2023/01/30

ひろがる!つたわる!オルガンのひびき

なぞなぞパイプオルガン


2023年1月28日 14:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


オルガン・お話/石丸 由佳

    (新潟市民芸術文化会館りゅーとぴあ専属オルガニスト)


J.S.バッハ:幻想曲 ハ長調 BWV570

H.マリル:カリヨン
モーツァルト:フランスの歌「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲
        ハ長調 K.265(きらきら星変奏曲)より抜粋
J.
シュトラウスI世:ラデツキー行進曲
伊福部 昭/和田 薫編曲:SF交響ファンタジー 第1番 



 子ども向けのお話付オルガンレクチャーコンサート。ロビーは子供連れの家族で賑わい、いい雰囲気だ。
 細部までとてもよく丁寧に作られた良心的なプログラム。
 ステージ上奥に配置したスクリーンに、大オルガンの演奏の様子はもちろん、曲目、お話の内容などが上映される。
 同じくステージ上手側には、テーブル上にオルガンの仕組みがわかる、ふいご付きミニ卓上オルガンとオルガンのパイプの模型が、下手側にはポジティフ・オルガンも設置され、これらを全て使って石丸が説明をしていく。 

 最初にバッハを演奏。重量感のあるレジストレーションで、オルガン全体を良く響かせた冒頭にふさわしい力強い演奏だ。

 終了後、ステージに降りて来て、説明に入るが、移動時もスクリーンにはオルガン内部の様子を撮影したビデオが放映され、無駄な時間が一切ない構成。

 説明は台本を見ながら、話し方は朴訥でゆっくりと程良いテンポで親切丁寧。合間に入る実演は、お話の内容が確実にわかるように、時間をかけた、かつ良質の演奏だ。ステージ上の説明がほぼ30分とちょっと長めとも思ったが、場内の子供達は飽きずに聞いていたので問題なかったのだろう。


 再び、ステージ上から大オルガン演奏台に戻っての演奏。この移動時に、オルガン席までのバックヤードの移動風景が、あらかじめ収録済の映像で上演され、聴衆を飽きさせない工夫がされていて、これは感心。

 「カリヨン」の演奏に引き続き、「きらきら星変奏曲」では、ストップの選択と実際の様々なパイプの音色を、変奏ごとに換えて実演しながら説明。

 4段鍵盤とペダル全てを使用しての演奏で、多彩なパイプの音色とそれぞれの鍵盤上での違いを表現し、これは曲目の選択がよく、とてもわかりやすかった。

「ラデツキー行進曲」は,拍手の指揮者役でステージ上にホールスタッフ2名が登場。

 最後の「SF交響ファンタジー 」では、オムニパス風の作品ゆえ、今どの場面を演奏中、というメッセージが映画のワンシーンショットと共に投影され、これは気の利いた演出だった。終演が予定より10分程度オーバーしたが、場内は子供連れが多いにもかかわらず、皆大人しく鑑賞しており、これは内容が良かったためだろう。年配の夫婦連れも多く、子供だけではなく、大人も楽しめた内容だった。

 ただ、最後の伊福部の作品は、ゴジラと同時代に生まれ育った団塊の世代前後には楽しめた内容だが、子供達にはどうだったのか、ちょっと不安。作品としてはもっと思い切った現代音楽の方が、例えば先日のニューイヤーコンサートで演奏された藤倉大の作品のように、反復の多い、リズミックでゲーム音楽的感覚の作品の方がより面白かったかも知れない。



2023/01/16

 Kitaraのニューイヤー2023

2023年1月14日 15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/鈴木 優人

箏/LEO

管弦楽/札幌交響楽団


ヨハン・シュトラウスII:喜歌劇「こうもり」序曲

            ピツィカート・ポルカ(管楽器付き初版)

            ポルカ「雷鳴と稲妻」作品324

藤倉 大:箏協奏曲(管弦楽版)

ヴィヴァルディ:「四季」より 春

ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調作品27より

       第3楽章 アダージョ

ヨハン・シュトラウスII:ポルカ「春の声」作品410

                ワルツ「美しく青きドナウ」作品314 


 鈴木優人は初めてのKitaraニューイヤー登場。彼の父君、鈴木雅明が2013年1月12日のKitaraニューイヤーを指揮しており、親子でKitaraの指揮台に登壇するのは、マズア父子(父クルト:フランス国立管弦楽団2004年4月22日 、息子ケン=デイヴィト:PMFオーケストラ2022年7月22日)以来2例目。


 藤倉大の箏協奏曲が楽しめた。初演は2021年4月、コロナ禍のため無観客で今日と同じ指揮者とソリストで、読売日本交響楽団の演奏で行われている。

 公式YouTube で全曲鑑賞でき、しかも他のサイトでは、公式かどうかは不明だが、スコア(管弦楽版)まで掲載されており、鑑賞の手引きとしては完璧だ。


 基本的に、箏ソロパートは、増音程と減音程で性格づけられた幾つかのリズムパターンを、組み合わせを変えながらオスティナート風に繰り返され、所々で、自由で拍子感を感じさせないソロカデンツァが挿入される。オーケストラは和楽器を模倣した音色、響きを再現し、ソロと一体となって音楽を形成していく。  


 藤倉は和楽器のためのソロ作品を幾つも書いていて、和楽器の奏法とイメージ、音色については熟知しているようだ。この作品は、西欧のスタイルで作曲されてはいるが、根本には、やはり和のテイストが強く盛り込まれている。

 作品は、映画に例えると、モノクロのシーンとカラーのシーンが交代で登場し、しかもカラーのシーンは時としてどぎつい原色だったり、美しい風景を描いた水彩画風だったり、と色彩豊かだ。

 藤倉ならではのアクティブで、常に前向きで肯定的な姿勢が感じられる作風で、鑑賞後はある種の爽快感、満足感を与えてくれる彼ならではの特質を持った作品である。


 箏のLEOは、札幌初登場。卓越したテクニック、特に「ゆりいろ」、「ちらし」などこの楽器独特の技法(スコアを見て,初めて知った)で表現される微妙な色合の音色が素晴らしく、また、繰り返し音型は無機質にならずに、楽器本来の響きの美しさ、芯のある力強さをいつも感じさせてくれた魅力的な演奏だった。

 現代における箏の魅力、和楽器の存在の意味と限りない可能性を存分に伝えてくれ、ニューイヤーコンサートにふさわしい、しかもここでしか聴けない名演だった。


 アンコールは鈴木優人のチェンバロと一緒に「新春によせて」というタイトルの数分の短い即興演奏。ここでは鈴木がLEOの即興を見事にサポートし、しかもチェンバロの機能を効果的に活用した素敵な演奏だった。


 後半のラフマニノフが良かった。編成が12型だったにも関わらず、豊かな響きを導き出し、その中から管楽器群のきれいなソロがふわっと浮かび上がってきて、かつ過度にロマンティックになり過ぎず、この指揮者ならではの感性が光ったバランス感覚の良い演奏だった。


 ヴィヴァルディの四季から「春」は、今日のコンサートマスター、会田莉凡がソロ。柔軟でこなれた、よく歌い込まれた演奏で、これは機会があれば、是非全曲が聴きたくなる抜群のセンスの良さを披露してくれた。


 その他に定番メニューのJ.シュトラウス2世の作品が前半と後半で、全部で5曲。曲目が連続しないように、よく考えられた配置だ。取り立てて個性的ではないが、定番メニューを滞りなく上手にまとめ、作品の性格、魅力を過不足なくそのまま伝えてくれた好演。

 アンコールにラデツキー行進曲。


 ステージ上や、ロビーにはニューイヤーコンサートにふさわしい装飾が施され、多くの来場者で賑わい、いい雰囲気だった。

2022/12/27

 Kitaraのクリスマス2022

2022年12月24日15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/三ツ橋 敬子
ソプラノ/伊藤 晴◇
テノール/城 宏憲◆
管弦楽/札幌交響楽団


ポンキエッリ:歌劇「ジョコンダ」より 時の踊り

プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」より

       見たこともない素晴らしい美人◆

       おお、私は一番きれいでしょう…

             あなた、あなた、愛らしい方◇◆

       間奏曲

       捨てられて、ひとり寂しく◇

      歌劇「修道女アンジェリカ」より間奏曲

モリコーネ:映画『ミッション』より「カブリエルのオーボエ」

      映画『ニュー・シネマ・パラダイス』より「愛のテーマ」
マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より 間奏曲
プッチーニ:交響的奇想曲

      歌劇「ラ・ボエーム」より

       冷たい手を◆

       私の名はミミ◇

       愛らしいおとめよ◇◆
アンダーソン:クリスマス・フェスティバル 


 

 毎年恒例のKitaraのクリスマス。コロナ禍は未だ落ち着きを見せないが、昨年に引き続き、無事開催。三ツ橋は堅実で、安定した音楽を聴かせ、オーケストラから無理のない、いい響きを引き出す指揮者だ。

 プログラム構成はよく考えられた、バラエティーに富んだもの。


 マスカーニから始まったプログラム後半が楽しめた。

 マスカーニは札響からとてもきれいな音色を引き出し、ディテールを丁寧に仕上げたこの指揮者ならではの好演。

 続く、珍しいプッチーニの交響的奇想曲は、15分ほどの、音楽院卒業時の若き時代の作品。プッチーニのオペラのダイジェスト版のようで、彼のどれかのオペラで聴いたようなフレーズ(ボエームの冒頭はこの作品の中間部から引用されている)や、彩豊かな響きがそっくりそのまま聴こえてくる。輝かしい未来を予感させる立派な作品だ。三ツ橋が豊かな響きでドラマティックに表現し、聞き応えのあるいい演奏だった。


 ボエームからの一場面は、有名な作品だけに、やはり2人とも相当歌い込んでいるのか、前半で見られた硬さは一切無く、音楽によく馴染んだ伸びやかな声と、きめ細かい表情が素敵で、効果的で美しい照明演出も相伴い、聴衆を魅了した素晴らしい演奏だった。三ツ橋は歌をよくサポート。聴衆は今日1番の熱い拍手で出演者を讃えていた。


 続く定番のアンダーソンは、この指揮者の誠実な姿勢が感じられた、遅めのテンポで、重厚に仕上げた演奏。もう少しクリスマスらしい飛び跳ねるような感覚があれば、とも感じたが、しかし、安定感のあるいい演奏だった。

 

 前半は歌のほかに、札響団員のソロありの多彩なプログラム。

 冒頭のポンキエッリは、オーケストラから自然で美しい音色を引き出した好演。 

 プッチーニのマノン・レスコーからの一場面は、歌手も指揮者も緊張していたのか、音楽に乗り切れず、盛り上がりが今ひとつだったが、意外と演奏されない作品だけに、貴重な鑑賞機会だった。

 モリコーネでは、オーボエ首席の関と、今日のコンサートマスター、田島が秀悦なソロを披露。


 照明演出は、毎年恒例の、雰囲気ある良質のもので好感が持てるが、気がつかないところで、少しずつ内容がグレードアップや変更されたりしているようだ。これを鑑賞するのも、このコンサートの楽しみの一つでもある。


2022/12/19

 クリスマスオルガンコンサート


2022年12月17日15:00  札幌コンサートホールKitara 大ホール


オルガン/ヤニス・デュボワ

    (第23代札幌コンサートホール専属オルガニスト)

指揮/大木 秀一

合唱/市立札幌旭丘高校 合唱部、札幌山の手高校 合唱部


【オルガン・ソロ】

ブルーンス:コラール幻想曲「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」

フランク:大オルガンのための6つの小品より 

     第4曲 パストラール ホ長調 作品19

J.S.バッハ:さまざまな手法による18のライプツィヒ・コラール集より

      いざ来ませ、異邦人の救い主よBVW659

      いざ来ませ、異邦人の救い主よBVW660

      いざ来ませ、異邦人の救い主よBVW661

ダカン:「ノエルの新しい曲集」より

     デュオとトリオのディアローグのノエル 作品2-2

バルバートル:ノエルの形式による4つの組曲より

       第2番 第2曲 彼は小さな天使

【オルガンと合唱】

J.S.バッハ:コラール「主よ、人の望みの喜びよ」BWV147

クリスマス・メドレー ~もろびとこぞりて/ひいらぎ飾ろう

           /荒れ野の果て

フランク:Panis Angelicus

アルネルセン:I Will Light Candles This Christmas


 クリスマス・オルガンコンサートは今年で19回目。クリスマス時期の定番メニューとして定着し、毎年来場者が多い。高校生の合唱団が出演することもあって、場内は家族連れが多く、いい雰囲気だ。


 前半はオルガン・ソロ。Kitaraのオルガンを聴いたのは、デュボワのデビューリサイタル(2022年10月8日)以来だ。デビューの時は、さすがに緊張していたのか、演奏とオルガンの音が固くなりがちだったが、今日は、演奏もオルガンの響きも、とても良かった。

 ここ数日は寒いなりに気候が安定していたためか、ホール内の湿度、温度に大きな変動がないようで、オルガンの響きがいつになく柔らかく、上質で、品の良い響きがしており、久しぶりにKitaraオルガンの魅力的な音を堪能できた。


 冒頭のブルーンスは、落ち着いた語り口と安定したオルガンの響きが印象的。続くフランクはフルート菅の優しい響きが心地よく、全体の響きがふわっと柔らかくまとまって広がり、いかにも田園風で素朴な響きがしていてよかった。

 バッハはそれぞれの楽曲の個性がよく活かされており、レジストレーションの組み合わせもよく、聴きやすい音だった。

 ダカンとバルバートルは音楽の流れが自然で、特に言葉を話しているかのように聴衆に語りかけてくるような雰囲気があって、これはフランス語を母国語とするデュボアならではの名演。


 合唱は2校の合同で、卒業生が賛助出演。マスク無しの歌唱で、久しぶりにフィルターのない、直接の声を聞くことができた。一体何年ぶりになるのだろうか。

 ホールいっぱいに若々しい,よく訓練された美しい声が響き、また合唱のレベルがとても高く、ノンビブラートで、しかもきれいなピッチで重なる厚いハーモニが素晴らしかった。高校生とは思えない、成熟した大人の声で、立派なプロ級の合唱だ。デュボアのオルガンは終始合唱を支えて、いい伴奏だった。


 場内は、毎年恒例だが、気の利いた節度ある演出と照明が、クリスマスの落ち着いた雰囲気を伝えてくれ、楽しかった。




2022/12/18

札幌交響楽団hitaruシリーズ定期演奏会第11回


2022年12月15日19:00  札幌文化芸術劇場hitaru


指揮/川瀬賢太郎


サクソフォン/上野耕平

ピアノ/山中惇史

パーカッション/石若駿


管弦楽/札幌交響楽団


ニールセン:フェロー諸島への幻想の旅

吉松 隆:サイバーバード協奏曲(1994)

メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」

 


 吉松隆がよかった。サクソフォンの上野は、何度も来札しており、札幌の聴衆にはお馴染みだが、やはりこの人の音楽的センスは抜群で、サクソフォーンの楽器の範疇を超え、聴衆に訴えかけてくる優れた表現力がある。今回は、喜怒哀楽が豊かな、鮮やかな演奏を聴かせてくれた。

 山中、石若も、アンサンブルに対する優れた感覚を持っており、美しい音色による繊細な表現が素晴らしい。

 特に第2楽章に込められた吉松の思いが、3人による繊細で、透き通るような音色で表現され、これはとても感動的な演奏だった。

 パーカッションの石若の澄んだ美しい音がとても印象的で、時には主役として自己主張をしたり、また影でそっと支えたりと、見事な存在感だ。パーカッションが、多彩な表現能力を持った、しかもとても優美な楽器であることを示してくれた。

 オーケストラはややソロを邪魔するような、大きすぎる響きの箇所もあったにせよ、ソリストとの一体感があって、いい演奏だった。

 吉松の作品には、ほんのりとした調性感覚と、日本人ならではの情緒豊かな感性がある。「美しい旋律や和声を否定した20世紀の前衛音楽に反旗を翻し、1980年代から「世紀末叙情主義」を標榜(当日配布プログラム解説より)」している通り、今日の演奏は吉松作品のそんな魅力を存分に伝えてくれた。吉松が来場し、この演奏を鑑賞。

 3人で、アンコールにロンドンデリーの歌。ピアノの山中がしゃれた即興を聴かせ、上野がそれに答え、石若が彩りを添える、という呼吸の揃った鮮やかな演奏で、聴衆への素敵なクリスマスプレゼントとなった。

 

 メンデルスゾーンは、楽曲の性格が比較的明確な後半の第3、4楽章が、表情に豊かさがあり、充実した響きのまとまりある演奏で、聞き応えがあった。

 ただ、今日座った一階の20列では、弦楽器の厚い響きに覆われて木管楽器群のソロがKitaraのように抜けて響いてこない。ここは客席によってかなり響きに違いがあるにせよ、メイン会場のKitaraとは、響きのバランスが異なるので、その調整が今回はやや不調だったのかもしれない。

 第1、2楽章はもう少し丁寧な交通整理と、ピアノ、ピアニッシモの美しさが感じられる豊かな表情があるともっと良かった。全体にやや大味で、秘めたロマンティシズムがあまり感じられなかったのがちょっと残念。


 冒頭のニールセンは、プログラムに掲載されていた作曲者自身のコメント通りに音楽が進行して、なかなか面白い作品だった。管楽器の音色がきれいで、ローカル色豊かな、遠近感のある素朴な雰囲気が感じられ、いい演奏だった。

コンサートマスターは田島高宏。

2022/12/11

札響の第9


12月10日17:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


指揮/広上 淳一


ソプラノ/秦 茂子

メゾソプラノ/清水 華澄

テノール/吉田 浩之

バス/妻屋 秀和


合唱/札響合唱団ほか

管弦楽/札幌交響楽団


ワーグナー:ジークフリート牧歌

ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調「合唱付き」



 広上の第9は親しみやすく、気楽に楽しめる内容。ことさら何かを強調して表現するなど、特別な解釈をするわけでもなく、いつも聴き慣れている平均的な解釈で、定番中の定番。


 細かい箇所など結構大雑把で、第3楽章などは、細部まで大切に表現して欲しいとか、その他の楽章でも全体的なアンサンブルのバランスのコントロールなど、丁寧に仕上げてほしい、と思う所もあったが、そういうことよりも、全体の大きな流れを大切したスケール感あるまとめ方だ。

 かつ、メリハリがあり、骨格がしっかりしており形が崩れない。オーケストラは活気があり、生き生きと演奏している。重低音がしっかりと響き、重心の低い、この作品にふさわしい、いい響きがしていた。このオーケストラの自発性を引き出すのも広上の長所だ。

 しかも伝えるべき情報はすべてきちんと伝えてくれた演奏で、全体的に深刻ぶらない、世俗的な親しみやすさを感じさせてくれた、明るい第9だった。これも広上ならではの魅力だろう。


 ソリストは全員ステージ上前方で歌い、従って声も歌詞も充分伝わってきて迫力があった。バスの妻屋が声量と表現力が素晴らしく、さすがの貫禄。その他の歌手も安定感、声量もあり、作品の持つ声楽的な魅力を充分伝えてくれ、久しぶりに第9の独唱を堪能出来た。


 合唱は札響合唱団を中心に、地元声楽家、札幌放送合唱団が加わった73名の合唱団(当日配布のプログラムより)。 P席で歌い、マスク着用で、一席ずつあけての着席。マスク着用ゆえに、詳細は不明だとしても、おそらく発声、発音、音程、声量など、安定した良質のコーラスだったと思う。その真髄は、やはりマスク着用義務が解けるまで待つことにしよう。


 冒頭にワーグナーのジークフリート牧歌。ちょっと焦点の定まらないようなところもあったが、これも広上ならではの親しみやすい演奏だった。第9の前座としては立派すぎる作品だったような気がする。


 やや空席が目立ったのが惜しい。コンサートマスターは会田莉凡。



2022/12/06

 庄司 紗矢香&ジャンルカ・カシオーリ

デュオ・リサイタル


2022年12月4日15:00  札幌コンサートホールKitara大ホール


ヴァイオリン/庄司 紗矢香

フォルテピアノ/ジャンルカ・カシオーリ


モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304

       ヴァイオリン・ソナタ 第35番 ト長調 K.379

C.P.E.バッハ:幻想曲 Wq.80

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第9番 イ長調 作品47

       〈クロイツェル〉


 2人とも古楽器奏者ではないが、クラシック弓を使用しガット弦を張ったヴァイオリンとフォルテピアノによる演奏。ピッチはモダンピッチ。使用フォルテピアノはアントン・ワルターモデル(1805年)でポール・マクナルティが制作したもの。


 庄司はトップクラスの奏者ゆえ、クラシック弓とガット弦を張ったヴァイオリンを演奏する事に対する不都合は、当然全く感じさせない。音色は太く、たくましく、表情は豊かで迫力があり、ダイナミックで凄みのある演奏だ。


 カシオーリのフォルテピアノ演奏は音がきれいでかなり繊細。音楽は実に穏やかで上品、安定しており、かつ雑音を一切出さない、という響きに対する徹底的なこだわりがある。庄司の多彩な表情に、ほぼ完璧に一体となり、見事なアンサンブルを形成していた。


 芸術面では、明らかに庄司がリードしていたようで、メリハリのある表情、自由自在に変化するテンポ、多彩な装飾音など、自由な語り口が素晴らしく、今までの演奏像とはかなり異なるところが多い。一方で、フォルテピアノの演奏そのものは、現代のピアノでも違和感なく表現できそうな内容で、現代のピアノにはないフォルテピアノ独自の個性的な表現がもう少しあってもよかったのではと思う。


 個々の作品では、モーツァルトとC.P.E.バッハが素晴らしかった。

 モーツァルトは、まず、ホ短調ソナタでの、冒頭の不気味なユニゾンでの強弱の対比、それに続くヴァイオリンの美しいソロなど、これは凄い、と思わせるスタートで、聴衆を魅了。きれいで流麗的、という今までのモーツァルト像を残しつつ、かなり自由な発想に基づいて演奏しており、自在に伸び縮みするテンポと、はっとさせるような大胆な強弱の対比の表情がとても鮮やかだった。演奏する、というよりは語りかけてくる、という感覚の方が近い。

 もちろん基本的な全体像、枠組はしっかりと設計されており、それが崩壊することは決してない。2曲とも両者の絶妙なバランス感覚が実に見事で、しかもメリハリのある表現で、とてもわかりやすい演奏だ。特にト長調の第2楽章の変奏曲が、生命感にあふれ多彩で美しい、素晴らしい演奏だった。


 C.P.E.バッハは、原曲が鍵盤楽器のための作品で、明らかに自身の即興演奏を楽譜化した名品だ。ヴァイオリン声部が、単にオブリガートではなく、即興的で、個性ある雄弁な声部であることを伝えてくれ、原曲にはない立体感を感じさせた名演だ。2人の演奏はまさしく聴衆に語りかけてくる演奏で、メランコーリックなC.P.E.バッハの作品の魅力を存分に伝えてくれた。

 C.P.E.バッハの作品は第648 回札響定期でも演奏された。短期間に何度も聴けるのは珍しいことだ(今回のリサイタルでもアンコールにヴァイオリンソナタの一楽章を演奏)。


 ベートーヴェンでは、庄司の演奏する基本的姿勢は、それまでと同様で、特に両端の楽章では、感情の爆発を大胆に表出した演奏で、これは聞き応えがあった。第2楽章は美しく、アンサンブルとしてもほぼ完璧な演奏だ。この楽章はベートーヴェンが詳細に楽譜を書き込んでいるためか、演奏者が自由に振る舞う箇所が少なかったようだが、やはりヴァイオリンの主張が明快で鮮やか。

 ただ、この作品では、フォルテピアノとのバランスが問題。明らかにフォルテピアノの絶対音量が弱すぎ、両者の間にヒエラルキーが形成されてしまい、デュオとしての面白さが充分伝わりきらなかったのが惜しまれる。

 この日の使用楽器がやや大人しかったのかもしれないが、カシオーリがかなりセーブして演奏していたので、もっとダイナミックに、ヴァイオリンに負けない大胆なアゴーギクをつけて演奏してもよかったのではないか。

 もう一点は、フォルテピアノの基本的仕様からすると、おそらく今日のピッチ440は高すぎるのでは。430前後の、もう少し低いピッチだと、楽器がもっと鳴って表情豊かになったのかもしれない。ただ、ヴァイオリンとのピッチ調整の問題が生じるので、これは難しい課題だろう。


 とは言いつつ、しかし今日の演奏は、今までのカテゴリーにはない、自由で新しい発想があり、実に魅力的だ。先日聴いた内田光子とパドモアのシューベルトのリートを想起させる、枠にはまらない自由な感性が生み出した演奏で、今後どの様な演奏を繰り広げていくのか、大変楽しみだ。また札幌の聴衆にとっても、今最も最先端を行く、新しい演奏に触れることができ、これはとても貴重な機会だったとも言えよう。