2023/11/10

 北星学園大学チャペルコンサート

大森潤子バッハ無伴奏ヴァイオリン演奏会


2023年11月9日12:10 北星学園大学チャペル


ヴァイオリン/大森潤子


バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番 イ短調 BWV 1003

    無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 二短調 BWV 1004



 大森潤子は2006年から17年まで札幌交響楽団首席奏者を務め、現在は富士山静岡交響楽団ゲストコンサートマスターなど全国で活躍中。

 08年より北星学園大学チャペルで年1度バッハの無伴奏ソナタとパルティータを演奏し続けており、今回は5巡目の第2回で、この曲目になったそうだ。

 演奏はとても良かった。古楽器風のノンヴィブラートですっと抜けるような表情や、モダン楽器ならではのヴィブラートによる力強い表情など、両方の良さをそれぞれ取り入れた優れたバランス感覚のある演奏スタイル。 

 強い自己主張よりも作品そのものに語らせる、という方針が窺われ、何度も繰り返し演奏する中で、どれがより良いかを模索しながら、今の演奏スタイルに到達したのではないか。毎年聴いていると、おそらくその変貌していく様子がよくわかるのだろう。


 天井が高いチャペル全体に楽器がよく響いて、いい音がする。ボーイングが柔らかくてむらがなく、全体的に音程がきれい。重音すなわち和声が純正でよく調和しており、ノンヴィブラートの表情がとても生きている。細部までよく歌い込まれていて、無機的な箇所がなく、音楽的にも充実している。曖昧さが一切ないのはこの人ならではだ。

 硬さが感じられず、気になるミスもほとんどない。札響時代の彼女の演奏は、聴衆に挑むような緊張感があったが、それがすっかりなくなった。以前より音楽の表現の幅が広がり、ゆとりが出てきたように思う。


 一曲目はイ短調のソナタ。冒頭のグラーヴェのゆっくりとした楽章は、重心がある拍の和音が登場するたびに表情が微妙に変化しながら、きれいに調和した音程で表現されている。また、それらを繋ぐ装飾的なスラーのかかった細かい32分音符中心のフレーズが、すっと力が抜けた柔らかい表現で、かつよく歌い込まれている。情に流されずに全体的な設計図がしっかり組み立てられている演奏で、そのバランス感覚がとても良かった。

 この楽章の演奏が今日の全てを物語っていたようだ。冒頭ゆえの緊張感があったにせよ、今日の演奏会全体への期待感を強く感じさせた演奏だった。

 次の長大なフーガは力感があり、多声部の動きも明確で立体感のある演奏。続くアダージョはさりげなく弾いていたようだが、持続低音と旋律の表情のバランスがよく、両者をこれだけ美しく調和させた演奏はなかなか聴けない。

 最後のアレグロは推進力のある見事な演奏。技術的にも素晴らしくバッハの凄みが見事に伝わってきた好演。


 ユーモラスなお話があって、緊張感がややほぐれた後のニ短調のパルティータは、肩の力がより抜け、全体的に音楽の語り口にゆとりが感じられた演奏だった。

 アルマンド、クーラントは流麗で美しく、サラバンドは最後のシャコンヌを予期させる期待感を感じさせた。ジークはやや早めのテンポで一気呵成に演奏し、ここでの緊張のある表現は見事。

 一息置いて弾き始めたシャコンヌは変奏ごとの音楽の変化というよりは、次々と変容していく姿を捉えた流れるような演奏で、全体が大きな一つのまとまりとして聴こえてきて、これは素晴らしい演奏だった。

 その中で、各変奏の変貌する姿がわかりやすく明確に表現されていて、特にここでのボーイングの鋭さ、それに伴うクリアな音楽の表現は圧巻だった。

 あちこちに札響時代の強靭さを感じさせるところもあったが、今ではそれが演奏にいい意味で緊張感を与えていたようだ。


 2曲だけの演奏でアンコールは無し。今日はこれだけでもう充分。この作品群をこれだけ見事に聴かせてくれるヴァイオリニストはそう多くはないのでは。



2023/11/01

 ジャン・ロンドーチェンバロリサイタル


2023年10月31日19:00 札幌コンサートホールKitara 小ホール


チェンバロ/ジャン・ロンドー


バッハ:ゴルトベルク変奏曲



 自由で新鮮な感性に満ち、他の誰からも聴かれない強烈なオリジナリティを感じさせたゴールトベルク変奏曲。

 冒頭、楽器の状態を確かめるように即興のプレリュードを弾きながら、何やら考え込むように1分前後上下鍵盤を彷徨い、やっとアリアを演奏し始める。

 このアリアの演奏は、おそらくKitaraのチェンバロが最も美しい音色を響かせた瞬間。これはロンドーの素晴らしい才能の一つで、東京公演(10月26日)でも感じたが、これほどチェンバロから美しい音色を引き出すチェンバリストは彼以外いないのでは。

 一方で、和音をアルペジオで弾いたり、左右の声部をずらして即興的なパッセージを加えながら、縦の線を合わせることなく演奏する。これは撥弦楽器チェンバロならではの表現だが、これがいいリズム感の中にすっきりおさまって、しつこさを感じさせずとても心地よい。立体感が出て、響きと音楽がさらに広がっていく感じがする。

 同じ例では、第13、25の緩徐変奏曲。ここでの美しさもまた格別。今までこのような美意識で、しかもたっぷりと時間をかけて演奏したチェンバリストは彼が初めてだろう。


 その他で興味深かったのは、常識外に速いテンポで演奏したテクニカルな第20、28変奏曲。チェンバロではこれ以上速く演奏不可能というところまで突き詰めた演奏だった。

 

 この作品はテーマと変奏曲で32曲、それら全てに繰り返しがあり、2段鍵盤のチェンバロのための作品ゆえ、上下の鍵盤を弾きわけ、様々な試みを行うことができる。

 今日の繰り返しのパターンは、主に2種類。

 2段鍵盤のための変奏曲では、右手がはじめに下鍵盤を弾くと、繰り返し時は上鍵盤で弾く、とパターンを入れ替え、かつ自由な即興句を挿入する。その逆もある。

 1段鍵盤のための変奏曲では主にカプラーを入れて、上下両鍵盤を一緒に弾き、音を豊かに響かせながら、同じく、繰り返し後に即興句を挿入する。 

 かと思えば、第7変奏曲のジークのように、1回目は楽譜に書かれた装飾音をほとんど無視して演奏し、繰り返しの時に入れる、というグレン・グールドも行わなかった悪戯をやってみるなど、ともかく色々なことをする。


 なお、全ての変奏曲を繰り返したわけではなく、4つの変奏曲(第8、第13、第17、第26変奏)では繰り返しをしていない。その理由は演奏を聴く限りわからない。第13変奏は始めからかなり即興的な装飾を加えて演奏していたので、予め繰り返し無しを決めていたようだ。それ以外の変奏曲はテクニカルな変奏ゆえ、1回弾けば充分と考えていたのか、あるいはその時の気分だったのかもしれない。他都市公演ではどうだったのだろうか。


 最後のアリアはパターンを崩して、前半は1回目下鍵盤、繰り返しは上鍵盤、後半をそのまま上鍵盤で弾いて、繰り返しは、つまり全変奏曲の終幕は下鍵盤でしかも装飾をほぼ全て省いて、演奏した。全ては原点に戻る、と言いたかったのかもしれない。

 

 という様々なことをやりながら全曲を休憩なしで演奏。演奏時間は約90分前後か。リズミックに一気呵成に演奏してみたり、時間をかけて細部まで美しく表現したりと、様々な演奏スタイルがあり、全体のテンポの設定には一貫性はあまり感じられない。

 しかしながら、一つ一つの変奏曲をよく歌い込み、丁寧にかつ美しい音色で仕上げている。しかも変奏曲ごとの性格の違いを明確に表現し、この長い変奏曲を飽きさせずに最後まで聴衆を惹きつけた演奏だった。

 ロンドーの美意識と楽器の響きの美しさ、作品の持つ立体感を見事にマッチングさせた、今までにない、新しいスタイルによるゴルトベルク変奏曲だった。

 アンコールは無し。


 この作品を聴く楽しみは、バッハの作品の中ではかなり演奏の自由度が高く、色々な試みができることだろう。同じ可能性を秘めた作品には平均律クラヴィーア曲集があるので、これはぜひロンドーの演奏で聴いてみたい作品の一つだ。


 使用楽器はKitara所有のジャーマンのミートケモデル。整調、調律は良質で、申し分なかった。調律法はバロックチューニングだと思うが、よく分からなかった。



2023/10/31

内田 光子 with 

マーラー・チェンバー・オーケストラ

2023年10月29日15:00 札幌コンサートホールKitara大ホール


ピアノ・指揮/内田 光子

管弦楽/マーラー・チェンバー・オーケストラ


モーツァルト:ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K.503
シェーンベルク:室内交響曲 第1番 ホ長調 作品9
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第27番 変ロ長調 K.595



 この組み合わせでは2016年以来7年ぶりの札幌公演。以後来札の機会があったが、コロナ禍で実現しなかった。

 Kitaraには2001年12月に初登場(北海道新聞社主催)。以後Kitara主催で2010年(クリーブランド管弦楽団)、2013年ソロリサイタル、2016年(マーラー・チェンバー・オーケストラ 、2回公演)と来札している。主催公演では、ソロリサイタル以外のプログラムはモーツァルトの協奏曲2曲とオーケストラだけの演奏と、今回と同じ構成の公演。


 今回の曲目で、第25番は2016年に、第27番は2010年に演奏しており、いずれも札幌で2度目の演奏となる。ただし、演奏内容はかなり変化している。

 以前のように、いわば常識的なセンスながら誰にも真似のできない素敵な均整感を持った演奏、から大きく変化してきていると思う。

 まず、内田の指揮が前回よりもかなり深みを増し、オーケストラからより音楽的に充実した表現と響きを引き出していたこと。特に第25番でのオーケストラの引き締まった表情は、今までの内田から聞くことの出来なかった深みのある音楽だ。

 テンポは以前より遅くなっており、その分微に入り細を穿つ表現で、音楽から立体感と豊かな表情を生み出している。間の取り方もかなり大胆で、より即興性豊かで自由な表現が主体となり、強いインパクトを与えてくれた。

 また、ソロとオーケストラとの一体感が今まで以上に素晴らしく、内田とオーケストラとのより深い信頼関係が築かれているように感じられた。


 第27番は前回よりもやはりテンポは遅くなり、音楽の表情もより自由になっている。静かに思索に耽るような表現の深さを感じさせるところもあり、年齢を重ねたこともあるのだろうが、この7年で何かが大きく変わったようだ。

 ピアノの演奏そのものも以前より一層弱音志向になってきており、全体的にピアニッシモが音楽の表現の中心を占めるようになっている。バスはかなりコントロールされた響き。しかも神経のピリピリした音ではなく、暖かい音色で、すっと抜けてくるピアニッシモの美しさは以前より磨きがかかってきたようだ。特に27番の第2楽章とアンコールのピアノソナタの第2楽章が思わず息を呑むほどの素晴らしさだった。


 毎回ピアノは持ち込みで、その都度違う楽器を弾く。今回はご自分の楽器のようだ。これがとてもまろやかで柔らかい音色。オーケストラと素晴らしく溶け込み、全体で大きな一つのまとまりある響きが生まれきて、実に素敵だった。おそらく今表現したい音楽を100パーセント再現してくれる楽器なのだろう。

 これも実は内田のコンサートを聴く楽しみの一つで、例えば、2013年のリサイタルの時は、もう少し暴れん坊的な楽器だったように記憶している。

 

 いつもながら、ピアノの整調、整音、調律は見事な仕事ぶりだが、今回はより内田の要求に応えての完璧とも言える完成度。


 忘れてはならないのがオーケストラ。すでに述べたように協奏曲での一体感は素晴らしい。チェンバー・オーケストラらしく、ほぼ全員のメンバーがよくお互いに聴きあって良質の響きを生み出している。

 一方、彼らだけでのシェーンベルクはわずか14名での演奏にも関わらずアクティヴで大胆かつスケールの大きな演奏。指揮者無しなので、どのように作品の性格を示すかは曖昧なところもあったにせよ、これはこのオーケストラの優れた能力を余すところなく伝えてくれた。

 音楽堂ヘリテージ・コンサート Ongakudo Heritage Concert

ジョルディ・サヴァール&エスペリオンXXI

2023年10月28日14:00  神奈川県立音楽堂


主催:合同会社オフィス山根

共催:公益財団法人 神奈川芸術文化財団


ジョルディ・サヴァール&エスペリオンXXI


 ヴィオラ・ダ・ガンバ&ディレクション/ジョルディ・サヴァール

 ビウエラ&バロックギター/シャビエル・ディアス=ラトレ

 スペイン式バロックハープ/アンドルー・ローレンス=キング

 打楽器/ダビド・マヨラル


 

ルイス・デ・ミラン:ファンタジアおよび舞曲集「エル・マエストロ」

  ファンタジア第8番、第38番、パバーヌ第1番、ガイヤルド第4番
トバイアス・ヒューム:「音楽によるユーモア」
  ヒューム大尉のパヴァーヌ~ガイヤルド、
  たったひとりで行軍する兵士(無伴奏バス・ガンバ)
カタルーニャ民謡(サヴァール編):作者不詳
  アメリアの遺言、糸を紡ぐ女
フランセスク・ゲラウ:「音楽で綴った詩」
  エスパニョレータとフォリア(バロックギター)

「ムーサたちの涙」

  ジョン・ダウランド:いにしえの涙
  アントニー・ホルボーン:ムーサたちの涙、妖精の円舞
 
 アントニオ・デ・カベソン:パバーヌと変奏
 ジュアン・カバニリェス:序曲~イタリアのコレンテ
 マラン・マレ:フォリアによる変奏
 ルイス・ベネガス・デエネストローサ:カベソンのファンタジア

 アンリ・ル・バイイ:パッサカリア「わたしは狂気」
 新大陸に伝わったバグパイプ:摂政殿のラント~モイラの君主

              ~ホーンパイプ

サンティアーゴ・デ・ムルシア:「サルディバル写本」より 

             ガリシアのフォリア~イタリアのフォリア~
             舞踏曲「狂気の蜜」



 サヴァールも80代、ステージに登場する様子はちょっと歳をとった印象を受けたが、熱い情熱のこもった演奏で、まだまだ達者。

 今回はエスペリオンXXIのメンバーとの演奏会でソールドアウト(立ち見席が当日販売)。2013年9月に来札し、札幌コンサートホールでサヴァールのソロリサイタルを開催している。これもソールドアウトだった。ステージ上のサヴァールだけを照明で浮かび上がらせた幽玄な雰囲気の演奏会で、彼ならではの独自の世界を繰り広げた秀演だった。このときの演奏曲目が今日も演奏されていた。


 今回は総勢4名によるアンサンブルで、通常照明の演奏会。前半は16〜7世紀の作品集で、基本的には一般にパヴァーヌとガイヤルドと言われる緩急の対比する舞曲を中心に構成されたプログラム。本来踊るための姿から次第に様式化されて演奏会用ピースへと変遷していく過程を様々な演奏スタイルで聞かせてくれた。

 プログラム後半はフォリアがテーマとなり、盛大なフィナーレを迎える、というよく考えられた構成。

 それぞれの作品は短く聴きやすく、しかも編成を変え、アンサンブルとソロを交互に演奏するなど、聴衆を飽きさせないよう、かつ興味が持続するよう周到に組み立てられており、さすがサヴァールだ。


 サヴァールはディスカント・ガンバ(高音用のガンバ。小型のヴィオラ・ダ・ガンバ)とバス・ガンバ(通常目にするヴィオラ・ダ・ガンバ)の2つの楽器を演奏。ディスカント・ガンバも足に挟んで演奏するが、これがとても素晴らしくコントロールされており、美しい音色で音がホールの隅々まで通る優れもの。


 前半はバロック以前の時代の作品で、遠く遥かな時代の民衆の伸び伸びした姿が眼前に浮かんでくるような演奏。通り一遍の、楽譜通り演奏したアンサンブルではなく、即興性豊かで、生き生きとした生命力を感じさせ、聴き手に想像力を掻き立てさせる演奏だ。

 YouTubeでこのアンサンブルの映像が数多くアップされており、彼らの妙技を楽しむことができるが、こうして実際に聴いてみると、実に魅力的な音色だ。

 後半のさすがにマレーのフォリアになると、時代は一転して、名技を発揮するマレーとそれを楽しむ宮廷人の姿が浮かんでくる。サヴァールは前半でヴィオラ・ダ・ガンバソロが今ひとつ調子に乗り切れなかっただけに、一抹の不安があったが、ここでは絶好調。

 後半はフォリアによる名人芸大会、次々メンバーそれぞれが名技を披露して楽しませてくれた。

 ローレンス=キングのハープは常に安定していて、通奏低音の役割はもちろん、即興性豊かでソリスティックなパッセージで全体の雰囲気を作り上げていた功労者。

 ディアス=ラトレ(ビウエラ&ギター)はリュート族のビウエラとバロックギターを弾きわけ、特にゲラウの「エスパニョレータとフォリア」は鮮やか。

 打楽器のダビド・マヨラルは冷静に、地味にアンサンブルを支える役割だったが、様々な打楽器を多彩に弾きわけ、特に微細な音量での表現がとても魅力的で、視覚的にも楽しませてくれた。


 今回のような古楽アンサンブルの面白さは映像でも楽しめるが、各楽器の音量、響きはやはりライヴならでは。ジャンルを超えたエンターティメントとしても存分に楽しめた演奏会だった。欲を言えば、歌手を一人加えてくれると華やかさが増しただろう。


 古楽アンサンブルの常として、各曲ごとに演奏前にチューニングを繰り返し行う。これはそれなりに観ていると興味深くはあるが、何度も続くとさすがに飽きてしまう。全体の演奏時間の10分の1はこれに費やしていたのでは? チューニングのための即興曲など演奏する方法を考えてくれたら面白そうだが。

 そのためでもないが、終演はアンコール2曲を含め、16時30分。


 神奈川県立音楽堂は久しぶり。由緒ある歴史的建造物でホワイエ等の構造はさすがに古さを感じさせるが、音響はとても自然で美しくいいホールだった。

2023/10/30

 読売日本交響楽団第666回名曲シリーズ


2023年 10月27日19:00 サントリーホール


指揮/セバスティアン・ヴァイグレ
チェロ/宮田大

プロコフィエフ:交響的協奏曲 ホ短調 作品125
ハチャトゥリアン:バレエ音楽「ガイーヌ」から

       “ゴパック” “剣の舞” “アイシャの踊り”
       “バラの乙女の踊り” “子守歌” “レズギンカ”
ストラヴィンスキー:バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)


 


 プロコフィエフのソロを弾いた宮田が出色の出来。ロストロポーヴィッチのために書かれただけに、チェロのあらゆる技巧が登場する聴かせどころ満載の作品だ。

 かなりのテクニックが要求されるが、技術的にも音楽的にもほぼ完璧に手中に収めていて、派手さはないものの、誠実な音楽性が感じられた見事な演奏だった。

 第1楽章こそソロもオーケストラもお互いに手探りのところがあったが、第2楽章以降はほぼ完璧。オーケストラとソロの対話も素晴らしく、万全の仕上がりだったのではないか。

 ヴァイグレは、オーケストラパートをもっと個性豊かに表現してもいいように感じたが、全体的なバランスがよくソリストを好サポート。

 本来はもっと土臭く、野生的な性格を帯びた作品なのかもしれないが、ソロもオーケストラもすっきりと洗練されたモダンでスタイリッシュな演奏で、とても聴きやすかった。

 ソリストアンコールに、ラフマニノフのヴォカリーズ。これがよく歌い込まれ、音楽的で音程がとてもきれい。単にピッチがいい、ということではなく、これ以上ないと思われる純正で美しい音程で歌い上げ、抜群のセンスの良さを披露してくれた。


 ハチャトリアンは、「剣の舞」以外はなかなか聴く機会の少ない作品が6曲。早めのテンポで颯爽と仕上げた快演で、聴衆にとっては、プロコフィエフとストラヴィンスキーの曲者作曲家に挟まれた清涼剤の役割。

 多種多彩な楽器が登場して、視覚的にも楽しめ、かつ音楽の単純明快さがとても心地よい。コンサートピースとしては見事な仕上がりだが、バレエ音楽としては当然速過ぎる演奏だ。せっかくのバレエ音楽特集なので、テンポの変化など、作品ごとの対比をもっと強調した方が面白かったのでは?


 ストラヴィンスキーは、オーケストラが絶好調。今日のヴァイグレは、物語を音楽で綴っていく表現ではなく、一気呵成に全曲を演奏していく明るく屈託のない火の鳥。歯切れ良く鮮やかにオーケストラをよく響かせ、団員の優れた音楽的センスを見事に引き出した好演だ

 ただ、演奏にはかなりゆとりがあったので、各曲の性格描写など、もっと時間をかけて丁寧に物語を話して聴かせてくれると、より楽しく鑑賞できたのかもしれない。

 

 読売日本交響楽団を聴いて記憶に残っているのは、定期公演では2019年3月の「グレの歌」(サントリーホール)、2020年には第49回サントリー音楽賞受賞記念コンサートで、2020年10月のメシアン「峡谷から星たちへ」。いずれも忘れ得ぬ名曲と、読響ならではの名演だった。東京では、ほかに東京芸術劇場と新国立劇場で聴いたことがある。


 札幌でもKitaraで何度か演奏会を開催しており、在京のオーケストラでは比較的来札機会の多いオーケストラだ。Kitaraで聴いた力強い響きは、今日のコンサートでも、もちろん健在だ。

 在京のオーケストラは演奏会場が様々なので、当然その都度響きが異なる。ホールの響きに臨機応変に対応する能力が必要なのだろうが、札幌交響楽団はKitaraで、のように一体どこのホールで聴くと、本当の姿がわかるのか、いつも思う。