を減らして、片山の歯に衣着せぬ解説を増やして鑑賞させてくれた方が、良かった。

 

 プログラムはピアノ曲と弦楽室内楽の作品で構成。

 冒頭の小松は、明らかにドイツ古典派の音楽。ソナチネアルバムなどで親しんできた作風で、高齢者世代の郷愁を誘う。ピアノの入川はさすがに腕のふるいどころが無かったようだ。

 池内も明らかにドイツ風。壮年期のやる気満々の熱意溢れる作風で、聴いていてちょっと鬱陶しいが、なかなかの力作だ。クァルテット・エクセルシオが力演。

 次の平尾になると、小松、池内のドイツ風の響きは消え、作風は一挙に垢抜け、まるでラヴェルを聴いているかのような錯覚を受ける。入川はここで生き生きと伸びやかな演奏を披露し、本領発揮。素晴らしいピアニストだ。

 矢代秋雄と黛を演奏した岡田はこれもまた見事だった。昨年、札響で矢代秋雄の交響曲を聴いた時は(2023年3月9日)、作品と演奏にもっと繊細な感性を感じさせたが、今日の岡田は、客観的にしかもほぼ完璧に楽譜だけを再現したような演奏。作品そのものを理解するには演奏が凄過ぎてよくわからなかった。違う演奏でもう一度聴いてみたい。

 黛は存在感抜群だ。岡田の演奏に向いていた作風のようで、作品自体に強烈な個性を感じさせた。


 休憩の対談後、後半はクァルテット・エクセルシオが大活躍。

 三善晃は札幌コンサートホールの開館記念ファンファーレを作曲しており、札幌には馴染みのある作曲家だが、そういう縁を拒否するかのような厳しい作風を感じさせた演奏。三善晃は妥協を許さない怖そうな人だったようだ。

 平を岡田が演奏。前半と同じ客観的演奏スタイルで、作品の個性をより感じさせる演奏をしてくれるとまた違った印象を受けたのかもしれない。

 最後の二曲では、エクセルシオの第一ヴァイオリンが大活躍。熱演だったが、牧野の弦楽三重奏と丹波の弦楽四重奏は作風も演奏テクニックも類似しており、正直言って、これらが優れた作品なのかはわからない。


 三善以外の3人は渡仏後、帰国せずにフランスでそのまま活動した作曲家だけあって、作風は何処か共通性がある。しかし、日本人の感性はあまり感じさせず、三善のような人間像も見えてこなかった。この3人は、とても知的レベルの高い限られたサークルの中だけで演奏され続けてきた作品群のように聴こえてきて、一般音楽ファンが気軽に足を踏み入れるにはちょっと敷居が高そうだ。



2024/02/01

 藤原歌劇団公演

ファウスト


2024年1月28日14:00  東京文化会館 大ホール


指揮/阿部加奈子

演出/ダヴィデ・ガラッティー二・ライモンディ


 ファウスト:澤﨑一了

メフィストフェレス:伊藤貴之

マルグリート:迫田美帆

ヴァランタン:井出壮志朗

シーベル:但馬由香

ワグネル:髙橋宏典

マルト:北薗彩佳


合唱:藤原歌劇団合唱部

バレエ:NNIバレエアンサンブル

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団


合唱指揮:安部 克彦

美術・衣裳:ドミニコ・ フランキ


 

 舞台芸術として、またエンターテインメントとしても存分に楽しませてくれた公演。

 舞台はシンプルながらここの会館のステージを見事に活用したもの。背面から画像を投影する大きなパネルを5枚ほど用意して、場面ごとに照明の明暗と色彩の変化を加えて、位置と画像を変える。ファウストとマルグリートの2人の揺れ動く心理状況の場面を同時に表現するなど、その時々の情景を見事に再現。画像は好みがあるだろうが、これがなかなか効果的。

 わかりやすく、しかも陳腐にならずに、威厳ある雰囲気を表現しており、舞台セットを組み立てるよりは場面を変幻自在に転換でき、より効率的だったのではないか。


 衣装はファウストが生きた中世時代を想起させる威厳のあるスタイル。暗い色調のもので、その中に金のラインが入ることでメリハリがつき、なかなかいい。ただ、衣装が皆同じ設定で、時々区別がつかなくなる時もあったが、これは観る方の集中力のなさか。合唱団の衣装もやはり暗めの落ち着きのある色彩で統一されており、金のラインはなく主役級の邪魔にならないよう配慮されていた。


 人物の動きはシンプルでうるさくなく、合唱団の所作も自然でまとまりがあって見やすい。全体的に深刻な進行にならず、メリハリがあり、ドラマティックに描かれたファウストで、オペラを観る楽しみを存分に提供してくれた。これはもちろん演出の方針でもあるが、指揮者の功績が大きかったのでないか。


 指揮は初めて聴いた阿部加奈子。キビキビとした進行で隙がない。歌手のリードと統率もよく、歌詞によく合わせた歌いやすそうな指揮だ。オーケストラからは常に明確な表現を引き出し、作品全体を見事にまとめ上げていてた。 第5幕のバレエのシーンは省略することなく上演し存分に楽しませてくれたが、ここではバレエの振り付けに合わせた正確なテンポで振り、バレエへの配慮も忘れない。

 このような歯切れの良い指揮ぶりのためか、今日は一段とオーケストラが素晴らしく、ソロもアンサンブルも実に冴えており、東フィルとしても最良の演奏だったのでないか。

 阿部は2013年にファビオ・ルイージのオペラ・マスタークラスに参加している。そういえば2014年に観たルイージ指揮の「ファルスタッフ」(8月26日まつもと市民芸術館)がやはり隙のない歯切れの良い名演だったことを思い出した。ルイージの抜群の才能を受け継いでいるのかもしれない。

 

 歌手はそれぞれ皆安定感があり、幕が進むにつれ、次第にアンサンブルも充実し、全員の声も歌詞もより明確に聴こえてくるようになってきた。

 伊藤のメフィストは存在感があり、悪役風の風貌がこの役にふさわしい。魂を売って若返ったが、やや気弱なファウストを演じた澤﨑と、若い娘の揺れ動く心理状態を見事に表現した迫田のマルグリートがともに好演。ヴァランタンの井出はファウストに対する強い敵対心を表現し、力演。その他の歌手や合唱団も聞き応えがあって、舞台を引き締めていた。


2024/01/30

 札幌交響楽団第658回定期演奏会

2024年1月27日(土)17:00 札幌コンサートホール Kitara大ホール


指揮 /マティアス・バーメルト(首席指揮者)

テノール /イアン・ボストリッジ

ホルン /アレッシオ・アレグリーニ


ブリテン:セレナード~テノール、ホルンと弦楽のための

ブルックナー:交響曲第6番



 ブリテンは、1943年にテノールのピーター•ピアーズとホルンのデニス• ブレインのために書かれた珍しい組み合わせの作品。この二人が抜群の名手だったことがよくわかる名作だ。

 楽曲は8曲からなり、プロローグと舞台裏から吹くエピローグはホルンだけで、あとは「夜」に関する様々な心象風景を描いた英語の詩を集めたもの。一読しただけではすぐわかる詩ではないが、ブリテンの陰影ある作曲で、かなり理解することが出来る。時代背景や先輩諸氏の影響を感じさせない優れたオリジナリティを持つ作品だ。


 アレグリーニのホルンは、森の中で遥か遠くから聴こえてくる響きとでも例えればいいのか、最弱音で、透明で透き通ったまっすぐな音や、この楽器でしか聴くことができない美しい音、もうこのポイントしかないと言う見事なピッチで音程を決めるなど、素晴らしい演奏。ホルンのために最も美しく書かれた、最も難易度の高い作品ではないだろうか。このような作品を書いたブリテンと、それを鮮やかに聴かせてくれたホルンのアレグリーニに感心せざるを得ない。

 一方、ボストリッチの歌は、オペラティックではなく、語りかけてくるような朗詠風の表情豊かで知的な歌唱。何かを聞かせようとか声量で圧倒するとかなどの作為的なところは全くなく、詩の背景をある時はドラマティックに、ある時は繊細に表現し、これは秀逸な歌唱だった。

 オーケストラは弦楽器だけで、札響ならではのきれいな音色。表情に節度ある美しさがあって、バーメルトが二人のソリストと一体となって全体を見事にまとめ上げていた秀演。これは何度も繰り返し聴いてみたくなる演奏だ。


 ブルックナーは冒頭から各パートがバラバラに聴こえてきて、今日は不調か、と思ったが、1楽章途中から響きがまとまりだし、いつものバーメルトの音楽が聴こえてきて一安心。弦楽器と管楽器のバランスと調和が心地よく、やはりこのような響きの演奏は落ち着いて聴ける。

 ライブで聴いてみると、響きと構造が実にすっきりとして全体像がよく把握でき、風通しのいい作品だ。書法は、彼の作曲技法のエッセンスが凝縮された典型的なブルックナー様式。しかも演奏時間は約1時間で聴きやすい。ブルックナーがこの交響曲だけは手直しをしなかった理由がわかったような気がする。また、その様式を見事に表現したバーメルトの手腕に感心。


 今日はバーメルト首席指揮者退任前の最後の定期出演。2018年の着任以来、札響から美しい音色と深みのある豊かな響きを生み出し、その優れた音楽性とバランス感覚のある解釈で、札響を日本有数のオーケストラに育て上げてくれた。その功績は素晴らしい。とはいえ今回が最後ではなく、来年はゲスト指揮者として登場予定。楽しみだ。

コンサートマスターは田島高宏。

2024/01/15

 Kitaraのニューイヤー


2024年1月13日15:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/原田 慶太楼
ヴォーカル/シルビア・グラブ*
管弦楽/札幌交響楽団


J.シュトラウスII:トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
カンダー:ミュージカル「シカゴ」より All that Jazz*
ハーライン:映画「ピノキオ」より 星に願いを*
チャイコフスキー:バレエ音楽「眠りの森の美女」より ワルツ
メンケン:映画「美女と野獣」より 美女と野獣*
J.シュトラウスII:新ピッツィカート・ポルカ 作品449
         ポルカ「雷鳴と稲妻」作品324
         美しく青きドナウ 作品314
エプワース:映画「007 スカイフォール」より スカイフォール*
J.ウィリアムズ:映画「スター・ウォーズ」より メイン・タイトル
ソンドハイム:ミュージカル「イントゥ・ザ・ウッズ」より 

                                                                              みんなひとりじゃない*
J.シュトラウスII:喜歌劇「ジプシー男爵」より 序曲
カンダー:映画「ニューヨーク・ニューヨーク」より*




 指揮の原田はKitaraのニューイヤー初登場。 
今日のプログラムは、ゲストにヴォーカルのシルビア・グラブを迎えてのアメリカ音楽特集。それに定番のシュトラウス・メニューが間に挟まる、というアメリカで活動の基礎を築いた原田ならではのプログラムだ。 
 Kitara主催には、2021年の「Kitaraのクリスマス(2021年12月25日)」に出演している。この時の印象と今回もほぼ同じで、原田の指揮は迷いがなく、すっきりとしていて気持ちがいい。当然だが、全ての曲目をきちんと丁寧に振っており、どの作品もそれぞれわかりやすい主張がある。

 シルビア・グラブはもちろんPAを使用してのヴォーカルだが、表現力豊かで実力派、聞き応え充分。

 かつて開館間もない頃は、ここの大ホールは残響豊かなホールゆえ、PAを使用するとステージ上でのトークや歌がわかりにくく聞こえ、なかなか手ごわいホールだった。今回、久しぶりにスピーカーを通してのヴォーカルを聴いた

が、歌詞の内容もきちんと聞き取れ、オーケストラとのバランスも良好、なかなか聞きやすいいい状態だった。もちろんシルビア・グラブだったからこそだが、それ以上にこのホールを自在にコントロールするPAエンジニアの存在が大きいのはいうまでもない。

 今回の席はLC3階席で、おそらく反響板の上にスピーカーが設置されていたのだろうか、かなりダイレクトにヴォーカルが聞こえてきたが、違和感なく、PAの存在を気にせずに聴くことができた。


 指揮者もヴォーカルも前半と後半で衣装を替えての登場、お話もシンプルで楽しく、エンターティナーとしても楽しませてくれた。聴衆は、アメリカ音楽の元気の良さと、シュトラウスファミリーの柔らかい雰囲気を存分に楽しんでいるようだった。大きなくしゃみを我慢をせずに平気でする聴衆に対しても、ユーモアたっぷりに注意。

 「スター・ウォーズ」だけは管楽器のピッチがかなり高く聴こえたように思え、ちょっと気になったが、それ以外はそれぞれ楽しく鑑賞できた。

 アンコールにラデツキー行進曲。


 原田を初めて聴いたのは、2020年11月26日NHK交響楽団サントリー公演で、その時もアメリカ系の近現代の華やかな作品中心。今回はシュトラウスなどの西欧系の作品が加わり、違うレパートリーを聴くことができたが、どちらかというと今はいい意味でのユーティリティ•プレイヤーだ。次はどっしりとした作品をどのように表現するのか、ぜひ聞いてみたくなる指揮者だ。

コンサートマスターは田島高弘。

2024/01/10

 Kitaraのクリスマス

〜道義のラストクリスマス〜


2023年12月23日15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /井上 道義

振付・ダンス /森山 開次

管弦楽/札幌交響楽団


シャブリエ:狂詩曲「スペイン」

ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」より第2組曲

ストラヴィンスキー: サーカス・ポルカ

ストラヴィンスキー: バレエ音楽「火の鳥」(1919年版)

アンダーソン:クリスマス・フェスティバル




 引退を表明している井上道義の最後のKitaraのクリスマス。過去Kitaraのクリスマスには2007年から5年連続で、その後は16年、18年、そして今回の23年と登場し、多種多彩なプログラムで聴衆を楽しませてくれた。

 特に印象深いクリスマスは、初回の2007年。

話題となったショスタコーヴィッチ交響曲全曲演奏会を終えての来札で、まだその余韻が残っており、ショスタコーヴィッチの「ジャズ組曲」や「チャイコフスキー三大バレエよくばり版 井上道義セレクション」を気合の入った指揮で聴かせてくれた。

 井上のKitara主催事業初登場は開館の翌年、1998年3月29日のKitara札響シリーズVol.4 「親子で楽しむオーケストラ」。その他では、2000年の「Kitaraのこどもの日コンサート」、04年2月14日の「バレンタインコンサート」にも出演している。

 多彩な才能の持ち主だけに、98年には青島広志氏と共に「動物の謝肉祭」のピアノ演奏を披露。04年はマーラー交響曲 第5番 から「アダージェット」、ラヴェルの「ボレロ」などを指揮、サン=サーンスの「白鳥」の伴奏ピアノも弾くなど、大活躍だった。

 井上の誕生日が12月23日ということもあって、今年は何歳になりました、などといつも楽しいお話しを挟みながらの指揮だった。


 今回はダンスに関する作品がテーマ。

 前半のシャブリエ、ファリャは札響のレパートリーでは比較的珍しいジャンルだ。札響サウンドとは合わないようにな気がしていたが、それは杞憂で、これが実に華やかで素晴らしい演奏。弦楽器も管楽器も明るい音色で、キレもよく、いかにも舞踊音楽だという雰囲気がでていて気持ちの良い演奏。これはもちろん井上の若々しさを感じさせる颯爽としたリズミカルな指揮のおかげだが、札響の隠れた優れた応用力を再発見出来て楽しかった。


 後半はストラヴィンスキー。「サーカス•ポルカ」を井上はお話しの中で散々けなしていたが、こういう点をはっきりと話してくれるのも彼らしい。

 続く「火の鳥」で森山のダンスが登場。ステージ中央奥の扉から登場、即興的とも思える柔軟で表現力豊かなダンスを披露してくれた。ジャンプなど上下の動きが少なかったのが残念だが、これはリノリウムなしの硬いステージ上で演技をするので仕方のないところか。

 演奏はダンスに配慮したテンポなのだろうか、全体的にやや遅め。アンサンブルは煮詰まっておらずやや大雑把な感じを受けたが、ダンスと共に味わうことを思えば、さほど気にはならないレベルか。

 続くアンダーソンとアンコールの「きよしこの夜」は定番メニュー。

 カーテンコールが少なく、最後のクリスマスとしては残念。ただ、あとで彼のブログを読むと「今回は井上は坐骨神経痛にもかかわらずマイナス6度のススキ野に過去のノスタルジーで繰り出し、ハハハ,風邪ひいてしまった。あほジジイ。」と書いてあって、体調不良だったらしい。

 コンサートマスターは田島高宏。


 今回は最後のクリスマスだったが、来たる5月の札響定期に登場予定。これが本当の最後のKitara公演となる。札響との関わりについては、この時に紹介しよう。

 

2023/12/18

 札響の第9


2023年12月17日13:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮 /松本 宗利音


ソプラノ /中江 早希

メゾソプラノ /金子 美香

テノール /宮里 直樹

バリトン /大西 宇宙

合唱 /札響合唱団、札幌大谷大学芸術学部音楽学科合唱団ほか


管弦楽/札幌交響楽団


藤倉大:グローリアス・クラウズ

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」



 今年の第9は1993年大阪出身の松本宗利音。今回は冒頭に藤倉大の作品。第67回尾高賞を受賞しており、作曲者自身のHPによると、世界初演は名古屋にて名古屋フィルハーモニー交響楽団で、その後フランスとドイツで初演が行われ、YouTube上におそらくドイツ初演と思われるケルンWDR放送交響楽団の演奏がアップされている。

「微生物は、腸内はもとより、皮膚にも棲みついている。地球上あらゆるところに生息する微生物の生態はオーケストラそのものだ」、というユニークな発想から書かれた作品。


 この作品を第9の前に取り上げたのは、シラーの詩にWollust ward dem Wurm gegeben(虫けらにも官能の喜びが与えられ〜当日配布プログラムより)とあるのでその関連かとも思ったが、Wurm は微生物より大きい虫のことなので、ちょっと違うようだ。尾高賞受賞関連か、それとも特に理由はないのかもしれない。(この作品はhitaruシリーズ第8回定期2022年17日に松本宗利音の指揮で演奏される予定でしたが、都合により中止された曲目でした。失念しており大変失礼しました。2024年1月22日加筆。)


 スコアはその微生物の動きを表現するために相当詳細に書き込まれているようだ。音楽における点描主義とも言えるのかもしれないが、それらが積み重な

って何か大きな姿が見えてくるのかとも思ったが、そういう作品でもないらしい。藤倉大らしいアカデミックな枠組がほとんど聴こえてこない自由な発想の作品だが、今日の演奏は、やや輪郭が不鮮明で、全体的にどこか掴みどころがなく、これが本当の作品の姿なのかどうかはよくわからなかった。

 定期公演の配布プログラムにはいつも楽器編成が掲載されているのだが、今日は無し。特別な編成ではなかったようだが、現代の作品には楽器編成がわかった方が鑑賞の手引きにもなっていいのでは?


 第9は第4楽章が素晴らしかった。昨年はコロナ禍の影響下、P席で合唱団はマスク着用で一席ずつ空けての着席だったが、今年からマスク無し、空席無しの通常通りの配置で聴衆は合唱を聴くことができるようになった。

 器楽的でけっして歌いやすい作品とは思えないが、表現に力強さがあり、跳躍音程や各パートの限界を超えるようなハイポジションの声部でも音程はきちんと決まっていて、特にソプラノの持続するピアニッシモでの2点Gや2点A音などの箇所などピッチはもちろん、音楽的にも素晴らしかった。久しぶりに聴いた高水準の合唱だった。

 ソリストは4人とも安定しており、声量も申し分ない。今日は特に堂々とオペラティックな歌唱を聴かせたバリトンの大西宇宙が良かった。


 ここに至るまでの3つの楽章を、松本は全体的に速めのテンポであっさりと仕上げた演奏。第1楽章は颯爽とまとめ上げ、快演だったが、管楽器グループの表情が淡白すぎて単調になりがち。もっと歌わせて、彼らならではの美しい音色と調和を引き出すとより楽しめたのではないか。第2楽章は鋭い表現で、輪郭がしっかりしており、今日の中では出色の出来だった。

 第3楽章はきれいに仕上がったとても楽天的な演奏。この楽章だけ取り出して聴くにはいいかもしれないが、やや密度の薄い演奏で、もっと繊細な表情があったほうが次の楽章への期待感などが伝わってきたのではないだろうか。

 コンサートマスターは会田莉凡。