2021/10/18

若い芽の音楽会〜北国を翔ける新星


北海道教育大学・札幌大谷大学の卒業生・在校生12組が出演


20211016日14:00 札幌コンサートホールKitara小ホール


プログラム

<サクソフォン四重奏>

 ソプラノサクソフォン/大石 涼 アルトサクソフォン/近本 歩実

 テナーサクソフォン/岩城 光大 バリトンサクソフォン/城 史花

  マスランカ:レシテーション・ブック 5楽章

  村松 崇継/浅利 真編曲:生命の奇跡 for SAXOPHONE QUARTET


<木管五重奏>

 フルート/中島 由衣 オーボエ/大堀 祐香 クラリネット/井上 

 ホルン/金崎 紗奈 ファゴット/山田 陽未

  ツェムリンスキー:ユーモレスク

  ダンツィ:木管五重奏曲 ヘ長調 作品68-2より 1楽章


<フルート・デュオとピアノ>

 フルート/類家 千裕、越中 萌々香 ピアノ/泉 そよか

  真島 俊夫:紅~2本のフルートとピアノの為の

      第1 「秋風」、第2 「黄昏色」、第3 「紅燃ゆる」


<ピアノ・ソロ>

 ピアノ/畠山 桃子

  ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ 2 変ロ短調 作品36より 

      第2楽章、第3楽章


<サクソフォン四重奏>

 ソプラノサクソフォン/鈴木 ゆりあ アルトサクソフォン/中村 寿

 テナーサクソフォン/渡邉 丈留 バリトンサクソフォン/伊藤 拓朗

  伊藤 康英:木星のファンタジー

  長生 淳:彗星 トルヴェールの「惑星」より  

                   サクソフォン四重奏のための


<クラリネット三重奏>

 クラリネット/鈴木 聖来 ヴィオラ/垣原 慰吹 ピアノ/沼田 唯花

  ライネッケ:クラリネット、ヴィオラとピアノのための三重奏曲 

        イ長調 作品264より 1楽章


<ソプラノ・ソロ>

 ソプラノ/櫻井 彩乃(ピアノ伴奏/石井 ルカ)

  ドニゼッティ:歌劇 「アンナ・ボレーナ」

        “あなたたちは泣いているの?私の生まれたあのお城


<ピアノ・ソロ>

 ピアノ/仲鉢 莉奈

  ブラームス:3つの間奏曲 作品117より 1曲、第2


<オーボエ・ソロ>

 オーボエ/大堀 祐香(ピアノ伴奏/田中 望未)

  ポンキエッリ:カプリッチョ


<トロンボーン四重奏>

 トロンボーン/山田 颯音、金子 奈央、井深 瑞希、和田 圭吾

  ブルジョワ:トロンボーン四重奏曲 作品117


<ヴァイオリン・ソロ>

 ヴァイオリン/垣原 遥愛(ピアノ伴奏/中村 和音)

  サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン 作品20


<ピアノ・ソロ>

 ピアノ/信濃 りかこ

  リスト:メフィスト・ワルツ 1 「村の居酒屋での踊り」 S.514



    緊急事態宣言解除後の最初のKitara主催事業が北海道で学んだ若手の演奏会だったのは未来への希望が持て、縁起がいい。通常通りの開催となり賑やかさがやっと戻ってきた。

 標題の演奏会は音楽コースを有する北海道教育大学と札幌大谷大学から推薦された在校生、卒業生が出演するコンサート。おそらくホール開館7年目の2003年から開催されているシリーズなのでもうすぐ20回だ。


 コロナ禍で昨年中止になり、今回久々の復活公演。いつもは5月の連休開催なので、1年半ぶりの開催。昨年の出演予定者6組も出演したので、いつもの倍の 12組の出演となった。アンサンブルメンバーの変更、曲目変更があったり、大学を卒業し社会に出て活躍あるいは留学予定の出演者もいる。


 全員満を持しての出演で、特に管楽器アンサンブルのレベルの高さに感心した。

 サクソフォーン四重奏は二組、いずれも現代の作品を演奏。演奏テクニックは安定していて、楽器のサウンドもきれい。

 両組ともとても音楽的で、クラシックの枠にとらわれない自由で伸び伸びした感性で、技術的な難曲も、静かで落ち着いた曲も申し分なく表現されており、なかなか聞きごたえのある演奏だった。中でも長生淳作品の多彩な表現が特に良かった。このジャンルは、一般にはなかなか馴染みがない分野だが、作品と楽器の魅力を充分伝えてくれたのではないか。


 トロンボーン四重奏は全員安定したテクニックの持ち主で、よく歌い込まれたアダージョが印象的。各楽章の対比が鮮やかで、楽しめた。

 木管五重奏は今回の管楽器アンサンブルの中では唯一クラシックな作品を演奏。落ち着きある演奏で、ダンツィの明るく伸びやかな音楽が若々しく表現されていた。

 フルートデュオとピアノは紅葉を迎える今の季節にピッタリの作品。衣装もお揃いで素敵。色々なフルートが登場し、楽器の音色も楽しめたが、このアンサンブルは、3人のサウンドがばらばらになることがなく、しっかりと大きな一つの響きとなってまとまって聴こえてきたのが素晴らしい。アンサンブルとしての深みを感じさせたとてもいい演奏だった。

 

 オーボエソロは技術的に高度な箇所も難なくこなした名演だ。オーボエにとっては超絶技巧の作品なのだろう、細部まで吹きこなしており、作品の価値をしっかりと伝えてくれた。伴奏はゆとりがあり、オーボエをよく支えていた。

 クラリネット三重奏はヴィオラが入った珍しい編成。古典のライネッケの、当時の色々な作曲家の影響を受けている多様な顔が見えて楽しかった。

 ヴァイオリンソロは、原曲の熱いエネルギーが伝わり、ピアノともども熱演。

 

 ソプラノソロは、テューバ専攻から2年前に声楽専攻に転向したそう。声量があり表現力豊か。わずか2年でこれだけ歌えるのは、将来が楽しみ。ピアノがドニゼッティの軽快な音楽をよく表現し、いい音が出ていた。


 ピアノソロでは、ラフマニノフはピアノが良く鳴っていたし、表現力もあり楽しみなピアニストだ。大男が弾くような大曲をよくまとめていた。

 ブラームスはよく歌い込んだ音楽的な演奏。しみじみとした秋の風景にふさわしい。

 リストは技術的にも音楽的にもスケールの大きさが感じられた演奏。これから留学するとのこと、将来に期待しよう。


 今回のピアノは今までKitaraで聴いたことのない音色。新しいスタインウェイだと思われるが、個性的なサウンドで、興味深い音がしていた。このピアノの音が今後どのように変化していくかも楽しみだ。

 

 この演奏会シリーズでは、本番にありがちなトラブルやミス、もっと技術を身につけなければならない者など課題はいつもたくさんあるが、若いエネルギーが感じられ、毎回心地よい印象を受ける。

 2003年のプログラムと比較すると、その内容は大きく変化している。管楽器のアンサンブルが増え、それに伴いプログラムに20世紀の作品が増え、演奏様式も多様化してきている。芸術文化の様式や流行の変化が最も端的に現れてくる演奏会かも知れない。その点でもっと注目されていい。

 また来年、どのような新人がデビューするか、とても楽しみである。

2021/10/09

 園田高弘ピアノリサイタル


2003121319:00   札幌コンサートホールKitara 小ホール

ベートーヴェンピアノ作品連続演奏会第5回


ベートーヴェン 幻想曲 ト短調 作品77

       ピアノソナタ 第32番 ハ短調 作品111

       ディアベルリのワルツによる33の変奏曲 

                      作品120


 オープンから20数年経過すると、札幌コンサートホールで名演を聴かせてくれた演奏家の中には、他界した演奏家も少なからずいる。日本人では園田高弘。公式HPによると1928年生まれで200410月逝去。演奏家としてはこれから円熟の極みに到達する年齢だっただけに惜しまれてならない。

 

 園田はKitara主催事業には2回出演しており、標題のコンサートが第2回目。初登場はベートヴェンピアノ作品連続演奏会のシリーズ第1回で、2001103日。ピアノソナタ第2729番の後期ソナタ三曲を演奏し、巨匠らしい堂々とした見事な演奏だったが、園田の名音楽家としての素晴らしい存在感を示してくれたのはむしろこの第2回目だと思っている。プログラムがとても魅力的でベートーヴェンの晩年を色濃く物語る作品ばかりだ。


 次々と色々な楽想が登場する一風変わった作風である幻想曲は、意外と聴く機会が少ない。園田の演奏は細部を精密に整えるというよりは即興的要素を反映させたスケールの大きな演奏で、幸いこの演奏はKitara 開館10周年記念CDに収録されており、今でもその名演を聴くことができる(2007年7月4日の10周年バースデイコンサートの来場者にプレゼントされた非売品)。

 ソナタ第32番とディアベルリ変奏曲はまるで一つの大きな作品のようだった。技術的にも音楽的にも日本人演奏家としては最高のレベルで、やや硬質だが決して芯がぶれない気骨のある演奏。語り口はスマートではないが、真摯で、嘘偽りのないベートーヴェンの音楽世界を見事に表現した名演だった。


 当時は開館4年目で、新しいスタインウェイにいいサウンドが出てきた頃だ。園田のサウンドは必ずしも美しい音ではなかったにせよ、言葉では表現できない深い味わいのある魅力的な音だった。

 手元に詳細なデーターがないので断言は出来ないが、Kitara で大曲のピアノソナタ第29番とディアベルリ変奏曲の両方を演奏したのは園田ただ一人だ。

 戦後すぐにデビューし、ヨーロッパで活躍した数少ない選び抜かれたエリート達の世代の演奏を聴けたのはとても貴重な機会でもあった。2004年12月9日の札響定期でブラームスのピアノ協奏曲第2番を演奏する予定だったが、果たせなかった。



写真は園田高弘帰朝演奏会

札幌公演予告パンフレット

(M•N氏提供、年代不明)




2021/09/14

 ハンガリーの音楽家達〜

イシュトヴァーンラントシュ 

ピアノリサイタル


2002年2月2217:00   札幌コンサートホール小ホール

ベートーヴェン ピアノソナタ第7番ニ長調

リスト     暗い雲、悲しみのゴンドラ第2番、

        メフィストワルツ第2番

ムソルグスキー 展覧会の絵


 イシュトヴァーンラントシュは日本ではピアニストとしてよりも教育者として知名度が高い。1949年生まれ、68年ハンガリー・ブダペストのリスト音楽院入学、74年から同音楽院で教え始め、84年ピアノ科主任、9497年に学長。86年から3年間北海道教育大学助教授として札幌に在住し、現在は札幌大谷大学の客員教授を務める。札幌には馴染みの深い人物である。それ以外にも東京を中心に日本各地をコンクールの審査員やレッスンで訪れ、全国に彼を慕う人は多い。 彼はサッポロビールをこよなく愛する温厚な人柄で、誰に対してもフレンドリーなのは86年からの札幌滞在でよく知られている。


 Kitaraではオープンの97年以来毎年リスト音楽院セミナーを開催、リスト音楽院から教授を招聘してレッスンとコンサートを行っている。毎年欠かさず来札しているのがイシュトヴァーンラントシュ。

 セミナーでは、レッスンの他にミクローシュ・ペレーニのチェロリサイタルで共演する事が多い。暖かく丸みのある柔らかい音でペレーニのチェロを包み込むラントシュ・サウンドは聴衆に馴染みがある。彼の演奏はいつも洗練され安定していて、大げさな表情が一切なく誠実でまろやかな音楽を奏でる。ときとして、その安定感がもどかしく感じることもあるが、その温厚なラントシュが突然牙を剥いて、感性鋭い、求心的で激しい、それでいて全体の作品像をギリシャ彫刻のようにほぼ完璧に整った姿でまとめ上げた素晴らしい演奏を披露したのが2月22日のリサイタルだった。20年も経った今でも、Kitara小ホールでのリサイタルでは、間違いなく歴代ベストテンに入ると確信できる素晴らしい内容だった。


 ベートーヴェンの「ピアノソナタ第7番」は、全く隙がなく求心的で熱いパッションに満ちた第一楽章、第一楽章のパッションが途切れることなく継続され、深遠で凄みさえ感じられたラルゴの第二楽章、それまでの緊張感をさっと抜くような、透き通るようなピアニシモで開始された明るい第3楽章、ユーモアと躍動感に満ちた最終楽章。あっという間に過ぎた時間だった。

 続いてリストの晩年の作品から3曲。これはラントシュの、いわばハーフタッチとも言える絶妙なトーンコントロールが晩年のリストの不安定な心情をよく表現していた。

 後半の「展覧会の絵」は表情豊かで多彩。冒頭の「プロムナード」の重量感から、「小人の精」の表現の豊かさ、「殻をつけたヒヨコのバレエ」の軽快さ、そして「バーバー・ヤーガ」からフィナーレの「キエフの大門」のスケールの大きさなど、ラントシュが彼等の世代での抜きん出た才能の持ち主である事を示した素晴らしい演奏だった。


 ラントシュはいつも本心を露わにしない思慮深いタイプの演奏がほとんどなのだが、この日は違った。アンドラーシュシフ、デジューラーンキ、ゾルタンコチュシュ等とほぼ同世代のハンガリー楽派の一員でもあるラントシュは彼等と比べるとピアニストとして華やかな演奏活動を行なわず、教育者としての道を中心に進んだ人だ。感性鋭い演奏をいつもするよりはそのエネルギーを教育に捧げる方を選択したのだろう。この日はその感性の鋭さが発揮された数少ない演奏で、その見事さに接することができたのは本当に良い機会だった。

 

なお、ラントシュのレコードとしては、以下の3作がおすすめ。

The unknown LISZT, SLPD12634

Schubert  Piano sonata D.850, LPX11634

Dohnanyi  Variations on a nursery song, SLPX12149 

いずれもHungarotonレーベルで、CD化されているかどうかは不明。


2021/08/16

 マルチタレント、鈴木優人



2019年5月3日 Kitaraかると「きがるにオーケストラ」 

指揮 鈴木優人   オーケストラ 札幌交響楽団


ベートーヴェン  交響曲第5番「運命」より第1楽章

ブラームス    交響曲第3番より第3楽章

J.Sバッハ    カンタータ第29番「神よ、我ら汝に感謝す」より

        "シンフォニア"(オルガン/シモン・ボレノ)

ベートーヴェン   交響曲第7番より第4楽章

ヴィヴァルディ   ヴァイオリン協奏曲「四季」より第1番「春」

ショスタコーヴィッチ ジャズ組曲第1

藤倉 大                   バニツァ・グルーヴ!

ラヴェル                ボレロ 



将来を嘱望される才能ある若手指揮者を聴くことはコンサート鑑賞の醍醐味の一つだ。最近ではアンドレア・バッティストーニと鈴木優人。バッティストーニは別の機会に触れることにして、今回は鈴木優人。


指揮者としての札幌デビューは、2019年5月3日Kitaraかると「きがるにオーケストラ」。彼を今クラシック音楽界で最も優れた才能の持ち主と呼ぶ事は誰も異論があるまい。指揮者、作曲家(編曲等含む)、チェンバリスト、オルガニスト、ピアニスト、しかもFM番組のDJまで。レパートリーはバロックから現代までを網羅し、とんでもなく広い。父上がバッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ)の主宰者、鈴木雅明氏であることは周知のとおり。目覚ましい活躍を始める前に、 KitaraにはBCJの通奏低音奏者として何度か登場している。

 この日はオムニバス風に有名作品からの抜粋を中心に並べた、大人でも子どもでも気軽にオーケストラを楽しむことが出来るコンサート。「運命」では速いテンポで歯切れ良い生き生きとした指揮ぶりを披露するなど、古典でも藤倉大でも全く躊躇することなく、その作品像を明確に、鮮やかにわかりやすく聴衆に示してくれた。交響曲全曲などが今回はなかったので、その片鱗しか窺えなかったにしても、その素晴らしい才能を遺憾なく披露してくれた素晴らしいコンサートだった。

 同じ2019年5月29日に今度はBCJの首席指揮者として再び来札し、バッハのカンタータを聴かせてくれた。彼の出自を考えるとバッハは上手くて当然という気がするが、それ以外のジャンルでこの人が本当にどのくらい凄いのか、東京で聴いたコンサートから紹介しよう。


 まずは指揮者。2020106日、サントリーホール。サントリー芸術賞を読売日本交響楽団(以下読響)が受賞した記念コンサートで、プログラムはメシアンの「峡谷から星たちへ」。オーケストラはもちろん読響。当初指揮者はカンブルランの予定だったがコロナ禍で来日不可となり鈴木優人が代役。全3部12楽章で開演19時、休憩が第2部終了後に15分、終演は21時という大曲。指揮は恐らく万全だったのでは。代役とはいえ、これだけの大曲を見事にコントロールしてまとめ上げ、作品像を聴衆に分かりやすく紹介してくれる手腕はやはりただものではない。オーケストラ団員のソロが素敵だったが、これら団員の能力を引き出すのも指揮者の仕事。ホルン、打楽器セクション、管楽器セクション、それぞれがまとまり見事な演奏で、感心。シロリンバ、グロッケンシュピール、ウィンド・マシンなど視覚的に演奏の様子が面白い楽器があって、この種の作品はやはり実演を聴かないとその良さはわからない。


 ピアニスト、オルガニストとしては、2019年1月31日「アフタヌーンコンサートシリーズ、ソプラノとオルガン天上の響き、森麻季、鈴木優人」と題したリサイタル(東京オペラシティ、プログラムは下記の通り)。ここで鈴木優人はまず、ピアニストとして登場し森麻季の歌曲を伴奏。その後ピアノソロでラヴェルの「なき王女のためのパヴァーヌ」を、更にオルガニストとしてリストの「Bachの名前による前奏曲とフーガ」を演奏した。これだけの多種の仕事を同時にしながらもそれぞれの演奏はきちんとしており、けっして片手間の仕事ではない。歌曲の伴奏は歌をしっかりとサポートし、ブレスなどのタイミングで合わせて、とても音楽的。ラヴェルはきれいな音でロマンティックな雰囲気を再現しながらも、冷徹で客観的な平静さを崩さないし、リストのオルガン曲はディテールがやや曖昧にはなったにせよこの難曲を最後まで弾き切ってソロオルガニストとしても一級品であることを示した。


 この凄いマルチタレントが再び原点に戻って、BCJを率いて202111月にkitaraに登場する。この日はオールバッハで、ブランデンブルク協奏曲第五番での長大なチェンバロソロを弾く。クリスマスオラトリオも指揮をする予定だ。ソリストとしても指揮者としても、どのように成長しているかがとても楽しみな演奏家だ。


森麻季、鈴木優人プログラム(東京オペラシティ)

J.S.バッハ:あなたがそばにいたら

J.S.バッハ:プレリュード 変ホ長調 BWV552(オルガン独奏)

G.カッチーニ:麗しのアマリッリ

A.ヴィヴァルディ:来て、いとしい人よ

A.チェスティ:さようなら、コリンド

M.ラヴェル:なき王女のためのパヴァーヌ(ピアノ独奏)

R.アーン:クロリスに

R.アーン:至福のとき

H.デュパルク:旅への誘い

F.リスト:BACHの名によるプレリュードとフーガ(オルガン独奏)

F.ヘンデル:歌劇「エジプトのジューリオ・チェーザレ」より

      つらい運命に涙はあふれ

      嵐の海で難破した小船は

G.F.ヘンデル:歌劇「リナルド」より涙の流れるままに

P.マスカーニ:アヴェ・マリア

2021/07/23

 コープマンとアムステルダム・バロック・オーケストラの

モーツァルト


199861119:00開演

バッハ    チェンバロ協奏曲第一番ニ短調

ヘンデル  「水上の音楽」第一組曲 ヘ長調

モーツァルト アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525

       交響曲第29番 イ長調 K.201

主催 Kitara  Club



 札幌コンサートホールの大ホールは小編成の古楽器オーケストラでも豊かに美しく、しかも演奏者の音楽を聴衆に確実に伝えてくれるホールであることを実感した演奏会。

 トン・コープマンは現在ではもはや古楽界の巨匠。Kitaraに初登場したのは98年2月16日で、オルガニストとしてオルガンリサイタルを開催。同年611日に手兵のアムステルダム・バロック・オーケストラを率いて再び来札し、バッハ、ヘンデルとモーツァルトを演奏。この組み合わせで20001010日にもう一度来札、バッハのブランデンブルク協奏曲全曲演奏会を行っている。つまり彼は札幌でオルガニスト、チェンバリスト、指揮者の三つの顔と、バロックと古典の異なる世界を披露したわけだ。

 オルガン演奏はファンタジー豊かというよりはクリアに骨格を組み立てて行く現実的路線。バッハは有弁かつアクティブで猪突猛進型。共に素晴らしかったが、どちらも違うタイプの演奏があってもいい、と思った。


 一方で今日取り上げる98611日のモーツァルトは、優しく、情緒豊かで、躍動的でもあり、笑顔のモーツァルトの魅力がいっぱい込められた名演。他の誰にも表現できない、トンだけの、しかも古楽器演奏でなければ表現し得ないモーツァルト演奏の一つの理想形を示してくれた。

 小編成で、アンサンブルが揃っていてきれい。親しい音楽家が集まって、今日はモーツァルトを弾いてみようか、と言っているような、そんな楽しげな雰囲気と演奏する喜びが伝わってきた。息を呑む緊張感を与えてくれた97年のウィーン・フィルの圧倒的な名演とは正反対の、親密感あふれる名演だ。

 アイネ・クライネ・ナハトムジークは、古楽器ならではの、きれいな音程と、素朴だが艶やかによく歌い込まれた響き、緻密だがどこかゆとりのあるアンサンブルで、これほど鮮やかにしかも楽しげに、美しく仕上げられた演奏は後にも先にもこの日のがベスト。


 最後に演奏された交響曲第29番が素敵だった。モーツァルト18才の青春時代の傑作で、抒情的かつ躍動感に満ちた溌剌とした作品。第一楽章は静かに始まる冒頭のテーマが明るく伸びやかに歌われ、しかも歯切れ良く音がすっきりと抜けてきて、実に素敵。その後のリズミックな展開も鮮やかで、ここで聴衆の心をすっかり捉えてしまった。第二楽章の弾む複付点リズムの心地良さ、思わず踊りたくなる第三楽章のメヌエット、生命力に満ちた第四楽章。アムステルダム・バロック・オーケストラはこの作品を演奏するために組織されたのでは、と思わせるほど。これほど聴衆に幸福感と音楽を楽しむ喜びを与えてくれた演奏は初めてである。


 振り返ってみると、彼等は91年に日本でモーツァルトの交響曲全曲演奏会を開催し、98年はバッハのカンタータ全曲録音プロジェクトを進行中で、最も充実した時期の来札だった。古楽器オーケストラの魅力が、前半に演奏されたバッハとヘンデルよりも、モーツァルトの傑作集でより発揮されたのは、全て長調の明るい作風だったことと、コープマン自身の明るいキャラクター(恐らく)が一致したことによるのだろう。


 ちなみに、古楽器演奏について。例えばバッハの作品はバッハの時代の楽器、あるいはそのレプリカを使用して当時の様式に従って演奏することを総称して古楽器演奏、あるいはオリジナル楽器による演奏と呼ぶ。厳密に言えば、当然、モーツァルトの作品はモーツァルト時代の楽器を使用して演奏しなければならない。楽器が違えば演奏法も違ってくるので、同じ古楽でもスタイルはバッハとモーツァルトでは大きく異なる。

 現代のオーケストラが同じ表現をしようとしても楽器の構造と奏法の違い、そして音色の違いがあり、かなり難しいだろう。



2021/07/20

〈リニューアルオープン記念〉

Kitaraのバースデイ〜札響 with 安永  徹&市野  あゆみ


 2021年7月4日(日)15:00開演

札幌コンサートホール 大ホール

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番(ピアノ 市野あゆみ)

ヤナーチェク 弦楽のための組曲

モーツァルト 交響曲第41番 ジュピター


 指揮者無しで安永徹がコンサートマスター。この仕組みはキタラ主催で二回目。久しぶりのキタラ大ホール、自然で豊かなサウンド、とてもいい音だった。

 オーケストラの編成は10型。大きくもなければ小さくもなく、ちょうどいい規模。配置は第一と第二ヴァイオリンが対向配置。各団員はコロナ対策で一人一台の譜面台を使用。全体はステージのやや奥にセッティングされており、ピアノも通常の位置よりかなり奥。この配置がステージ上の響きをうまく拾い、さらにホール全体に響いていたのだろう、心地よい響きだった。札響は通常の配置より今日のようにコロナ対策での広がったセッティングの方が音が柔らかく広がっていいと思う。

 安永の好リードで札響としては特に弦楽器が会心の出来。聴衆も久しぶりのkitaraの響きと名演奏を楽しんでいたのでは。

 最初はピアノ協奏曲。通常のコンサートではコンチェルトでオーケストラが雄弁になることはあまり多くない。ところが本日の演奏、ピアノ協奏曲でこんなにアクティブで表情豊かなオーケストラを聴いたのは初めて。      

 冒頭のヴァイオリンの主題の歌い方が実に表情豊かで、柔らかさの中に、一本筋が入った明快さと積極性がある。全曲通じてこの歌い方で積極性があり、強弱の幅も自然に広がり、そうすると必然的にスケールの大きな表現となる。アーティキュレーションはクリアで、長調から短調に変化していく微妙な陰影の表現が美しく、いつになく多彩な表情が聴こえてきた。ソリストとのアンサンブルも申し分なく、これだけ綿密で一体感がある協奏曲の演奏は珍しい。この作品の魅力の一つであるピアノソロと管楽器の対話に、やや不消化なところがあったにせよ、管楽器も大健闘だった。

 ソリストの市野がいい音を出していた。モーツァルトのピアノ協奏曲といえばまず、きれいに、美しくまとめる、というのが普通だが、ただきれい、というだけではなく、この作品に込められた様々なドラマが見事に表現されており、表情がオーケストラ同様豊かで、ハーモニーも厚く、ピアニスティックな要素が完全にクリアされていた。特にピアノソロから始まる第三楽章が実に生き生きとしており、これは素敵だった。輝かしい未来を祝うような、Kitaraのバースデイに相応しい演奏だった。協奏曲でソリストはもちろん、オーケストラまで楽しめた演奏は本当に久しぶりだ。楽器を完全に手中に納めており、ピアノの状態・調整も良かった。

 

 後半のヤーナチェクは弦楽器だけのアンサンブル。ハーモニーというか、全体の調和、音色が実に見事。前半のコンチェルトにあったオケとピアノの微妙なピッチの食い違いのようなものが払拭されており、とても美しいハーモニーが生まれていた。

 若い頃の作品だが、今日のように指揮者がいなくても、個々の奏者の表現への積極性が感じられる演奏で聴くと、実に多彩で若々しい生命力に溢れた豊かな音楽だ。元来ローカルな作品だが、今日の演奏はそういう土臭さよりはインターナショナルで洗練された音楽。随所に聴こえた伸びやかな表情が印象的で、特に第五曲、六曲での緻密でかつ柔らかいよく歌い込まれた奥行きのある表情がとても良かった。


 最後はジュピター交響曲。全体的には心地よい拍子感とメリハリある表情が一致して、がっちりした構成感を作り上げ、壮大な建築物を見るような演奏。フレーズのディテールの彫塑は緻密で、ベテラン指揮者にありがちな弾き飛ばす(振り飛ばす?)いい加減さはどこにも感じられない。最近では稀な、細かいところまでしっかり掘り下げた引き締まった上質の演奏である。

 以前、2009年に同じ構成でハイドンの交響協奏曲やシューベルトの交響曲を演奏した際は、指揮者なしの欠点でもある慎重過ぎて音楽が停滞してしまう現象がところどころあったが、今回はそういう欠点は一切ない。

第一楽章はやや遅めのテンポで堂々とした音楽。様々な楽想を深く掘り下げた陰影のはっきりした演奏。第二楽章は情緒豊かな演奏だが、弦楽器と管楽器の対話のシーンの見事さなど、なかなか聴けない名演奏だ。この楽章での各パートが集中してお互いに聴き合う室内楽的緻密さは普段の札響にはない姿勢。結果的に柔らかく豊かなオーケストラの響きを生み出していた。

 第三楽章のメヌエットはヴァイオリンの柔らかいボーイングが生み出すふくよかさと絶妙な三拍子がうまくマッチングしていて心地良い自然で豊かなサウンド。トリオでは第四楽章のフーガの主題のモティーフが突然登場して驚かせるところだが、ここでは明確なアクセントで強調し、モーツァルトの意図を十分すぎるほど反映していた。トリオからメヌエットへ戻る時に一瞬の隙があったのが惜しまれる。

 第四楽章のフーガは力感あふれる見事な演奏。フーガのテーマで個々の音符にアクセントが明確に付けられ、対旋律の律動的な動きもかなりクリアで、実に明快な演奏である。第388小節で、コントラバスと第二ファゴットで演奏されるフーガのテーマをティンパニーで増強した箇所はティンパニーの音程が定まらなかったのが惜しまれる。

 アンコールにグリークの組曲ホルベアの時代から。実に鮮やかで、爽やかな演奏。

 やはりこの日のコンサートは安永徹のベルリンフィルで培ったオケマンの豊かな経験が全て。この経験をもっと若手に伝える機会を作れるといいのに、と思う。

  

 



2021/07/19

ティンクとウィーン・フィルのブルックナー


ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 19971010

シェーンベルク 管弦楽のための5つの小品

ブルックナー交響曲第7番

指揮者 ベルナルト・ハイティンク 主催HBC北海道放送


ウィーン・フィルの札幌コンサートホール Kitara初登場。ウィーン・フィルは80年以来の17年ぶり六度目の来札公演だった。

演奏会はマチネーで、プログラムは前半にシェーンベルクの「管弦楽のための5つの小品」、休憩の後にブルックナー。


 この年の7月4日に開館した札幌コンサートホールはオープニング・コンサートやPMFの夏が終わり、秋のコンサートシーズンに入った時期。聴衆も新しいホールの響きに次第に慣れてきた頃に、満を持してのウィーン・フィルの登場だ。

 この1010日は来日ツアー初日で、しかも初めて演奏する新しいホール。この二つが彼等にもたらしたであろう緊張感と、開館して間もない札幌コンサートホールの自然で豊かな響き。そして札幌の、楽器が美しく響く北国ならではの気候の素晴らしさ。これらすべてが、この上ないほどうまくマッチングして成立した、この時だけの、この時しか成立し得なかった一期一会の見事な演奏だったと思っている。


 後半のブルックナーの演奏が忘れられない。それぞれの弦楽器セクションがまるで一人で弾いているかのように見事にピッチが揃い、しかも各パートがお互いに他のパートを聴き合いながら、音程、ハーモニーを調和させ、精緻なアンサンブルで音楽を創り上げていく、まさしく巨大な弦楽四重奏が眼前に繰り広げられていく。

 そのプロセスは超一流のオーケストラならではの仕事だ。そこには一瞬の隙も遅延もなく、ミスもない。しかも音の重なりが織りなすハーモニーの美しさは初めて聴く素晴らしい響き。

 冒頭のヴァイオリンのトレモロからチェロとホルンによるテーマが登場し、ヴィオラがそれに加わっていくシーンは思わず鳥肌が立つほどの素晴らしさで、全体の響きの統一感は今まで経験したことのない見事な完成度で、これが世界最高のオーケストラの実力かと圧倒されたことを覚えている。

 その後も室内楽的緻密さで構築されていく音楽は、弦楽器はもちろんのこと、管楽器の音色と心地よい音程など、個々のパートのクオリティの高さと全体の調和の美しさ・統一感は例えようがなく深い感銘を受けた。ホ長調という必ずしも音程を揃えやすいとは言えないこの作品を技術的にほぼパーフェクトに表現していたのではないか。

 ウィーン・フィルの演奏は、その後、Kitaraではムーティの指揮(2008年)で、またサントリーホールでティーレマンの指揮(2013年)で聴いている。もちろん演奏は一級品であったことは間違いないが、この時のブルックナーほどの感動を与えてはくれなかった。

 

 そして指揮者のハイティンク。2019年引退公演を行い、第一線を退いたのは残念だが、彼なくしてはこの演奏は成立しなかった。作為的なことは一切行わず、オーケストラにごく自然に(そういえばブルックナーもシェーンベルクもオーストリア出身だ)ブルックナーを語らせることができたのもハイティンクならではの実力だ。恐らく彼の最高の名演の一つだったのではないか。引退公演で最後に指揮したのも偶然にもウィーンフィルと、このブルックナー交響曲第七番だった。

 その後、札幌コンサートホールは周囲の環境と響きの良さで広く知られるようになったが、このホールが札幌の新しい音楽文化の拠点になるだろうことを確信することができた思い出深いコンサートだった。